父とのやり取り
それから、更に数日後――本番を明日に控え、十和がレッスンから戻ると家の電話が鳴った。数回の呼出し音の後、留守番電話へと切り替わる。
「ハロハロ、十和、起きてるかー?」
「こっちは九時なんだから、当たり前だろ!?」
「元気そうで父さんは嬉しいぞ、おはよう」
父親の声が聞こえたのに、即座に受話器を持ち上げて答えた。とぼけた台詞は、日本との十四時間の時差のせいだ。
万理は毎日でも電話をしたがったが、金も時間も勿体ないので週一回、向こうの日曜の朝(こちらは月曜の夜)にした。今日は、万理がニューヨークに行ってから二度めの電話だ。
「風邪とかひいてないか? ちゃんと食べてるか? こっちでも可愛い服とか靴、見つけたから。今度、送るな」
「そっちこそ……って、余計な金使うなって」
前回は時差ぼけで辛そうだったが、今日は元気だ。しかしクローゼットの肥やしが増えるのは困るので、最後は小言になってしまう。
そんな自分に、十和はこっそりとため息をついた。
(素直に、ありがとうって言えばいいんだよな。言えないけど)
そう言えば、万理が喜ぶのは解る。しかし彼が稼いだ金を、こんな可愛くない自分に使うのは勿体ないとも思う。
(気持ちは嬉しいけど……って、あれ?)
そこまで考えて、十和はふと気づいた。
ダンスと歌は何とか覚えたが、相変わらず共感出来ない――けれど、万理なら。何かと十和を構おうとするこの父親なら、あるいは。
「……私が、オヤジの為に何かするって言ったら嬉しいか? 重たくないか?」
「十和……お前、まさか男が出来たのか!?」
「違う! ド、ドラマでやってたんだっ」
電話の向こうでうろたえる相手に、慌てて答えた。そして聞いたことを後悔していると、んー、と万理が言葉を続けた。
「重たいのって、十和は嫌か?」
「……えっ?」
「確かに驚いたし、心配もしたけど……俺は嬉しい。十和の愛は解ってるけど、形にして貰えたらもっと幸せかな」
「……カタチ」
ポツリと呟いたのに、電話の向こうで万理が笑ったのが解る。
「十和ー、俺、十和の手料理が食べたいなー」
「台無しだな……大したものは送れないからな?」
ツッコミを入れつつも、我知らず微笑みながら十和は頷いた。




