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「逆ハー世界に転生してヒロイン!」と叫んだ友人の幸せを見守りたいのですが……

作者: 夏月 海桜

昨日、更新予定だった作品が遅かったので、お詫び新作です。楽しんでもらえたら幸いです。

 「ここは、逆ハーマンガの世界っ! しかも私ってば、ヒロインじゃん! よっし! 目指せ、逆ハー!」


 と、叫ぶのは幼馴染みで友人のアンリ様。前から言動がおかし……いえ、変わっている方だったけれど、更におかし……いえ、変わった事を叫ばれていますわ。


 ぎゃくはー?

 まんが?

 ひろいん?


 何の事でしょう。とりあえず、小さい頃から淑女教育より泥んこ塗れになって走り回っていた彼女の行動は、私には呆れ半分羨ましさ半分でした。そして何より楽しそうに、会う度笑っていらした。だから私も彼女に会うと笑顔になれました。


 だから、10歳を迎えた私達は貴族の淑女教育の一環でお茶会を開いても、彼女だけは他のご令嬢達と別で、私は彼女の家で開かれるお茶会が好きでした。だって、他の方の家では出されたお菓子に手を出せないのよ? 皆、お喋りばかり。だけど彼女の家で開かれるお茶会だけは、彼女が遠慮しないで手を出して! って言ってくれるから手を出せますのよ。私? 私の家でもそうしていましたわ。だけど、それははしたないってお母様から叱られてしまうの。


 美味しいお菓子を前にして、食べずに喋るだけって、お菓子を作ってくれた料理人に失礼だと思いますのよ! そんなわけで、私は今日もアンリ様の家で開かれるお茶会に足を運びましたわ。でも、今日は、先程のようにアンリ様が突然叫ばれたの。今日も美味しいお菓子を食べていて、いきなりよ? でも、アンリ様なら仕方ない。って思ってしまうわ。


 まぁ、何だか良く分からないけれど、目指せ。って言ってるんだから、私はアンリ様を見守る事にしますわ!


 「アンリ様、楽しい事ですか?」


 「ええ、ティア。ん? ティア? えええええ! ティルアラぁあああ⁉︎」


 アンリ様がまたも叫び出しました。しかも愛称じゃなくて本名を叫びますし。私の名前がティルアラだって忘れていらっしゃったのかしら?


 「ちょ、ちょ、ちょーっ!!! ちょーっと待ったぁあああ! ティアって、ティルアラよね⁉︎」


 「そうですわ?ずうっとその名前ですわよ? だからアンリ様はティアって呼んで下さっているじゃない。もしかして、アンリ様は私の名前を忘れてしまわれたの?」


 もしかして、この反応は本当にお忘れになられたの? 嘘でしょ? こんなに長く友人としてお付き合いしていて、忘れられてしまっているの⁉︎


 「あ、ああ、うん。ええと、大丈夫。忘れてないから」


 なんだ、忘れてませんのね。良かったですわ。安心しました私。だけど、アンリ様はボソボソとなんだか呟いております。


 「えっー。確か、ティルアラの婚約者が逆ハー相手の1人じゃなかったっけ? そう、騎士団長の御子息・ハーヴェイ様」


 ハーヴェイ様? 確かに騎士団長の御子息です。ですが、私とは婚約していません。アンリ様の想像でしょうか? その上、更に何かを仰っています。


 「あと、誰だっけ? あ、そうだ。第二王子・ムゥロカ殿下。それから宰相の御子息・アイオン様。あと、ああっ。従兄のダムセル兄様だわ! そうよ、その4人だった」


 アンリ様、ムゥロカ殿下とアイオン様とハーヴェイ様とダムセル様のお名前を上げていますけど、お名前を呼ぶ事で、何かあるのかしら?


 「アンリ様?」


 考え事をしているアンリ様に、そっと呼びかけました。アンリ様は、ハッとした顔を浮かべて私の両肩を掴まれました。


 「ティア! 私達、友達よね⁉︎」


 「はい、アンリ様! 私達は友達ですわ」


 えっ。違ったかしら? 私は友人のつもりだったのですけど。


 「もし、もしも、よ? ティアの婚約者を将来、私が奪ったら友達をやめる?」


 えーっと。私の婚約者をアンリ様が奪ったら……? うーん。それは無理ですわー。


 「それは、無理ですわ」


 「やっぱりそうだよね。私と友達を続けられないよね?」


 「いえいえ、そういう事ではなくて、ですね。落ち着いて考えて下さいませ、アンリ様。私には先ず婚約者がおりません。それから今後婚約者が出来たとした場合、それは即ち家同士の約束事ですから、心が私の元に無くても、その方との結婚は無くなりませんわー」


 「それが、どうにかして婚約破棄されて、それで私とその方が恋人になったとしたらティアはどうする?」


 「そうですわね。その方に失望しますわ。だって、家同士の約束事を破りますのよ? 有り得ませんわ! 婚約をするからには、互いに良い事がありますの。アンリ様もお分かりでしょう? ですから、失望しますわ」


 「私との友達関係は?」


 「変わりませんわ。私が婚約者の方に恋をしてしまっていたら、分かりませんが」


 「あ、ああ、そうね」


 納得されたのか、アンリ様は頷き、それ以上の質問をされて来なかったですわ。だけどまだ何かブツブツ言ってらっしゃるわ。


 「私、ティアが婚約者に恋をしていたら、それを邪魔するのかしら……? ええい、なるようにしかならないわ!」


 アンリ様はご自分で納得されたらしくて、私を見てニコッと笑われました。私もニコッと返します。アンリ様は変わっていらっしゃるけど、でも大好きな友人だから、その笑顔を見られるのは嬉しいですわ。アンリ様が呟いていた独り言は解らないけれど、アンリ様を見守れば良いのですわよね?






 あのお茶会から半年が過ぎました。アンリ様は私に「自分磨きをしましょう!」と仰るので互いに励まし合って、淑女教育を益々頑張りました。……けれど、アンリ様、相変わらず泥んこ塗れで外を走り回ってます。えーっと、大丈夫、でしょうか? 自分磨きをするのでは無かったのでしょうか? 心配する私に、アンリ様は自身満々に大丈夫! と答えられるので、お勉強の合間に遊んでいるのかもしれない、と思い直しましたわ。


 そんな時でした。騎士団に勤めているお父様の元に、騎士団長とその御子息が我が家にいらしたのは。ハーヴェイ様は、私の2歳年上で、何だか眉間に皺を寄せていらっしゃる方でした。私が挨拶をしても、眉間の皺は無くならず、「ハーヴェイ」と名乗るだけ。……うん。アンリ様が呟いていた“婚約”にはならないと思いますわ。私、嫌われているみたいですし。そう思ったら、私の緊張が解れて、私はハーヴェイ様に色々と話しかけてみることにしました。


 「ハーヴェイ様、剣のお勉強もするのですか?」


 「勉強じゃなくて、修行だな。する」


 「将来はやっぱり騎士ですか?」


 「そうだ。父上みたいに団長になって、皆を守る」


 「将来の事を考えているなんて、凄いですねぇ。団長って、どうすればなれるんですか?」


 「強くて、剣も1番で……あと、勉強も出来ないといけない。でも俺、勉強嫌い」


 「ええっ? でも団長になりたいんでしょう?」


 「……そうだ」


 「では、頑張りましょう! 私も勉強を頑張ってますから!」


 「お前、変なヤツ。他の女は俺の顔が怖いって言って、話しかけて来ないのに、なんで笑顔なんだ?」


 そう言われて私はビックリしました。別に私の事が嫌いで、眉間の皺が有るわけじゃないらしいです。んー、嫌われているって思っていましたから、緊張しなくて済んだだけなんですが。


 「ええと。もしかして、嫌われているのかなぁ。とは思いました。だから、何を話してもこれ以上嫌われないかなぁって。だから緊張もしないです。でも、ハーヴェイ様とお話して楽しいなぁって思ったから、笑っただけですわよ?」


 私が正直に嫌われていると思っていました。と言えば、更に眉間の皺が増えましたけれど、その後は段々と皺が消えました。それどころか顔が真っ赤になりました。……なんで?


 そんなこんなで、ハーヴェイ様が帰る頃には、私達は仲良くなれましたのだけど。後日、私とハーヴェイ様が婚約する事になるなんて、私はちっとも思いませんでした。……なんで?


 そんなわけで早速アンリ様に婚約の話をしてみましたわ。


 「ほ、本当にマンガ通り! マジか。……ティア、おめでとう! ハーヴェイ様ってどんな感じ?」


 おめでとう、の前に何やら色々聞こえて来ましたが……。ハーヴェイ様、ですか。


 「んー。眉間に皺が出来た表情でしたわ」


 「それも、マンガ通り!」


 また小さな声で何か言ってますわ。


 「それと騎士団長を目指していて、あとお勉強が嫌いだと仰っていましたわ」


 「勉強嫌い? おかしいなぁ。マンガじゃあ勉強も出来ないと騎士団長になれないって頑張ってたはずなんだけど……」


 色々ダダ漏れですけど、それが本当なら、アンリ様が言うまんがとやらとは別なのではないでしょうか? とはいえ、アンリ様は、私に聞こえないように呟いているつもりらしいですから、私は聞こえないフリをしなくてはいけません。全部聞いてます! なんて言って、アンリ様に嫌われたら悲しいですわ!


 「あとは、好きな食べ物とかお話しましたわ!」


 「ああ、確か甘いもの、特にケーキが好きなんでしょう?」


 「凄いですわ! 良くご存知なのですね!」


 アンリ様、情報が早いですわ! もしかしてどこかのご令嬢のお喋りで聞いていらしたのでしょうか? だったら、私も他の方々とのお喋りを頑張らなくてはいけないですわ。アンリ様の友人の座を守るために、アンリ様に嫌われないように!


 「それで姿は? やはり金色の髪にグレーの目?」


 「まぁ、その通りですわ、アンリ様。良くご存知で!」


 やはり、ご令嬢方とのお喋りをアンリ様は良く聞いていらっしゃるのね! お菓子ばかりじゃなく、きちんと話を聞いているアンリ様、さすがですわ!


 「まぁ、マンガ読み込んでたしね。ヨシ。やっぱり15歳で入学する学院が舞台ね。……ティア、一緒に学院を目指そうね!」


 アンリ様に笑顔で言われたら、私、頑張りますわ! 貴族の子女全員が入学する学院を目指すという事は、入試試験で上位という事ですわね! 分かりました。目指します。






 そんなこんなで、私は今まで以上に勉強を頑張りました。一応婚約者らしいハーヴェイ様と手紙のやり取りもしていましたし、偶にお会いしていました。そんな日々が過ぎて2年。私とアンリ様は12歳。ハーヴェイ様は14歳になりました。


 「えええ?」


 私はたった今、ハーヴェイ様とハーヴェイ様のお父様の騎士団長様。そして私のお父様から言われた事に驚きました。


 「驚かせて悪い。俺がティアの事を褒めるものだから、会わせろと言われてしまって」


 ハーヴェイ様が、珍しくシュンとしていらっしゃる。出会った頃の眉間の皺は既に無くて、私の前ではぎこちなく笑ったり、怒ったり、驚いたり……と表情を見せてくれるようになったハーヴェイ様。そのハーヴェイ様にお聞きしたいのですが、私なんかの事を、第二王子殿下にお話したって、どういう事ですかぁ!


 「お、お父様。お会いしない。とは……」


 「言えない」


 「ですわよね。第二王子・ムゥロカ殿下とハーヴェイ様は、ご友人だとは知りませんでした」


 「将来、父上と同じ騎士団長を目指しているから、小さな頃から会っていたんだ。だから俺とティアが婚約している事も知っている。それで俺がティアを褒めるから、会いたいって。それから宰相の息子のアイオンも会いたいって言うから、2人に会ってもらいたいんだが……」


 えええ……。嫌です。そんな雲の上の存在の方達に会いたくないです。ハーヴェイ様だって、身分的には凄い上なので、初めてお会いした日は、実はお会いしたくなかったのですわー……。でも王族から言われて、会えません! なんて恐ろしい事は言えません。


 だってそんな事を言ったら、伯爵家とはいえ、斜陽で小さな領地の我が家は簡単に潰れてしまいますわー! シクシクシク。私、貴族じゃなくなっても構いませんけど、お身体の弱いお母様とまだ7歳の弟に、平民になって頑張りましょう! なんて言えませんわ。お父様だって、伯爵として、領地を守っていらっしゃるのだから、領民の事を考えたら潰されるのは嫌なはず!


 「そ、粗相の無いように精一杯頑張って来ますわ、お父様……」


 「ティア……。済まないな」


 お父様の目から涙が。涙腺の弱いお父様だけど、私もその娘ですもの。既に涙腺は弱ってますわー。


 「ティア! 俺が守る! 嫌な思いをさせない! だから安心してくれ!」


 ハーヴェイ様がそう言って下さいますが、そもそもハーヴェイ様が私の話をするから、こんな事になっているんですのよー!


 私の心の叫びはもちろん、ハーヴェイ様に伝わらず、涙目でハーヴェイ様を見上げたら、何故かハーヴェイ様は顔を真っ赤にされて顔を背けました。こんな状況に追い込んでおいて顔を背けるなんて、失礼ですわ! とにもかくにも、私がムゥロカ殿下とアイオン様にお会いする事は決定ですので、日程が決まったらその日にハーヴェイ様がお迎えに来て下さる事になりました……。


 気分は、淑女教育を怠けてお父様とお母様に叱られる時より最悪な気持ちですわ! その気持ちのまま、アンリ様にお手紙で殿下とアイオン様にお会いする事になった、と伝えましたが、アンリ様からの返事は、どんな人達か教えてね! というものでした。……そういえば、アンリ様はこういう方でした。なんだか悩んでいるのが馬鹿らしいですわ! 元気出ました!


 しっかりお会いして、アンリ様にご報告出来るように致しますわ! アンリ様のお役に立つ事が、友人の座を死守する事に繋がりましてよ! ということで、私は後日、ハーヴェイ様のお迎えでムゥロカ殿下とアイオン様にお会いしました。


 「ティルアラ、だったな」


 ムゥロカ殿下は、本当に王子様なのでしょうか。私は殿下のお身内でも婚約者でも無いので、呼び捨てにされる覚えはありませんわ。きちんと淑女としてご挨拶をさせていただきましたのに、殿下は挨拶も無く、いきなりコレですわ!


 「恐れながら殿下」


 「なんだ」


 「私は殿下のお身内でも婚約者でも有りません。呼び捨てをされるのは嫌でございます」


 私は基本的に穏和だと言われています。ですが、最低限の礼儀を弁えて頂きたいとは思いますわ。そこは、頑固だとお父様から言われていますのよ。


 「お前、この俺に対して意見するなど、随分と生意気だな!」


 お、怒らせてしまいました。でも、後悔しておりませんわ。最低限の礼儀は、殿下にとっても大切なはず。……でもお父様、我が伯爵家がお取り潰しになったらごめんなさいませー!


 「生意気でも、事実でございます。殿下が礼儀知らずでは、我が国の恥になりますわ」


 「なんだと!」


 カッとなったのか手を振り上げられた殿下。私はぶたれる、と目を瞑りましたが、その衝撃は有りませんでした。恐る恐る目を開ければ、私の前には背中。見上げればハーヴェイ様です。更にその背中越しに見えたのは、殿下の手を捕まえているアイオン様。どうやら殿下をお止め下さったようです。


 「ムゥロカ様。非があるのは、ムゥロカ様の方でございますよ。ティルアラ様は正しい事を仰いました」


 静かな声で殿下に注意するアイオン様は、素敵です。それからきちんと私を庇って下さったハーヴェイ様も。この方を素敵だと思う事が有るなんて、驚きました。


 「ティルアラ嬢。改めて失礼しました。殿下の非は、代わりに謝ります」


 王族は簡単に頭を下げてはいけません。馬鹿にされてしまいますから。だから、私はアイオン様のお言葉を受け入れました。この事でぎこちなくなりましたが、殿下付きの侍女さんが淹れてくれたお茶とお菓子が美味しくて、私は先程の件を忘れました。私がニコニコとしている事が、バカバカしいのか、ムゥロカ殿下は呆れたように笑われました。失礼ですわ。


 でも、その後は私もハーヴェイ様も殿下もアイオン様も楽しくお喋り出来たと思います。ハーヴェイ様とアイオン様と殿下は同じ年で、来年には学院に入られますが、アイオン様がつきっきりで、ハーヴェイ様と殿下の勉強を見ているそうです。


 「ハーヴェイ様、お約束通り、頑張って下さっていますのね?」


 「ああ。騎士団長を目指すからな。ティアが学院を卒業したら結婚するわけだし、その時には、胸を張れるようになっていたいから」


 ハーヴェイ様がそう仰って、そういえば、学院卒業後は、結婚するという話だったなぁと他人事みたいに思ってしまいました。実感が湧かないのです。でも、近付いたら実感出来るかもしれません。だから私は、微笑みました。


 「ハーヴェイ様とのご結婚、楽しみにしておりますわ」


 ハーヴェイ様は、真っ赤になってしまわれました。……なんで?


 そんな会話も有りながら、殿下とアイオン様との1日が過ぎて、私はお咎めもなく、無事に帰って来ました。後日、なかなか会う機会が無くなったアンリ様に、お手紙でご報告しました。


 ムゥロカ殿下は、なんだか威張っている方で、髪は若葉みたいな緑色。目の色は茶色。

 アイオン様は、物静かで、お勉強が良く出来る方で、髪は晴れた空のような青色。目の色は夜空のような藍色。その手紙を受け取ったアンリ様が、「やっぱりマンガ通りのビジュアルー!」なんて叫んでいる事は露知らず、私はまた淑女教育とお勉強を頑張る日々を過ごしました。


 ただ、何故か、ムゥロカ殿下とアイオン様とお会いする事が増えまして、私は泣きたいです。そんな身分が上の方と会いたくないんですってばー! とはいえ、やがてムゥロカ殿下もアイオン様もハーヴェイ様も学院に入学され、長期休み以外はお会いする事も無くなり(いえ、長期休みも会いたくないですけど)いよいよ私とアンリ様が入学する日を迎えました。





 入学前の試験で、私達はクラスが決まっています。アンリ様と同じクラスになる事を願って、今日まで頑張って来ました! アンリ様はきっと1番上のAクラスでしょうから、私もAだと良いのですが。結果は、残念ながらBでした。でもAクラスの隣ですから、休み時間には会いやすいです。そう、思っていたのに、アンリ様は1番下のFクラスでした。何故ですかー!


 「あ。私Fかぁ。離れちゃったねー」


 って呑気過ぎます! 教室が離れ過ぎですわー! 私はショックを受けましたが、ニコニコとしているアンリ様を見ていたら、ショックを受けている場合じゃない。と思いました。常に前向きなアンリ様です。見習わなくては。学院で友人が多く出来ますように。


 そう願っている私の隣では、アンリ様が「ヨシ、ここから逆ハーが始まるぞ!」と小さく叫んでいました。……そうだったわ。アンリ様が、何かを頑張るようでした。私、それを見守るつもりで頑張って来ましたのよ!


 「ねぇティア」


 「はい」


 「私、用事が有るから先に行くね!」


 えええ! 残念。入学式が行われる講堂までご一緒したかったのに。仕方なくトボトボと歩き出したら、向こうからハーヴェイ様が歩いて来るのが見えました。知り合いを見つけて少しホッとします。ハーヴェイ様達は、学院生活最後の年ですが、1年はお会いする機会が有るわけです。ハーヴェイ様にご挨拶をしよう、と近付いて行きますと、どこからか先に向かわれたはずのアンリ様が飛び出して来ました。


 えっ? どこからいらっしゃいましたの?


 驚きました私ですが、ハーヴェイ様も驚かれたのか、立ち止まります。そのハーヴェイ様に、何故かアンリ様がぶつかるように向かっていきました。ええと? アンリ様? どうされました?


 「あ、すみません。ちょっと目眩がして」


 まぁ大変! アンリ様でも緊張で目眩がするのですわね! でも良かったですわ。ハーヴェイ様が目眩がしたアンリ様を抱き留められましたもの。「大丈夫ですか?」とご心配されていますわ。アンリ様が「はい」と頷きながら、ハーヴェイ様を見詰めていらっしゃいます。アンリ様の銀のお髪と夜明けを思わせる薄い紫の目が、ハーヴェイ様の金色の髪にグレーの目とお似合いですわー。まるで絵のようですわ!


 私がウットリ眺めていると、アンリ様が弱々しく微笑まれて、立ち上がられました。儚げなその姿に、私は更にウットリします。アンリ様、やっぱり淑女教育をきちんと受けていらしたのね! 私がまだウットリしていますと、ハーヴェイ様がお声をかけて下さいました。


 「ティア!」


 「ハーヴェイ様。ごきげんよう。これから宜しくお願いします」


 「待っていたよ」


 「ありがとうございます。ハーヴェイ様、先程、見ておりましたわ。アンリ様を介抱されたところ。絵のようでとても美しかったですわー。お似合いでございました!」


 私が言えば、ハーヴェイ様は久々に眉間に皺を寄せられて仰います。


 「俺はティアの婚約者だ。ティアとお似合いになりたい」


 それはどうでしょう? 私、闇を思わせる黒い髪に濃い紫の目ですもの。全体的に暗い色で地味ですわよ? ハーヴェイ様と並んだら、絵のようには……なりませんわー。


 「無理ですわー。私のこの髪と目では、暗くてハーヴェイ様のお隣に居ても絵にはなりませんわ」


 「何を言っている。俺はティアの髪も目も神秘的で美しくて好きだぞ」


 初めて殿方から褒められた私は、柄にもなく真っ赤になっている気がしました。だって頬が熱いですもの。


 「真っ赤だな」


 「気付かないで下さいませ。……殿方からこの髪と目を褒められたのは初めてで、どうしてよいのかわかりません」


 「そうか。初めてか。ならば一生俺が言い続けよう」


 ハーヴェイ様がご機嫌になったのか笑いながらそう仰る。あまりにも恥ずかしくなって、私は慌てて講堂へ向かいました。





 入学して1ヶ月が経ち、アンリ様以外の友人も出来ました。移動教室の渡り廊下で、アンリ様をお見かけしました。私は友人達に先に行ってもらい、アンリ様にお声がけします。


 「アンリ様?」


 「ティア! 久しぶりね!」


 「はい。会えて嬉しいですわ」


 「私もよ」


 「こちらで何をなさっていらっしゃいましたの?」


 「これから、よ。ごめんね、ティア。ちょっと用事が有るの」


 困ったようにアンリ様に微笑まれて、私は移動教室へ向かう事にしました。友人を困らせるのは、淑女のやる事では有りません。私が渡り終えたところで、殿下にお会いしました。学院で殿下が新入生歓迎のお言葉を述べた時にお見かけした以来です。


 「ティア」


 「殿下。ご無沙汰しております」


 この数年で、私は殿下とアイオン様から愛称を呼ばれる事になってしまいました。


 「ムゥロカでいい、と言っているだろう」


 「恐れ多くて無理ですわ。それに、殿下のお名前を呼んで良いのは、王家の方とご友人とご婚約者様だけですわ」


 「友人だろう?」


 「恐れ多いですわ。それに女である私が殿下の名前を呼んでしまうと、周囲に誤解されますので」


 「俺は構わん」


 「お戯れを」


 それきり、私は殿下に道を譲る。殿下の後を護衛の方が1人着いていらっしゃるのも、いつものこと。何とはなしに見送れば、アンリ様がなんだか廊下に座り込んでいるように見えました。


 「そこの者、どうした?」


 護衛の方が声をかけていらっしゃいますわ。アンリ様が何やら無くして探している、というお返事。まぁ! 私、アンリ様が探し物をしている事に気づきませんでした! ああ、なんて友達甲斐の無い人間なのでしょう。私も一緒に探したいわ! と思いましたが、殿下の護衛の方が探していらっしゃいますわ。直ぐに見つかったのか、アンリ様が、護衛の方と殿下にお礼を述べていますわ。


 殿下の若葉を思わせる緑の髪と、アンリ様の銀の髪がお綺麗ですわー。開いている窓から風が吹いて、余計にお綺麗ですわ! 若葉に月が見え隠れしているみたい! 良いものを見ましたわー。私はウキウキして、移動教室へ向かいました。






 またそれからしばらくして、授業で解らないところがあった私が図書室へ行きますと、銀の髪が見えました。アンリ様です。お声がけしようかと思いましたが、その向こうに晴れた空のような青い髪が見えました。あれはアイオン様です! 2人が隣同士で座っています。真昼の空に浮かぶ白い月のようで、お2人の姿も絵のようです。なんて素晴らしいのかしら!


 私は邪魔にならない位置の机に座って、解らなかった内容の教科書を開いて、それに見合う参考書を探す事に致しました。そこへアンリ様の「ありがとうございました」という声が聞こえて来ました。それから去っていく後ろ姿。本当にアンリ様のお髪は美しいですわ! そんな事を思いながら、目当ての参考書を見つけると、席に戻った私は、アイオン様と目が合いました。


 驚くアイオン様に礼をすれば、アイオン様が近付いて参ります。


 「ティアは、勉強ですか?」


 「はい。アイオン様。本日の授業で解らないところが有りましたので確認をしようか、と」


 「どれですか?」


 「これですわ」


 「ああ、これなら……。良かったら僕が教えようか?」


 「まぁ、常に首席のアイオン様に教えて頂けますなら有り難いですわ」


 アイオン様は、親しくなるまでは一人称が“私”でしたが、親しくなったら“僕”と仰るようになりました。あまりこの一人称を人前では使わないそうです。私なんかがそれを知って良いのでしょうか。でも、アイオン様の教え方は上手くて、理解出来ました。


 「ありがとうございます、アイオン様」


 「どういたしまして、ティア」


 「そういえば、先程アンリ様とご一緒でございましたね。お知り合いでしたの?」


 「アンリ様? ああ、あの御令嬢の事か。勉強を教えて欲しい、と言われたので、教えて差し上げたんだ」


 「そうでしたの。アイオン様はお優しいですわ。アンリ様は私の1番親しい友人ですの。ありがとうございます」


 「……彼女、ティアの友人なの?」


 「はい。ですからアイオン様が教えて下さったなら嬉しいですわ。本当にアイオン様は、いつでもお優しいですわね」


 「……僕は、優しくなんかないよ。誰にでも優しいわけじゃない。僕が優しくしたいのは、ただ1人だけ」


 「まぁそうですの? でも、私にはお優しいですもの。本当はアイオン様はお優しい方ですわ」


 「……うーん。鈍い人ですねぇ。まぁ今が楽しいからいいか」


 「ええと? アイオン様?」


 何でもないよ、とアイオン様は微笑まれて、他に解らないところはある? と尋ねられました。とりあえずは無かったので、お礼を述べて図書室を出ようとしたら、アイオン様も一緒に図書室を出ました。


 「ティア、もう帰るのでしょう?」


 「はい。ハーヴェイ様が本日は共に帰ろうと仰って下さったので、ハーヴェイ様と正門で待ち合わせですわ」


 私が微笑むと、アイオン様はなんだか苦い物を食べたような表情を浮かべました。首を傾げる私に、また、何でもないよ、と微笑まれ、アイオン様とそこでお別れして、私はハーヴェイ様の元に急ぎました。






 「ですから、ダムセル兄様! 私は別に誰にも付き纏ってなんか居ません!」


 入学してから3ヶ月が過ぎて、もうすぐ冬の長期休暇に入る頃、聞き覚えのある声が聞こえて参りました。アンリ様です。いくら冬が近付いて中庭に人が居ないとはいえ、そのような大声では誰かに聞かれてしまいます。この中庭は、確か密会するのに有名だ、と聞いた事がありますから、アンリ様は、どなたかと密会中でしょう。


 出て行くのは抵抗がありますが、大声では注目を浴びてしまう事を教えてあげなくては……。


 「アンリ様?」


 「ティア⁉︎」


 「ごめんなさい、アンリ様。お邪魔してしまって。もう少し声を小さくされた方が、注目を集めなくて済むかなぁと思いまして」


 私がアンリ様に忠告すれば「君は?」と声をかけられました。アンリ様が私の事を紹介して下さり、相手の方の事も紹介して下さいます。


 「従兄のダムセル兄様よ」


 「君が、アンリが良く言っているティア嬢か! はじめまして。仲良くしてくれてありがとう」


 「こちらこそ、アンリ様にはいつも仲良くして頂いて感謝しておりますわ。ダムセル様と仰ると、公爵家の……?」


 「ああ、そうだよ」


 「アンリ様がいつも仰っていましたの。とても面倒見の良い従兄様がいらっしゃると」


 「アンリの事だから口喧しいって言ってなかったかい?」


 「まぁ。ダムセル様は、アンリ様の為に良かれと思って仰るのでしょうから、アンリ様も感謝されていますのよ。ね? アンリ様?」


 「ティアに言われたら仕方ないわね。いつも感謝してます、ダムセル兄様。でも、本当に誰にも付き纏ってなんか居ませんから!」


 アンリ様はそう仰ると駆け去ってしまわれました。


 「あの、ダムセル様。すみません。私、余計なことを言ってしまいましたでしょうか」


 「いいや。大声を出していたのは確かだし、見つかったのが君で良かったよ。他の人だったら何を言われたか」


 「ダムセル様は本当にアンリ様の事を考えておられますのね。私、弟しか居ないし、心配してくれる年の近い親戚も居ませんから、アンリ様が羨ましいですわ」


 「……そうかな」


 「はい。とても羨ましいですわ」


 ダムセル様は、なんだか嬉しそうに笑っていますわ。きっとアンリ様が照れて、感謝の言葉を述べていないのですわね。ふふ。アンリ様らしいですわ。それにしても、ダムセル様もアンリ様と同じ銀の髪ですのね。お綺麗ですわ! 短い髪でも銀は美しいのですわね! でも目は紫では有りませんのね。透明な湖のような青色ですわ!


 「……何か?」


 ダムセル様が困惑した表情を浮かべています。


 「これは失礼しました。アンリ様と同じ銀の髪でお綺麗だと見てしまいましたわ」


 はしたない事を致しました、と頭を下げます。綺麗な髪と目なので、つい、ジッと見てしまって、淑女としては恥ずかしい事、この上無いですわー。私は慌ててその場から離れる事にしました。






 さてそれから冬の長期休暇に入り、私はお父様と領地に帰ってきました。お身体の弱いお母様は、まだ7歳の弟と共に年の半分は領地にいらっしゃいます。今年の春、私の入学準備や社交界デビューの支度やらで、王都にいらしていましたが、私が入学するのと同時に、王都より暖かい領地に帰っていらっしゃいました。ですからお母様にも弟にも会うのは久しぶりとなります。


 家族4人で過ごす冬。私はアンリ様にお手紙を書いたり、ハーヴェイ様にお手紙を書いたり、恐れ多くも殿下からお手紙を送られて、お返事を書いたり、アイオン様からもお手紙を頂いてお返事を書いたりしました。それから年明けの新年祭には例年通り不参加ですので、これまた例年通り新年の贈り物を買って皆様に送りました。


 我が国では新年祭に合わせて親しい方達に贈り物をしあって、お互いの1年の無事を祈ります。王都で行われる新年祭に参加するなら、直接お渡し出来ますが、不参加の場合は前もって送るのが通例です。今年も我が家は不参加ですので、贈り物を送りました。殿下には恐れ多いのですが、殿下に無いとご機嫌が悪くなられてしまいますので、アイオン様宛にご一緒に送って、アイオン様から手渡してもらいます。


 そうして、私は領地で冬を越していましたが、そんな私は知る由もありませんでした。世にも恐ろしい話し合いの場が新年祭の時期の王家の一室で設けられていた事に。


 私がその話し合いの内容を知るのは、冬の長期休暇が明けて学院に戻り、星降り祭の日のことでした。






 「星降り祭? って学院のお祭りでしたわね?」


 私はアンリ様にお会いするなり、その話になって、確認をしました。アンリ様は頷いて、続きを話します。


 「その星降り祭は、夜、星を観ながら行われるじゃない?」


 「ええ」


 「実はね。その星降り祭で、愛を告げると婚約出来る可能性が高いそうなの」


 「まぁ。アンリ様は未だにご婚約者がいらっしゃいませんから、もしやそこで愛を告げる方が出来ましたの?」


 「うん、それがさぁ。この国、互いの許可が有れば、一夫多妻でも一妻多夫でも大丈夫じゃない?」


 「え、ええ。私はハーヴェイ様だけですけれど、中にはそのような方もいらっしゃいますわね」


 残念ながら、どんなに望んでも子が産まれないご夫婦もいらっしゃいます。そのため、貴族は家を存続させねばなりませんから、お互いが認めれば、一夫多妻や一妻多夫も有り得ます。


 「私、その一妻多夫を狙っていたのよね」


 「まぁ! アンリ様、そんなに想い人がいらっしゃいましたの?」


 「うーん、というより……」


 アンリ様はちょっと小声になって、ボソボソと仰っています。私が聞いてはいけない独り言のようですわ。


 「せっかく逆ハー世界のヒロインに転生したんだから、逆ハーを狙ってみたかったんだけど。あれ程接点を持って、積極的にアプローチしても、4人共、無反応だったんだよね。無反応じゃダメだし」


 「アンリ様?」


 色々仰ってますが解らないので、私は呼びかけます。


 「いや。ええと。結局のところ、好きにならなかったから、星降り祭の告白はやめようかなって。それに考えてみたら、例えば、ムゥロカ殿下のお妃とか、他国との外交だの、国内の内政だの、解らないから、私、向いてないし」


 「まぁ。殿下の事がお好きだったんですの?」


 「ううん。全然。私、好きになった人、いなかったんだよねぇ。だから星降り祭は、愛を告げるのはやめて、お祭りを楽しむわ!」


 にっこり笑ったアンリ様に釣られて、私も笑います。やっぱり、アンリ様のこの笑顔は大好きですわ! 何やら諦めたそうですけど、アンリ様が笑って下さるなら、私はそれで良いですわ!


 「星降り祭、晴れると良いですわね」


 「本当。ティア。一緒に楽しもうね!」


 「はい、アンリ様!」


 なんて、呑気な会話をしていたあの日の私に言いたいですわ!


 今すぐ、星降り祭に不参加表明をするべきです! と。






 星降り祭。私は、アンリ様と一緒に楽しむつもりでしたが、ハーヴェイ様にお声をかけられて、仕方なく、ハーヴェイ様と共に観る事にしました。寒いですので、校舎内の全ての教室が開放されて、そこで思い思いに観る事が出来ます。で、私はハーヴェイ様に着いて行って、とある教室に入りました。そこには、殿下とアイオン様とダムセル様がいらっしゃいました。


 「ええと?」


 「済まない、ティア。君を守ると言ったのに……」


 困惑してハーヴェイ様を見上げれば、ハーヴェイ様が苦しそうな表情を浮かべていました。


 「ティア。ティルアラ。俺の妻になれ」


 「は?」


 殿下のお言葉に私は、不敬だろうと変な声を出していました。


 「ティア。ティルアラ嬢。僕の妻にもなって欲しい」


 「へ?」


 更にはアイオン様にまで。何故ですの! そしてとても嫌な予感がします。


 「ティルアラ嬢。ティアさん。俺からもお願いだ。妻に迎えたい」


 「あ、あああああの! ど、どういう事でしょうかぁ?」


 ダムセル様にまで言われて、私は吃ってハーヴェイ様のお顔を見る。ハーヴェイ様が、嫌々ながらに説明をして下さいました。


 いわく。


 「全員、ティアに惚れたそうだ」


 という、とても簡潔な説明。えっ、コレ、説明ですの⁉︎


 「ティアは、初めて会った時、俺に臆する事なく、礼儀について指摘した。あの時、王子に媚びないお前に驚いた。それから会う度に、手紙のやり取りをする度に、色々頑張っているティアに惹かれた」


 と、ムゥロカ殿下が話されますが、いきなり言われましても!


 「ティア。あなたは、殿下に媚びず、奥ゆかしく、慎ましやかな素敵な淑女で、僕はその神秘的な髪と目に囚われてしまいました。毎日ティアを甘やかして、優しく接して、僕を好きだ、と言わせたいんです」


 あ、アイオン様ぁ! 私、そんな立派な淑女では有りませんわぁ!


 「ティアさん。俺ね、お転婆なアンリの面倒をずっと見て来て。嫌では無かったけど、時に疲れる事もあった。それを君が、羨ましい、と笑ってくれた。俺は間違っていなかった。って思ったら、俺は君を見守りたくなったんだ。どうだろう?」


 ダムセル様! それでは一体、誰がアンリ様の面倒を見るんですー!


 「ティア。君が望むなら、俺は一妻多夫でも構わない。でも、俺だけを夫にして欲しいと思ってる。ティアは、俺に怖がらなかった女性だから、そんなティアを一生守りたい」


 「ハーヴェイ様……」


 と、言われましても。私、一妻多夫なんて、無理ですわー!


 「ティア。俺達を受け入れてくれるなら、お前の家族にもかなり援助が出来る。お前の母親にもっと滋養のある食べ物があげられるし、お前の弟が社交界にデビューする時は、大々的に祝ってやれる」


 な、な、な、な、なーっ! 殿下! よりによって、私の弱点をついて来るなんて、さすが王子ですわぁ! そんな事を言われてしまいましたら、私、お断りしにくいですわぁー! それに、殿下からの求婚を断れる程、我が伯爵家は力がある家柄では無いですわよー。


 ううううう。泣きそうです。あ、いえ、泣いてしまいましたわ。


 私は、零れる涙をそのままに、両手を組んで考えました。涙を拭うよりも考える方が先ですもの! いえ、でも、考えても意味無いですわよね。王家からの正式な求婚が来たら断れませんもの。私は涙で視界が不明瞭な事に少しだけ感謝して、深呼吸をしました。それから殿下とアイオン様とダムセル様とハーヴェイ様をゆっくりと見渡します。


 何故か、皆様、ハッと息を呑みました。


 「ティアの目が星のようだな」


 ハーヴェイ様が溜め息を零すように、そっと話して下さいました。……良く分かりません。星降りの夜に、何を仰っていらっしゃるのでしょう。とにかく、お返事をしなくてはなりません。


 「皆様の求婚はお受け致します。但し。……但し、私が皆様の事を好きになれましたら、子を授かるということで、構いませんか?」


 子どもは、殿方と同じベッドに入って、殿方にお任せしないと出来ない、と聞いています。ですが、好きでも無い方と同じベッドには入れませんわ! ですので、それを条件にさせて頂きました。皆様が、それをご了承下さいましたので、一先ず安心です。というか、本当にどうしてこうなったのでしょうか? ……本当に、なんで?






 その後。私は学院に通いながら、王子妃教育も受け始めました。幸い、ムゥロカ殿下は王太子では無いですから、国王陛下になる事も無く、いくらかは助かっております。そして、私は学院卒業と同時に、王子妃兼宰相子息夫人兼騎士団長子息夫人兼公爵子息夫人となりました。……やっぱり早まった気がしてなりません。


 それから2年後。私はハーヴェイ様との間に男児の双子を産みました。それから1年後に、アイオン様との間に女児を1人。更に1年後に、ダムセル様との間に男児を1人。それから2年後にムゥロカ殿下との間に男女の双子が産まれました。殿下が最後になったのは、私があまり素直になれない殿下を、こういう方、と受け入れるだけの余裕が無かった事に起因します。受け入れる余裕が出来たら、きちんと愛する事が出来ました。


 私が殿下方の妻になった事を1番喜んでくれたのは、アンリ様でした。ちなみにアンリ様は、学院卒業間際に、一目惚れした子爵家の御子息とご婚約されて、近々ご結婚される予定です。アンリ様が喜んで下さるのは、嬉しいですわ。私もアンリ様の幸せを常に願っておりますもの!


 ですが、私、思うのです。暗い色彩で平凡な容姿の私が、淑女の皆様憧れの、第二王子殿下と宰相子息と騎士団長子息と公爵家子息の妻になってしまった不思議さを。幸せか不幸せか、尋ねられたら、大声で幸せです! とは言えますけどね。


 本当に、なんでこうなってしまったのでしょうか……?






 「「「「ティアが優しくて、穏和で、芯の強い女性だから惹かれたんだよ。ずっと君だけを愛そう」」」」


 とは、結婚して10年経っても変わらず私を愛して下さる夫達の言葉です。

冬の長期期間中にあった新年祭にて。


「ハーヴェイ。話がある」


ムゥロカは、ハーヴェイに切り出した。ムゥロカの部屋に呼び出されて来てみれば、アイオンとダムセルまでいる。ダムセルは同じ年の公爵家子息。将来公爵家を継ぐ男だ。もちろん、ハーヴェイとも仲が良い。


「なんでしょう?」


そう答えながらも、ハーヴェイは嫌な予感がしていた。何しろ全員深刻な表情なのだから。


「簡潔に言おう。俺達は、ティルアラを妻にしたい」


「は? 嫌ですよ。ティアは、俺のものです」


「解っています。そんな事。百も承知です。それでもティアを諦められないのです。僕だって、何度諦めようとしたことか」


アイオンが苦しそうに胸の内を語る。こんなアイオンを見たのは、長い付き合いだが初めてで、ハーヴェイは戸惑う。


「俺さ、従妹の面倒をずっと見て来たわけだ。別に嫌じゃないけど、疲れる時もあるだろう? 従妹は淑女教育全然出来なくて、泥んこ塗れで遊んでるようなお転婆でさ。可愛いけど、疲れる。そういうの、ティアさんは見て来ているのに、俺が素敵な人だって。そんな事を言われたら、惚れるだろう?」


ダムセルまでそんな事を言い出した。


「もう父上や兄上にも話してある。兄上は直ぐにティアの素性を調べて、母親が身体が弱い事。滋養のつく食べ物を食べさせてやりたい事。弟も7歳で、将来の事とか心配な事を引き合いに了承させろ、と言っていた。見返りは、ティアの語学力だ。ティアの祖母は、我が国で使われている言語外の異国から来たから、言語で苦労しているだろう? だからティアは、あちらの国の言語を習得している。外交に役立つ、と兄上は思われた。父上もそれを知って、直ぐに婚約の手続きに入ったぞ」


更にムゥロカが畳み掛ける。


「僕も父上に話したら、国王陛下からティアの話を聞いていたみたいで、一妻多夫制を使えば、ムゥロカ殿下と共に、僕も夫になれる、と了承して下さった。ついでに、ダムセルも公爵に話をしてあって、既にハーヴェイの父上である騎士団長様にも話は伝わっている。君が了承するなら、一妻多夫制を認めてくれるそうだ」


ハーヴェイは、外堀を埋められた事を知った。下手に断り続けて、王家に取り上げられて、ティアとの婚約を破棄されたら……と考えれば、受け入れるしか無い。


ハーヴェイにとって、いや、ムゥロカもアイオンもダムセルも、既にティルアラのその優しく懐の深い愛情を欲していた。手放せなくなっていた。


「星降り祭の時に話して、ティアが受け入れたなら、俺も受け入れます」


それが、ハーヴェイの精一杯の抵抗だった。そうして、迎えた星降り祭で、ティルアラは、断れない結婚を了承する事になる。


だが、ティアを手に入れた4人は、その優しく深い愛情に心が潤い、幸せに溢れ、その分以上にティアを愛していたので、結果的にティアは執着と言っても良い溺愛を4人から受けて幸せになれた。

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