表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/16

引越し祝い

 ボクと妹は、愛へのプレゼントを買う間、完全に別々に行動していた。

 夕方になって、駅前のすし屋の前で集合した。

 お互いプレゼントの入った紙袋を抱えていた。

「何買ったの?」

 紙袋を覗いてくるので、体をねじって回避する。

「ないしょだよ」

「どうせペアグラスとか、マグカップとか、ペアものなんでしょ?」

 図星だった。

「な、なんだよ。じゃあお前は何買ったんだよ」

「新生活に必要なものよ」

 何が『新生活に必要なもの』袋が家電量販店のものだから、どうせドライヤーとか目覚まし時計とかの、つまらない家電に違いない。

「ま、いい。寿司を受け取って、愛の部屋に行こう」

「うん」

 寿司を受け取ると、駅近の賃貸マンションに向かった。

 ボクがインターフォンを鳴らすと、遠隔でカチャリと扉の鍵が開いた。

「すげえ」

 説明を受けた時は全く気にしていなかったが、こんな機能があるのか。

「これくらい普通でしょ。家が古いだけなのよ」

 妹はさっさと入っていく。

 後をついていくと、愛の部屋に着いた。

 ボクも部屋に入り、寿司を置き、引っ越し祝いが始まった。

 妹はスマフォを取り出して、言った。

「この部屋のWiFiに接続したいんだけど」

 ボクに言ったのか、愛に言ったのかが曖昧だったが、愛が答えた。

「ああ、それなら……」

 細かいパスワードとかを見せてもらっている。

「なんだよ、いきなりそんなこと聞いて」

「プレゼントにも関係あるから仕方ないでしょ」

 プレゼントにWiFiが関係するって、ボクにはよくわからなかった。

「へえ……」

 お寿司をつまみながら、妹だけジュースで、ボクと愛はお酒を飲んでいた。

 とにかく、愛は小食だった。お酒も弱いのか、あまり飲まない。

 なんとはなしに妹の様子を見ると、愛が寿司やお酒を手に取った瞬間を、食いつくように見つめていた。

 何か変なことがないか、変わったことが起こらないかを確かめようとするかのようだった。

 ボクはこのままでは変な雰囲気になると思って、プレゼントの話をした。

「愛。昨日の約束通り、プレゼント買って来たよ」

 ボクが差し出すと、愛はグラスを置いてプレゼントを受け取る。

「うれしい。ありがとう」

「開けてみて」

「うん」

 包み紙を開け、箱を開けるとグラスが二つ並んで入っている。

「ペアグラスね。素敵」

「やっぱり」

 妹が愛の後ろから覗き込んで、そう言う。

「愛さん。私からのプレゼントは、こちらです!」

 ボクと愛が妹の方を見ると、妹はパッと横に避けて、後ろに置いてある機械に手を差し伸べる。

 500ミリリットルのビールの缶ほどの大きさの、茶色い筒が置いてった。

 胴の部分には細かい穴がいくつか開いていて、顔のようなものが描かれている。

「スマート・スピーカー熊丸(くままる)です!」

 スマート・スピーカー。こっそりこれを設定するために、さっきWiFiのことを聞いていたのか。

 妹は小さい声で言った。

「(愛さん、熊丸に呼びかけてみて)」

 愛は首をかしげた。

「じゃ、代わりに私が試してみるね。熊丸(くままる)こんばんわ」

 茶色の筒状の機械に、横一直線にLEDが光った。口を意味しているようだった。

『はじめまして。ボククママルです。これから、簡単な使い方を説明します。説明が不要な場合は不要って言ってね』

「……」

 愛が何も答えないでいると、茶色いスマート・スピーカー熊丸が話をつづけた。

『ボクはお天気やご近所の情報、ニュース、ゲームなど、いろいろな機能があるよ。機能を使うときはまず、クママル、と呼びかけてね』

「くままる」

 愛が言うと、熊丸、茶色いスマート・スピーカーの口のような位置にあるリング状のLEDが光る。

『はい。認識しました。続けて、キーワードを話すと、今日の天気、ニュースなどをクママルが読み上げます』

「天気」

 愛はスマート・スピーカーの方にそう言ってから、横を向き微笑みかけた。

『はい。今日の天気は晴。夜半にかけて一時雨が降るでしょう』

「すごいね。スマフォに話かけるより、ハンズフリーで助かるね」

「お兄ちゃんのスマフォに、『これ』からLINK通話できるよ」

 妹と愛が、何やら画面で設定すると、ボクのスマフォが振動した。

 愛からのLINK通話だった。

「ほら、お兄ちゃん、出てよ」

 妹に言われるままスマフォで通話を始めると、そこにいる愛の姿が映った。

『ハロー』

「はろー。って、この距離で通話する必要ないじゃん」

「面白い、面白いよ、これ。萌さん、たのしい引っ越し祝いありがとう」

 何か軽く抱き合っている二人が画面で見える。

「クママル。通話を切って」

『はい。通話を終了します』

 ボクのスマフォの通話も同時に切れる。

 プレゼント対決は、ボクが負けてしまったような感じだった。

 その後も、食べたり飲んだり、話したりして楽しく時間が過ぎた。九時近くなって、妹がボクの肩に手をかけて立ち上がった。

「愛さん。私、明日も学校があるので、ここら辺で帰ります」

 頭を下げて挨拶のやり取りがあった後、愛がボクに言った。

「萌さんを送って行ってあげてね」

 最初からそのつもりだったが、愛に言われてそうしているように相槌をした。

「そうだね。送っていくよ」

 妹とボクは愛の部屋を出て、二人で駅から家までの道を歩いていた。

 妹は何かスマフォの画面を必死に見ていて、少し左右に振れる。

 自分で危ないと思ったのか、ボクの後ろに回っていった。

「お兄ちゃん、ちょっと前を歩いて。私、お兄ちゃんに掴まって歩くから」

「スマフォを見なければいいだろう?」

「ちょっと気になるのがあるの。どうしても」

 切羽詰まったような真剣な顔で言われ、ボクは言われるままにした。

 そして、いつもよりゆっくりと家に着くと、鍵を開けた。

 妹だけが家側に入り、ボクは戸口に立ったまま妹に別れを言おうとした。

「じゃあな」

「待ってお兄ちゃん。一つだけ言いたいことがあるの。いい。ちょっとだけ待って」

 妹は、家に入ると部屋の灯りをつけて、再び玄関に戻って来た。

「今、部屋の灯りがついて、テレビがついて、パソコンが付いているの。いい? 普段の生活の電力を使っている状態」

 妹は、サンダルを引っ掛けて、ボクを引っ張った。家の外の、壁についている機械を指さした。

「あれが電力メーター。見て。桁の上がりかたを覚えて」

「なんだよ、電気の無駄遣いするなよ……」

 違う。これは妹が以前言っていた、愛が電力を使っていた話をするつもりだ。

「愛さんの部屋に入る前に、電気の検針メーターがあるはずよ。それを見て。部屋番号ごとに検針メーターが並んでいるところを見るの。こんな回り方じゃないはずだから」

 電力を使うのは、個人の自由のはずだ。ボクは言い返した。

「……自分の部屋なんだから、何をやってもいいだろう!」

「……やっぱりお兄ちゃんに話しても無駄か」

「なんだよ、ボクは……」

 妹は手の平をボクに向けて、話を止めさせた。

「わかった。別の方法にするから。お兄ちゃんは愛さんのところに戻って」

「話を聞け……」

 妹は、サッと家の扉へ戻ると、一瞬、悲しそうな顔を見せて、扉を閉めた。

 扉越しに、声が聞こえてきた。

「さよなら」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ