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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小さな影 —視界の端で動く影の話—

作者: 物太郎

 仕事から帰宅し、玄関からベッドまで、足を引きずりながら上着やら靴下らやを落としていく。息苦しく感じる首元のボタンをはずし、ベッドにあおむけに倒れ込んだ私の視界の端に、黒い何かが動いた。

 ああ、またか。

 最近よく見る何かだ。1Kの我が家に住み着いたゴキブリか、ムカデか。鼠だろうか。それとも幻覚か。

 置き餌型の殺虫剤をセットしたのは、もう半年以上前だった気がする。自分ではどこに置いたか、もう忘れてしまった。冬眠前に餌を隠した小動物は、こんな気分なのだろうか。探すのも面倒くさい。芽が出るならそうして居場所を教えてくれれば楽なのに。

 シャワーを浴びて汗を流したいと思うも、だるくてこのまま寝てしまいたいとも思う。

 良くないという罪悪感を抱きつつ、ごろりと寝返ってうつぶせになり、枕に顔をこすりつける。

 ああ、枕が汚れてしまった。今週はちゃんと洗わなきゃ。ああ、だるい。

 枕に顔を押し付け、息継ぎをするように隙間を作る。また見えた。私はいつも通りしわくちゃのベッドの端へ目を向けた。多分この下だ。あの黒い影の端が、私の視線を避けるようにベッドの下に入り込んだ。

 あくまでそんな想像だ。

 目の端に黒いものが見えたのは確かだが、それを追ってベッドの下に入り込むのを見たわけではない。

 身を起こすのも面倒で、私はだらりと手を垂らす。

(さあ、噛みちぎってごらんよ)

 それが何なのかも分からないが、私はベッドから垂らした手の指先を小さく振る。


 気づけばあのまま眠っていた。

 外は暗く、半月だった。窓の外に見える民家の明かりはほとんど消えていた。誰のものなのかも知れない、空き地の倉庫の屋根が月に照らされ、横じま模様を作っている。今日も誰かが開けた形跡はない。

「仕事、行かなきゃ」

 私は立ち上がった。

 その時何かを踏んだような感触が足の裏にあった。人の手のひらのような、やわらかくて薄い感触だ。

 なんだ?

 ぼんやりとした頭で視線を落とすが、部屋が暗くてよく見えなかった。

 まあいいか。仕事に行こう。

 真っ暗な部屋を歩きながら、私は今朝脱ぎ落していった衣類を拾いながら身に着けていく。

 街灯の明かりと、たまに走る車。自転車。彼らも仕事だろうか。皆大変なものだ。

 街灯とは反対側の道の端を歩き、工場へと向かう。角を曲がろうとしたとき、視界の端にあれが映った。

 外までついてきている。

 だとするとあれは虫ではないのだろうか。それとも家のあれとは別の、野生の生き物を見ただけだろうか。外であれば、コンビニ周りにネズミもよく見る。少し前までは野良猫もいたが、最近はさっぱりだ。

(ああ。野良猫。居た時は良かったのにな)


 仕事を終え、早朝の人気のないアパートの階段を上がる。

 隣室のドアの下の隙間、黒いあれが音もなく身を潜めた。もう私の頭はくたくたで、それが何なのかを考えようともしない。幻覚だろう。それが楽だ。

 そう思いながら自室の扉を開く。

 カギを開けたと思ってひねったドアノブは、開くことなく、その小さな仕掛けの中で固くぶつかって跳ね返された。そうか。私は夜カギを閉めずに出たらしい。もう一度カギを回すと、扉は素直に開いた。気が付けば地平線が明るくなっている。

 太陽は嫌いだ。熱いし眩しい。視界が良すぎると頭がおかしくなってしまう。

 早くこの扉を閉じなければ、私の部屋にもあの忌々しい光が入り込んでしまう。

 私はだるい体を精一杯動かして扉を開いた。

 玄関から寝室への短い距離。青白い陽光が素早く線を描く。

 やめろ。入ってくるな。

 私が扉を閉めようとしたとき、寝室からガタリと音が上がった。

 ガタガタ、ドタドタ、と。それは慌てたように、必死な音を立てて逃げ場を探しているようだ。

 私が扉を閉めると、部屋はまたいつもの通り、人気もなく静まり返る。

 遮光カーテンの輪郭が明るく照らし出されていた。

(朝だ。寝よう)

 私はまた薄い上着を脱ぎ、首元のボタンを外す。ベッドの前に来て足元を見ると、夜何かを踏んだ場所には何もなかった。なんだ。あれは気のせいだったか。

 私は無気力にベットに倒れ込む。

 胸のあたりに、布団に紛れた違和感があった。目を閉じたまま手を突っ込んで探ってみる。薄く開けた目の端に、部屋の隅にわだかまる黒い影が見えた。さっきの物音はあれだろうか。それとも、今自分の手が掴もうとしているこれだろうか。

 指先に布地ではないそれを見つけ、私はその細い一本を掴んで、自分の胸の下から引き上げた。

 腕だ。

 白く細い血色の悪い腕。肘から下に断絶されており、腕は明かりを嫌がるように悶えていた。

「なんだ*****か」

 では、私が最近見てたあの黒い影は全て*****だろうか。もしかしたら虫やネズミも混ざっていたかもしれないが、あの部屋の隅にあるのは*****で間違いないだろう。

 カーテンの隙間から空き地の倉庫を覗く。誰も明けてないように見えるが、太陽の光が邪魔でよく見ることができない。だが、よく見れば倉庫の陰に、子供用の自転車がもたれかかってはいないだろうか? 

 ああそうか。だとしたら、子供があそこを開けてしまったのかもしれない。

 次目が覚めたら確認しに行こう。

 *****の腕が身をよじり抵抗している。よくあそこからここまで来たものだ。私はいつかの日に買って、シンク前の床に置きっぱなしにしていたゴミ袋を取り出し、そこに腕を放り込む。腕はビニール袋を掴み這い上がろうとしているようだった。その壁面を掴むが、次のもう一手を出すことができず、ビニール袋の内側でぶらりとむなしくぶら下がっていた。

 腕が出られないさまを見届けると、私は部屋の角へ行く。わだかまった闇に手を伸ばすと、指先に長い髪が触れる。それを自分の指にからめるように掴み上げた。うるんだ瞳が、カーテン越しの外の光を反射した。絶望の目の中に、映り込んだ私がこちらを覗いていた。

 やはり*****だった。

 手が持ってきたのか。それとも別々に来たのか。よくやるものだ。気だるい思考の合間に感心する。

 手に持ったそれもビニール袋に投げ込むと、腕がそれにしがみついた。まるで何かからそれをかばう様に、逃げようとするのも忘れて上にかぶさっている。

 その袋の口を縛り付け、私は腕を大きく振り上げた。

 ———ダン

 物が散らかる部屋の床。ビニール袋を力いっぱいたたきつける。ベシャリ、と袋の中の感触が伝わってくるようだ。

 ———ダン

 ベシャリ。

 ———ダン

 ベシャリ。

 ———ダン

 ベシャリ。

 ———ダン ダン ダン ダン ダン ………

 もくもくと袋を叩きつける。床に、床に、床に、壁に、窓に、ベッドの木枠に。どこでもいい。目につく固いものへたたきつける。

 部屋の中がやけにうるさかった。

 もう寝ないといけないのに、気分おかしい。寝付けるテンションではない。

 ぶんぶんと袋を振り回す中、シンクに置いていた鏡が目に入る。

 私は笑っていた。口の端を釣り上げ、髪を乱し、両手でビニール袋の口を握って大笑いしていた。

 そうか、やけにうるさいと思った。そうか、やけに楽しいと思った。

 気分が良いという事に気づいて、私はまたビニール袋を壁にたたきつけた。もう中からは水音しかしなくなっていた。物足らない触感だ。そうだ、勢いよく壁に投げつけたら気持ちいいかもしれない。

 袋を何度か振り回し、勢いがついたところで壁に向かい手を放す。

 ベシャ、と音を立て、袋は床へと落ちた。

 その様がツボに入ってしまい、私はケタケタと笑いながらベッドに倒れ込んだ。腹を抑えながら寝転がると、よく眠れそうな気がした。

 明日は*****を倉庫に戻しに行こう。

 彼女を殺すのはこれで何度目だろうか。あそこに戻すのも何度目だろう。殺しても殺しても、彼女は命を補給して、ここに戻ってこようとする。

 戻ってくる目的や理由なんてどうでもいい。私はただ、こうして彼女を殺し続けられる現実を素晴らしく思っていた。嬉しかった。

 はじめの頃は猫でも良かったのだが、今では全く足りなくなってしまった。子供でももうだめだ。このアパートも、先月か、先々月だったか。その辺りからここ以外空っぽだ。他を探さなくては。

 そうだ。空き地の反対側に、同じような古びたアパートが見える。今度あそこを見に行こう。

 次は一体どれほど持つだろう。

 次彼女を殺せるのはいつだろう。

 生きてる人間を食い殺す、彼女の姿が早く見たい。私に怯えて悶える彼女を、痛々しく殺してやりたい。

「ああ、なんて素晴らしい………」

 今夜はいつもより気分がいい。

 私は気づけば、また深い眠りに落ちていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 主人公も女性もサイコパス(?)ですね… 彼女たちの正体が気になります…
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