引越し祝い
ボクと妹は、愛へのプレゼントを買う間、完全に別々に行動していた。
夕方になって、駅前のすし屋の前で集合した。
お互いプレゼントの入った紙袋を抱えていた。
「何買ったの?」
紙袋を覗いてくるので、体をねじって回避する。
「ないしょだよ」
「どうせペアグラスとか、マグカップとか、ペアものなんでしょ?」
図星だった。
「な、なんだよ。じゃあお前は何買ったんだよ」
「新生活に必要なものよ」
何が『新生活に必要なもの』袋が家電量販店のものだから、どうせドライヤーとか目覚まし時計とかの、つまらない家電に違いない。
「ま、いい。寿司を受け取って、愛の部屋に行こう」
「うん」
寿司を受け取ると、駅近の賃貸マンションに向かった。
ボクがインターフォンを鳴らすと、遠隔でカチャリと扉の鍵が開いた。
「すげえ」
説明を受けた時は全く気にしていなかったが、こんな機能があるのか。
「これくらい普通でしょ。家が古いだけなのよ」
妹はさっさと入っていく。
後をついていくと、愛の部屋に着いた。
ボクも部屋に入り、寿司を置き、引っ越し祝いが始まった。
妹はスマフォを取り出して、言った。
「この部屋のWiFiに接続したいんだけど」
ボクに言ったのか、愛に言ったのかが曖昧だったが、愛が答えた。
「ああ、それなら……」
細かいパスワードとかを見せてもらっている。
「なんだよ、いきなりそんなこと聞いて」
「プレゼントにも関係あるから仕方ないでしょ」
プレゼントにWiFiが関係するって、ボクにはよくわからなかった。
「へえ……」
お寿司をつまみながら、妹だけジュースで、ボクと愛はお酒を飲んでいた。
とにかく、愛は小食だった。お酒も弱いのか、あまり飲まない。
なんとはなしに妹の様子を見ると、愛が寿司やお酒を手に取った瞬間を、食いつくように見つめていた。
何か変なことがないか、変わったことが起こらないかを確かめようとするかのようだった。
ボクはこのままでは変な雰囲気になると思って、プレゼントの話をした。
「愛。昨日の約束通り、プレゼント買って来たよ」
ボクが差し出すと、愛はグラスを置いてプレゼントを受け取る。
「うれしい。ありがとう」
「開けてみて」
「うん」
包み紙を開け、箱を開けるとグラスが二つ並んで入っている。
「ペアグラスね。素敵」
「やっぱり」
妹が愛の後ろから覗き込んで、そう言う。
「愛さん。私からのプレゼントは、こちらです!」
ボクと愛が妹の方を見ると、妹はパッと横に避けて、後ろに置いてある機械に手を差し伸べる。
500ミリリットルのビールの缶ほどの大きさの、茶色い筒が置いてった。
胴の部分には細かい穴がいくつか開いていて、顔のようなものが描かれている。
「スマート・スピーカー熊丸です!」
スマート・スピーカー。こっそりこれを設定するために、さっきWiFiのことを聞いていたのか。
妹は小さい声で言った。
「(愛さん、熊丸に呼びかけてみて)」
愛は首をかしげた。
「じゃ、代わりに私が試してみるね。熊丸こんばんわ」
茶色の筒状の機械に、横一直線にLEDが光った。口を意味しているようだった。
『はじめまして。ボククママルです。これから、簡単な使い方を説明します。説明が不要な場合は不要って言ってね』
「……」
愛が何も答えないでいると、茶色いスマート・スピーカー熊丸が話をつづけた。
『ボクはお天気やご近所の情報、ニュース、ゲームなど、いろいろな機能があるよ。機能を使うときはまず、クママル、と呼びかけてね』
「くままる」
愛が言うと、熊丸、茶色いスマート・スピーカーの口のような位置にあるリング状のLEDが光る。
『はい。認識しました。続けて、キーワードを話すと、今日の天気、ニュースなどをクママルが読み上げます』
「天気」
愛はスマート・スピーカーの方にそう言ってから、横を向き微笑みかけた。
『はい。今日の天気は晴。夜半にかけて一時雨が降るでしょう』
「すごいね。スマフォに話かけるより、ハンズフリーで助かるね」
「お兄ちゃんのスマフォに、『これ』からLINK通話できるよ」
妹と愛が、何やら画面で設定すると、ボクのスマフォが振動した。
愛からのLINK通話だった。
「ほら、お兄ちゃん、出てよ」
妹に言われるままスマフォで通話を始めると、そこにいる愛の姿が映った。
『ハロー』
「はろー。って、この距離で通話する必要ないじゃん」
「面白い、面白いよ、これ。萌さん、たのしい引っ越し祝いありがとう」
何か軽く抱き合っている二人が画面で見える。
「クママル。通話を切って」
『はい。通話を終了します』
ボクのスマフォの通話も同時に切れる。
プレゼント対決は、ボクが負けてしまったような感じだった。
その後も、食べたり飲んだり、話したりして楽しく時間が過ぎた。九時近くなって、妹がボクの肩に手をかけて立ち上がった。
「愛さん。私、明日も学校があるので、ここら辺で帰ります」
頭を下げて挨拶のやり取りがあった後、愛がボクに言った。
「萌さんを送って行ってあげてね」
最初からそのつもりだったが、愛に言われてそうしているように相槌をした。
「そうだね。送っていくよ」
妹とボクは愛の部屋を出て、二人で駅から家までの道を歩いていた。
妹は何かスマフォの画面を必死に見ていて、少し左右に振れる。
自分で危ないと思ったのか、ボクの後ろに回っていった。
「お兄ちゃん、ちょっと前を歩いて。私、お兄ちゃんに掴まって歩くから」
「スマフォを見なければいいだろう?」
「ちょっと気になるのがあるの。どうしても」
切羽詰まったような真剣な顔で言われ、ボクは言われるままにした。
そして、いつもよりゆっくりと家に着くと、鍵を開けた。
妹だけが家側に入り、ボクは戸口に立ったまま妹に別れを言おうとした。
「じゃあな」
「待ってお兄ちゃん。一つだけ言いたいことがあるの。いい。ちょっとだけ待って」
妹は、家に入ると部屋の灯りをつけて、再び玄関に戻って来た。
「今、部屋の灯りがついて、テレビがついて、パソコンが付いているの。いい? 普段の生活の電力を使っている状態」
妹は、サンダルを引っ掛けて、ボクを引っ張った。家の外の、壁についている機械を指さした。
「あれが電力メーター。見て。桁の上がりかたを覚えて」
「なんだよ、電気の無駄遣いするなよ……」
違う。これは妹が以前言っていた、愛が電力を使っていた話をするつもりだ。
「愛さんの部屋に入る前に、電気の検針メーターがあるはずよ。それを見て。部屋番号ごとに検針メーターが並んでいるところを見るの。こんな回り方じゃないはずだから」
電力を使うのは、個人の自由のはずだ。ボクは言い返した。
「……自分の部屋なんだから、何をやってもいいだろう!」
「……やっぱりお兄ちゃんに話しても無駄か」
「なんだよ、ボクは……」
妹は手の平をボクに向けて、話を止めさせた。
「わかった。別の方法にするから。お兄ちゃんは愛さんのところに戻って」
「話を聞け……」
妹は、サッと家の扉へ戻ると、一瞬、悲しそうな顔を見せて、扉を閉めた。
扉越しに、声が聞こえてきた。
「さよなら」