あの虹ってさ?
「今までの服は全部、クローゼットに突っ込んだ。これは昨日、オリクロで買ったんだ」
「なるほどね……うん、いいわ。短いのも似合ってる」
「おう」
ニコッと笑っての親友の言葉に、十和も笑顔で応えた。梨香は、何ちゃって大和撫子だった自分の本性を知っているのだ。だからこそ昨日の美容師のように心配せず、素直に褒めてくれる。
「じゃあ、今日も服買うの?」
「いや、あとはバイトしてからにする。自分のお金で買いたいから」
「そう。じゃあ、予定通りにわたしにつき合って貰うわよ」
そう言った梨香に、思わず笑顔が引きつった。嫌ではないが、彼女の買い物は長くて疲れるのだ。
『あの虹を、捕まえる』
……梨香の目的の服屋が入っているビル。その中に入ってすぐ、携帯電話の売り場ではさっきのCMが流れていた。
「他の機種のもCMやってるけど、これのCMが一番印象に残るわよね」
そう言ってから、つ、と梨香が眉を寄せる。
「やっぱり、どっかで観た気がするのよね……どこでだろう?」
何度目かになる呟きだったが、CMを――正しくは、CMに出る虹を見ていた十和は答えなかった。そんな彼女に、やれやれというように梨香が笑う。
「十和は、本当に虹が好きね」
「綺麗だからな。昔は、私もよく追っかけた」
真顔でキッパリと言いきり、十和は梨香を見上げて言葉を続けた。
「あの虹ってさ? 夢なんだ」
「……えっ?」
「だから捕まえたいし、がむしゃらになれるんだ……あいつみたいに」
そう言って、十和はニコッと笑った。
それから、再び歩き出そうとしたのだが――不意に腕を掴まれたのに、驚いて顔を上げた。
「見つけた……ついに、見つけたぜぇ!」
梨香ではなかった。いや、それ以前に知り合いではなかった。
歳の頃は三十歳前後だろうか? 無造作に流した髪と眼鏡。派手な柄シャツがチンピラみたいだが、笑うと途端に優しくなる。
「……ドチラサマ?」
「よし、善は急げって言うからな」
状況が把握出来ず、戸惑いながら尋ねたが、返ってきたのは質問に対する答えではなかった。しかも十和の腕を掴んだまま、嬉々として歩き出した男に梨香が慌てて声を上げる。
「ちょっ……十和をどこに連れていくんですか!?」
「トワ? 芸名か?」
「いや、本名……」
「馬鹿! 素直に答えるんじゃないわよっ」
バラした当人に叱られて、思わず遠い目になる。そんな十和と梨香を見比べ、不意にニンマリ笑ったかと思うと。
「保護者付きか……それなら、お嬢ちゃんも一緒に来て貰おうか」
そう言って、梨香の腕も掴んだかと思うと――男はスタスタと外へ出て、客待ちのタクシーに二人を押し込んだのだった。




