荷物のハコ
「ただいま」
ボクは玄関を開けると、そう言った。
上がると、妹が玄関に入って来た。
「おかえりなさい」
愛が、居間から玄関に迎えに出てきた。
「おかえりなさい」
愛は妹にもそう言った。
妹は、愛と目を合わせたのタイミングで、大げさに顔を横に向けた。
ワザと無視しています、と言う感じだ。
「萌さん……」
妹は玄関から上がると、そのまま二階の自分の部屋に入ってしまう。
愛はボクを見て言う。
「どうしよう、嫌われたみたい……」
「気にしなくていいよ」
そうは言うものの、ボク自身は妹の方を目で追った上に、二階を見つめている。
首を横に振った。
「愛のせいじゃないよ。勝手に妹が……」
ヤキモチを焼いて? ボクが愛と寝たから、というのか。それとも、街で愛を見かけたから?
「そうだ、思い出した。愛、テーブルの上にあったメモ、読んでくれた?」
「読みました。言われた通り、家の中にずっと居ました」
いや、こんなに言い切ってくるとは思っていなかった。ボクは居間に行こう、と指で合図する。
ボクが居間のソファーに座ると、愛は横に座った。
「これ、なんだけど」
妹から送られてきた映像を見せる。
ボクからスマフォを受け取ると、拡大したり、画像の端を見たり、画像の撮影位置を表示させたりした。
「黙ってましたけど…… 私、姉妹がいて」
「姉妹?」
なんだ、それで解決だ。そっくり姉妹。たまたま今日に限ってそれが複数目撃されたそういう話か。
「同じ緑髪で、顔や姿がそっくりなんです。三つ子、とか四つ子とか言われます」
「えっ? どういうこと?」
この緑髪は趣味で染めているんじゃないのか? ネットで出会った愛のこの緑髪は、ネット上のスキンであって、課金し加工した結果だと思っていた。それが現実にあっても緑髪だった。コスプレか、ネットと同じようにする為に染めているのだと思った。それが、姉妹そろって緑髪だという。これはそもそも遺伝的に緑髪である、と言っているように思えた。
「どういうことって?」
「逆に聞き返されると、何から質問していいか分からなくなっちゃったな……」
三つ子、四つ子の意味は、なんだろう。三つ子ならあと二人似たような姉妹がいることになるが、四つ子なら後三人、似たような顔の姉妹がいることになる。本当の三つ子、あるいは四つ子なのかも気になる。そして全員緑髪なのか。緑髪が遺伝なのか後天的なものなのか、だ。
「じゃあ聞くよ。愛って、四つ子なの?」
スマフォをボクに手渡しながら、下から上目遣いにこっちをみてくる。
「どうだと思う?」
ボクは手渡されたスマフォの画像と、愛本人を見比べながら、言う。
「四つ子、かな」
愛は急に顔を近づけてきて、キスをした。
「正解。さすが、智ね。四つ子なのよ。さらに上に二人と、下に一人いるの。全員女性だから、七姉妹ってことになるわね」
「な、七姉妹?」
素直に驚くべきか、冗談として乗った方がいいのか。迷いながらも、冗談だとして扱うことにした。
「また、またぁ~~~」
「?」
笑顔のまま愛は首をかしげる。
「冗談、でしょ?」
ブルブルっという音が聞こえるような感じに、首を横に振る。
まさか、これが真剣、真面目な答えだとすると…… 緑髪も、『コスプレか何か共通の趣味を持った姉妹』ではなく、遺伝で緑髪ということになる。
世界各国の人類のなかで、緑髪を持って生まれてくる遺伝子をボクは知らない。
「全員、緑髪?」
「全員、緑髪よ。母が緑髪だったからかな」
「ボクの常識では緑髪で生まれてくる……」
愛がボクがしゃべろうとするところを、人差し指で押さえた。
「信じて。智が人類のことをどれだけ知っているのか、知らないけど、母は緑髪で生まれてきたわ。緑髪だった母は、両親にも差別されて学校に行かされずにずっと家の中で隠れて暮らしたの。今、智が口にした『緑髪で生まれてくる人類なんていない』という一言の為に」
ボクは子供の頃から教育されてきた。
肌が黒いお友達を『肌が黒い』といじめてはいけません。女の子なのに女の子が好きな人、男の子なのに男の子が好きな人も。男の人なのに、一般的に女性が着る着る格好をするのが好きだからと言って、いじめたり差別しては……
だから、同様に緑髪で生まれてきた人をいじめてはいけないはずだ。差別は悪だ。
「……」
「さとる」
愛はそういって、ボクにすがるように顔を寄せてきた。
ボクは、昨夜の違和感がよみがえって来た。
体が震える。
その時、スマフォにメッセージが入った。
妹が送って来たものだった。
「!」
「どうしたの?」
今のメッセージが愛に見られたか不安になった。
いや、見られていない。相当首を曲げないと視線に入らないだろう。つまり、不可能だ。
「なんでもない。ちょっと用を思い出した。愛はここにいてくれるかい。もう少ししたら、晩御飯をつくるから」
「うん」
ボクは愛を引きはがすようにして立ち上がると、階段を上がった。振り返って確認する。愛はついてきていない。
ボクの部屋の前に妹が立っていた。
「で、何?」
「調べさせてよ。絶対あの大きな梱包を解いた残りがあるはずよ」
「昨日の、大きな荷物のこと?」
「部屋になかったんでしょ」
「今探すのかよ?」
「あの女と関係があるように思えるのよ」
ボクは口に人差し指を立ててつけると、階段の下を確認した。
「わかったよ。入れよ」
部屋を開けると、妹が入ってきて鍵を閉めた。
「?」
「念の為よ」
さっそく、妹は大きな箱を探し始めた。
ベッドの下をスマフォの灯りで照らすが、何も見えない。
押入れを開けて、やはり箱のようなものは入っていない。
人の大きさほどの箱なら、いくら何でも無くならないだろう。
「机を、こっちに動かして」
妹は天井を見つめながら言った。言われる通り机を動かすと、妹はさっと机に乗って、点検口のような部分を押し上げて、天井裏に首を突っ込む。幾つか方向を変えながらスマフォで写真を撮る。
「……ない」
「だから、そんな荷物は最初からなかったんだよ。なんかの勘違い……」
「違う! だって、何日も前の事じゃないんだよ?」
机から降りてくると、今度は窓を開けた。
そこからは一階部分の屋根が少し広がっている。妹は窓枠に足をかけると、靴下のまま屋根の上に出た。
「ばか! 危ないぞ」
ボクは慌てて窓枠に足をかけ、頭を下に向けて、身を乗り出した。
「わっ!」
足を滑らせた妹の腕を掴む。
「大丈夫か」
「う、うん」
ボクの体をロープ代わりに使って、妹は先に窓から部屋に戻る。
「今ので分かった」
そう言うと妹は、ボクを引き上げてくれるわけでもなく部屋を出て行った。
ボクは不自然な体勢からなんとか自力で部屋に戻り、ゆっくりと居間へ降りてくると、スマフォに妹のからのメッセージが入る。
「お兄ちゃん。あったよ。愛さんには内緒で外に出てきて。台所の裏手」
居間の様子を少し覗いた。
愛は、テレビをつけて見ていた。
ボクは声をかけず、そのまま玄関をそっと開け、外に出た。
裏手に、妹の姿を見つけた。
「ほら、これ……」
綺麗にたたまれていたが、大きな段ボール箱だった。巨大通販企業のおなじみのロゴが入っている。
「中の梱包材も、片付けられているけど、新しいものよね」
確かに妹の言う通りだ。
「誰宛に……」
ボクは大きな段ボールを開いて、宛書を見る。
「田畑智…… 俺宛だ」
「わたし、思うんだけど、この中にあの女が入ってたんじゃないかって」
人の身長を超えるような大きな箱であり、確かに箱とこの梱包材の量なら、人を入れても問題ないだろう。
監禁されていた彼女が脱出するのに、どうしてもこの方法である必要があった……のかもしれない。
「信じられない」
「けど、事実よ。箱の中身はなくなっている。その代わりに突然、あの女が訪ねてきた。どう考えてもこの箱に入ってやって来たように思える」
「……彼女は」
監禁されていた。だからこんな手段で家に来るのも仕方ないじゃないか。喉から出かかっているが、これを言うと妹にさらに怪しまれる。
「あの……」
ボクと妹が話しているところに、愛がやって来た。
「ごめんなさい。最初に言っておけば良かったですね。私、それに入ってやってきました」
「えっ!」
ボクは半分ぐらい疑ってはいたものの、まさかこんな箱に本当に入ってやって来たと思っていなかった。本人がそう言ったことに、心の底から驚いて、そう声に出していた。驚かなかった妹は警戒を深め、身構える。
「最初に伝えておくべきでした。ごめんなさい」
段ボールに入って送られてくるから、と先に伝えられてもそれを本気にしなかっただろう。
結局、どっちだったとしても驚きに違いはなかったように思う。
「あなたは自分を箱に詰めて送り、家の中で自ら箱から抜け出して、一度家から出て、まるで外から『初めて』の訪問したという芝居をしたわけね。」
愛はうなずく。
「昨日のことをお話しします」
「ここで話すのはなんだから、中で話そう」
ボクがそう言うと、妹は袖をひく。
「(お兄ちゃん!)」
「いえ、ここで話させてください。妹さんはこう言いたいんだと思います。『理由わからないのに家に入れておけない。』私もそう思います。だから、ここで説明したいんです」
愛は、ことの顛末を話し始めた。
ある組織に監禁されていたこと。ただし、なぜ、誰に監禁されていたのかは、ボクたちに迷惑がかかるから言わない、ということだ。
妹はすかさず言った。
「あなたを泊めている私たちには迷惑は掛からないの?」
「今は大丈夫です。智さんのおかげで、組織から追われることはありません」
妹は納得できないようだったが話しは先に進めさせた。
愛がボク以外の協力者に頼んで梱包してもらい、巨大通販企業の倉庫に置いた。
「登録の無い品物まで運んでしまうものなんでしょうか」
「内部データには追加してあります。裏付けとなるデータをトレースしても、あたかも智さんが購入したとしか思えないようになっているはずです」
ボクはスマフォで巨大通販企業の購入履歴を見た。
「えっ…… 本当だ、買った覚えのない品物が」
妹が覗き込もうとしたので、パッとスマフォの画面を消した。
「なんでよ、見せてよ」
「兄妹とは言え、プライバシーというものがだな」
妹はムッとふくれた。
「お兄ちゃんの通販履歴はエロ系確定ってことね」
「ちがっ……」
妹の手のひらがボクの口を押える。
「話を続けて」
愛が話を続ける。
業者がボクの部屋に入れ、妹が部屋から出たのを感じると、自ら箱を破って外に出た。箱や梱包材は綺麗にたたむ。そして窓から出たのだそうだ。
あとはボクが帰ってくるのを監視し、頃合いをみて玄関のチャイムを鳴らし、訪問したというわけだ。
「なんでそんな面倒くさい方法で……」
「一番怪しまれない方法で移動する必要があったんです」
「だって、さっき、もう安全だって。やっぱりその監禁の問題は解決していないんじゃ……」
と妹は食いついた。
「いえ。智の家に入ってしまえば安全です」
「?」
「説明できませんが、安全なんです」
妹とボクを交互に見やりながら、指を互い違いに組んで手を合わせる。
「だから、お願いです。しばらく泊めてください」