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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
リーンハルト激震
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密談

 光星城に程近い場所にその屋敷はあった。


 周りとは比べ物にならぬ程の規模と豪華さを誇り、季節の花が咲き乱れた庭は正に芸術作品と言うに相応しい。

 樹と花、水と石……ありふれた自然をモチーフに、時には大胆に時には繊細に、美しいハーモニーを描き出す。

 一体どれ程の手間と費用がかけられているのか……いや、それを尋ねるのは野暮というもの。

 “感動”に値段をつけるなど無粋なことなのだから。


 リーンハルトにおいて、王都に構える屋敷の位置は重要な意味合いを持つ。

 爵位が高い貴族ほど光星城に近い場所に住まうことを許され、敷地面積の広さが貴族としての権勢の強さを現しているからだ。

 他とは明らかに“格”が違うこの屋敷の主は――ランドルフ・ボルヘルミア。


 リーンハルト南部を治める侯爵だ。


 その領土は小国の国土にも匹敵するほど広大で、南海に面していることもあり諸外国との貿易の要である。いや、要というよりも独占か。

 何故なら、ドラグニルとの長距離転移陣を利用した直接取引を除き、全ての海外貿易はボルヘルミア領を通して行われているからだ。

 中部諸国に通じる陸路の全てが封鎖されているリーンハルトにおいて、その重要性は計り知れない。


 そして、リーンハルトでいう“侯爵”とは貴族の中で最上位の存在となる。

 実際にはその上に公爵という爵位があるにはあるのだが……これは臣籍降下した王族に与えられるものであり、建国してから1度も存在したことのない空白の爵位である。


 何が言いたいかといえば、例えガッシュでもおいそれと手が出せない人物……それがボルヘルミア侯爵なのだ。



 さて、そんなボルヘルミア侯爵の屋敷は現在、夜遅くにも関わらず賑わいを見せていた。 

 今日はランドルフの娘・サミュエリナの誕生パーティーが開かれているのだ。

 大貴族なだけあって多くの者が祝辞を述べに馳せ参じており、ボルヘミア家がどれほど重要視されているのかが窺える。




 そのパーティーも既に終盤。


 広大なパーティーホールでは着飾った紳士淑女たちが雑談に花を咲かせていた。

 身に付けているドレスは彼女たちの戦闘服であり、自分達の“力”を示すための武器だ。

 型遅れのドレスや、流行の終えた色彩を纏うなど論外。

 それは自分の属する派閥の主に恥をかかせる行為であり、敵対する派閥に付け入る隙を与えるからだ。


 しかしながら、女性と違いそこまで飾り立てる必要のない男性はあまり関係のない話……と、言いたいところだがそれは誤りだ。

 何故なら、男性貴族が自らを飾り立てる最大の()()()とは、エスコートして来た女性そのもの。

 連れて来た女性の品格・美しさが、彼らの評価にそのまま繋がっているのだ。


 その中において、最も輝いている人物こそフローレンシア・ボルヘルミア。ランドルフの妻である。


 身に付けているものは全てが一級品。


 複雑に結い上げた淡い紫色の髪を飾るのは大輪の赤い花。

 生花を特殊な薬品で加工したこの花は、時間が経とうとも摘みたての花のように瑞々しい。

 赤い花の周りにはそれを引き立てるように小さな花と宝石が散りばめられ、髪飾りというよりも花の王冠を思わせる。


 ドレスは濃紺。


 刺繍の代わりに小さなダイヤが模様を描き、彼女が動く度に光が瞬く。

 胸元を飾る黄金のネックレスは細い鎖が幾重にも絡み合い、朝露に輝く蜘蛛の巣の如く繊細で美しい。

 だが何よりも称賛すべきは、それらに呑まれることなく見事に着こなしている彼女の存在感か。

 そして、女王然とした彼女の隣に立つランドルフもまた、負けず劣らずの存在感を放っていた。

 

 焦げ茶色の髪と目はリーンハルトではよく見る色彩だが、彼を凡庸と称すものはまずいまい。

 切れ長の目は知性に溢れ、威風堂々とした佇まいは王者のそれだ。

 彼の一挙手一投足は洗練され無駄がなく、正に貴族はこうあるべきという手本のような男だ。


 主役は娘のサミュエリナであるはずなのだが、パーティー中盤で早々に退出済みであるためここにはいない。

 基本的に未婚の女性は途中で下がるのがマナーとなっているのだ。

  



 曲調がリズミカルで明るいものから静かで穏やかなものへと変わる……これがお開きの合図だ。


 友人知人に別れを告げ、ボルヘルミア夫妻に挨拶をした客人が次々と扉から吐き出されていく。

 最後の客人を笑顔で見送ったランドルフはふぅと1つ息を吐くが、残念ながら彼の仕事はこれで終わりではない。

 

()()()()()はどうなっている?」

「客室へご案内いたしました」


 そうランドルフに答えるのは、ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けた執事服を着た男。


「そうか。談話室の用意はできているな?今から1時間後にそこへ案内を。私は一旦部屋に戻る」


「畏まりました」


「あらあら、これからお酒を酌み交わすのですか?殿方は元気なこと」 


 どこか呆れた口調で話しかけたのはフローレンシア。

 その目には不満気な感情がありありと浮かび、すねた様に口を尖らせる仕草は成人を迎えた娘がいるとは思えぬほど可愛らしい。


「すまないな。これから重要な商談があるのでな」

「あら、もしかしてクレイジール男爵もいらしているのですか?」


 途端に目を輝かせるフローレンシアにランドルフは苦笑した。


「新作を持ってくると言っていたからな。そう……確か“神の雫”と言ったか。若返りの妙薬として近々売りに出すらしい」


「まあ!まあ!以前、あの方から頂いたサプリも化粧品も素晴らしい効果でしたのよ。お礼を申し上げておいて下さいな」


「伝えておこう」


 先程とは打って変わってご機嫌な様子で去って行くフローレンシアを見送り、ランドルフは私室へと戻る。これからが彼にとっての本番なのだから。






 ◇◇◇◇◇◇





「よく集まってくれた」


 ランドルフの前には4人の男がいた。


「我らの念願が叶う時ぞ。礼は不要じゃ」


 最初に口を開いたのは、白い髪と髭を持つサンタクロースと見紛う容貌の老人。

 彼の名はロンデス・サンタクルス伯爵。常に人好きのする笑みを浮かべ、温和な性格も相まって人望高き貴族の1人だ。

 果たして何人の者が気付いているのだろうか。深い笑い(じわ)が刻まれた目の奥には、僅かの温かみも存在しないことに。


「左様でございますぞ!ランドルフ様にお声を掛けて頂くことこそが光栄の極み!断るような愚か者には、このチャペリン・トグワが鉄槌を降してやりましょう!」


 そう追随するのはチャペリン・トグワ子爵。

 パンパンに膨れ上がった頬で目が隠れているため、その顔が笑っているのか怒っているのかでさえ定かではない肉に埋もれた男だ。

 垂れ下がった肉のせいでどこまでが首か顔かが分からず、座っている椅子からは時折悲鳴が上がる。


 そんな騒々しいチャペリンとは対照的に、静かに頭を下げたのは狐目の男――エンヌ・ビビット子爵だ。

 荒事は不得手と言わんばかりの細身の男なれど、彼は裏社会に通じている大御所の1人。

 多くの貴族の不正の証拠を握り、暗殺集団を有しているリーンハルトの闇そのもの。

 ランドルフの命あらば女子供であろうと容赦なく潰しにかかる恐ろしい男だ。


「あ、あ、あの。お招きいただき、あ、ありがとうございます」 

 

 オドオドとランドルフを見つめるのは先程話題に上がったオーデン・クレイジール男爵。

 彼の領地から産出される美容用品は効能が高く、それを手に入れることが貴族女性にとってのステータスだ。

 無能そうに見えて彼の薬学の知識は学者を唸らせるほどで、ランドルフとエンヌは彼を非常に重宝している――主に毒関連でだが。


 この5名の共通点は全員が人族。

 そう、彼らはリーンハルトに巣くうアグィネス教徒である。





「まずは喜ばしい報告からだ。シリカがベリアノスの手に落ちた」


「では、いよいよ始まるのじゃな。我らの悲願が。儂の代ではもう無理じゃと思うておったが……まさかこの目で見ることが出来ようとは」


 うっすらと涙を浮かべるロンデスに、ランドルフは苦笑する。

 まだ落としたのはシリカのみで、本願のリーンハルトは神獣を迎え、衰えるどころか勢いを増しているというのに。

 だが……ロンデスの気持ちも分からなくもない。彼はもう高齢、このチャンスを逃せば次はないのだから。


「気が早いですよ、サンタクルス伯。それで……今後、我らはどう動けばよいのですか?」


 先を促すエンヌに再び場の空気が締まった。


「王都ハラマダは陥落したが、まだ全てを手中に収めた訳ではない。とは言え、完全に支配下にはいるのも時間の問題だろう。我らの出番はそれからだ。まずは、ジターヴからの援軍をボルヘルミアへ引き入れる」


 ランドルフは卓上に置いてある地図の上に2つの白い駒を並べる。


「偽王ガッシュは必ず自らやってくる。そこを叩く」


 白い駒で黒い王を弾いたランドルフはニヤリと笑う。


「そう上手くいくでしょうか?あの男は強さだけは本物です。暗殺も毒も色々試しましたが、掠り傷1つ負わせられていません」


「エンヌの心配は最もだが……安心するといい。今回は秘策がある。詳細は言えんが、必ず偽王を排除してみせよう」


 そしてランドルフは次々と駒を並べていく。


「ロンデスはシリカとの国境門を開け、ベリアノス・シリカの混成軍を引き入れ合流せよ」

「承った」


 シリカとの国境を治めているロンデスにとってそれは容易いこと。

 彼の率いる領軍も長い年月をかけてアグィネス教徒で固めてある……全てはこの時のために。


「エンヌはリーンハルト軍の食事に毒を混ぜ、使い物にならなくしろ。オーデンは毒の作成と兵糧を密かにロンデスの所へ運ぶように」


「お任せ下さい」

「あ、は、はい」


 自信に満ちた笑みを浮かべるエンヌと、どこか安堵したように答えるオーデン。

 クレイジール男爵領はリーンハルト西部に位置し、食糧庫としても有名な地だ。

 反面、魔物の被害もほとんどなく小競り合いが起きる戦場とも遠いため、領軍は農民に毛が生えた程度のもの。

 例え戦場に駆り出されたとしても、満足に戦うことは出来ぬだろう。


「あのぉ。吾輩は?」

「……ああ」


 おずおずと手を挙げたチャペリンに、ランドルフは今思い出したと言わんばかりに脂肪で(たる)んだ顔を見る。

 ハッキリ言って他のメンバーに比べ、チャペリンの利用価値は少ない。役どころはトカゲの尻尾切りの際の尻尾といったところか。

 だが、そんな内心を露ほども感じさせぬ笑顔でランドルフは口を開いた。


「チャペリンには重要な役割をこなしてもらう。兵を率いて王都へ攻めあがるのだ。リーンハルト軍の注意を引きつけ、友軍が動きやすいよう場を整えよ。これはお前にしか頼めぬ事だ。やってくれるな?」


「おお!勿論ですとも!このような大役を任せて下さり感謝いたしますぞ!」


 例え成功しても失敗してもリーンハルト軍の目を向けることが出来る、重要で……簡単なお仕事だ。道化には相応しい。


「頼むぞ」


 そう言ってランドルフは、励ますようにチャペリンの肩を叩いた。


「合図は追って報せる。決行の日は近い。決して気取られるなよ」


「「「ハッ!!」」」

「は、は、はい」






 

  

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