布教活動と秘密の入口
そこは光星城の庭園にある東屋。
見渡す限りに色取り取りの薔薇が咲き乱れ、緩やかに吹く風に乗って甘やかな香りが仄かに漂う。
チュンチュンとさえずる鳥が小さな羽音をたてて飛び立てば、青空に鮮やかな色が映える。それは絵に描いたような優雅な一時。
だが……現実は優雅という言葉とは程遠い、唖然とした空気が漂っていた。
「ふぅ。お腹いっぱいなんだぞ」
テーブルの上には積み重ねられた皿、皿、皿。
これを1人の少女が作り出したと誰が想像できるだろうか。
四方から送られる化け物でも見るかの如き視線を華麗にスルーしたルーファは、最後の皿をてっぺんへ乗せると満足気にお腹を撫でた。
「おかしい……食べた量とルウちゃんの身体の体積が合っていません。一体何処へ消えたというの……?」
研究者気質のティアラが皿とルーファを交互に見つめながら悩まし気に吐息を洩らす。
「いえ、そんなことより明らかに食べ過ぎではなくて?苦しくはないのですか?」
エリザベスの心配ももっともだと言える。
彼女たちの皿が3枚に対し、ルーファの皿は実に30枚以上。体格で言えば、ルーファより彼女たちの方が大きいにも関わらずだ。
「うむす。心配いらないんだぞ。いつもこれぐらい食べるから」
食べた物を直接魔力に変換しているため、ルーファはかなりの量を食べることが出来る。
子狐の姿でさえガッシュと同じ分量を食べ、呆れさせるのは日常茶飯事だ。
「そんなことより、2人の好きな本を教えてほしいんだぞ」
2人の疑問を切って捨てたルーファは本題へと移る。この絶好の機会を逃す訳にはいかないのだ。
「わたくしは英雄譚や兵法書、剣術のすゝめですわ。特に死神セイ様の本は必ず購入しておりますのよ」
エリザベスはチラチラとルーファにアイコンタクトを送るが、残念ながら鈍感狐は全く気づかない。
その様子を呆れたように見ながら、ティアラも質問に答える。
「私はジャンル問わず色々な本を読みますわ。ただその中でも好ましいのは魔法関連の本やミステリー小説でしょうか」
「え~!恋愛小説は読まないの?」
2人の返答にルーファはガックリと肩を落とす。
新たな同士を獲得しようとしたのだが……中々道は険しいようである。
「ふふふ、心配いりませんよ。エリザベスはこう見えても恋愛小説を愛読しておりますから。恥ずかしがって言えないだけ……むぐ!」
「余計な事は言わないでくださいまし!」
慌ててティアラの口を塞いだエリザベスに、ルーファはおかしくなってクスクスと笑い声を洩らした。
「ルウちゃん……」
「ごめんなさい。でも、どうして恥ずかしがるの?」
「エリザベスはよく男勝りだと言われてますので、女の子らしい趣味が恥ずかしいのですわ」
エリザベスの代わりティアラが答える。
騎士らしいエリザベスにお姫様らしいティアラだが……内面は逆だ。
可愛いものや恋愛本をこよなく愛するエリザベスに対し、ティアラは合理的で実用一辺倒。
部屋も最低限の物しか置かず、唯一個性を感じさせるのは壁一面に広がる本棚だけだ。
「恋愛小説を愛するのに性別は関係ないんだぞ!好きだと思う気持ちが大事なんだから!それに友達のミーナちゃんはよく男をボコボコにしてるけど、恋愛小説大好きなんだぞ」
ちなみに、ボコボコにされている男はバーンだと言うことをここに記しておこう。
「ボコボコに……?市井ではそれが一般的なのかしら?」
「そう言えば、私も本で読んだことがあります。男は女の尻に敷かれる存在だと」
まあ、とエリザベスは驚きに目を見開き、ティアラは積年の謎が熔けたと言わんばかりの納得顔だ。
「そうだぞ。母様も男は踏みつけてもいいって言ってたんだぞ」
箱入り娘2人は誤った知識を教わった。
「これを2人に贈呈するんだぞ」
そう言ってルーファが取り出すは2冊の本――「禁断の愛」の書×2だ。
「これはっ!もしやBL本ではありませんか?」
意外なことに、BL本を手に取ったティアラが目をキラキラと輝かせる。
「うむす。今メチャメチャ(自分の中で)流行ってるんだぞ!」
「そうなのですね。私は今まで様々なジャンルの本を読みましたが、BL本だけは読めませんでした。王宮の図書館には置いておりませんし、入荷するよう頼みましたが許可がおりなくて……」
感慨深げに本をパラパラとめくるティアラは、切なげにため息を吐く……が、常識的に考えて王宮の図書館にBL本が置かれることは天と地が引っ繰り返ってもないだろう。
そこは、国の叡智を集結させた歴史ある場所。国賓にも開放している国の“顔”の1つなのだから。
だがしかし、本を親友と言って憚らない彼女にとって、禁止されればされるほど読みたくなるのが心理というもの。
かと言って、1人で気軽に買い物にも出られぬ身だ。BL本はティアラにとって決して手が届かぬ雲上人ならぬ雲上本なのである。
「……破廉恥ではありませんの?」
ティアラとは反対にエリザベスは渋い顔で目の前に置かれた「禁断の愛」を見る。
手に取ろうともしないその様子から、あまりいい印象を抱いていないのは明白だ。
「何てこというの!男だろうと女だろうと愛に貴賤はないんだぞ!そういうのは……え~と、アレなんだぞアレ。あっ!そう、ヘンケンっていうんだぞ。そういうヘンケンがいずれ差別へと繋がっていくんだから!人と違うからって否定するだけじゃダメなの。理解できなくてもいい。ただ認めてあげて。そういう人もいるんだって」
そっとエリザベスに手を重ね、何気にイイことを言うルーファ。
だが、その心の中は煩悩に塗れていた。
(クックック。これはチャンスなんだぞ!)
エリザベスもティアラも国を代表する女性の1人。
仮にこの2人を信者にすれば、リーンハルトのみならずシリカとフォルテカにも禁断の愛をバラまくことが可能となる。
そう、名付けて「愛のウィルス大作戦!」
バイオハザードな狐は野望を叶えるべく「禁断の愛」を猛プッシュした。
…………
…………
「そこまでおっしゃられるなら……読んでみようかしら」
無事、「禁断の愛」を押し付けることに成功したルーファは、やり遂げた感満載の笑みを浮かべて付け加える。
「そうそう、その本はあげるんだぞ」
ちなみに、ルーファの〈亜空間〉の中には「禁断の愛」が50冊入れてあるので何の問題もない。当然、全てが布教用である。
「そうだ!いい所に連れて行ってあげる!」
せっかく親しくなれたのだから、とルーファはエリザベスとティアラの手を引く。
「何処に行くんですの?」
「秘密!こっちなんだぞ!」
そう言って案内した先には、手入れがされているようには思えない鬱蒼とした森が広がっていた。
「……え?あんな森今まで……」
ハッとしてティアラは森を見る。王宮内にあるには明らかに不自然なそれを。
そこには不自然な魔力の動きは見えないが……ティアラは確信をもって呟いた。
「認識疎外の魔法」
「どういうことですの?」
「分からない……分からないわ!凄い!一体どんな技術が使われているというの!?」
ティアラはドレスの裾をたくしあげ、猛然と走り出す。
「ちょっとティアラ!急に走らないで!危ないでしょう!?」
エリザベスと護衛がそれに続き、置いていかれたルーファも慌てて後を追う。
ペタペタと確認するように木に触るティアラに、追いついたエリザベスが苦言を口にするが……本人は馬耳東風。全く聞いてはいない。
「恐らくはどこかに要となる魔道具があるはず……」
「わあん!」
聞こえてきた悲鳴に振り返れば、何もないところで躓いたルーファが2回転した挙句、木へと激突した姿が目に入った。
「ぎゃん!」
バキッ!……ゴーン!
「あべしっ!」
衝撃で折れた枝が止めとばかりにルーファの頭へとぶつかった。
本日の護衛ドッペルは周囲を警戒していたために、自爆技に対応できなかったとだけ伝えておこう。
「う……うぅ……酷い目にあったんだぞ」
エリザベスとティアラ起こしてもらったルーファは、涙目で土を払う。
相変わらず運動音痴なルーファは、走ればかなりの高確率で転んでしまうのだ。
「怪我はありませんの?」
「ごめんなさい。私が急に走り出したせいで……」
心配そうに覗き込む2人にルーファは笑顔を向ける。
「オレには癒しの力があるから、この位の怪我へっちゃらなんだぞ!」
まあ、ルーファは死んでも直ぐに甦るので、この程度は無問題である。
それからはティアラも反省したのか大人しく付いて行き、程なくして目的の場所に辿り着いた。
「ここなんだぞ」
そこにあるのは太い樹だ。だが、大樹と呼ぶには体高が低く、どちらかと言えばずんぐりとした印象を与える。丁度3人で手を繋げば幹を一周できるだろう。
「魔力を感じますね」
幹に手を這わせたティアラが呟き、それに応えるようにエリザベスが薄気味悪そうに両手で腕を摩る。
「この森に入ってから……何かおかしいですわ。生き物の気配を全く感じませんもの」
鳥の声も聞こえず、虫の1匹すら目にしていない。明らかにここは異常だ。
4名の護衛もピリピリとした空気を漂わせ、3人を守るように展開していた。
「心配いらないんだぞ。ついて来て」
幹に空いた人一人が通れる程の洞に、ルーファは躊躇いなく足を踏み入れる。
恐れる必要は何もない。そこから先はルーファの領域、迷宮へと続く入口なのだから。
「自分が先に行きます」
護衛の1人がルーファの消えた洞を見つめ一歩中へと踏み入れば、淡く光り輝く階段が下へ下へと続いていた。
「階段!?」
思わず驚愕の声を上げた護衛を押しのけ、エリザベスとティアラが中を覗く。
「迷宮ですわ」
「迷宮ですね」
「魔物がいるかもしれません。危険ですのでお下がりください!」
護衛の言葉をまるっと無視し、2人は顔を見合わせる。
「迷宮の近くに迷宮が出来るといった事例は今までありません。最低でも100キロ以上は離れたところに出来る筈です」
「そう。ではこの迷宮は試練迷宮で間違いないということですわね。でも、どうして王宮の中に迷宮の入口があるのかしら?」
「恐らくは迷宮神獣様が行き来するための場所なのではないかと思いますが……私たちが入ってもいいのでしょうか?」
水の神獣レヴァイスを除き、各国の守護神獣は王家と深い関わりを持っている。それを考えれば、王宮に迷宮の入口があってもおかしくはない。
何より、高度な認識疎外の魔法がかかっているとはいえ、ガッシュが王宮内にある迷宮に気付いていない筈がないのだ。
いや、むしろガッシュが認識阻害の魔法を施した張本人である可能性の方が濃厚だ。
となれば……厳重に隠蔽されている迷宮へ許可なく入るのは不味いと言える。
知りませんでした、という言い訳が通用するとは思えない。下手をすれば神獣の不興を買うこととなるだろう。
「不法侵入になるのかしら?でも、ルウちゃんはもう行ってしまいましたし……よし!ここは挨拶をして参りましょう」
天然発言をしたエリザベスにティアラが突っ込むよりも早く、エリザベスはドレスの端を摘まむと優雅にカーテシーを決める。
「迷宮神獣様、わたくしはエリザベス・ヴァン・ジュール・シリカと申します。今から御身の迷宮に入りますことをお許しくださいませ」
顔を上げたエリザベスがじっとティアラを見つめ、1つため息を吐いたティアラがエリザベスに続く。
「迷宮神獣様、私はティアラ・ファウス・マギ・フォルテカ。今から御身の迷宮に入りますことをお許しください」
その後、4名の護衛も挨拶を終えて彼らは階段を下り始める。
「何処まで続いているのかしら?」
「ヒールでは少し厳しい……」
流石は迷宮と言うべきか。
光輝く階段は螺旋を描きながら何処までも続いていた。
――15分後
「はあ、はあ、はあ」
「ティアラはもう少し体を鍛えるべきじゃないかしら」
護衛に両腕を支えられ、ティアラは生まれたての小鹿の如くプルプル震える足を最後の一段へと踏み出した。
ティアラが階段を下りれば、淡く輝いていた光が消え暗闇が辺りを支配する。
「わあ……」
「綺麗……」
次の瞬間、彼女たちは広大な広間にいた。
天高くそびえる幾本もの純白の柱。
その柱の先を見あげても、流れる光の運河が上空一面を覆っているためそれ以上先を窺い知ることが出来ない。果たして天井が存在しているのかさえも疑問なところだ。
ふわふわと夢の中を歩いているかのように覚束ない足取りで歩いて行くと、前方に白い葉っぱをつけた変わったデザインのテーブルが見える。
2人は気付いていないが、神樹から作られたテーブルである。
「いらっしゃい!どう?どう?凄いでしょ?」
ルーファに促され、席に着いた2人は勧められるままに紅茶に口を付けた。
「「美味しい……」」
ホッと一息ついた2人は同時にルーファを見る。
彼女たちの顔に浮かぶのは逡巡。果たして聞いてもいいものか……この場所は間違いなく国家機密。恐らく知っているのは一握りの人間だ。
疑問を読み取ったかのように、ルーファは安心させるように口を開く。
「ここは通過点。印無き者はこれ以上進むことが出来ぬ場所。だから気にしないで」
ルーファはそう言ってフードを下ろす。
露わになった美貌に息を飲む2人をルーファは緑の眼で見つめる――冒険者ルウとして。だが、いずれ彼女たちはルーファの正体を知ることになるだろう。
彼女たちとは長い付き合いになる……そう感じるのだから。
「ルウちゃんは神獣様にお会いしたことがありますのね?」
何処か確信めいた口調で尋ねるエリザベスに、ルーファはちょっと考えた後に頷く。
まあ、本神獣のため会うというには語弊があるが。
「私のお母様もお会いしたと仰られていましたわ。どの様な御方か伺ってもよろしいですか?」
目を輝かせ、身を乗り出したティアラにルーファは鷹揚に頷くとキラリと目を輝かす。
「うむす。迷宮神獣様は美しく、気高く、神々しい、威厳溢れる御方なんだぞ!」
ルーファは願望を口にした。




