密談(続き)/ロキの実験
「ラ、ラ、ランドルフ様……」
密談が終わり、自室に戻ろうとしたランドルフをオーデンの声が呼び止めた。
「お、お呼び立てして、も、申し訳ありません」
会った当初はその卑屈な態度に腹が立ったものだが、不思議な事に今では僅かたりともその様な感情を抱くことはない。
どのような毒草であろうと入手……いや、それどころか栽培に成功させ、彼の手で精製された毒は驚きの効果を発揮した。
「無味無臭で」と言えばその通りに、「毒を盛ったとがバレぬように」と言えば飲ませた相手は数日後にベッドの上で冷たくなって発見された。その時の診断は心臓発作だ。
これがオーデンの“真価”。
ランドルフにとって貴族とは替えのきく存在でしかない。
裏を牛耳るエンヌでさえ、死ねば全ての基盤が後継者へと受け継がれるだけのこと。だが……オーデンは違う。
何故なら、価値があるのはオーデンそのもの。その知識と才覚は唯一無二の黄金の駒なのだから。
「いや、構わない。何か問題でもあったか?」
「は、はい。す、す、少しお耳に入れたいことが、ご、ございまして」
「分かった。私の部屋で構わないな?」
頷いたオーデンを連れてランドルフは部屋へと戻った。
「それで?話とは?」
「さ、最近、産業スパイが入り込んで、や、薬草園を探っているのです」
「ふむ、見つかれば厄介だな。こちらからも応援を出そう」
クーデターが近い現在、戦力はなるべく揃えておきたいところだが……毒草が見つかるのは非常に不味い。中には所持しただけで極刑となる猛毒も含まれているのだから。
そう思っての言葉だったのだが……どうやら状況は彼が想像していたものと違ったようだ。
「い、い、いえ。Aランク冒険者を雇いましたので、そ、それは大丈夫です。ただ、そ、その冒険者がき、気になることを言っておりまして、ラ、ランドルフ様にお伝えした方が、よ、よろしいかと……」
「聞かせてくれ」
そうしてオーデンはつっかえながらも懸命に話しだした。
「わ、私が懇意にしているAランク冒険者は“疾風迅雷”と言います。か、駆け出しの頃、援助したのがえ、縁で今回の依頼を受けてもらえました。し、“疾風迅雷”はカサンドラをホームにしていたのですが……あ、ある時、メ、メイゼンターグからカサンドラまでの、ご、護衛依頼を受けたそうです。そ、その時の商隊の中に、ふ、不思議な力を持つ子供がいたと」
「つまり、レアな固有魔法士がいたということか?」
尋ねたランドルフにオーデンは首を横に振る。
「も、問題は、そ、その子供の力を話せないと言ったことです」
ランドルフは僅かに目を細めた。
話せない……つまり、誓約で縛られている可能性が高い。
わざわざ、1人の子供の力を誓約で縛ってまで秘密にするその意味は何だ。
訝しむランドルフを余所に、オーデンは続ける。
「そ、その子供は今、リ、リィンにいます」
カチリ、とランドルフの頭の中で何かが嵌る音がした。
「名は?その子供の名は?」
ランドルフの声が興奮で早くなる。
それも仕方のなき事。何故ならその子供の正体は……
「え、Fランク冒険者で、ル、ルウと……」
その名を聞いたランドルフの椅子が、ガタン!と大きな音を立てて引っ繰り返る。
普段冷静な彼とは思えぬほど荒々しい動きだ。その震える手は恐れのためか、それとも興奮のためなのか……彼自身にも分からない。
「見つけた……見つけたぞっ!」
何故ならソレはベリアノスが血眼になって探し求め、尚且つ人が手を出すことが許されぬ尊き存在。
手に入れれば勝利のための確実な一手と為り、失敗すれば今まで築き上げてきたものを一瞬で瓦解させるジョーカー。
――冒険者ルウ。
その名をランドルフも知っている。
神聖魔法に類似した固有魔法保持者の名だ。ガッシュが王の名の下に保護を約束し、Sランク冒険者・死神セイが守る少女。
(何故、気付かなかったのか)
いきなり王都へ現れた死神セイとルウ。
神出鬼没な死神セイの存在が、誰にもその異常性に疑念を抱かせなかった。
未だかつて死神セイの足取りを掴めた者などいないのだから。
かくいうランドルフもその1人。
いや、神獣が冒険者をやっているなど誰も思いはすまい。
カサンドラ、メイゼンターグ、リィン――神獣が辿った軌跡だ。そしてそれは冒険者ルウの軌跡でもあったのだ。
「オーデン、素晴らしい情報だ」
ランドルフはただ嗤った。
◇◇◇◇◇◇
「お前の目はルビーのように美しい。ずっとそう思っていた……」
アイザックは赤い瞳を覗き込み、優しい笑みを浮かべる。
熱に浮かされたような目でそれを見つめ返すのは……バーンだ。
「愛しているバーン」
「オレもだ……アイザック」
抱きしめ合う彼らの背後ではニヤニヤと嗤う悪魔がシャッターを切っていた。
状況はこうだ。
以前、会議室を破壊するという“おいた”を仕出かしたバーンとアイザック、メーの三人組は、怒ったラビにより罰を言い渡された。それが、ロキの権能の実験体になること。
そう、現在繰り広げられているラブシーンは、ロキの実験によるものだ。
――深淵ノ神の権能が1つ〈呪縛眼〉。
漆黒に赤い目の時のみ発動する究極の魅了の力だ。
魅了系の力は保持者の目を見る、もしくは姿を見るといった制約があるが、〈呪縛眼〉にはそれがない。
発動条件はロキが視認すること、ただそれだけ。それは深淵に身を潜めている時でさえ呪縛が可能だということ。
つまり、この力を使われたが最後、気付くことすら許されずにロキの奴隷へと成り下がるのだ。いや、奴隷というよりも狂信者か。
彼らはロキの命あらば歓喜に震えながらその命を差し出すのだから。
だが残念なことに、その究極の力は現在BL展開に使用されていた。
何という力の冒涜であろうか。
ロキが下した命令は「互いに愛し合え」というもの。
何故このような命令にしたかと言えば……ルーファが喜び、尚且つバーンたちの精神に打撃を与え、更には人の不幸が大の好物であるロキを楽しませるためである。
正に一石二鳥ならぬ一石三鳥という素晴らしいお仕置きプランなのだ。
カメラを片手にロキは考察する。
バーンとアイザック、そしてメーにそれぞれ「愛し合え」と命令したが、実際にイチャコラしているのはバーンとアイザックのみ。
メーはと言えば彼らの後ろでメーメー鳴きながらせっせとお尻を振っていた。ちなみに、これがメーの種族の求愛行動である。
この結果から、1つの命令であろうと対象によって行動が異なるということが分かった。
つまり、そこにロキの持つ知識や考え方は反映されておらず、呪縛された対象自身の知識、経験、性格に基づき行動が変化するということだ。
今回の実験で言えば、バーンとアイザックにとってメーが恋愛対象になり得なかったということ。
逆に、メーは他に同種がいなかったため2人に求愛しているのだと言える。
また、意外な事にアイザックが熱烈に攻めて、バーンがそれを受ける形になっているのは本来の人間関係が影響していると思われる。
それを踏まえて考えるのなら、学のない脳筋族と頭が切れる秀才に「誰それを殺せ」と命令すれば、脳筋族は自分で殺しに行くだろうし、秀才は誰かを雇う可能性が高い。
つまり呪縛した者の能力によって成功するか否かが分かれるということだ。
「細かく指示を出せば行動は制限できるが、それでは持ち味が薄れる」
〈呪縛眼〉の持ち味は自由度にある、とロキは考える。
ある程度の目的を伝えれば、ロキの指示なく動けるのが理想だ。その為に必要なモノは何か。
「頭脳明晰とまでは言わないが、最低限の頭は必要だな。うっかりオレとルーファのことを漏らさないとも限らない。逆に強さは眷属を使えばどうとでもなる。ならば、狙うなら組織のトップか」
ある程度の地位と権力を持っていれば、必ず手足となる部下がいる筈だ。
そうすれば呪縛する人数も最低限に、多くの手足を得ることが出来るだろう。
候補として真っ先に上がるのが各ギルドのトップ。
だがロキはその考えを即座に打ち消した。冒険者ギルドのトップは頭のできが良いとは言い難いし、職人ギルドのトップを支配してもメリットがあるとは思えない。
ロキが求めるのは警戒網と情報網の構築……ルーファを守るための目に見えぬ要塞だ。
それを考えれば商業ギルドはアリだろう。
全国に根を張り、情報収集に重きをおいているのだから。それに、金があれば出来ることの範囲も広がると言うもの。
「あとは……貴族、そして裏ギルドの存在か」
バーンとアイザックの記憶を精査した時に知ったが、この世界には裏ギルドというものがあるらしい。
暗殺ギルド、諜報ギルド、売春ギルド、麻薬ギルド、奴隷ギルド……バーンとアイザックが所属しているのは暗殺ギルドだ。
犯罪者を狩る彼らが何故裏ギルドに所属しているのかといえば……情報収集のためだ。
裏ギルド会員になれば、他の裏ギルドを会員価格で利用できるのだ。もちろん会員でなくとも利用は可能だが、それには紹介状と莫大な金が必要となる。
「暗殺ギルドと諜報ギルドは欲しい。他は……調査してからだな」
闇に隠れ潜む者がバカと言うことはないだろう。
今までガッシュの目を逃れ、生き延びてきたのがその証拠。
方針を決めたロキが顔を上げると……ちゅっぱちゅっぱしている男2人に、バーンにしがみ付き腰をカクカク振っている羊が映った。
「……おい、そろそろヤメロ」
見るのが不快になってきた身勝手なロキが命じると、ピタリと動きを止めた2人と1匹が整列する。
「次は何をすればいい?できれば戦闘がいいんだが」
「おい、ロキ様に指図するな。殺すぞ」
不遜なバーンの態度にアイザックが殺気を飛ばす。
険悪な雰囲気に割って入ったのは半人形態となったメーだ。
「かー!お前らいい加減にしろや!ロキ様が迷惑がってんだろうがよぉ」
「「申し訳ありません、ロキ様」」
呪縛しているとは思えぬ反応に満足気に頷いたロキは、許しの言葉を与えると次なる実験に移る。
――完全呪縛。
〈呪縛眼〉の力の1つ。ロキが最も試したかったのがこの力だ。
ロキが目を開くと、目の前には自分を観察するロキが見えた。
「成程。完全にオレの意思で動くのか」
常とは違う声に違和感を感じながらも、バーンは軽く体を動かす。
「脳のストッパーを外せば早く動けなくもないが……基本的に持ち主の身体能力に依存するようだな」
魔法を試せば、元々バーンが持っていた武王魔法は問題なく発動したが……アイザックの暗殺魔法を発動させる時、異変が起きた。
「グッ!」
突如走った鋭い痛みにバーンは胸を抑えると、込み上げてきた血を吐き出し口元を手の甲で拭う。
「ダメージがある。何故だ……?」
魔法とは魂に依存する力だ。
ロキが完全呪縛を施した瞬間に、バーンの魂は深淵へと取り込まれた。つまり、今ロキが動かしている身体は魂なき抜け殻。
既にここにいる3名の固有魔法を習得しているロキが、武王魔法以外発動できないというのはおかしい。何か理由があるはずだ。
「肉体の拒絶反応ということか?」
光星城の図書室で見つけた本の中にこの様な記述があった。
固有魔法士と属性魔法士・特殊魔法士の身体能力を比較した時、最も能力が高かったのは固有魔法士であった、と。
これの意味するところは、魂が肉体へ影響を与えているということ。
「年月をかけて肉体が魂に最適化たということか……?なら、最適化を終えていない若いうちなら他の固有魔法も使えるのか?」
考察しようとしてロキは止めた。
親という支配者の目を潜り抜けなくては碌に自由行動もできない子供を呪縛しても、何の役にも立たないからだ。
更に出入りできる場所や動ける時間帯も限られていることを思えば、時間の無駄だ。
気を取り直して、ロキは次の実験へと進む。
「アイザック、今から竜迷宮の入口まで送る。そのまま外へ出ろ」
「分かりました」
「あのぉ、オレ様は?」
黒革ビキニをサスペンダーで吊り上げた変態羊頭にロキはチラリと視線を送るが、そのまま無視を決め込んだ。ロキにも許容範囲というものがあるのだ。
アイザックが外へ出たのを感知したロキは、そのまま実験を続ける。
――ザザザザザアアアア!
風が木々を揺らす音が聞こえ、眼を開ければ鬱蒼とした森が視界を塞ぐ。
ここは間違いなく竜王宮の敷地内にある山の中。
「呪縛してさえおけば、距離に関係なくいつでも魂を喰えるのか。中々便利だな」
邪魔になれば即座に処分出来るというのは大きなアドバンテージだ。
そう思いながら、バーンとアイザックを同時に動かしてみるがこれといった不具合はないようだ。
演算能力的にみても、あと数百人はいけるが……動かすには常時かなりの演算領域を取られることになるので却下だ。
命令だけ出して自由に動いてもらうのがベストか。
ロキが身体を支配せずとも、見聞きした情報は随時流れて来るので情報収集には問題はない。
更に〈眷属通信〉も使えるので、気になることがあればその都度命じればいいだろう。
アイザックを自分の元へ戻したロキは、最後の仕上げに入ることにした。
「解除」
ロキがそう呟くと同時に2人と1匹の目が瞬き……一気に血の気が引く。
「うげえええええ!」
「……最悪な気分だ……うぷ」
「け、汚された!アタイもうお婿にいけない!」
「絶望に嫌悪感、怒りに恐怖……最高だな」
そしてロキは現像した写真をペイっと放り投げ、その場を後にした……彼らを更なる絶望へと突き落として。




