危険予知活動は
不穏な空気が漂っているかもしれない
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もふもふが足りない回です
以前リナニエラが生を受けた世界で『危険予知活動』という物があった。KY活動と言われていたのを記憶している。つまりは大きな事故や災害になりそうな出来事を事前に検討して、予防する事を考えて実践するというものだ。
『何だか今の状況に似てるわね』
ぼんやりと考えながら、リナニエラは真顔でエルマーと話を始めた兄を見つめる。そのままエルマーは森の真上に魔法を展開させる。まるで、花火の様に音を立てて小規模な爆発をさせた。
「何?!」
薬草を摘むのに夢中になっていたセリアは急に近くで起こった音に、ビクリと肩を跳ね上げさせた。きょろきょろと周囲を見回す彼女に笑顔を見せた後、リナニエラは彼女の元へと歩みよった。
「リエ様。先ほど大きな音が。あれは一体」
不安そうな顔をして、尋ねてくるセリアの顔に笑顔を向けるとリナニエラは先ほどまでの和やかな雰囲気から一変して、張りつめた顔をにった兄とエルマーの方向を振り返った。
「すみません。先ほどの音は騎士団招集の合図の魔法を使ったからですわ」
そう説明をして、セリアに手を差し伸べる。見れば、彼女の袋は既に薬草がいっぱいになっていた。
丁寧に摘まれた薬草はきっと、査定の時に多少値段が良くなるだろう。頭の中でそんな事を考えながら、彼女を立ち上がらせれば、セリアは少し照れたような顔をして笑う。その可憐な笑顔に、リナニエラはくらりと軽いめまいを覚えた。
「リエ様?」
いきなり身体をふらつかせた自分に、セリアがおろおろとした顔を浮かべるけれども、リナニエラは何でもないと返事をした。
自分の友人で、普段一緒にいる事の多いチェーリアは繊細にはかけ離れた豪胆な性格だ。どちらかというと魔法科の面々は女子生徒と言っても、魔法に対して異常に執着があったりだとか、やたらと新作魔法を作ってみただとか。
あとは魔法薬狂いだとか。言っておくがこのどの学生も貴族子女だ。
こんな女子ばかりみなれていたせいか、純粋に貴族の子女をしているセリアの存在が今のリナニエラにはひどく新鮮に思えた。きっとこちらが貴族子女としては普通の反応なのだろが――。
「だ、大丈夫です」
心配そうに尋ねてくるセリアに返事をすると、リナニエラは兄たちが立っている方向へと目を向けた。先ほどの合図を受けて、近くにいた騎士団の人間が数人集まり始めている。そこにクリストファーとエルマーの伝言が伝えられて、再び騎士団の面々は散っていく。中には伝達魔法を使っている騎士もいた。そのどこか緊迫した空気が伝わったのか、セリアがこちらに身体を寄せて不安そうな顔をこちらに向けてくる。それを見た後、リナニエラは息を吐いた。
ちらりとカインを見れば、彼も無言で頷きを返してくる。このまま、今起きている出来事をセリアとパトリックに説明せずに今日の出来事を終わらせるのは簡単だ。だが、それではいけない。
「セリア様、ヘニング先輩。お話があります」
少し声を落として、真面目な顔をしれば二人が神妙な顔をして頷く。どうやら、彼らもこの森が静かすぎる事には気がついているらしい。
「次の演習までにお二人にはやっておいて欲しい事があります」
真面目な声でそう言えば、彼らは顔を見合わせる。もっと、重要な事を言われるとでも思っていたのだろうか、パトリックなどに至っては拍子抜けた表情をしていた。だが、今から言う事は本当に大事な事だ。信じてもらえるかなど考えている余裕も無い。騎士団が動き出した。この事実が何を語るのか火を見るよりも明らかだ。
「な、何だ」
真剣な顔をして話すリナニエラに、パトリックは戸惑いながらも尋ねてくる。その言葉にうなずいた後、リナニエラは口を開いた。
「まず、演習の時の装備を確実にお願いします。食料、水はもちろんですが、傷薬なども多めに用意してください」
真顔で言われた言葉がそんな事で、二人は少し呆気にとられた顔をする。
「え?」
言われた言葉が分からなかったのだろう。セリアが聞き返すように、リニアニエラに声をかけてくる。だが、彼女の言葉に反応をする事なく、リナニエラはいつの間にか自分の傍らに立っていたカインへと目を向けた。彼も同意するように頷いているから、自分と意見は同じなのだろう。
「そして、この話をご自分のご友人達にも伝えてください。その方々にもなるべく多くの方に伝えていただけるようにおっしゃっていただけると」
「ど、どういう事なんだよ。訳が分からない」
いきなりの言葉に、パトリックは戸惑いながらリナニエラに反応する。だが、セリアの時と同じように、リナニエラは返事をせずに、話を続けた。
「そして、ヘニング先輩。先輩は演習までに探知魔法の発動時間を短くできるように。そして、攻撃魔法をできれば無詠唱で行えるように 下級魔法でかまいません。発動時間をなるべく短くできるようにしてください」
「な、何だっていうんだ!」
自分の言葉に彼らが納得していないのは分かる。だが、リナニエラはあえて話を続ける。パトリックは年下の自分にそんな事を言われて憤慨した顔をしていたが、真顔の自分を見て言葉を噤んだ。
「セリア様は、防御魔法の時間がなるべく長く行えるように訓練をしておいてください。魔力循環をして、魔力の容量を増やしていただけるとなおありがたい。少しでも良いです。貴族課での授業もあるでしょうし」
そう言えば、セリアは真面目な顔をしてうなずいた。なんとなく、自分とカインの態度が出かける時と違う事も分かっているのだろう。
「ほかに、何かする事はありませんか?」
真面目な顔で尋ねられたのを見て、リナニエラは二人の服装を見る。
「今日の装備の下、本当なら制服が良いのかもしれませんが丈夫な厚手の服、出来れば冒険者たちが着ている服にしてください。出来れば、魔物を退ける薬草などで染色している物であればもっといいです」
そう言えば、セリアは真面目な顔をしてうなずいた。『それも、友人達に伝えますわ』と返して来た。頼もしい言葉に、リナニエラはうなずくとカインの顔を見た。
「カイン様からは?」
自分のだけでなく、彼も言う事があるのではないかと尋ねれば彼は少し真面目な顔をした後、頷く。
「演習の時、魔物の暴走などの有事になった時オレと、リエ嬢はギルドからの要請で前線での事態終息を優先させる。その為班の編成から離脱する。その時には、誰が何を言ってもすぐに後退しろ。張り倒してでもだ。周囲に違う班の生徒がいたら、すぐに一緒に森の外に出る事だ」
そう言えば、パトリックが『まさか、そんな演習の時にそんな事が』と続けようとしたが、リナニエラとカインの顔を見て、それが冗談では無い事に気が付いたらしい。顔を引きつらせて、『まさか……』と呟いている。それにリナニエラは無言で首を横に振った後、周囲を見回した。
「先輩も気が付いていると思いますが、今日の森は静かすぎます。魔物はおろか、野生動物すら出ない」
そう説明すれば、パトリックも、セリアも思い当たった所があったのかハッと息を飲んだ後、周囲を見回して、真面目な顔をする。
「何もなければ何もないで良い。ただ荷物が重かったで済みますから。けど、何かあった時に丸腰ではどうしようもないんです」
今までにリナニエラはそうやって、窮地に立たされた冒険者を目にしてきた。自分を過信しすぎて怪我をしたもの、物言わぬ物体になって帰って来たもの、様々だ。不可抗力という言葉もあるが、防げるものは前もって防ぐのが当たり前だ。そうやって、冒険者は命を繋いでいるのだ。
そして、今回の演習については、いかんせん不穏な空気が漂いすぎている。
「……わかりました。演習までに、魔法の腕を上げておきます」
真面目な顔をして、頷いたセリアの顔を見て、リナニエラは一つ息を吐いた。そして表情を緩める。
「よろしくお願いします」
そう言えば、遠くで街にある鐘が鳴る音が聞こえた。
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