為、と言葉にすることについて
「和斗君、足元見ない!」
「はいっ!」
「前見たまま、そこでターンして……はい、フィニッシュ!」
ダンス教師に言われるままに体を回すが、勢い余ってよろめいた。十和は小柄なので、歩と揃える為には腕や足を普通より大きく振らなければならないのだ。
けれど十和が転ぶ前に、横にいた歩に支えられた。
「大丈夫?」
「……サンキュ」
歩に短く礼を言って、十和はソッと体を離した。胸はないが、何しろ相手は天然たらしな歩だ。油断ならない。
微妙にズレた、しかも結構失礼なことを思っていると、ふと歩の視線に気づいた。それに何気なく目を上げて、ギョッとする。
「……カズ、冷たい」
眉を寄せ、頬を膨らませ――ボソリと呟いた歩に、何故だか犬耳と尻尾が見えた。しかも、ペシャリと不満げに垂れている。
「何だよ、礼は言ったぞ?」
「他人行儀だよ。もっと、本当の兄弟みたいに頭撫でたり、抱きついたり」
「って、それ、いくつの話だよっ!?」
「まあ、すっかり仲良しサンね」
不満そうに言う歩に、思わずツッコミを入れた。
そんな十和達を見て、コロコロとダンス教師の我門が笑う。台詞だけ聞いていると女性だが、実際はれっきとした男性だ。
「休憩にしましょう。午後からは個別にレッスンするわよ」
レッスンも今日で四日目、そして手作り弁当も同じく四日目だ。
……しかし、初日と変わったことが一つある。
「ほら、アユ」
「ありがとう! わぁ、今日も美味しそうだねっ」
十和から巾着を受け取ると歩は早速、弁当箱を取り出して歓声を上げた。それからいただきます、と律儀に手を合わせて食べ始める。
「このピーマンの肉詰め、美味しい……卵焼きは、また明日も食べたいな」
「って、昨日も食べただろ?」
「だって、甘くて美味しいんだもん」
「もんって……男って、甘い卵焼き好きだよな……」
しみじみと呟いてから、己の失言に気づく。内心、うろたえつつも十和は平静を装い、口を開いた。
「いや、オヤジも甘いの好きだから……オレは、塩味のが好きなんだけど」
「じゃあ、わざわざボクの為に作ってくれてるの?」
「えっ……」
女目線の発言に突っ込まれなかったのは良かったが、何だか話が妙な方向に転がった気がする。
(……でも)
歩の為と言えば、それはその通りなのだ。初日にコンビニパンを食べている歩を見て、彼の分も作ることを申し出たのだから。
「だって、アユは甘いのが好きなんだろ?」
しかし素直に認めることも出来なくて、十和は質問で返した。
そして、ごまかすように弁当の残りを口の中にかき込んだ十和は、歩の落ち込んだ表情には気づかなかった。




