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疑惑

 家探しはあっさりと決まってしまった。

 ボクは少し家賃が高すぎる、と思ったが、愛は貯蓄があるから家賃は何とかなると言った。

「確かに良い部屋だけど、どこが気に入ったの?」

 愛は伸ばした腕を後ろに回して、お尻のあたりで手を重ねて、上体を前に出していた。

(さとる)は気付いたかなぁ? 不動産屋さん『ここは電車が近いから部屋の防音はしっかりしている』って言ってたじゃない? あの時外に電車通過してたの知ってた?」

「えっ、気が付かなかった」

 と言うと、愛は得意げに笑って、人差し指を立てて言った。

「でしょ~~ 本当にしっかりした防音だって証拠だよね。だから、この部屋についてのいいことは全部本当だって思ったの」

「そうだね。普通、契約して欲しいから、多少盛って話すもんね」

 そんなことを話しながら、家に戻った。

 部屋の契約は半ば終わっていて、明日には入れるということだった。

 ボクの家にいる最後の日になる。

 そう思いながら家に着いた。

 家に帰ると、愛は引っ越しするための荷物を用意するから、と言ってすぐに父母の部屋に向かった。

 ガタガタ、と荷物が崩れるような音がして、続けて愛の声が聞こえた。

「萌さん?」

 ボクは父母の部屋に向かった。

 棚の上に積んでいた本が崩れ、崩れた本を挟んで、妹と愛が立っていた。

「どうした、なんでこんなところにいる? ここは愛の部屋……」

 妹はボクの方を見て、叫ぶように言った。

「違う。お父さんとお母さんの部屋よ!」

 愛が落ちた本を拾って、棚の上に戻している。

「けど、愛が使っているのは知っていただろう。なんで断りもなく入ってたんだ」

「お母さんの服を探してたのよ」

 妹も気付いたように本を拾って愛に手渡す。

「だからなんで」

「お兄ちゃんだって、私がお母さんの服、たまに着てるの知ってるでしょ」

「そうだっけ」

「前からたまに着てるの。お母さんの服は、お母さんの匂いがするもの」

 確かに両親と離れて暮らしていると、ふと、そういうことが恋しくなる。

「気にしないでいいですよ。見られてまずいものとかありませんし」

 愛はそう言って、にっこりと笑った。

 妹はそれをみて愛のことを睨みつける。

「けど、ちょっとだけ荷物の整理をするので、お二人とも出ていただけませんか」

「ああ……」

 妹の手を引くと、ボクは父母の部屋を出た。

 愛が内側から扉を閉めた。

 妹は、父母の部屋の方向を確認してから、ボクの袖を引っ張った。

「なんだよ……」

 妹は素早く人差し指を一本立てて、唇につけた。黙ってくれという事らしい。

 妹に腕を引かれるまま、風呂場の方に移動すると、妹が言った。

「(これを見て)」

 小さい声で言うと、明細表を見せてきた。電力料金の表だった。

 ボクの記憶している月の電力料金より、桁が一つ違っていた。

「(夏のエアコンや、冬のヒーターを使っている時期より、料金がかかっているのよ。おそらく、愛さんが来たせいだわ)」

「何を言って」

 妹はボクの口に手をかぶせてきた。

「(声が大きい。それだけじゃないの。この電力料金の増えた分の金額ぴったり、口座に振り込まれてるの。おかしいと思わない?)」

 確かに一つ桁が違ったら、母方のおばあちゃんから振り込まれる費用ではまかない切れずに引き落とされないはずだ。そうなれば督促状がくるだろう。誰かが、電力料金に気が付かれないように(あらかじ)め振り込んだということになる。

「(それがどうして愛のせいなんだ)」

「(他に理由考えられるの?)」

「(……だけど、桁が違う。まだ、たったの一週間だぞ)」

「(一週間じゃないわ。検針した時だから、これでも一日か二日分よ)」

「(ウソだ……)」

 ボクは明細表を手に取って確かめる。

 確かに妹の言う通りだ。だが、どれだけ電力を使おうとしてもここにあるだけの電気機器しか使えない。まして愛一人で。

「(とにかく電力会社に問い合わせてみろよ。何かの間違えじゃないか。増えた分だけ振り込まれているのも、電力会社がやっているのかもしれないし)」

 そうか。それで父母の部屋に入ったんだ。

「(それで部屋に忍び込んで電化製品を探したのか?)」

 妹はうなずく。

「(一つだけ可能性があったわ。丸いクッションがあったんだけど、それにケーブルがついていた。しかもそのケーブルは、エアコンのコンセントについているようなプラグだったのよ)」

「(だからって…… もういい)」

 ボクは首を横に振った。そして妹を両手でおしやるようにしてから、一人で居間の方へ戻った。

 妹が何を言い出しそうなのか、ぼんやりと考えてしまった自分がイヤになる。

 ソファーに座って目を閉じる。

 丸いクッションはおそらく、ワイヤレス給電する為の機械……

「お兄ちゃん、さっきの感じだと愛さんって、もう引っ越すの?」

「ああ、引っ越すよ。明日な」

 居間に戻って来た妹にそう言うと、愛が父母の部屋から出てきた。

「今、兄から聞いたんですが、引っ越すんですって? 結構急な話ですよね」

 妹が、愛にそう言う。愛は少し引いた感じになってい、言い返した。

「萌さんにはお話ししていませんでしたね。今日、お兄さんと一緒にお部屋を見てきて、契約したんです。明日には入れるので、明日引っ越しします。これまでいろいろとご迷惑をおかけしました」

「じゃあ、明日の夜は引っ越し祝いしましょうよ」

 ボクは立ち上がっていった。

「明日は引っ越して最初の晩だから、今日引っ越しの前祝にしようよ」

 妹が目を細めてボクを睨んだ。

 そして軽く肘うちをされた。

「引っ越し先で引っ越し祝いしないなんておかしいですよね」

 同意を求められた愛が、うなずいた。

「そうですよ。明日の晩にしましょう」

「じゃあ、決まりね。愛さん、私何かプレゼントを用意していくから。お兄ちゃんもね」

「ああ、わかった…… 萌、愛、相談なんだが、今引っ越し祝いをするつもりで、料理する気なくなっちまった。夕飯、何か出前をとることにしてもいいか?」

 愛がうなずき、妹は口を開いた。

「いいわよ。ハンバーガー屋さんの出前がいい。ダブルバーガーとポテトとコーラ」

「そんなに食うと太…… ぐふぉっ」

 強い肘うちが入った。

「じゃ、私はハンバーガーとナゲットとジンジャーエール」

「う…… うん。それじゃ、ボクが頼むね」

 スマフォを操作して、出前を注文する。

 スマフォには、お届け予定時間帯も出ていた。案外早い。

 居間でダラダラしながら、待っているとハンバーガー屋から注文の品が届く。

 ボクが受け取り、居間に持っていく。

 食べながら、明日の話をしていると、

「愛、引っ越しのプレゼントだけど、何がいい?」

 愛は手を小さく振りながら言う。

「あ、いいよ、いいよ、気を使わなくて」

「そういう訳にはいかないよ」

「愛さん。そうですよ。せめて何色のモノがいいかとかないですか?」

 ボクは今日見てきた部屋の雰囲気を思い出していた。

「部屋の壁は白だった。床は濃い木目調のフローリングで……」

「じゃあ、ベージュのものとかどうですか?」

「はい、それでお願いします」

「決まりねっ! お兄ちゃんはお兄ちゃんで考えてよね」

 妹の方を向いて、指でお互いをさしながら、

「二人で何か一つ買うんじゃないの?」

「お兄ちゃん、愛さんの恋人なんでしょ?」

 愛の顔が赤くまった。ボクもすこし頬が熱く感じた。

「ほら、二人とも赤くなった」

「からかうなよ」

 妹はボクの方を見るときだけ睨んできた。

 そんな感じで話が進み、明日の大体の予定が決まった。

 プレゼントはボクと妹でひとつづつ買って用意する。

 食事は、ボクらが部屋を訪ねる前に、駅前のお寿司屋さんに寄って握ってもらう。

 大体九時ぐらいまでで、妹は帰る。

「後で愛さんの部屋に戻ってもいいけど、九時になったらお兄ちゃんが私を家まで送ってよね」

「ああ、わかったよ」

 ボクが愛の部屋に泊まるつもりなのは最初から妹に見透かされていたようだった。






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