ダブルブッキング
「北郷あゆみちゃん。大人顔負けの演技が評判になって、この大姫役で新人賞まで貰ったんだけど……出演したのは、これ一本だけね」
「……えっ?」
「ねぇ、益田さん達からこのこと聞いてた?」
梨香の話にも驚いたが、続けられた質問にも戸惑った。首を振った十和に、隣に座っていた梨香がズイッと身を乗り出してくる。
「昔の映画だから、ファンの子達は気づかないかもしれない。でもわたしが解ったんだから、この前の番組で気づく人もいるわよね」
「う、ん……」
「元々、引き立て役って失礼な理由であんたをスカウトしたけど……結局は、歩を注目させたいだけなんじゃないの? それが済めば、Esは解散しちゃうんじゃないの?」
……そこまで言われて、十和はようやく理解した。
梨香は怒っている。
それは十和――と言うか和斗を、そしてEsを心配してくれているからだ。
そのことが嬉しくて、十和は笑った。けれど誤解されたのか、途端に梨香が眉をつり上げたのに慌てて両手を振った。
「あの、ごめん! 梨香の気持ちが嬉しくてっ」
「……十和」
「私は女だから、どこまで続けられるか解らないけど……やるだけはやる。約束する」
そう言って、十和はズイッと右手の小指を差し出した。
そんな彼女を、しばし見つめて――ため息をつきながらも、梨香は小指を絡めてくれた。
「益田さんとか歩のこと、たらしって言うけど……あんたも、相当だと思うわよ?」
「?」
梨香の言葉に首を傾げていると、十和のスマートフォンが鳴った。
今の着信音は、コミュニケーションアプリのものである。そしてアプリを開いて、十和は思わず声を上げた。
「アユ?」
アプリのトーク画面には、短くこれだけ書かれていた。
『ゴメン、今からちょっと会えないかな?』
緊急連絡用に友達設定をしていたが、今まで歩とトークのやり取りをしたことはない。
「……どうしよう」
そんな彼から、となるとキチンと会って話を聞きたいが――今日は、午前授業だったのでジャージを持ってきていないのだ。しかし、まさかこのセーラー服で会う訳にもいかない。
(梨香もスカートばっかりだし)
女装では同じことだ。困る十和の手元を眺め、事情を悟った梨香が言った。
「いいわよ、貸してあげる」
※
あの後、歩に返信をして彼が学校帰りだということを確認した。
だから少し考えて、事務所近くの公園を指定した。公園と言っても小さいし、ブランコとベンチくらいしかないので子供ですら滅多に来ない。
「アユ!」
「カズ……、っ!?」
梨香の運転手に、公園のすぐ近くまで送って貰った。それから車を降り、先に着いていた歩に駆け寄りながら声をかけた。
そんな十和に顔を上げた制服姿の歩が次の瞬間、目を見張る。
「午前授業だったから、友達の家行ってたんだよ」
梨香の家にあったズボンは、体操服の紺色の短パンだけだった。
しかし、まさか上下体操服という訳にはいかないので、上は青いTシャツを借りた。梨香は背が高く胸も大きいので十和には少し大きかったが、体型が隠れてくれるのは好都合だった。
……丈の長いTシャツの為、短パンまで隠れて下を穿いていないように見えることに、十和は気づいていない。




