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第1話 食事

 当初の目的、結界の外へ行くことができた。

 しかしその代償は大きすぎた。

 そして自分の力の無さを、痛感させられてしまった。


 ナームコはどうだろうか。

 そもそも実力が分からないから、なんとも言えない。

 それ以前に、お兄さんを失った悲しみがあるはずだ。

 なのにそれを見せようとはしない。

 女の子なんだから、無理をしなくてもいいのにとは思う。

 しかし自分より小さい子供が落ち込んでいるときに、自分が落ち込むわけにはいかないと言っていた。


 特に時子が酷い。

 撤退するときから、今に至るまで、ずっと泣いている。

 そして俺を拒絶している。

 いきなりの変化に、俺自身も戸惑っているくらいだ。

 単純に嫌われた……という感じではない。

 きっかけは、恐らくあの魔物なのだと思う。

 そこに〝先輩〟が関係しているはずだ。

 ただ、その2つがどう関係しているのかが分からない。

 タイムはなにも教えてくれない。

 単純に考えれば、あの魔物に先輩が取り込まれていたのだろう。

 それでもあのタイミングで気づいたというのが、不可解だ。

 まさかとは思うが、最後に浮かび上がってきた顔。

 あれはお兄さんではないらしい。

 確かに俺の顔とは似ても似つかなかったけど……

 となると、あれが先輩の顔?

 なんにしても、もう関係の修復はできないのかも知れない。

 だからといって、手をこまねいてはいられない。

 とにかく、飯だけでも食べてほしい。

 出された食事を、ナームコが時子に渡そうとしても、「食べたくない」と言って、食べてくれない。

 もうずっと、ベッドに横たわって丸まったままだ。


「あの……時子さん」


 呼びかけただけで、ビクッとされてしまう。

 でも返事は無い。

 こっちを向いてもくれない。

 逆に縮こまってしまう。

 〝元気を出して〟というのは簡単だ。

 しかし原因が分からない以上、無責任に言うこともできない。

 それでも、これだけは返しておかないといけない。


携帯(ケータイ)、お返しします」


 すると時子は俺から奪うように、携帯(ケータイ)を取っていった。

 そして再び背中を向けて、丸まってしまった。

 静まりかえった部屋に、携帯(ケータイ)の操作音が響き渡る。


「先輩……ううっ」


 携帯(ケータイ)の画面は見えない。

 でも先輩との思い出のなにかを見ているのだろう。

 渡したのは逆効果か?

 それからというもの、すすり泣く声と、携帯(ケータイ)の操作音と、時折〝先輩〟と言う声が聞こえてくるようになった。


鬱陶(うっとう)しいぞ!」

「そう言うな。唯一の心のよりどころなんだよ」

「兄様を差し置いて、先輩なぞに(うつつ)を抜かしおって。それでいいのか?」

「良いも悪いも、無いんだよ」


 結局、俺は先輩じゃない。

 先輩の代わりにはなれない。

 先輩には勝てなかったってことだ。

 タイム、責任は取れそうにないよ。


「シャコ! いい加減にするのでございます。いくら泣いても、先輩は現れないのでございます」

「ひっく……うう……」

「待つのに疲れたのでございますの?」

「ずずっ……ひっく……」

「待つくらいなのでございましたら、探しに向かえばよろしいのでございます」

「うう……先輩……」

「シャコ! 話をするときは顔をお見せするものでございます」

「やっ!」


 ナームコが時子の肩を掴み、無理矢理向きを変えようとする。

 時子は嫌がり、手を払いのけて、携帯(ケータイ)をいじり続ける。

 そんなことを何度も繰り返していると、しびれを切らしたナームコが携帯(ケータイ)をもぎ取った。


「返してっ!」

「返してほしいのでございましたら、まずはご飯を召し上がるのでございます」

「返してっ!」


 ナームコを追いかけ、時子がベッドから出ようとした。

 力が出ないのか、降りるときに倒れてしまう。

 それでもナームコを……いや、携帯(ケータイ)を追いかけるために、立ち上がる。


「召し上がりやがるのでございます!」


 時子の分の食器皿を、時子に突き出した。


「返してっ!」


 時子には見えていなかったのかも知れない。

 ナームコが持つ携帯(ケータイ)に手を伸ばして迫り、そして食器皿にぶつかってしまった。

 皿は床に落ち、ご飯をぶちまけた。


「あっ……かっ返してくれないのが悪いんだからねっ」


 そう言った瞬間、時子の頬を叩く乾いた音が、部屋にこだました。

 叩いたのは、俺だった。


「ナームコ、返してやれ」


 ナームコから皿を受け取り、落ちたご飯を拾い集める。


「よろしいのでございますか?」

「ああ」


 流しからぞうきんを持ってきて、こぼれたスープを拭き取る。


「ご、ごめんなさい」

「……ナームコ、悪いがこれ、洗っといて」


 俺には水道が使えない。

 ナームコに、頼るしかなかった。


「いえいえ、兄様の頼みならば、なんでもお申し付け頂きたいのでございます」


 ぞうきんを渡すと、俺は拾ったご飯を食べ始めた。


「あっ」

「兄様?! そんなものを食べたら、お腹を壊すのでございますっ。お腹が空いていらっしゃられるのでございましたら、その……わたくしの母乳をお召し――」

「いや、出ないだろっ! じゃなくて、飲まないよっ。それに折角頂いたご飯なんだ。勿体ないよ」

「お腹を壊してしまわれた方が、余程損失が大きいのでございます」

「でもな、ナームコはよく知らないだろうが、時子さんは知っているよな。ここの食糧事情を」


 出張所でのご飯は、質素というより、食べるものそのものがなかった。

 野菜はしなびていて、肉もパサパサ。

 パンも小さなものが1つ付いている程度。

 お湯に味が付いただけのスープ。

 そしてここは出張所より駅から遠い。

 そんなところで出されたご飯だ。

 どんなものか、語るまでもない。


「そんな中、俺たちに分けてくれているんだぞ。一粒だって、無駄にできないよ。とはいえ、スープは勘弁してください」


 カメラと思われるモノに、頭を下げる。

 そして再び落ちたものを口に運ぶ。

 ジャリッと不快な食感が襲ってくる。

 うー、一応払ったんだけどな。

 まあ仕方がない。


「わたくしにも分けて頂きたいのでございます」

「ダメだ。俺が全部食う」

「兄様っ」

「腹が減っているんだ。分けてやらんっ」

「兄様……」


 俺が腹を壊す分には構わないが、女の子の腹を壊すわけにはいかないからな。

 そもそも、この世界のなにかが、俺の腹に影響を与えるとも思えない。

 さすがに腐ったものを食べたことはないから、全くないとは言い切れないけど。

 それに腹が減っているのは、嘘じゃない。


「ごちそうさまでした。時子さん、次からはちゃんと食べてください」

「あぅ……」

「返事は?」

「……はい。ごめんなさい」

「よろしい」


 よし、これでご飯だけでも食べてくれるはずだ。

 けど、叩いちまった。

 気がついたら、叩いていたんだ。

 理由はどうあれ、女の子を叩くなんて、最低だ。

 まだ手のひらがジンジンしてる。

 少し強かったかな。

勿体無いお化けが出るぞ

次回、エイルが目を覚まします

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