華麗なる薔薇の乙女たち・上
レイナは軽やかな足取りで階段を下りる。
目の前にある扉を開ければ、そこはラプリツィア邸の地下にあるワインセラーだ。
躊躇うことなく中へと踏み入ったレイナは目的の場所へと向かう。
「確か……ここね」
レイナが立ち止まったのは、ワインが並べてある棚より幾分か手前。その場にしゃがみ込むと床へ手を伸ばした。
ブゥゥゥゥン
淡い光が胸元に灯り、それに呼応するように今まで床だった場所に扉が現れる。
淡い光の正体は薔薇を模したネックレス……迷宮の鍵だ。
ゆっくりと開いた扉の中へとレイナは消えて行った。
「えっと、第一会議室は……」
今日は記念すべき第2回薔薇の会の開催日。
レイナは目的地目指してウロウロと廊下を進んでいた。
しん、と静まり返った屋敷には誰の気配も感じられず、ともすれば幽霊屋敷のように不気味な雰囲気を醸し出している。自分の足音だけが空虚な廊下に響く唯一の音楽だ。
「もう!使用人ぐらい置いておきなさいよね!」
苛立たしげな口調は、沸き上がる恐怖を誤魔化すための虚勢。
まるで世界に一人ぼっちになったかのような錯覚に襲われながらも、レイナは会議室を探して徘徊していた。
これも全て、チャイムを鳴らしても誰も出てこないのが悪い、とレイナは思う。
実はチャイムは迷宮幹部たちの部屋のある2階にしか聞こえない構造になっているため、全員出払っている現在、レイナの訪問を誰も気付いていなかったりする。
まあ、ロキとラビは気付いているのだが……面倒くさいので放置されている。
「確か2階だったと思うけど……」
先程から1週まわったが、会議室と書かれた部屋はない。
他の部屋は誰かの私室の可能性が高いために、勝手に扉を開ける訳にもいかずレイナは途方に暮れていた。
「レイナちゃん~」
それはレイナにとって救いの女神。
だが、その感謝の心は階段を下りる度にボイインボイインと揺れる、とある箇所を見た瞬間に引っ込んだ。
(ダイジョウブ。私はまだ成長期)
沸き上がる理不尽な怒りを飲み込みながら、念仏のようにその呪文を唱えるレイナ。
念のために言っておくが、比較対象であるミーナが凄いだけでレイナは至って普通である。
「会議室は1階ですよ~」
「え!?前来た時は2階じゃなかった?」
「移動したんですよ~。今度、2階に新しい住人が増えるみたいですよ~」
コロコロと変わる部屋にレイナは呆れたようにため息をついた。
リフォームなどそう簡単に出来るものではないが……流石は迷宮である。
「もう!ルーファったら、肝心な事言わないんだから!」
口を尖らせながらもレイナとミーナは連れだって第一会議室へと向かった。
『お待たせ~』
ルーファが会議室へと現れたのは、彼女たちが来て5分後のことだった。
一言文句を言おうと口を開きかけたレイナと、微笑みを浮かべたミーナの目がある一点へと向く。
「そのズボンどうしたんですか~?よく似合ってますよ~」
今日のルーファはいつもと違い、黒いズボンを装着していた。自慢気にお尻を振るルーファを見つめ、レイナはじっと目を細める。
「……ちょっと待って。それパンツじゃない?」
流石は大商会の娘、観察眼は一流である。
『ふっふっふ、気付いたようだな。これこそ!英雄王ガッシュのオパンツなのだ!』
残念ながら生パンではないのだが……ガッシュが使用していたモノにはかわりなく、ルーファはこのパンツをお披露目する機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
ふらふらと誘蛾灯に集る虫の如く引き寄せられたミーナに、ルーファはお尻を差し出す。
『さあ!思う存分クンカクンカするがよいぞ!』
「そ、そんな!クンカクンカだなんて……私は……ハアハア……ブハァ!」
いつもの如く噴出した鮮血に、ルーファが慌てて癒しを送るが……現在進行形で興奮真っ只中なミーナに当然ながら効果はない。
『ど、どどどどうしたら……そうだ!このオパンツで血を……』
「止めなさい!ミーナが死んじゃうわ!」
ルーファを回収したレイナは大量のティッシュをミーナの鼻へと押し付けたのだった。
「す、すみません~」
両穴にティッシュを詰め込んだミーナが頭を下げれば、ルーファは気にするなと前足で彼女の手をポフポフ叩く。
そして、おもむろに〈亜空間〉よりリボンの巻いてある箱を取り出し、2人の前へと置いた。
「「こ、これは!?」」
『英雄王ガッシュのオパンツだ!おすそ分けなんだぞ!』
狂喜乱舞するミーナとは裏腹に、レイナは疑いの眼差しをルーファへと向ける。容疑は当然下着ドロだ。
容疑者を問いただす刑事の如き面持ちでレイナは尋ねる。
「ルーファ、このパンツどうしたの?」
「これはカサンドラの土地を割譲した報酬にガッシュから貰ったんだぞ!」
真っ当(?)な報酬である事を知ったレイナの心に罪悪感が飛来するが、それを真っ当と感じる時点でルーファに毒されていると言えるだろう。
更に言えば、ルーファは既に下着ドロ未遂事件を起こしているので、彼女の疑惑は的を射ている。流石はルーファのマブダチである。
貰ったパンツを手に取り、レイナはルーファとレイナをチラ見する……誉めて誉めてと言わんばかりに尻尾を振るルーファと、踊りながら鼻血を撒き散らすミーナを。
とても「いりません」と言える雰囲気ではない。
となれば、やるべきことは決まっている。このパンツを何処に隠すべきか……それに尽きる。
父親に見つかれば確実に一波乱あるだろうし、それ以前にうら若き乙女として決して見つかる訳にはいかない代物である。
『まだまだあるんだぞ!』
悩めるレイナを置いて、ルーファが次に取り出したのは1枚の写真。それを見た2人はというと……
「「ええええええ!」」
充血した目を見開き、驚きの声を上げた。
そこに映し出されたのはバーンとアイザックのラブシーン。
そう、ロキの実験に付き合わされたアレである。
優しい眼差しでバーンを見つめるアイザックと、それを潤んだ目で見つめるバーン。
その姿は正に愛し合う恋人同士そのものだ。
『これはロキが偶然撮った写真。彼らもまた真実の愛を密かに育んでいたのだ!』
ルーファは容赦なくバーンの恋の芽を摘みにかかった……いや、最早摘むなどという表現は生ぬるい。
刈り取った後、除草剤までぶちまけるのがルーファ流である。
「ふぅ、実は私も前から怪しいなとは思っていたんです~」
「確かにあの2人は他人が入り込めない空気があったわ」
先程驚いていた姿から180度転換し、ミーナとレイナは最初から気付いていましたよと言わんばかりに、したり顔で頷く。
『バーンとアイザックは終わることなき復讐に身を堕としながらも、お互いを愛し合っているのだ!いつ愛する人を失うとも知れない恐怖の中で……グスっ、それでも2人は……2人は戦わずにいられない。それが若き日の約束だからだ!』
あおおおおん!とルーファは号泣する。
まるで物語の如く悲しく儚い恋。きっと彼らは止まらないだろう……例え片翼を奪われようとも。
正面を見れば、同じく目を赤くはらした同士が見える。
「私はっ!仲間として友人として、バーンさんとアイザックさんに幸せになってもらいたいです~!」
「私もよっ!彼らは恩人だもの」
涙を溢しながらも、彼女たちの目は力強く輝く。それは決意の表れだ。
『それでこそ薔薇会のメンバーなんだぞ!オレたちはあの2人を不幸にさせたりしない。いつかきっとその恋が成就するように、愛と復讐に揺れ動く彼らの心を支えて行こうではないか!』
「「おおー!」」
『そこは、サー、イエッサーで!さん、はい!』
「「サー!イエッサー!!」」
新たな使命を得た彼女たちは、鼻息荒く更なる高みへと昇る!
『諸君!我らは影に潜む組織の一員。その行動を悟られてはならない!』
「「サー!イエッサー!!(ダンダン!)」」
『諸君!我らは影から支える者。光の中を歩んではならない!』
「「サー!イエッサー!!(ダンダン!)」」
おかしなテンションで足を踏み鳴らす2人と1匹。
彼女たちの目に映るのは、約束されし輝かしい未来のみ……これが洗脳というやつなのかもしれない。
『そこでっ!これを被るのだ!』
ルーファが取り出したるは茶色い紙袋。
目の部分に丸い穴が開いているソレを彼女たちは躊躇いなく頭へと被った……黒歴史とはこうして作られていくものなのだろう。
『見よ!これぞ我らの真の姿!薔薇の会は永遠に不滅なり!』
「「サー!イエッサー!」」
――コンコン、ガチャリ。
全員が扉を振り返れば、部屋を間違えたガッシュがそこにいた。
「「「『…………』」」」
拳を天へと振り上げたまま固まる紙袋を被った2人+1匹に、ガッシュの視線が突き刺さる。
バタン!と、無言で閉められた扉の音だけが、虚しく室内へと木霊した……
「いやあああああ!絶対おかしな人だと思われました~」
正気に戻ったミーナが紙袋を脱ぎ捨て頭を抱える。
だが、顔を合わせるたびに鼻血を噴いているミーナは、ガッシュの中でとっくに変人枠にカテゴライズされているので今更である。
『大丈夫!大丈夫!今のオレたちは“謎な子狐と女たち”なんだから!身バレしてないんだぞ!』
自信ありげに胸を張るルーファをミーナはじっと見つめる――2本の白銀色の尻尾と先だけ黒い特徴的な4本の足を。
「絶対バレてますよ~!!」
顔バレ防止の紙袋は敢えなく却下された。
『え~、ゴホン!では本題に移るんだぞ。今日は今後の薔薇会の活動について話し合いたいんだぞ。具体的にどうすれば広まると思う?』
先程までの醜態をなかったことにして、ルーファは真面目な顔で尋ねる。それに乗っかるミーナとレイナの切り替えの早さもピカイチだと言えるだろう。
「思うんだけど、秘密結社のメンバーが3人ってどうなの?」
「結社っていうより同好会ですよね~。やはりここは、同士を増やしていくのがいいんじゃないでしょうか~?」
2人の意見に成程、と頷いたルーファは質問を重ねる。
『誰か新たな候補者はいるの?』
「最近よく行ってるパン屋の娘なんだけど、BL好きみたいでよく話をするわ」
『おお!流石はレイナちゃん!早速勧誘するんだぞ!」
キラキラと目を輝かせるルーファに、レイナは待ったをかける。
「薔薇会に入れるってことは、ルーファの存在もバレるわよね?それっていいの?」
薔薇会が開かれているのは迷宮の中。
例え姿を誤魔化そうとも、確実にバレる案件である。かといってレイナの家に集まるのは女子会っぽく、秘密結社らしくない。
やはり秘密結社と言えば、隠れ家的な拠点が重要なのである……ルーファの美学的に。
「そうですよね~。以前拐われたこともありますし……メンバーを増やすのは難しいですかね~」
神獣を狙っている者には厄介な輩が多い。
友人を疑うわけではないが、人数が増えればどこから情報が漏れるか分かったものではない。それはルーファの身を危険にさらすのと同義だ。
『う~ん、じゃあオレが最初に見定めるから、会わせて欲しいんだぞ!』
その言葉に暫し悩む2人だったが、最終的にルーファの言葉を信じることに決めた。
ルーファは正邪を見極めるとされる神獣なのだから。
「私も最近親しくしてる方が2人いるんですけど……BL好きかまでは分からないですね~」
悩ましげにミーナは眉を下げた。
BLの話題を振ろうにも、興味がなければ引かれるのが落ちだ。話すタイミングというのは中々に難しいものなのである。
『それなら、これを渡して反応を確かめればいいんだぞ』
そう言ってルーファは「禁断の愛」×2を取り出す。
お薦めの本として渡せば、例えダメでも趣味じゃなかったと返されるだけだろうし、気に入れば感想を言ってくるだろう。
内容も同性愛の苦悩と情熱を描いた純愛物語。試金石にはぴったりである。
「有り難うございます~。早速渡してみますね~」
「人数が増えるといいわね」
話が終わったとばかりに談笑を始めた2人に、ルーファは前足を高々と掲げる。
『待つがいい!オレにも2人推薦者がいるんだぞ』
「「ええー!!」」
大袈裟に驚く2人をルーファは半眼で睨んだ。
『ちょっと、その「ええー!!」ってどういう意味!?』
ルーファは元友達いない歴234年。
憐れみと同情の視線を向けられ、ルーファはプルプルと体を震わす。
ちなみに、レイナも元友達いない歴15年だったのだが……ここは触れない方が賢明だろう。
「まあまあ、細かいことはいいじゃない。良かったわね!」
「そうですよ~。安心しました~」
あからさまに話題を逸らした2人に、ルーファは仕方なく流されてあげる。
そう、ルーファはこの中で一番大人なのだから!




