第100話 苦いか苦くないか
鈴ちゃんが泣いている間、ずっと抱きかかえてあやし続けた。
こんなこと初めてだから、なにをしたらいいか全く分からなかった。
アニメで見た記憶だと、身体を軽く揺すりながら背中をポンポンしたり、頭を撫でたりしてたかな。
合ってるか分からないけど、他にやり方を知らない。
でもこれ、赤ちゃんのあやし方だったような……
ええい! 気にしても仕方ない。
はぁ、飯なんか食ってる場合じゃなくなってしまった。
「あ、みんなは先に食べてて。俺は後で鈴と一緒に食べるから」
「そういうわけにはいきません。オバアさんにも責任がありますから」
なんかあったか?
「あぐっ、うう、ごめんなさい。ご飯、ひっく、食べます。うぐっ、もうしません。ひっく、だから、うう、捨てないで、うっ、下さい」
うーん、やっぱりなんかおかしい。
「鈴、手を見せて」
「うぐっ、はい」
『ナース、どうだ?』
『そうね、左目だけだと詳しくは分からないけど、問題なさそうね』
『そうか、よかった』
今日のところは、俺が食べさせてやるか。
すると、トレイシーさんが小皿に水で濡れたお米を少し盛ったものを、台所から持ってきた。
「パパ! お皿が飛んでる!」
お皿凄いな。
泣いた子がもう目を丸くして驚いているぞ。
「ああ、ここのお皿はみんな空を飛ぶんだぞ」
「ふおぉー!」
「はい、スズちゃん。お米はちゃんと拾っておきましたから、食べて下さいね」
「わあ! オバアさん、ありがとう!」
お皿以上に元気な返事だ。
俺たちからしたら大したことじゃないのに、鈴ちゃんにとっては大問題なんだな。
いや、だけどさ。
「トレイシーさん?!」
『大丈夫ですよ。お櫃のお米を水で洗った物ですから』
『あ……ほっ。ありがとうございます』
トレイシーさんまでイヤホンを使いこなしているのか。
でもその気遣い、さすがだな。
俺じゃあ思いつきもしないもの。
鈴ちゃんがまた素手で食べようとしたから、「ちょっと待って」と言って止めた。
「パパ?」
「いいか、ご飯は素手で食べるんじゃなくて、このスプーンで食べるんだ」
「スプーン? スプーン!」
「そうだ。こうやってスプーンでご飯を取るだろ。そしたら熱いからこうやって、フー、フー、して冷ましてから食べるんだ。ほら、フーフーしてみな」
「熱い……熱い! うん! フー、フー、これでいいの?」
「いいぞ。そうやって食べられるくらいに冷めてから食べるんだ」
「冷めて……冷めて! うん。あーん、熱っ」
「ほら、気をつけて。熱かったら、またフーフーするんだ」
「うん。フー、フー、フー、あーん。うん、熱くない! 冷めてる!」
「こら、食べ物を口に入れたまま、喋ったらダメだぞ」
「あぅ、ごめんな……はう! ごっくん、ごめんなさい」
あれ?
今噛んだ?
噛まずに飲み込まなかったか?
「鈴、ご飯はよく噛んで食べなさい」
「噛む?」
「そうだぞ」
「うー、噛むと苦いのー」
〝噛むと苦い〟?
あー、クスリは噛むと苦いのか。
子供の頃飲んだ記憶が残っているけど、苦くなかったぞ。
噛み砕くと苦かったのかな。
やってみればよかった。
「大丈夫だ。お米は噛んでも苦くないぞ。噛めば噛むほど甘くなるんだ」
「本当?!」
「ああ本当だ。ほら、今度はパパと一緒に噛んでみようか」
「うん! フー、フー、フー、フー、あーん、モグモグモグモグ、! 苦くない!」
「ふふっ、いただきます。パクッ、モグモグモグモグ」
「「モグモグモグモグ…………ごっくん」」
「ふぉぉぉー、苦くない!」
よっぽど苦いのは嫌なんだな。
「そっか、よかったな」
「うん! ねね、〝いただきます〟ってなぁに?」
あー、スズの居たところにも似たような言葉が無いのか。
やっぱり先輩と時子の子供じゃないってことでいいよな。
少なくとも、日本育ちじゃない。
いつものように説明をする。
ちゃんと説明できているといいけど。
「それじゃあ次はスープを飲んでみようか」
「んーと、これ?」
「そうだ、よくできました。よしよし」
「えへへー」
「スープも熱いから、気をつけるんだよ」
「はぁーい! フー、フー、フー、フー、いただきます。あーん、熱っ」
「一気に口に入れないで、少しずつ飲んでごらん」
「はうぅー。フー、フー、フー、少しずつ……いただきます。ズズッ」
え、毎回言うの?
説明下手だったかな。
「熱くない! 冷めてる? 苦くなーい!」
もしかして〝苦い〟しか知らないのか?
鈴は熱いを覚えた
鈴は冷めたを覚えた
鈴はスプーンを覚えた
みたいな感じで羅列する小説ってあるよねw
次回はなんの味を覚えるでしょうか