華麗なる薔薇の乙女たち・下
『う……うぅ……』
「ルーファ、大丈夫か?」
ロキがルーファを抱き上げれば、力なくカクンと頭がのけぞる。
チョイチョイ突いても全く反応を見せないルーファに、ロキは困った様に声をかける。
「今日は薔薇の会の日だろ?ここで寝転がっててもいいのか?」
『そうだったんだぞ!』
跳ね起きたルーファが周りを見れば、そこには100体もの複体影身整列していた。
そう、以前からロキに頼まれていた諜報部隊である。
所用時間10日。
毎日毎日創り続けて、今しがた漸く完成した魔物の内訳はこうだ。
複体影身♂×80体
複体影身♀×20体
複体影身騎士♂×2体
複体影身騎士♀×1体
物体X(黒い紙のようにペラペラした魔物)×30体
迷宮の魔物は管理の関係上♂ばかりだが、今回は敢えて♀を追加している。その心は……自然繁殖すれば次から創らなくてもいいかも、というルーファの淡い願望だ。
ちなみに、物体Xとは集中力の切れたルーファが生み出したよく分からない魔物である。
何故か失敗すると決まって物体Xが生まれるという謎現象が起きていた。
『ねぇねぇ、屋敷の管理に1人連れて行っていい?』
潤んだ目で見つめてくるルーファに、ロキは迷わず上位種である複体影身騎士♀を選んだ。
『今日からお家の管理をお願いするんだぞ!え~と、名前はペルンちゃんね』
「畏まりました。お任せ下さい」
黒いタイトな服がメイド服へと変わり、ペルンはスカートを摘まんでお辞儀する。
次いでルーファはもう2体の複体影身騎士♂に向き直り、じ~と見つめる。
片やトサカのように髪の毛を立てた不良少年
片や筋骨隆々のダンディな長髪男
『ドッペルゲンガー、ドッペルゲンガー……ゲンとペガ……う~ん。もう一押し……よし!ゲンとベガね!』
不良少年がゲン、長髪男がベガに決定した。
満足気に頷いたルーファに突き刺さる期待に満ちた100対の瞳。
『あっ!もう時間だから行かなきゃー。後は頼んだんだぞ!』
全てをロキへと押し付けたルーファはそそくさと転移した。
◇◇◇◇◇◇
エリザベスとティアラは王城へと来ていた。
その手にはルーファから送られてきた手紙が握られており、今から迷宮へ……向かうのではなくガッシュと面会する予定である。
「悪い。急な来客が入ってな。あまり時間が取れそうにない。今日はどうしたんだ?」
「実は相談がございまして……これなんですが」
エリザベスは手に持っていた手紙をガッシュへと差し出す。
「ルウちゃんから頂いたのですが……読めませんの」
手紙を眺めるガッシュに、ティアラが横合いから補足する。
「古語ではないかと思い色々と調べましたが、該当するものがなかったのです」
ルーファを育てたのは齢5000年越えのカトレアと、推定年齢数億歳以上のヴィルヘルム。ガッシュは納得したように頷いた。
「悪いがオレも読めん……が、丁度良かった。今来ている客人なら読めるだろう」
ガッシュは隣室で待たせているヴィルヘルムに〈思念伝達〉を送ると、2人を引き連れて移動した。
「と、いう訳なんだ。なんて書いてあるんだ?」
死神セイの格好に衣装チェンジしたヴィルヘルムが手紙を手に取り、中を開く。
その眼前では憧れの死神セイを前に、今にも倒れそうなエリザベスをティアラが支えていた。
「これは古語ではなく現代語ぞ」
ヴィルヘルムの言葉に手紙を凝視する3人。
どこからどう見ても現代語の面影もなく、魔蟲が地面をのたうち回っているかの如き字に、彼らの顔に疑念が浮かぶ。
「……暗号文か?」
「そんな訳なかろう。これには招待状と書かれておる」
ガッシュが唸りながら手紙を逆さにしたり透かしたりしているが、当然何の仕掛けもないただの手紙だ。
そう、ルーファの文字がちょっと独特なだけで。
「内容は、以前渡した本が気に入ったのなら、光の日14時に秘密の入口に来られたし、というものだな」
「「14時!?」」
エリザベスとティアラが時計を見れば、既に13時半を回っている。
「大変ですわ!セイ様、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「待て。ルウの文字解読書だ。持って行け」
2人……とついでにガッシュは解読書を手に入れた。
◇◇◇◇◇◇
「ここが禁断の愛を広める会……秘密結社薔薇の会の本部よ」
目の前に佇む屋敷を見て、アンはあんぐりと口を開ける。
「いやいやいや、おかしいから!なんでレイナの家のワインセラーから地下へ潜ったら外へ出るのさ!」
「ふふ……いずれ分かるわ」
意味深に微笑んだレイナが歩き出せば、アンも慌ててその後を追う。
「ようこそおいで下さいました」
屋敷へと足を踏み入れば、そこには珍しくメイド服を着た女性が待ち構えていた。
「本日付でこの屋敷のメイドに就任いたしましたペルンと申します。ルーファスセレミィ様よりご案内するよう申し付けられておりますので、どうぞこちらへ」
言われた通りにペルンに続いて歩いて行くレイナは、沸き上がった疑問をそのまま口にする。
「……会議室じゃないの?」
「はい、前回招かれざる客が来たということで、今回からはそのような事がなきように秘密の部屋――薔薇の間をご用意しております」
レイナたちが案内された先は廊下の最奥……行き止まりだ。
目を引くのは壁一面を飾る巨大な絵画。竜王ヴィルヘルムに跨がった勇者マサキが神剣を天へと掲げている中々迫力のある絵だが……それ以外にはこれと言って特筆すべきものは何も見当たらない。
訝し気に顔を見合わすレイナとアンを気にすることなく、ペルンが絵画に触れると……
パカン!
絵画が回転し、ペルンが中へと吸い込まれるように消えて行った。
それを見たレイナとアンは顔を見合わせると、子供のように目を輝かせながら絵画へと触れた。
部屋の中は思った以上に明るく、白で統一された家具には赤い薔薇と緑の葉が刻まれ、エレガントな雰囲気を醸し出している。
用意されているティーカップは透明なクリスタル。立体的に彫られた薔薇が、中の液体を反射して華麗に色づく。
カーテンは漆黒の総レース。
ここにも深紅の薔薇が花開き、神秘的な室内において唯一エロスを感じさせる。テーマは勿論“愛”である。
「レイナちゃん~」
先に来ていたミーナが手を振れば、レイナも応えるように手を振った。
ミーナの両隣ではクリスティーナとララがお茶で一息ついており、何のためらいもなくその隣に並んで腰かけたレイナとは裏腹に、アンはおっかなびっくり席へと着いた。
まあ、見るからに高そうな純白の家具だ。一般庶民の感覚としては正しいだろう。
「ルーファの友人はまだのようね」
そうレイナが呟いた矢先、転移陣が輝き……
「「きゃあ!」」
そこに現れたのは、豪奢な金髪を縦ロールにした赤いドレスの美女と、淡いクリーム色のドレスを着たお姫様のような美女――エリザベスとティアラである。
彼女たちは会員証である薔薇のネックレスを持っていない為、直接室内へと運ばれたのだ。
急に見知らぬ場所へ転移したにも関わらず、素早く安全を確認したエリザベスとティアラは優雅に立ち上がる。
その堂々とした佇まいは、一国の姫君の名に相応しい気品に満ちていた。
「初めまして皆様方。わたくしはエリザベス・ヴァン・ジュール・シリカと申します。ルウちゃんに招待されたのですが……ここでよろしかったのかしら?」
「同じくルウちゃんの友人で、ティアラ・ファウス・マギ・フォルテカと申します。どうぞよしなに」
シリカとフォルテカ……国名を名に持つなど王族以外にあり得ない。
全員がぽかんと固まっている中、ここでもミーナが天然ぶりを遺憾なく発揮する。
「わ~お姫様ですね~。初めてお会いしました~。私はAランクパーティ“赤き翼”のミーナと言います~。よろしくお願いしますね~」
レイナはミーナへ化け物を見るかの如き眼差しを向けるが、本人はニコニコと笑うばかり。
いや、よくよく考えれば自分達は竜公セルギオスをパジャマで出迎えたことがある経歴を持っているのだ。意外と大したことないのかもしれない、とレイナは思い直した。
「お初にお目にかかります、殿下方。ラプリツィア商会会頭アイゼン・ラプリツィアが娘、レイナ・ラプリツィアと申します」
無難に挨拶を済ませたレイナにクリスティーナとララが続き、アンはと言えば……場違い感に恐れおののいていた。
お姫様×2
高位冒険者×1
固有魔法士×1
大神官×1
リーンハルト屈指の豪商の娘×1
何の変哲もないパン屋の娘×1
何故か自分だけ浮いている気がするアンであった。
「ちょ、ちょっとレイナ!これ本当にBLファンの集い?何かメンバーおかしくない?」
コソコソと話しかけるアンの疑問も最もだろう。
誰がBLファンの集いに一国の王女が来ると予想できるだろうか。
レイナはスッと目を逸らしつつアンに答えた。
「ダイジョウブヨ。タブン」
「何でカタコトなのさ!?タブンってどういうこと!?」
「あらあら、仲がよろしいのね。ところで、今更なのですが……これはどういった集まりなのですか?」
取り出した扇で口元を隠しながらエリザベスが上品に問えば、クリスティーナが決意を込めて立ち上がる。
「私たちは迷宮神獣様に誘われてここに来ましたの。恐らくあなた方も同じ目的で集められたのだと思いますの」
「「「え!?」」」
驚いたのは何も知らされていないエリザベスとティアラとアン。
特にアンは未だにここが迷宮の中だと気付いてすらいないのだ。一番不憫なのは彼女かもしれない。
クリスティーナはそんな彼女たちに向けて1冊の本を取り出した。
「禁断の愛……この本に見覚えがありますの?」
全員が頷いたのを確認したクリスティーナは、先日犯した自らの過ちを語った。
「……と、言うことがありましたの。それから、私は神獣様の御言葉の意味を考えましたの。神獣様の仰られる“愛”とは何かを。皆さんもこの本はお読みになられたかと思いますの。男同士、貴族と庭師という身分差、そして……人族と獣人族という種族差を越えての愛。この本を読んだとき、ようやく神獣様の御心の一端が見えた気がしましたの」
「種族差……もしかして神獣様はアグィネス教との融和を目指してらっしゃる……?」
エリザベスが真剣な面持ちで呟けば、ハッとしたようにティアラが顔を上げる。
「成程……古今東西、思想を変えることは難しいとされています。どれほど武力で抑圧しようと……いいえ、抑圧すればするほど人の心は反発し、より激しく燃え上がるもの。思想を打ち破るのは武力ではなく新たな思想。もし、この本がアグィネス教国家で受け入れられれば……千年以上続く対立に、一石を投ずることができるかもしれません」
「面白いね。アタイらで時代を変えようってのかい」
腕を組んだララが強敵を前にしたかのようにギラギラとその瞳を輝かせる。
兎人族のララにとって……いや、リーンハルトの民にとってアグィネス教とは常に身近にある脅威。それが変わる予感に、彼女の胸は熱く高鳴る。
「ですが、そのためにはまず私たちが変わらなくてはなりませんの。私たちがアグィネス教を拒絶する限り、歩み寄ることはできませんから」
そう、変わるのはアグィネス教だけでは不十分。
自分達側にも相手を許せるだけの土壌が必要なのだ。それは一朝一夕に出来ることではなく、長い時間をかけて行う意識改革だ。
その壮大な計画の一端を担えることを彼女たちは誇りに思い、これから起こるであろう奇跡に胸を膨らませる――乾いた笑いを浮かべる腐女子3人組を残して。
「ペルンちゃん、おかしくない?」
姿見の中で白銀色の髪を結い上げた絶世の美少女が不安気な表情を浮かべる。
ここにもし、男がいたのなら迷わず抱きしめていたことだろう。
「お美しいですよ。いえ、ルーファスセレミィ様以上にお美しい方など、この世に存在しておりません」
真顔でルーファを褒め称えたペルンは赤い簪をスッと髪へと差し入れる。
「完成でございます」
「ありがとう。行って来るんだぞ」
ルーファが薔薇の間へ転移した時、そこは異様な熱気に包まれていた。
興奮したように見つめてくる者×4名
虚ろな眼差しを浮かべる者×1名
決して目を合わせない者×2名
「えっと、みんな来てくれてありがとう……?」
思わず疑問形で感謝の言葉を述べたルーファに、頬を上気させたエリザベスが歩み寄る。
「ああ、やはりルウちゃんが迷宮神獣様でしたのね。お話はクリスティーナさんから伺いましたわ。迷宮神獣様の御考え、素晴らしいかと存じます。わたくし感動しましたわ!武ではなく愛を以て世界に平和を齎すのですね!」
「フォルテカは迷宮神獣様に2度国を救われました。どこまでご恩を返せるかは分かりませんが、私も協力させて下さい。母にも話を通しておきますので、今後フォルテカは薔薇の会へ全面的なバックアップをお約束いたします!」
臣下の礼を取った2人にルーファは説明を求めてミーナとレイナを見るが……全くもって目が合わない。
「え?え?」と戸惑うルーファに、クリスティーナが申しなさげに進み出る。
「申し訳ありませんの。私が迷宮神獣様の御考えを皆さんに話してしまいましたの。禁断の愛を広めることでアグィネス教を内側より崩壊させるという壮大なる目的を」
「はうぇっ?」
「アタイも協力するよ!冒険者に国境はないからね。上手くやれば、この本をアグィネス教国家に持ち込めるだろうさ」
ルーファの疑問の声はララの声にかき消され、何かよく分からない事象が進んでいることを悟ったルーファは落ち着くために目を閉じた。
次にルーファが目を開けたとき、そこに動揺は欠片もなく、あるのはただただ澄みきった藤色の眼差しのみ。
「よく我が真なる目的に気付いた。我らの道は長く苦しいものになるだろう。未だ誰も成し得たことのなき荊の道だ。それでも貴女達は私と共にその道を行く覚悟はあるか?」
「「「はい!」」」
「勿論さ!」
そこには熱気があった。
希望があった。
輝ける未来があった。
「よく言った!今ここにルーファスセレミィの名において宣言する!我ら薔薇の乙女は世界を愛で満たし、誰もが自由に愛を語れる世界を作らんことを!」
ルーファはその場の勢いに乗っかった。
エリザベス、ティアラ、クリスティーナ、ララを見送り、ルーファはふぅとため息を吐いた。
「ドエライことになってしまったんだぞ。ただ、リアルBLを見て楽しもうと思ってただけなのに……」
「どうするのよ。本当のことなんてもう言える雰囲気じゃないわよ?」
「まあまあ、どちらにしろ“禁断の愛”が広まれば目的は達成されますから~、ね?」
あきれ顔のレイナが投げやりに言えば、ミーナが超プラス思考で慰める。
既に2国家を巻き込んでいるのだが……ミーナの鋼の心臓は小揺るぎもしないようだ。
「ミーナちゃんの言う通り、もう賽は投げられたんだぞ。オレ達はこっそりBLを楽しませてもらうとしよう。元々、BLは裏目的だったし……よし!オレたちは裏薔薇の会を名乗るんだぞ!」
グッとこぶしを握り立ち上がったルーファにアンが控えめに声を掛ける。
「あの~、まだ私いるんですけど……そんな裏話聞いちゃってもいいんですか?」
全員の目が鋭くアンを貫き、小さく悲鳴を上げて飛び上がった彼女へとルーファは近づく。
「分かってるんだぞ。アンちゃんはこちら側の人間だって」
聖母の如き優しい微笑みを浮かべたルーファは、ソッと写真を差し出す――バーンとアイザックのラブシーンを。
「え!?まさか本物!?」
「ようこそ裏薔薇の会へ」
差し出されたルーファの手を、アンは力強く握った。




