思いがけない申し出
少し複雑だが、これで無事に解放される。そう思ったが、そんな十和をジッと見て英が再び口を開いた。
「女をつけたら人気が……いや、だが、こんな素材は滅多に……声もいいし、あいつの声との相性も……いやいや、しかし……」
「うわ、英のブレイクアンテナ絶好調だな」
目の前でブツブツ言い出した男に、十和は思わず後ずさった。そんな十和の肩に再び手を置き、兵部が感心したように言う。
「……ブレイクアンテナ?」
「そ。花房がいいって言った相手は、必ず世間でウケるんだ。女優の火鷹恵利とか……あと、あいつとかな」
見上げた十和に答えて笑い、兵部が指差した先にはさっき見ていたCMのポスターがあった。有名女優の名前。そして、今のCMの人気を考えると男の言葉には確かに信憑性がある。
「で、俺は兵部雅也マネージャー担当だ……いい加減、立ち話も何だし。ジュース出すから、お嬢ちゃん方そこに座れよ」
そこ、と示されたのはソファだった。梨香と顔を見合わせると、兵部は英にも声をかけた。
「英も……俺もいいと思うぜ? ただ、決めるのはトワちゃんだ」
ここまではすっかり相手のペースだったが、どうやら最終的には自分に決定権があるらしい。
それなら、と十和はソファに腰かけた。そして他の三人を見上げ、
「話を聞かせて貰う」
そう言うと、梨香は観念したように十和の隣に腰を降ろし――三度、ブツブツ言い出した英の肩をポンと叩き、兵部は部屋を出て行った。
※
十和と梨香にはオレンジジュースを、それから自分と英にはコーヒーを用意して。
それぞれの前に置き、兵部が座ったところで英は話し始めた。
「実は今度、我が社から男性アイドルを売り出すことになった……あのCMは、その為の顔見せだ」
ジュースを飲みながら、十和は話を聞いていた。話題になったのを考えると、顔見せは大成功だ。
「最初は、あいつ一人でと思ったんだが……少々、問題があってな」
「……?」
「問題? どういうことですか?」
しかし、続けられた言葉に十和は首を傾げた。
CMを観る限りは一人でも十分、売れる気がする。それは梨香も同意見だったらしく、英に話の続きを促した。
「……完璧すぎるんだ」
「は?」
だが、返された答えに十和は思わずストローから口を離し、間の抜けた声を上げた。
「歌もダンスも、あと性格も申し分ないんだが、完璧すぎてつまらない。だからもう一人、下手でも愛嬌のあるのと一緒にデビューさせようと思ったんだ」
「俺はイマイチ、英の言ってることがピンとこなかったんだが……さっきのトワちゃんを見て、納得した。笑顔一つで人目がひける。歌とか技術じゃない、天性の才能だって」
「ただし、女のままでは駄目だ。男女ユニットでは、女性からの人気が落ちる。君には男のフリをして貰うことになるが、私と英でフォローする。だから……」
「……って、ちょっと待って下さい!」
口々に言う大人二人を止めたのは、梨香だった。




