勝利への執念
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いしますm(__)m
ガッシュを目にした瞬間、竜種たちは人の姿へと変じる。
竜鱗を容易く貫けるガッシュに対し、身体が大きい竜体は良い的にしかならないからだ。
先程までの余裕のある態度とは異なり、そこにはピリピリとした緊張感と……強者と戦える歓びがあった。
「何故、其方がここにおる?」
そう尋ねたセルギオスにガッシュは低く笑う。
「それはこっちの台詞だ。ここは人種のための迷宮。竜種が何をしているんだ?」
会話を続ける間にも、竜種はガッシュを囲むように展開する。
固まれば一瞬で終わることを理解しているのだ。
「何、少し遊びに来ただけじゃ。其方が気にする事でもあるまい」
「お前たちの遊び場は竜迷宮だろう。まあ、遊びたいというのなら……オレが遊んでやろう」
言葉と同時にガッシュの姿が消え、セルギオスは反射的にその場より飛び退る。
セルギオスが反応できたのは奇跡に近い。
彼が気付いた時には剣の切っ先が喉元に迫っていたのだから。
そのまま勢いに逆らうことなくバク転で距離を取ろうとしたセルギオスの身体に衝撃が走る!
ベキっ!ベキベキっ!
恐るべき速さで放たれたガッシュの蹴りがセルギオスを吹き飛ばし、折れた骨が皮膚を、内蔵を突き破ったのだ。
普通であれば、それは致死の一撃。だが……流石は竜種。
強引に態勢を立て直したセルギオスは、即座に魔法を練り上げた。
「遅い」
背後から囁かれた声にセルギオスの肌が粟立つ。
――一閃。
死神の咢が首を刈り取り、噴水の如く吹き上がった血がセルギオスの頬を濡らす。
宙を舞う3つの首の向こうに、ガッシュの嗤った顔が見えた。
それはセルギオスを囮に牙を剥いた竜種の末路。
結果はどうあれ、彼らの判断は正しい。
獲物を狩る瞬間こそが、最もガッシュの行動を予測できる瞬間なのだから。
だが……届かない。彼らには足りない――鋭さが、速さが、強さが。根源たる力が!
「しばらく寝ていろ」
宙に血の軌跡を描きながら迫り来る死神の刃を、セルギオスはただ見つめた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
それは幸運か不運か。
またしてもセルギオスに剣が届くことはなかった。その代わりに彼を襲ったのは〈魔装〉で創られた矢だ。
弾丸の如く地面を削るソレは、セルギオスを挽肉へと変えながらガッシュへと降り注ぐ!
「悪く思うなセル坊」
そう小さく呟いたのは、惨劇の主たるシュヴァリエ。
その顔に浮かぶのは罪悪感でも後悔でもない――勝利への執念のみ。
矢が地面を抉る!抉る!抉る!
それは地形すら変える程の威力。
逃れる術なき砲弾の雨。
だが、これすらもが足止めのための時間稼ぎに過ぎない。
魔力が高まりを見せ、数多の魔法陣がガッシュを取り囲む――竜種の総攻撃だ。
「撃てェェェェェェ!」
アデルバートの合図で魔法陣が一斉に火を噴く。
絶殺の力を宿した魔法が天井を穿ち、大地を溶かし、壁を粉砕した。
空気は歪み、大気は凍り、破壊の嵐が顕現する!
「やった、……グアアアアアア!」
「ギャアアアアアアアアアア!」
「クソがっ!一体、うああああああ!」
それは剣戟の音でも、鬨の声でもない……蹂躙の音。
ただ一方的に狩られているのだ――強者である筈の竜種が。
――ユラリ。
視界を遮る粉塵を割ってシュヴァリエの喉を狙った剣先を僅かに身体を逸らして躱しながら、彼はそのまま一歩前へと踏み込んだ。
「ハッ!」
ガッシュの顎へ向けて放たれた掌底は、けれども本来の目的を達することなく絡め取られる。
一瞬の浮遊感。
背中に鋭い痛みを感じ、シュヴァリエは自分が投げ飛ばされた事を知った。
そして何より不味いのは自分の腕が未だガッシュに捕らえられているということ。
――斬!
迷いなく腕を切り落としたシュヴァリエが下がると同時に、靄の中から2つの影が迫る。
アデルバートの雷を纏った竜爪がガッシュの首筋に吸い込まれ、ローゼマリーの灼熱を纏った竜爪は低空を駆け足を狙う。
完璧なタイミング。
元々足は避けにくい箇所だ。同時に攻撃されれば尚更に。
((もらった!))
2人の顔に浮かんだ笑みは、次の瞬間絶望へと変わる。
アデルバートの竜爪をガッシュの手が掴み取り、ローゼマリーの腕はガッシュの足に打ち砕かれた。
「バカな……素手だと!?」
自分の放てる最高威力の魔法も、最も固く鋭い竜爪さえもガッシュを1ミリたりとも傷つけられない……その事実がアデルバートを打ちのめす。
それ即ち、自分の攻撃が何一つ効かぬということなのだから。
ボンっ!!
アデルバートの頭がスイカの如く弾け飛び、恐怖に目を見開いたローゼマリーの頭が蹴鞠の如く地面を転がる。
残るはシュヴァリエただ1人。
ようやく晴れた粉塵の中で2人は対峙する。
双方ともに無傷。シュヴァリエは再生させた腕の調子を確認しながら、ガッシュへと笑いかける。
「こうして2人で話すのはいつ振りか」
今まで死闘を演じていたとは思えぬ程に穏やかな口調に釣られ、ガッシュも困った顔で笑う。
「あんたには昔助けられた恩がある。傷つけたくはない。引いてくれないか?」
瞬間、シュヴァリエの雰囲気が一変する。
穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、シュヴァリエを中心にドロドロとした不気味な魔力が渦巻いた。
「……それは私にとって侮辱の言葉だと分かっているか?」
戦えば負ける、それは自然の理であり絶対のルール。
シュヴァリエは誰よりもソレを理解している。だが……理性で分かっていようとも、感情がソレを認めない。
今まで固く固く封じてきた“想い”が首をもたげる。それは彼がずっと目を逸らし続けてきた内なる心。
「私は貴方が妬ましい。我が君に目をかけられ、可愛がられている貴方が。私は次に失態を犯せば見限られるだろう。だが……貴方は違う」
空虚な目がガッシュを見つめる。
その目をガッシュは知っている。“絶望”を知り、“狂気”に侵された者の目だ。
「そんなことはないだろ。ヴィルヘルムはお前にも目をかけて……」
「嘘をつくな!!我が君はそんな甘い方ではない!それは貴様が“特別”だから言える事!!」
シュヴァリエの顔が歪み、その頬を涙が伝う。
それは憎悪か悲哀か……いや、その“想い”は名がつけらぬほど特別なモノ。
「5千年……私は5千年我が君のお役に立とうと尽くしてきた。死にかけたことも両手で足りぬ程だ。それを……それをっ!貴様はわずか20年足らずで我が君の隣に立つ権利を得た!何故だ!何が違うというのだ!私とっ!貴様に!一体何の差があったというのだ!!」
慟哭が大気を震わせ、掻きむしった身体から溢れた血が大地を穢す。
ガッシュを睨みつけるその目に宿るは、紛うことなき憎しみの炎。
竜種は強者を尊ぶ。
アデルバートもローゼマリーも純粋にガッシュを敬い、その実力を認めている。ヴィルヘルムの隣に立つに相応しいと。
その中でシュヴァリエだけが違った。
彼はガッシュを妬み、羨み、憎んだ。
いや、彼が最も憎んだのは自分自身。強くなれない、妬むしか出来ない“弱い自分”だ。
故に、彼だけが5千年もの長きに渡りその心を燃やし続けた――他の竜種は端から越えることを諦めた超越種と言う名の壁を見据えて。
それは竜種にとって異常な事であった。何故なら、神の同族を越えようと思うこと事態が不敬なのだから。
ある意味シュヴァリエは異端だったのだろう。
竜種で唯一武器を扱い、鍛冶をするのも強さを求めてのことだ。
彼は満足できなかった。ただ太陽を見るだけでは満たされず、焼かれると分かっていながらも……その手は太陽を求め続けた。
“執念”――そう呼ぶことすら生ぬるい五千年分の激情を乗せ、シュヴァリエはガッシュに差し迫る。
その攻撃は苛烈にして壮絶。
ダメージを無視した攻撃特化のスタイルは決死の覚悟を感じさせる……が、それでも届かない。
“奇跡”とは確率を引き寄せる力。
“ゼロ”は何処まで行っても“ゼロ”であり、そこに“奇跡”が入り込む余地などないのだ。
腕が折られ
足が砕かれ
翼が引き千切られる。
血反吐が顔を濡らし
眼球が破裂し
臓物が辺りに撒き散らされる。
それでもシュヴァリエは立っていた。
彼にとって弱い自分など何の価値もないモノなのだから。
「……次で終わらす。来い」
どこか呆れたように、諦めたように、ガッシュが剣を握り直す。
その様子に笑い声をあげようとしたシュヴァリエの口からゴボリ、と血が零れた。
ドン!
残像を残してシュヴァリエが疾駆する。
だがそれよりも尚速く、剣が彼の首へと迫り……それを見たシュヴァリエの口角が僅かに上がった。
ガッシュの剣は魔力で強化こそしているものの〈魔装〉で創ったものではない。名剣と呼ばれるものなれど、それはただの剣だ。
皮肉なことにこの剣こそが最も脆く、ガッシュに勝てる条件があるとすれば、その弱点を突くこと。
シュヴァリエはありったけの魔力を腕と牙に注ぐ。
もって数秒。だがそれで十分。
ガギィィィン!
文字通り剣へと喰らいついたシュヴァリエは、燃えるように熱い右腕をガッシュの顔面目掛けて繰り出した。
その腕は人とは異なる竜のモノ。この瞬間、シュヴァリエは確かに壁を越えたのだ。
「……見事だ」
背中から生えたガッシュの腕が崩れ落ちたシュヴァリエの身体を支え……ガッシュの頬には一筋の傷が残った。
『う~ん、モヤモヤして全然見えないんだぞ』
大きな岩の上にひょっこりと頭を出したルーファは、始まった戦いを見ようと目を細める。
その両隣ではラビとトカゲさんの頭が同じように岩の上へ生えていた。
『待て待て、そろそろ晴れるはずじゃ』
ラビの言葉通り粉塵が薄くなり、中からガッシュとシュヴァリエの姿が現れる。
『他の皆は……?』
ルーファが周りを見ようと首を回らせば、視界が黒く閉ざされる。
『ちょっとラビちゃん。見えないんだけど』
目隠しされたルーファの苦情にラビは気にした様子もなく朗らかに笑う。
その隙に、今いる岩の真下へと惨殺生体を移動させるのも忘れない。ここであれば、覗き込まない限りルーファが気付くことはないだろう。
トカゲさんはどこか呆れたように2匹のやり取りを見ていた。
『始まるようじゃぞ』
手を放したラビにジト目を向けたルーファだったが、緊迫した空気に自然と目がそちらへと引き寄せられる。
それは圧倒的なまでの戦いだ。
ルーファの目では捉えきれぬ速度で攻撃を繰り出すシュヴァリエに、それを迎え撃つガッシュ。
飛び散る鮮血は一体どちらのものなのか。剥き出しの闘志が咆哮となって空気を震わせ、踏み締められた大地が悲鳴をあげる。
――刹那の静寂。
膝をついたシュヴァリエの身体には無数の傷が刻まれ、その視線の先には無傷なガッシュが悠然と佇む。
ルーファの目から見ても勝敗は明らかだ。それでも、シュヴァリエがガッシュを睨み付ける眼力は、一向に衰えることはない。
追い詰められた手負いの獣でありながら、その姿は何と誇り高いことか。
諦めが悪い、と人は言うかもしれない。
けれどもルーファはそこに彼の“意志”を視た。
単純ゆえに固く
純粋ゆえに強い
ただ勝ちたいという“執念”を。
『頑張れ!シュヴァリエ!』
いつしかルーファは肉球に汗を滲ませながらも、シュヴァリエを応援していた。
ルーファが見守る中で、片手で相手をしていたガッシュが遂に剣を構える。
次で決まる……戦闘の素人であるルーファにもそれが分かった。
2人の姿が同時に消える。
金属と金属がぶつかったような硬質な音が響き渡り、気付いた時には2つの影が重なるように立っていた。
ぐらり、とシュヴァリエの身体が傾く。
ゆっくりと倒れるシュヴァリエの身体をガッシュが丁寧に横たえた……
『うおおおおおおお!!ガッシュー!シュヴァリエー!』
『あっ!これ!待つのじゃ!』
感動のあまり岩を駆け降りようとするルーファに、ラビが慌てて手を伸ばすが……僅かばかり遅かった。
地面に華麗に着地を決めたルーファの目に飛び込んできたのは……地獄絵図だ。
『え……?』
吐き気を催すほどの血の臭いが辺りを漂い、そこかしこに転がるのは生首と脈動する肉片たち……絶賛再生中の竜種たちである。
ぺしゃん、と腰を抜かしたルーファの身体が瞬く間に赤く染まり、ドロドロとした血がその小さな身体を絡め取る。
息苦しさに喘いだルーファは、その場から少しでも離れようと懸命に手足を動かした。
ゴロ……ゴロゴロ……
ルーファを追うように転がってきた生首の目が……開く。
ギョロリギョロリ、と何かを……いや、ルーファを探している。ルーファは溢れそうになる涙をこらえ、懸命に声を押し殺す。
ルーファの努力虚しく、その目が震えるルーファを捉え、ニタリと嗤った。
…………
…………
ふらぁ……バタリ
薄れ行く意識の中で、ルーファは慌てふためく竜種たちの声を聞いた……ような気がした。
竜A「おい、どうすんだよ。ルーファスセレミィ様が気を失われたぞ」
竜B「オレはただ挨拶をしようと……」
ガッシュ「いいから早くカエレ」




