交渉しましょ そうしましょ
vsお父様が決定した次の日の学園話です
中間管理職的な人が学園にもいるだろうなーと
次の日の放課後、リナニエラはカインと待ち合わせをして、本館である貴族課の職員室に来ていた。もちろん、前もって書状はしたためていたし(といっても、昨日の夜にしたためた者を登校と同時に事務局に預けただけだが)魔法科の教師にも同じ話をした。騎士科であるカインも同じ事をしたのだという。
さて、一体どんな話になるのか。少し緊張しながらリナニエラ達は職員室の奥にある会議室に通される。この場所はもっぱら教師が会議をする時に使われる場所だそうだ。
学校の会議室なんて会議机にパイプ椅子のイメージだったリナニエラからすれば、ソファに、テーブルきちんとした調度品が並ぶこの場所は落ち着かなくて仕方が無い。
『ほえー』
頭の中でそんな言葉を浮かべながら、リナニエラ部屋の中を見回した。床や調度品は落ち着いた物が置かれている。決して安くはない事だけが分かって、リナニエラは身震いをした。
「遅れて申し訳ない」
やって来たのは、魔法科、騎士科、貴族課の主任教師と副学園長だ。学園長は外せない用事があったらしく、彼に頼んだらしい。
「わざわざお時間を作っていただいて感謝します」
前口上のような言葉をカインが口にした後、二人そろって頭を下げる。そうすれば、四人の教師陣は苦笑した。
「先触れから連絡をしてくる生徒なんて早々いませんからね。余程の事があったのでしょう。どうかしましたか? 確か昨日は演習の為にギルドでクエストをしたとか」
にこにこと笑いながら話をしてくる副学園長にリナニエラは愛想笑いをする。ギルドからも話が伝わっているから情報としては入っているのだろうが、こうやって確認されるのは心臓に悪い。
「まずはこれを」
そう言いながら渡したのは、リナニエラの父であるエドムントから学園長宛ての書状だ。ここには、昨日自分達が見聞きした情報と、父の見解が書かれている。それを受け取った副学園長は、『ここで開けても?』と尋ねるようなジェスチャーをした後、封筒を開いた。中身に目を通している彼は最初は柔和な表情だったのに、段々と顔をが厳しくなる。書状を読み終えた後は沈痛な顔をして、ため息をついた。
「これは、事実ですか?」
尋ねられる言葉に、リナニエラはカインと一瞬顔を見合わせた後頷いた。
「その通りです」
返事をすれば、彼は目頭を指で摘まむようにした後、『なんという事だ』と絞り出すような声を出した。
「確かに、ギルドや、騎士団からも連絡が来ています。演習の日程をずらせないかという内容や、演習の内容を変える事が出来ないかと……」
渋い顔をしながらも、彼はリナニエラ達に話をする。本当なら、こんな内部事情を自分達に漏らす事なんてない筈なのに、それを聞かせるという事は、副学園長自身も今回の事に対して戸惑っているようだった。
「それで、演習を動かす事は可能なのですか?」
本題というように、カインが切り出すように尋ねれば教師陣は顔を見合わせた。皆が難しい顔をしているのが、なんとなく引っかかってリナニエラは首を傾げた。
「何かあるんですか?」
尋ねれば、魔法科の主任教師が苦笑いをする。その笑みは何か言いづらい事を話す時のそれに似ていた。
「いや、学園長がね……」
そこまで言うと、魔法科の主任は口をつぐむ。やはり上司の悪口は生徒に言いづらいのだろうか。頭の中で予測を立てていれば、魔法科主任の言葉を引き継ぐような形で貴族課の主任教師が口を開いた。
「悪い人では無いのだが、なんというか学園は王家や、他の場所からも独立した機関だという気持ちが強くて……」
「あー」
なんとなく、言いたい事を察してリナニエラは生ぬるい声をかけた。つまり、学園長は学園がどこの機関からも独立している場所だという事に誇りを持っていると。そして、その気持ちは思った以上に強くて下手をすると外部の言葉を聞かない時がある。そういう事なのだろう。
「厄介な……」
思わず言葉が出た。少なくとも、自分のプライドと生徒達の安全を秤に乗せる事をしてはいけない。リナニエラならそうおもうが、どうやら学園長は違うようだ。
「残念な話だが、おそらく演習は日程通りに行われる。魔物が暴走するという予測も多少考慮に入れられるだろうが、ほとんど無視されると思った方が良い」
真顔で騎士科の主任教師が口を開くのに、リナニエラは額に手を当てた。全く何故上に立つ人間というのは変なプライドにこだわるのか。
「はあ……分かりました。でしたら、もう一つのお願いの方だけでも通していただく事は可能ですか?」
「冒険者登録をして緊急事態の際に要請をしている生徒と、王宮から出る護衛との連絡手段を作るという事ですか?」
確認するように話をされた魔法科の主任教師の言葉に、リナニエラは頷いた。
「緊急事態になった時、一番困るのは情報が無い事です。何も情報が入らない中でも極限状態はパニックを引き起こします。それは、学園も避けたいのでは? プライドを慮るばかりで大事な事を見失われるのは私たちも困ります」
前世にテレビの中で見た光景や、映画で見た光景を思い出してリナニエラは教師に話しかけた。もし、これが受け入れられないのなら、違う伝手を使ってでも、連絡手段は持つつもりでいる。幸い、冒険者が多いのは、魔法科と騎士科の生徒だ。そこから横に話を伝える事は出来るだろう。
「た、確かに……」
汗を拭きながら返事をする副学園長の言葉に、リナニエラは息を吐いた。そして、隣に座るカインの顔を見る。今のところから何の発言もしていない。一体何を考えて居るのだろう。仏頂面ともいえる彼の顔を見つめながらリナニエラはそんな事を考える。暫く沈黙が続いた所で、カインが副学園長の顔を見た。そして、ゆっくりと口を開く。
「とにかく、演習をするのであれば有事に要請している生徒に魔物が暴走する情報は渡す事は確約してください。犠牲になるのは生徒です」
思った以上に強い言葉。彼の言葉に、彼は背筋を伸ばすと、再び額に流れる汗を拭いた。その様子が、何だか怯えている様にも見えてリナニエラは眉を寄せる。
彼の事は『カイン』だと自己紹介された時に言われているけれども、何だかあやしい。苗字を名乗らないから、平民かといわれればそうは見えないし何より今カインの言葉を聞いて、どこか怯えと焦りを見せている副学園長の態度の方がきにかかる。
『ここでありがちなのだったら、違う国の王子とか、公爵家令息とかだよね』
この世界が乙女ゲームな事を考えれば、ストーリーに入っていない背景でそんな事があるかもしれない。そんな事を考えながらもリナニエラは席を立った。
「とにかく、学園長にお伝えしてください。そして、先生方の色よいお返事を期待しています」
そう言えば、教師たちは困った顔をしながらも頷いた。これで、少しでも演習が安全なものになればそう願わずにはいられなかった。
だが、数日後魔法科の主任教師から聞かされた話は、演習は予定通り行うという学園長からの通達があったという話だった。どうやら、学園長は、他の組織からの忠告は受け付ける余裕もないようだ。
だが良い話もあった。後日冒険者として、依頼をかけている生徒と王宮騎士団との合同の演習説明会を騎士団が主催して学園で行う事に職員会議できまったようだ。
どうやら、副学園長が学園長相手にかなり頑張ってくれたらしい。
『生徒を犠牲にして守るプライドがありますか』とかなんとか言って説き伏せたようだ。彼の勇気は素晴らしいとは思うのだけれども、どこかで聞いたセリフのような気がしたのはリナニエラは考えないようにした。
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