もしもし?
自動ドアを開けて、数歩進んで椅子に腰を下ろす。
(何か気の利いたメッセージでも送っておいたほうがいいかな?わざわざそんな事する必要ないか。僕もまだ外にいるわけだし……ん?)
ふと目線を上に向けると、前の席に女性が座っている。僕以外に人はいないと思っていたが、さっきからずっとスマートフォンの画面に釘付けだったので、まったく気が付かなかった。
上は青のキャミソール、下はデニムのショートパンツ、靴は茶色い革のサンダル、左手には綺麗な銀細工のバングルを付けていて、少し無防備な感じがする。髪は黒のロングヘア、眠っているのか体が前傾しているため、顔は隠れてしまっていて見えない。あまりにも静かで微動だにしないので、なんだか不気味だ。
(大丈夫なのか? 声を掛けてあげたほうがいいか?)
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、やめた。今のご時勢、善意でもあまり余計な事はしないほうがいい。もうあと数分で列車が来れば、その轟音で目を覚ますだろうから。ゆっくりしていよう。
その時、この静けさを打ち破るかのように、いきなりスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
「うおっ!」
驚いて、思わず声が出てしまった。慌てて前を見るが、女性は相変わらずピクリとも動かない。
(マナーモードにしていなかったか? 先輩か? いや、知らない番号だ。こんな時間に一体誰だろう)
受話口を耳に当て小声で、
「もしもし?」
『わ……』
『わ……た……』
「はい?」
『わた……し……を……こ……』
「すみません、よく聞こえ……」
『 私を殺したのはあなた? 』
「はっ? ……」
僕は静かに電話を切った。
(なんだよ、今の……)
心臓が強く脈打つ。イタズラ電話か?でも僕の番号を知っているのは東京の家族や高校時代の友人が数人、大学ではサークルメンバーを含んでも、10人にも満たない。
先輩たちの悪巧みか、とも思ったが、こんな時間に、こんな低俗なイタズラをするような非常識な人たちではない。
長い付き合いではないがそれだけは自信を持って言える。それに女性の声だった。
必死に考えを巡らせていると、僕は"ある事"に気が付く。いつの間にか、目の前の女性が消えている。
(えっ? 何でいないんだ? どこへ行った?)
気が動転して、声も出ない。
(今の電話と関係があるのか? そんな事考えたくもない。そんな事ありえない。いや……)
すると突然、横から物凄い力で肩を掴まれた。そして耳元で、
『 あなたですか? 』
「ああああっ!!」
僕は素早く目を瞑り耳を塞いで、座ったまま、うずくまるように顔を伏せる。
(隣にいる!! 動けない、どうすれば……無視、じっとしてろ!! すぐに列車が来る。来たらこのまま走って乗り込む!!)
『 ねえ 』
『 ねえ 』
「……っ!!」
少し経つと構内アナウンスが流れ始め、数十秒後、列車がやって来た。
すかさず、なるべく周りを見ないようにして、急いで列車に駆け込んだ。
僕は、もはや酔っていたことも忘れて、列車に揺られながら、窓の外の暗闇を見つめている。掴まれた肩がひんやりと冷たい。
さっきの女性は何だったのか。あれが幽霊か。なぜ僕に問い掛けてきた。考えてもしょうがない。理由なんて無いのかもしれない。
人は死んでしまった時に、後悔や怨みなどの"強い念"を持っていると、成仏できずに、現世に縛られてしまうという。あの女性は、自分を殺した人間を探していたのだろうか。
しばらくして、列車が目的の駅に到着した。ゆっくりと立ち上がり、列車から降りる。そして虚ろな目で、静まり返った町の中を歩き始めた。
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