華麗なる薔薇の乙女たち・中
「いらっしゃいませ~」
にこやかに接客をするのは、そばかすの浮いた少女。
赤茶けた髪をポニーテールに結わえ、緑の眼は明るく輝いている。
髪と同色の犬耳はぺたんと垂れ、小動物のように可愛らしい。美人、とは言えないものの愛嬌のある笑顔は十分魅力的だ。
カランカラン!
ベルの音に少女は笑顔で振りかえる……が、その笑顔は直ぐに引っ込んだ。
「なんだレイナか」
「何だじゃないでしょ。私、一応客なんだけど」
「ごめんごめん。今日は何にする?」
ニシシ、と笑う少女の名前はアン。レイナのBL友達である。
「そうね……ピザトーストにドーナツ、あとそこの生クリームとフルーツが乗ってるパンも……え?何?……もう、分かったわよ」
何事かブツブツ呟いたレイナに、アンは訝し気な視線を送る。
「ごめん。何て?フルーツパンの後聞き取れなかったわ」
「ああ、うん。何でもないわ。フルーツパンは2つお願い。あとそこのチョコレートのと照り焼きチキンも」
「オーケーオーケー。 全部で1600ドラね」
慣れた手つきで支払いを済ませ、受け取ったパンを籠の中に仕舞ったレイナは内緒話をするようにアンへ顔を寄せた。
「ねぇ、今週の光の日空いてる?」
「ん~ちょっと待って。父さーん!あたし、光の日出かけてきてもいい?」
アンが奥に向かって叫ぶと、ガタイのいい男が出てくる。
赤茶けた髪はアンと同じだが、赤みを帯びた褐色の肌と、はち切れんばかりの筋肉と太い骨格は、ある種族の特徴を有している。
リーンハルトでは珍しい地人族だ。
職人気質の地人族は生産職に就いている者が多いのだが……その殆どが鍛冶や細工、大工と言った物づくり系だ。
パン屋を営んでるのは非常に珍しいと言えるだろう。
「お!レイナか!いいぞ、遊んでこいよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられたアンは悲鳴を上げながらその手を振り払った。
「もう!何してくれんのさ!髪まとめるの大変なんだからね!」
一度ポニーテールを解いたアンは、ゴワゴワの髪を結び直す。
この超剛毛の髪質はアンの悩みの種だ。髪も母さんに似たかった、とは切実な彼女の願いである。
「じゃあ、朝の10時に私の家集合ね」
そこで一旦口を閉ざしたレイナは、アンの耳元に口を寄せると「BLファンの集いがあるの」と囁いた。
「え!マジ!?何その神イベント!!」
残念ながらこの世界でBLは、そこまで浸透しているジャンルではなかった。
アンの店から出たレイナは適当に角を曲がり、人気のない場所を目指す。
(上手くいってよかったわ)
鼻唄を歌いながら通りを進むレイナの足は、軽やかにステップを刻む。
仕方がないとはいえ、仲の良い友達に隠し事があるのは気が引けるものなのだ。
「ここでいっか」
大通りからそれほど離れているでもなく、かといって治安が悪いわけでもないこの地区は閑静な住宅街だ。
この時間帯は通りに人がいないだけで、もう少し遅ければ仕事を終えて帰る人々の姿を見ることが出来るだろう。
念のため目についた家の裏手に周り、レイナは手に持っていた籠を開ければ……
『ゲプッ!』
そこににいるのは、ぱっつんぱっつんにお腹を膨らませた子狐のみ。
「……ちょっと、私のパンは?」
『え?』
パッチリと目を開けたルーファが辺りを見渡すが、残念ながらそこにはパンカスしかない。
じわ~と肉球に汗を滲ませ、ルーファはそっとレイナの顔を窺う――般若の如き表情を。
『ま、待って!今出すから!なるべく原型で!オエエエエエ』
「いらないわよ、そんなもの!ルーファのばかあああああああ!!」
『きゃいーん!』
後日、迷宮の高級食材詰め合わせセットがレイナの家に届けられたという。
◇◇◇◇◇◇
現在、ルーファはミーナの抱える籠の中にいた。
ユラユラ、ユラユラ……そこは揺りかごのようにルーファを眠りに誘う。
プルプルと頭を振って眠気を追い払ったルーファは、引っ付こうとする瞼を無理矢理こじ開けると、開けてある穴から外を覗き込んだ。
「ようこそいらっしゃいましたの」
穏やかな声と共に現れたのは狐人族の女性、クリスティーナ。
22歳という若さでありながら、リィン神獣神殿の神官長の座に就任している。
神獣神殿の上層部は光魔法士のみで構成されており、彼女はその中でも珍しい〈浄化〉まで使える光魔法士だ。
今まで神獣神殿が荒野と隣接するリーンハルトへ光魔法士を送ることはなく、彼女は最近ドラグニルより赴任してきた。
何故なら、荒野とは神獣から見放された地であり、近付けば魂が穢れると恐れられていたからだ。“絶対不可侵”それが荒野の位置づけであった。
だが、ルーファが荒野を癒したことにより、それは一変した。
皮肉なことに神獣神殿が忌み嫌った呪われた地が、世界で最も祝福されし聖地となったのだ。
それにより、神獣神殿は今まで散々無視してきたリーンハルトへ、手のひらを返したかの如く次々と光魔法士を送り込んできた。
慢性的な光魔法士不足のリーンハルトは、それを苦々しく思いながらも受け入れたのである。
そしてクリスティーナもその中の1人。
ただし、神獣の御座すリィンに赴任したことこそが、彼女の身分の高さの証。
彼女は神獣神殿の頂点、次期巫子王候補の1人なのから。
「これはお土産です~。子供たちとどうぞ~」
籠とは反対の手に持っていた紙袋をクリスティーナに渡し、ミーナはニコニコと笑う。
いつもと変わらない態度は、クリスティーナのことを知らないのか、はたまた普段から付き合っている面々が特殊過ぎるのか……いや、恐らく天然の為せる業なのだろう。
さて、ミーナが訪れたこの場所は神獣神殿に併設されている孤児院。
今日は祈りを捧げるためではなく、子供たちに魔法を教えに来ているのだ。
ミーナがクリスティーナと出会ったのは、ゼクロスに誘われて参加した孤児院でのボランティア活動が切っ掛けである。
まあ、ゼクロスも神獣神殿所属の神官なので、この出会いはある意味必然だと言えるだろう。
「ありがとうございますの。早速、今日のおやつで頂きますの」
「これはアタイからだよ」
その言葉と同時に、ミーナの背後から現れた巨大なクマのぬいぐるみがクリスティーナの顔をもふりと包み込み、クスクスと笑い声をあげながらも彼女はそれをしっかりと抱きとめた。
「ララさんもありがとうございますの。子供たちが喜びますの」
「いいんだよ。アタイも子供たちに救われたからね。ほんのお礼さ」
ララはカサンドラの魔物暴走で全滅した“地を駆る狩人”の唯一の生き残りだ。
現在はドゥランのパーティー“筋肉躍動”に所属しているものの、パーティーメンバー全てを失った彼女の心の傷は深く、夜中に悲鳴をあげながら飛び起きることもしばし。
心配したドゥランがミーナへ相談し、気晴らしに一緒に孤児院へ行くようになったのが縁である。
そんなララの身長は2メートル。
ヴィルヘルムとほぼ変わらない体躯を誇る大女だ。
丸太の如く太い手足にエラの張った四角い顔、胸と呼ぶか胸筋と呼ぶか悩ましい胸部に、唯一女らしいと言えば手入れの行き届いた美しい金髪か。
頭からひょっこり生えた可愛らしい兎耳が何かの間違いではないかと感じさせる。
現在はCランク。だが、固有魔法を有する彼女は間違いなくAランクの器だ。
「今日もよろしくお願いしますの」
勝手知ったる孤児院内を3人は並んで歩きだす。
ミーナは魔力感知と操作を教えるために室内へ、ララは武術を教えるために庭へと。
余談だが、子供たちがコッソリつけた彼女たちの渾名は大魔神と暴力女である。
「お疲れ様でしたの」
孤児院から神獣神殿へと移った3人は、お茶で一息つきながらテーブルを囲む。
「お二人に是非読んでもらいたい本があるんです~」
タイミングを見計らって本題を切り出したミーナが籠へ手を突っ込めば、すかさずルーファが「禁断の愛」を渡す。
「意外だね。ミーナがこういう本を読むなんて。面白いのかい?」
「もちろんですよ~。今、友達の間で流行ってるんです~。ララちゃんはこういうの好きですか~?」
何の忌避感も見せずにペラペラとページをめくっていたララが顔をあげる。
「アタイはアリだと思うよ。愛は人の心だ。心ってのは人それぞれだからね。否定するもんじゃないさね」
「……え?ララちゃんって本当に17歳ですか~?」
どこぞの腐った2人+1匹とは雲泥の差である。
「私は同性愛は不毛だと思いますの。神獣様はかつてこう仰いましたの。子供は未来を担う宝であると。何も産み出さない同性愛は神獣様の教えに反する行為だと思いますの。ですので、これはお返ししますの」
返された本をミーナが残念そうに仕舞おうとしたその時……
『愚か者ー!』
白銀色の子狐が籠の中から飛び出した。
「「神獣様!?」」
戸惑いながらもその場に跪くクリスティーナとララの眼前へと、キラキラと身体を輝かせながらルーファは降り立つ。
『貴女に問おう。世には子に恵まれぬ夫婦もいる。それは不毛か?』
「い、いえ。私が申し上げたいのは子供が産まれる可能性が全くない同性愛に対してですの。普通の夫婦は子供が産まれる可能性がありますので……」
青ざめ震えるクリスティーナへ、ルーファは更なる問いを重ねる。
『つまりこういうことか。子を産めぬ身体の女性は結婚する資格すらないと』
「ち、違……」
『違わない!貴女が言っているのはそういうこと!愛とは何か?子を作ることか?断じて否!愛とは誰かを思う心。貴女はただ社会にとって有益かそうでないかを区別しているだけ。それは社会が求める“役割”であって“愛”ではない!』
ルーファはフシャーとクリスティーナを威嚇する。
ここまでルーファが怒るのは珍しいことだ。常に女性に甘いルーファが、泣きながら許しを乞うクリスティーナを見てもピクリとも動こうとしない。
それまで静観していたミーナが尻尾を膨らましたルーファに歩み寄ると、その背を優しく撫でる。
「ルーファちゃん、光魔法士は幼少の頃から親から引き離され、厳しく育てられるんです~。どこに行くにも護衛が付いて……彼らの“自由”は本当に少ない。それに、愛っていい感情だけじゃありません。嫉妬もするし、上手くいかなければ憎むこともあるかもしれません。だから、彼らは心から愛を遠ざけるんです~。魂が邪に傾かないように、光魔法士であり続けるために」
光魔法士は幼少の頃より己の感情を律する術を学ぶ。
彼らの周りにいるのは同じ光魔法士か、護衛の騎士たちだけ。
恋愛感情が生まれぬように護衛も自分と同性の騎士が選ばれるという徹底ぶりだ。
古今東西、過ぎたる愛は毒へと容易く変わる……それ故の措置である。
かといって、彼らが一生独身で過ごすかと言えばそうではない。
神獣の祝福を得られる15歳を過ぎれば、自由恋愛が認められているのだが……果たして幼少の頃に植え付けられた価値観をそう容易く変えることができるだろうか。
彼らが婚姻を結ぶ大半は同じ価値観を持つ同輩か、その護衛騎士――それが答えだ。
ルーファはへにょっと尻尾を垂らす。
クリスティーナの“愛”と自分の思う“愛”は違うと理解したのだ。
彼女の“愛”は穏やかで優しいモノなのだろう。愛し合うが故に家庭を築くのではなく、家庭こそが彼女の“愛”の形なのだ。
『ごめんなさい。言い過ぎてしまったんだぞ。でも、これだけは言わせて欲しい。“愛”とは正のエネルギー。負のエネルギーが増えれば瘴気が増し、正のエネルギーが増えれば瘴気が減る。だから、神獣は“愛”を否定しない。ううん、否定してはいけないの。同性愛も1つの“愛”の形なのだから』
クリスティーナの元へ飛翔したルーファは零れ落ちる涙をペロペロと舐め、その潤んだ目を真っ直ぐに見つめる。
『忘れないで。光に愛されし子よ』
「はい……はいっ!申し訳ありませんでしたの」
涙を拭ったクリスティーナに向けて、ルーファは前足で「禁断の愛」をズズっと押す。
『これはオレが愛の聖典として皆に広めている本なんだぞ。実は……ここだけの話、愛を広めるために秘密結社薔薇の会を立ち上げたんだぞ。クリスちゃんとララちゃんにも、愛を広めるお手伝いをしてもらいたいんだけど……どう?』
どこまでもブレないルーファは、その場の雰囲気をガン無視して勧誘活動に入った。
流石は空気を読まない子狐である。
「光栄ですの!」
顔を輝かせるクリスティーナとは裏腹に、ララはどこか浮かない顔だ。
「……アタイでいいのかい?この見た目だ。アタイが愛を語ったところで笑われるのがオチさね」
『ララちゃんがいいの!愛は否定するものじゃない……オレはその言葉に感動したんだぞ!笑う人がいたらオレが噛みついてやるんだから!』
パカっと口を開けたルーファは牙を見せつける。
今にも折れてしまいそうな小さな牙だが、ララには何よりも頼もしく映った。
「そんなに期待されたんじゃあ断るわけにはいかないね。任せときな!いえ、任せてください?」
『ふふん、オレたちはもう友達だからな。普通に喋っていいんだぞ!』
こうしてルーファの勧誘活動は無事成功を収めた。
この後、護衛なしでは外に出られないクリスティーナのために神殿内に迷宮の入口を設置したルーファは、意気揚々と帰路に就いたのだった。




