春休みデビュー
どしゃぶりの雨の中、走る少年。
でも、辛かったり情けない感じがしないのは、彼の表情のせいで。
真っ直に前を見る、その真摯な横顔は思わず応援したくなる。
……と、雨がやんだのに彼が足を止めて、視線を上げる。
濡れた金茶の髪。
晴れていく空を、その空に浮かぶ虹を仰ぐ瞳も、同じ色。
そしてフワッと笑ったかと思うと、少年はジーンズのポケットから濡れたスマートフォンを取り出し、そのレンズを虹へと向けた。
『あの虹を、捕まえる』
※
いつもの待ち合わせ場所。ショッピングモールのテレビで流れているのは今、評判のCMだ。あんなに格好良いのに、名前すら解らないのが更に話題となっている。
しかし、遅刻寸前の十和にはそれを観ている余裕はなかった。
全速力でスクランブル交差点を渡りきり、待ち合わせの相手――親友である、梨香の前にピタリと止まって頭を下げた。
「悪い、待たせたっ!」
「……って、あんた、十和!?」
波打つ長い黒髪をポニーテールにした、華やかな美少女である彼女は同じ私立のエスカレーター校に通い、この春からも同じ高等部に進むことになっている。
それなのに何故、疑問形なのか?
何も知らなければそう思うだろうが、むしろ解ったのは親友の梨香だからこそである。
……何故なら、今の十和は背中まであった黒髪をバッサリと短く切り。
おかげでますます似合わなくなったスカートではなく、パーカーにジーンズ――我ながら、男にしか見えない有様だったからだ。
※
母親を早くに亡くした彼女は、父親である江藤万理と二人で暮らしてきた。
カメラマンである父の代わりに家事をこなしてきた十和だったが、それは別に良かった。問題だったのは、万理が彼女に何かと『女らしさ』を押しつけてくることだ。
「やっぱり、髪は長くないと」
「あと、ワンピースだな。ただ、足は絶対に出しちゃダメだぞ?」
「彼氏か!」
即座にツッコミを入れた彼女に、万理が悲しそうな顔をした。
だが、十和にも言い分はある。
真っ直な長い黒髪に、ロング丈のワンピース。扶養家族としては、似合わないと解っていても父親の買ってくれる服を着て、学校も亡き母のいたお嬢様学校に通っているのだ。せめて、喋り方くらいは勘弁して欲しい。
「……十和~……」
そんなある日、万理がひどく暗い表情で帰ってきた。
「どうした? 具合でも悪い? それとも、いよいよリストラか?」
「違う……アメリカの本社から、お呼びがかかって……」
夕ご飯を並べる手を止め、尋ねたが事実は全く逆だった。むしろこの不況の中、仕事を認められるなんてめでたい話ではないか。
安心してそう言った十和だったが、途端に父親が眼鏡の奥の瞳を潤ませたのにギョッとした。
「だって……三年だぞ!? 三年、十和と離れて暮らさなくちゃいけないんだぞ! そんなの、耐えられる訳がないだろうっ」
「……って、まさか、断ろうとか思ってるんじゃ?」
そんな、まさか。いくら子煩悩な馬鹿親でも。
そう思って疑問形で確認したが、途端に頷かれたのにはブチリと切れた。
「オヤジが行かないなら私、親子の縁切るからなっ!」
……そんな訳で昨日、万理は泣く泣くアメリカの雑誌社へと旅立った。
そして空港で父を見送った帰り道、ふと十和は気づいたのだ。
「これって、もしかして好きな格好するチャンス?」
呟き、グッと拳を握り。
思い立ったが吉日、とばかりに十和はその足で美容室へと向かったのである。




