ありがとうな
そのあとの事は、よく憶えていない。
家に着くと、風呂にも入らずベッドの方へ行き、そのまま倒れこんだ。
そして、気が付くと朝を迎えていた、閉め忘れて全開になっているカーテンの間から、眩しい光が差し込んでくる。
横目で時計を見ると、"10時07分"。少し寝すぎたかもしれない。
別に今日は、午前中に授業を取っていないから問題ないが、早起きが習慣となっている僕にとっては、時間を無駄にしたように思えて、気分が悪い。
急いで起き上がると、顔を洗って歯を磨き、軽くストレッチをする。
そして、遅い朝食の準備に取り掛かった。
「今日は簡単に済ませるか」
僕は、シリアルを手に取り皿に移した。牛乳を入れて、テーブルに運ぶ。
ものの数分で食べ終わって、椅子の背もたれに寄りかかりながら、昨日のことを振り返ってみる。
(やっぱり、一応警察にでも相談しておいたほうがいいかな。……警察? 僕は何を言っているんだ)
何か事件に巻き込まれたのならまだしも、こんな若造の怪談話に付き合っている暇はない。
でも、こういう時ってどうすればいいのだろう。寺や神社にでも行くか?
いや、フィクションと現実は違うんだ。怪異を退治できる特別な力なんて、彼らにありはしない。
凡人の僕には、きっぱりと忘れてしまうぐらいしか、対処法は思い浮かばない。
なんだか孤独だ。
インターネットで調べてみたら、何か引っ掛かるかもしれない。
いやその前に、サークルの皆に話してやろうか。きっと驚くに違いない。
何せ貴重な体験だからなあ。
一晩ぐっすりと休んだからか、僕はある程度落ち着きを取り戻して、そんな馬鹿げた事を考えていた。
スマートフォンを取り出し、サークルのグループチャットを開く。
僕「みなさん、おはようございます。実は昨日、家に帰る途中で物凄い"心霊体験"ってやつを経験してしまいまして……」
S『マジ!? 幽霊とか見たの?』
Y『どこで見たん? 今年の初めだったか、駅前の道路で交通事故があったって聞いた事あるよ』
僕「駅の待合室に女の霊が出たんです。交通事故じゃなくて飛び込みじゃないですか?」
M『ああ、待合室ね』
O『あそこの駅、飛び込みとかよくあるから、だとしたら大量にいるな。見たのは一匹だけか?』
K『草。待合室、囲まれてなかった?』
僕「ないです(笑)」
S『詳しく聞きたいなー。今からまた集まって怪談トークしよーぜ』
Y「今日、午前中に授業取っちゃってるんですけど」
M「サボれ」
O「サボれ」
K「俺もサボって行きます!!」
さすが心霊サークルのメンバー達だ。勢い良くすぐに食いついてきた。
僕もなんだか嬉しくなってきて、すぐに家を飛び出した。
「今日はいつもより涼しいし、軽く走って行くとするか」
正直言って、まだ昨日の今日で駅には近づきたくなかったから、久しぶりにジョギングをしながら向かう事にした。
スポーツはあまり得意ではない、というか嫌いだが、普通に走るのだけは好きだ。距離も数キロぐらいしかないし、いい気分転換にもなるだろう。
代表の家につくと、もう皆揃っていて、僕が最後らしい。
そんなに話を聞きたいのか。感心、感心。
僕は張り切って、昨日の事を鮮明に思い出しながら話した。
S『ほお、なるほど。しかし、バングルだのサンダルだの、よくそこまで憶えてたなー? 頭いいじゃん』
M『東京の名門校出身なんでしょ?さすがだね』
僕「ええ、まあ」
O『去年の冬ぐらいからかな? 大学で、似たような経験をしたっていう奴が何人も出てきてる。ちょっとした騒ぎになってるよ』
僕『えっ、そうなんですか?』
O『うん、お前ほど正確じゃないけど。結構、冷静に対処できた方じゃね?』
S『なんだっけ? 同じ学年の、ビビって逃げる時に階段から滑り落ちた奴。アホだよなあ』
O『Nだろ? 転げ落ちて気を失ったって話。でも、ホラーで気を失うのは生存フラグじゃん?』
僕「あらら。その人、大丈夫だったんですか?」
K『それより、おっぱいはデカかったか?』
Y『おい、そういうのはやめろよ』
僕「はははっ」
みんなに話せたおかげで、気が晴れた。こうなってしまえば、もはやただの武勇伝だ。
S『じゃあ次は、俺がとっておきのを話そうかな?』
M『……』
O『おっ、ついにきましたー』
S『ちなみに、この話も実体験な』
Y『俺、ちょっとトイレ』
K『あっ、ビビっちゃった? 俺も連れてってくれ~』
二人が席を外す。
僕「本当ですか? 楽しみですねー」
僕は少々がっかりした。なんだ、僕以外にも心霊体験をした人がいたのか。
しかも、こんな身近に。先輩が淡々と語り始める。
S『まあ、これは去年うちのサークルであった話なんだけど』
僕「おお」
S『うちに新入生の女の子が入部してきて、A美ちゃんだったっけ。
あとYとKもね。可愛い子で、うちは今まで男だけだったから、嬉しかったなあ』
S『それで、何ヵ月が経った夏の日にね、昨日みたいに夜ここに集まって、みんなで怪談話をしたんだけど』
S『最初は普通に盛り上がってたんだけど、A美ちゃんが可愛いじゃん?
みんなでちょっかい出すじゃん? 最初は流してくれてたんだけど、段々嫌な顔するようになってきて』
S『どんどんエスカレートして、止められなくて、口を塞いで、押さえ付けて、いろいろやろうとして』
S『うるさいから、殺した』
M『こんな風にね』
僕「……えっ」
呆然としていた僕の首に、コードのような物が巻かれる。
そして、僕の首を思い切り締め上げた。
O『おっ、大丈夫か? 今回は簡単だったな』
M『じっとしててね。すぐ終わるからね』
SとOが二人掛かりで手足を押さえ付けてくる。僕は必死で足掻くが、ビクともしない。
S『そのあと、みんなで俺の車に乗せて、駅の近くに大きな湖があるじゃん?
あそこに運んで捨てた。その日は雨が降っていたから、人もほとんどいなかったし、本当ラッキーだったよ』
M『地上で死んだ死体の肺には空気が入っていて、肺が浮き袋の代わりになって、浮いてくるらしい。だからナイフで胸部に穴を開けた』
O『お前さ、学部の奴らとか、他の友達とかにもさっきの事、話すだろ?』
M『死体が腐敗すると、体内にガスが発生して、膨れ上がって浮いてくるらしい。だから他の部位も、出来るだけ穴を開けた』
O『大学内に広まるかもしれない。外にも広まるかもしれない。小さな田舎町だしね。噂話って怖いんだよ? Nの話だって、みんな知ってるよ。』
M『全身穴だらけにしたあと、二つに折り畳んで、車に乗せてあった収納ボックスに石とかと一緒に詰めて、ダクトテープで何重にも巻いて、みんなで捨てた。あれだけやったんだ。そう簡単に浮かんでこれるはずがない』
O『警察もまだ捜してる。本腰を入れてはいないみたいだけど。行方不明者として。A美の友達も捜してるよ。ビラとか配っちゃってさ。面倒臭い事になったら嫌すぎるでしょ。そんな話、誰も信じないと思うけど。こういうのって、どこから足がつくかわからないだろ?』
S『重かったよな。みんなで頑張って詰め込んだんだ。
100kgは余裕で超えてるよ。絶対。俺、筋トレマニアだから分かる』
O『YとKは何やってんだ? おーい!! お前ら!!』
K『すいませーん。遅くなって』
O『何やってんの? 状況分かってる?』
K『いや、Yの奴が逃げようとしてたんすよ』
O『はあ? それで、捕まえたのか?』
K『置物でぶん殴ったら、動かなくなりました』
S『やるじゃん。死んだ?』
K『いえ、死んではいませんでした。どうしましょうか?』
S『まあ、まずこいつを殺してからだな!!』
K『それ、もう死んでますよ』
M『ああ、気が付かなかった。話、聞いてくれてありがとうな。
なんだか、気が晴れたよ』
O『俺も。こんな事したくなかったんだけどな。ありがとう』
S『俺、こいつ嫌いだったんだよね。気取っててさ。
でも、そうだな。……ありがとうな』
最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。
これからもご愛読の程、よろしくお願い致します。
次回作もお楽しみに。
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