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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
リーンハルト激震
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勇者召喚陣についての考察

 カツカツとガッシュは足早に無人の廊下を進む。

 時計を見れば約束の時間を5分ほどオーバーしていた。やや焦りながらもガッシュは目的地……の隣にある扉を間違えて開いた。



 バタン!



 反射的に扉を閉め直したガッシュは取っ手を握りしめ、今しがた見た光景を脳内から削除する。


「……今のは何だ?いや、見違えだ。そうに違いない」


 きっと疲れているのだと、強引に己を納得させたガッシュはグリグリと米神を揉むと、気を取り直して本来の目的地である隣の扉へと向かった。


「悪い遅れた」


 扉を開ければ締め切られたカーテンと僅かに灯った照明が目に入る。薄暗い……そう評されても仕方のない部屋だ。

 灯された明かりは余りに乏しく、辛うじてお互いの顔が視認できる程度。

 だがそんな不便極まりない状態も、中にいる3名の男たちには関係のない話。

 闇を見通す彼らにとって、薄暗い室内など昼と何ら変わりはしないのだから。


 最奥に座るのはヴィルヘルム。


 目を閉じ微動だにしない姿は一見寝ているかのように見えるが……人前でその様な隙を晒す男ではない。襲いかかれば最期、あっという間に現世と別れを告げることとなるだろう。

 ヴィルヘルムの左隣には、ダルそうに頬杖をついたロキが興味なさ気にガッシュを一瞥している。

 右隣は空席となり、最も扉に近い下座が最後のメンバーであるセルギオスの席だ。

 ガッシュが空席へ着くと同時に、ヴィルヘルムの眼が開く。


「始めるぞ。セルギオス、報告を」

「ハッ!」


 セルギオスが用意していた資料を配り、全員がそれを開いたのを見届けてから説明が開始される。


「ジターヴ・ベリアノス間の奴隷の売買履歴が判明しました。大まかな数字ですがここ2年程で30万人以上は間違いないかと」


「30万だと!?」


 驚きの声を上げたのはガッシュだ。


 ベリアノスの奴隷市場全体を見てみれば30万という数字はそこまで多いわけではない。

 犯罪を犯した者、または奴隷から生まれた子供も奴隷として売られるためだ。

 だが……ジターヴから売られてくる奴隷は違う。その大半は多種族国家の船や町村を襲って捕らえられた亜人であり、最も被害の多い国こそリーンハルトなのだ。

 それを踏まえれば、果たしてどれ程の数の国民が拐われたのか。


「バカな!南方軍が防衛を強化している筈だ!」


 南方軍とはリーンハルト唯一の海軍を有する水陸混合軍団だ。

 ジターヴの動きが活発化しているという報告は前々から受けており、ガッシュはかなりの軍事費と人手を南方軍へと割いている。


「害虫をのさばらせておるからだ。そなたは甘い。甘すぎる」


 辛辣に酷評するヴィルヘルムに、ガッシュは返す言葉を持ち合わせていなかった。

 それは彼自身も自覚していることだからだ。



 ――ランドルフ・ボルヘルミア。



 南部を牛耳る大貴族。そして、リーンハルトに巣くうアグィネス教の元締めだ。

 ドラグニルとの関係悪化を狙って風竜カレンを衰弱死させようと画策し、ジターヴへ密かに国民を売っている売国奴でもある。

 狡猾で中々尻尾を掴ませず、ガッシュも頭を痛めている存在だ。


「……証拠がなければ裁けん」

「愚か。証拠など用意すればよいだけのこと。そなたは証拠がある場所を知っておろう?何を躊躇う必要がある」


 今でこそ不通になっているが、少し前まではアカシックレコードが使えていたのだ。これ程大きなアドバンテージはない。

 どんな些細な罪でさえ隠し通すことはできぬのだから。


「……アカシックレコードは()()()()()。どこまでを許しどこからを裁けというんだ。オレが罪の是非を問うのか?それはただの独裁だ」   


 程度の差こそあれ、後ろ暗いことをしている貴族は存外に多い。

 それは“悪”と断言できるものから“必要悪”だと思えるものまで様々だ。だが、そのどちらも法律に則れば“罪”である。


 アカシックレコードは全ての罪を(つまび)らかにし、その善悪を判断するのはガッシュだ。

 果たしてそれは一個人が下していい決断なのか。相手と親しき仲であれば改心することを信じて罪に問わないことも、敵愾心を抱いている相手であれば容赦なく裁くことも自由自在。


 ガッシュはそれが恐ろしかった。

 自分が道を誤った時、それを正す者は誰もいないのだから。

    

 故にガッシュは線を引いた。

 アカシックレコードはあくまで参考に。それ以上のことは他の国と同じ様に地道な調査を主体とする――自分が道を誤らぬように。

 だがそれもヴィルヘルムには通じない。彼の精神構造は、人種と異なり機械の如く合理的で揺らぐことはないのだから……唯一、ルーファを除いては。


「独裁の何が悪い。トップが有能ならばこれほど理にかなった制度はない。独裁に良い印象を抱かぬのは、愚者がその座に座ったためぞ。だがそれも、永劫を生きるそなたには関係なきこと。そなたは恐れ、目を背けているだけに過ぎぬ。過ちを恐れるな。呑み込み、喰らい、己が糧とせよ」

 

 黙りこんだガッシュは苦しそうに顔を歪める。

 200年出なかった問いの答えが、直ぐに出るはずもない。


「おい、話が進まない。説教は後にしろよ」


 つまらなそうな口調でロキが話に割り込み、ヴィルヘルムも異論はないのか、金の眼をセルギオスへと向けた。 

 

「商人を通して偽装工作をしておりましたが、全て帝都グリンバルへ運ばれています。そこから先の足取りは未だ不明。紅炎城の内部も調査していますが、多くの防御魔法陣と固有魔法士が固めているために中枢へは辿り着けてないのが現状です。ただ……城内にいる可能性は低いかと。30万人の奴隷ともなれば食事の用意や最低限の身の回りの品が必要になりますが、そのような動きはありませんでしたので」


「紅炎城は我も一度調べたが勇者召喚陣はなかった。そもそも、首都で勇者召喚を行う愚か者はおるまい。転移陣を使い別の場所へ移動させたのであろうよ。だが、グリンバルへ一度運んだとなれば候補地は絞られよう」

 

 ヴィルヘルムは空中にベリアノス周辺の地図を描く。


 ジターヴはベリアノスの南海に位置する海洋国家。

 中央にあるグリンバルまで奴隷が運ばれたことを考えれば、南部を拠点にしているとは考え辛い。南部へは直接船で奴隷を運んだ方が早いからだ。

 では、いずれ知恵ある汚染獣へと変わる異世界人を収容するに適した場所とはどこか。


「大都市はリスクが高すぎる。かと言って、田舎の農村なんぞ論外だ。恐らくはそれ相応の軍事施設がある場所だな。更に条件を加えるなら、民間人が少なく情報の管理がやりやすい……この条件でどれだけ絞れる?」


 ロキの問いにセルギオスは眉間にしわを寄せながら思考する。


「それでしたら、やはり第一候補は原魔の森との境にある軍事施設。第二候補はリーンハルトの国境沿いにある軍事施設になるでしょう」


「原魔の森で決まりだな」


 元々原魔の森近郊は怪しいと睨んでいた場所である。

 敵方に転移魔法士と汚染獣を操る魔法士がいたとしても、隠蔽するにはそれ相応の場所が必要だ。

 例えば汚染獣の声と瘴気。原魔の森の側であれば魔物の声だと誤認でき、瘴気も吸収してくれる。

 原魔の森ほど汚染獣の隠蔽に適した土地はないと言っていい。


 まあ、未だに敵がどうやって汚染獣を保管しているのかは不明だが、分からないことをあれこれと考えても仕方がないので、優先的に原魔の森周辺から調べることに決まった。





「1つ質問があるんだが、勇者召喚には多数の奴隷が必要なのか?」


 そう切り出したガッシュへと全員の視線が向く。

 遥か太古から生きているヴィルヘルムの知識量は計り知れず、今まで疑問にすら思わずにいたが……誰もその明確な理由を知らなかった。


「それはオレも知りたい。勇者召喚陣は固有魔法を刻印化したものだが、原理で言えば他の刻印魔法と同じく、魔力を込めさえすれば発動させることができる筈だ。奴隷を集めて魔力を注ぐにしても、それほど高い魔力の奴がいるとは思えないし、非効率的だ。ベリアノスがそこまで奴隷を求める理由は何だ?」


 ロキを一瞥したヴィルヘルムは嫌なことを聞いたとばかりに眉間に皺を寄せる。

 彼がルーファ関連以外でここまで不快感を示すのは中々に珍しいことだ。


「世界には大魔法と呼ばれる魔法がある。莫大な魔力を要し、人一人では到底発動させられぬ魔法よ。それを成すために人は2つの技術を編み出した。1つは地中を走る龍脈より魔力をくみ上げる龍脈起動式魔法。そしてもう1つが禁呪〈人体転化〉。人を生贄に捧ぐことで魂の欠片すら残すことなく魔力へと分解し、魔力少なき者でもかなりの量を抽出できる忌まわしき邪法だ」


「ちょっと待て!それじゃあ奴隷は……」 

「間違いなく死んでおろうな」


 言い切ったヴィルヘルムにガッシュはテーブルを殴りつけた。

 その目に浮かぶのは苦渋、悔恨……そして己に対する激しい怒りだ。


「それは早計じゃないのか?龍脈起動式もあるんだろ?」


 それはガッシュの心情を(おもんばか)っての言葉……ではなく、ロキの純粋な疑問だ。 


「先程、龍脈より魔力を汲み上げると言ったが、実際にはそれも難しい。何せ龍脈とは深き地の底を走っておるからな。だが……8か所ほど龍脈が寄り集まり、地表に噴出している場所がある。我はこれを龍欠泉と呼んでおる。この内の6か所は海底にあり、人種では手出し出来ぬゆえ気にする必要はないが……問題は残りの2か所。これがどこか分かるか?」


 意味深に問うヴィルヘルムに、ロキは勢いよく顔をあげた。


「まさか……アンセルム王国か!」


「そうだ。勇者召喚陣はアンセルムに()()()。まさか龍脈起動式の術式が残っておろうとは……迂闊(うかつ)であった」


 汚染獣がアンセルムを襲撃した理由……その一端が明らかになった瞬間だ。

 

「龍脈起動式には欠点がある。自然現象と同じで流れ出る魔力が一定ではないのだ。荒れ狂えば利用できぬし、少量であってもそれは同じこと。ここからは推測だが……恐らく勇者魔法陣には安定して運用するために龍脈起動式と人体転化の両方を組み込んでおったのだろう。龍脈起動式は龍欠泉から離れれば離れる程得られる魔力は少なくなる。ベリアノスが多数の奴隷を集めたのは、自国内へ勇者召喚陣を移動させたためだと考えれば辻褄が合う」


「ちょっと待ってくれ。そもそもアンセルムはナスタージアの属国だ。何で勇者召喚陣がベリアノスにあるんだ?」


 ガッシュが最もな疑問を口にすれば、ロキが馬鹿にした様に鼻で嗤う。


「かすめ取ったか、共同開発したのか……勇者召喚陣が複数ある可能性もある。どちらにせよそれを今から調べるんだろうが」


 バチバチと火花を飛ばし始めた2人を他所に、セルギオスが手を挙げる。

 

「我が君、質問してもよろしいでしょうか?」


 ヴィルヘルムが頷いたのを確認し、セルギオスは続ける。


「もし、敵がもう1つある龍欠泉の存在に気付けば、無尽蔵に勇者が召喚されるのではありませんか?」


 それを聞いたガッシュとロキが同時に嫌そうな表情を浮かべる。

 意外とこの2人は気が合うのかもしれない。


「急いで封鎖した方がいいだろうな」 

「そうした方が賢明だな。アンセルムには眷属を貼り付かせるとして、もう1つは何処にある?」


 全員の視線が自然とヴィルヘルムへと向く。 


「利用するなど不可能」


 そこで言葉を止めたヴィルヘルムは傲然と嗤う。


「もう1つの龍欠泉は竜王宮にある原生林の中。我の寝床ぞ」


 そこは世界有数の安全(きけん)地帯であった。 








    

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