そして、話は先程に戻る
PiPi、PiPi……。
目覚し時計のアラームに目を開けて、カチリと止める。そして大きく伸びをすると、十和はベッドから起きて洗面所へと向かった。
彼女の朝は早い。父の万理が冷凍食品や外食を嫌がる為、毎朝、弁当を作っていたからだ。
(確かに、たまにはいいけど……毎日は……)
一昨日、万理が旅立った日の夜、久しぶりにコンビニ弁当を買ってみたが好みより少々、味が濃かった。そんな訳で今朝も、自分の分の朝食と弁当を作ったのである。
髪は、明るい金茶で。服は昨日、用意して貰ったトレーナーだ。
今日はダンスレッスンをすることになっているので下にはジャージを、トレーナーの中にはTシャツを着ている。これで、改めて向こうで着替える必要はない。
(まあ、胸ないけど)
一応、スポーツブラをして透けないような黒いTシャツを着ているけれど。
真っ平らな胸元を見下ろして一つ息をつくと、十和はタオルを入れたリュックに用意したお弁当とミネラルウォーターを追加した。それから、リビングに置いていた鏡を見て。
「……行くぞ、『オレ』」
鏡に映る自分へそう言うと、十和は駆け足で玄関へと向かった。
※
「君が女だと言うことは、歩には内緒にする」
昨日、髪の色を変えている時に十和は英にそう言われた。動けないので鏡越しに見上げると、手は止めないまま英は続けた。
「万が一、バレた時の為だ。勿論、我々は責任を取るが、知らなければ歩を巻き込まずに済む」
「大切にしてるんだな」
感心して呟くと、何故か不思議そうに見返された。それに首を傾げると、英が思いがけないことを言った。
「さっきも思ったが、君は随分と物分かりがいいな」
「ん?」
「普通なら、友達のお嬢さんのように怒るか拗ねるかだが、君はそのどちらでもない」
「って、会ったばっかりの私とじゃ、違うのが当然だろ?」
「……君も、大切だよ」
さっきの兵部のように、けれど優しく、そっと肩に手を置かれたのに十和は目を見張った。
「兵部が見つけて、私が選んだ……不謹慎だが、ワクワクしているよ」
そう言った英は子供みたいに目を輝かせ、けれど包容力のある大人の顔で笑っていた。
「……たらし」
「何だね、いきなり!? 君には言われたくないし……歩の方が、もっと天然たらしだぞ!」
「いや、別に勝負したい訳じゃないから」
妙にムキになる英に、冷静にツッコミを入れながらも。
英に、そして彼が大切にしている歩に、興味を覚えた十和だった。
※
事務所兼社長である英の自宅は、十和の住むマンションから三十分くらいのところにあった。ジョギングにちょうどいい距離だ。
『……走る僕、その先には君がいる……』
そして走りながら聞いているのは今度、歌番組で披露するデビュー曲だった。十和は楽譜が読めないので、歩が歌ったというものを英がくれたのである。
(上手いなー)
英が言っていた通りだと十和は思った。声だけはCMの時に聞いていたが、歌うとまた格別だ。
何しろ、付け焼き刃の突貫工事である。歌詞は吹っ飛んでも歩がいるのでごまかせるが、ダンスは棒立ちになったら終わりだ。それ故、どちらに重点を置くべきかは素人の十和にも解る。
だが、どうせなら十和は歌もダンスも覚えたかった。
梨香の言う通り、引き立て役なのは解っている。しかしだからこそ、自分の精一杯を出しきりたいと思ったのだ。
(社長はつまらないとか言ったけど、やっぱりスゴい! すぐには無理だけど……完璧なら、目標にすればいいよなっ)
スタジオに一番乗りをした十和は、そんな気合いのままに空手の型を始め――当の歩と、思わぬ出会いを果たしたのである。




