迫りくる攻略者
『か、完成なんだぞ』
ついに、ついにこの時が来た……ルーファは感動で目を潤ませる。
思い出されるのは苦難の日々。隠密能力を駆使して渡り合った激しいまでの攻防戦だ。だが……それはもう過去の話。
ルーファが室内を見渡すと、そこには苦労して集めた戦利品の数々があった。
壁一面に張られているのはヴィルヘルムとガッシュの盗撮写真。
戦っている姿から眠っている姿まで様々だ。その中でも特に目を引くのが入浴シーンだろう。
雄々しく美しいヴィルヘルムに、生命力に溢れる野性的なガッシュ……まるで心が洗われるかのようだ(※ルーファ談)。
室内に目を移せば2人が愛用している衣類・食器といった日用品から武器に至るまで、多くの品がショーケースに整然と収められている。
中には飲みかけの紅茶も展示され、コレクターの執念を感じることができるだろう。否、それだけではない。
――竜王の鱗に牙と爪、そして光輝く黄金の角
それらは莫大な魔力を内包せし伝説の素材だ。
いや、伝説というにも生温い。未だかつて竜王の素材を手に入れた者など誰一人として存在しないのだから。
いや、真に驚くべきことは、この伝説の素材すらも主役ではないということか。
煌々と照らし出される室内の中央だけがやけに薄暗い。
光を遮るモノなど何もないにも関わらず、まるで宵闇のカーテンを引いたように、その一点だけが見通せない。
シャラララララ……
漆黒のカーテンがオーロラの如く揺蕩い、その闇の腕の中に煌めきを宿す宿星が2つ。
それこそがこの部屋の真なる主だ。
――後光を放つのは2枚のパンツ。
神々しい(?)パンツに目を止め、ルーファは一筋の涙を流す。
『す、素晴らしい!そうは思わないかねロキ君』
「……ソウダナ」
遠い目でパンツを眺めていたロキは、ぎこちなくそう返した。
『分かってる。ロキの気持ちも分かってるんだぞ。いずれロキが有名になった暁には、ここにロキシリーズを飾ることを約束しよう!』
「…………」
この瞬間、ロキは決して有名になるまいと心に誓ったという。
仕事があるからと、そそくさと立ち去ったロキを見送り、ルーファは完成した宝物庫を歩き回る。
『あああああああっ!自慢したい!この素晴らしさを誰かと語り合いたい!!』
ルーファの脳裏にミーナとレイナの顔が浮かぶ……が、即座に首を横に振る。
宝物庫とは宝箱と一緒だ。
開けてみるまで何が入っているか分からないというドキドキ感が大切なのだ。それを考えれば人種はダメだ。
ここは、迷宮の200階層に位置する宝物庫。人種がクリアした時の報酬なのだから。
『母様とサラちゃんに……』
そう口にしたルーファはハッと我に返る。
盗撮写真にこっそり持ち出した横領品の数々。
更に中央を飾るのは脱ぎたてほやほやの生パンツ――劣化しないようにコレクション周辺の時間は止めてある――だ。
カトレアにバレたら100ペン(お尻ぺんぺん100回)は間違いないだろう。
『ダメだ……他の人で誰か……』
その時ルーファの脳裏に天啓が走った。
そう、あの人ならば問題ない筈!そう思ったルーファは早速魔導FAXを取り出す。
『おっと、その前に宝物庫の写真を撮って現像して……』
A4サイズに引き伸ばされた写真をセットして満足気に頷いたルーファは、登録してある短縮ボタンを前足で押した。
◇◇◇◇◇◇
ガッシュは相変わらず多忙な日々を送っていた。
新たな光星城が完成し、ようやく仕事に一段落着くと思った矢先に汚染獣の襲撃だ。休む暇もないとはこのことである。
ガッシュは手に取った手紙に目を通す。
それはフォルテカ大公キアラからの親書だ。
「はあ~。約束とはいえ面倒だな。まあ、その分見返りも大きいが」
大まかな内容はこうだ。
公女ティアラをリィン王立学園に受け入れる見返りに、キアラが示したのがフォルテカが誇る秘匿魔導技術の一部公開。
メリットとしては充分だが……当然デメリットもある。
一般の貴族ならまだしも公族の受け入れとなればそれ相応に金と手間がかかるものだ。
特にティアラはいずれ国を率いる“大公”となる身。その身分に相応しい部屋の手配に警備の強化、“友人”の選定……やることは多い。
仮に留学中にティアラに何かあれば、それ即ちガッシュの責任でもあるのだ。
これはただの留学ではなく、ティアラの身の安全を図るための契約なのだから。
「もう片方は楽なんだが……」
そう言ってガッシュが取り出したのはシリカからの親書だ。
こちらも、エリザベス王女の留学に関するものではあるが……エリザベスには兄――皇太子――がいるために王位を継ぐ可能性は極めて低い。
更にシリカの国王アクラムからの要請は「遠慮なく鍛えて欲しい」の一点のみ。
護衛も自前で用意し、部屋も一般貴族と同じで良いとさえ言って来ている。
まあ、国の体裁もあるので、額面通りにする訳にはいかないが。
同時期に他国の王族が2人。
いや、シリカの皇太子クロードがリィンで冒険者になっていることを考えれば3人だ。
ガッシュにとって頭の痛い問題である。
「見回りの兵を増やすか……」
冒険者が増えてきたこともあり、リィンは活気に溢れると同時に犯罪件数も増加してきている。
まあ、神獣のお膝下でもあるためか、そのほとんどが喧嘩やスリといった軽犯罪だ。
やれやれ、と再びため息を吐いたガッシュの狼耳がガタン!という音を捉えたのはそんな時だ。
鋭く音の出所を睨んだガッシュが見たのは……窓に張り付いた子狐。
「……何やってんだ?」
窓を開けてやると、待ってましたとばかりにルーファが飛び込んできた。
『た、た、た、大変なんだぞ!』
「何があったんだ?」
アワアワと慌てるルーファに対し、ガッシュは冷静そのもの。
いや、その眼差しは幼い子供を見守る親の如く微笑まし気でさえある……が、ガッシュの余裕もここまでだ。
『迷宮が攻略されそうなんだぞ!このままじゃあ……1枚しかないガッシュの生パンが奪われてしまうんだぞ!!』
「何ィィィィィィィ!!」
時は1日前に遡る。
この日、リィン冒険者ギルドに激震が走った。
迷宮から10人もの美男美女が現れたのだ。迷宮はギルドの中にあり、出入りを厳しく管理しているにも関わらず、彼らは一体どこから来たのか。
怪しさ満点の集団の登場に即座にギルドマスターであるバライが呼ばれた。
「おい!テメェら何処から来やがった!」
凄むバライの前に進み出たのは1人の美丈夫。
黒髪に緑眼、そして黒き角をもつ男だ。
「竜人族か……?」
リーンハルトではまずお目にかかることなどない希少種にバライは目を見張る。
「其方がギルドマスターか?このまま迷宮を攻略しても良かったが……それではあまりにも不義理じゃからな。挨拶にきた。わしはセルギオス・テオ・エペル・ヴィルヘルム。これから迷宮に潜るが……構わぬな?」
「ふぁ!?りゅ、竜公閣下であらせられましゅか!?」
自分の失態に思わず顔を赤らめるバライ。
だがしかし、ガチムチマッチョのおっさんが恥じらったところで何の需要もなかった。
何とも言えぬ気まずい空気が漂う中、進み出たのは1人の女性――バライの副官・ルピシアだ。
「困りますわ。迷宮に入る条件は冒険者もしくは国の許可証を持つ者のみ。いくら竜公閣下といえども規則を破る訳にはまいりません」
「お、おい、竜公閣下に何てことをっ」
慌てるバライに目を向けることなく、ルピシアはセルギオスへ微笑むと深々と頭を下げる。
「お話を遮ったことに関しては無礼をお詫び申し上げます。ですが、ギルドとしては特例を許すわけにはいかないのです。どうかご理解くださいませ」
「ほう、中々優秀な者がいるようじゃな。リィン冒険者ギルドは安泰とみえる。ふむ……ではこうしよう。我ら全員冒険者登録をしたい。それならば構わぬじゃろう?」
「ご配慮ありがとうございます。どうぞこちらへ。直ぐにカードをお作り致しますわ」
その時、ルピシアの後に続こうとしたセルギオスの足がピタリと止まり、鋭く細められた目が一瞬迷宮の入口へと向く。
その姿は獲物を見つめる猛禽さながらに、獰猛に輝いていた。
「待っておれ。必ずや我が君のパンツをこの手に……」
「うおおおおお!ヤバい!ヤバいぞ!オレの王としての尊厳が……」
話を聞いたガッシュが頭を掻きむしる。
王どころか人としての尊厳も風前の灯火である。
『みんな竜形態でマッハで飛び続けてるんだぞ!空を飛べる魔物以外全部無視だし……攻撃しようとした魔物は呼気で瞬殺だし……もう180階層に到達しちゃったんだぞ!うわ~ん!苦労して造った宝物庫がぁ!』
ヴィルヘルムグッズをセルギオスに見せたことがそもそもの間違い。
ヴィルヘルムを崇めている竜種にとってそれは何よりも勝るご褒美だ。
「安心しろルーファ!この命に代えても必ず(パンツを)死守するからな!!」
『おお!さすがはガッシュ!頼りにしてるんだぞ!』
こうして竜種VSオパンツ守り隊との戦いの火蓋が切って落とされることとなった。
◇◇◇◇◇◇
セルギオスたちは荘厳なる扉の前にいた。
ここは迷宮200階層。
この先にいるのは最後の敵――宝物庫の番人――だ。
扉の下からは得も言われぬ濃密な魔力が流れ、その中にいる魔物の強大さが弥が上にも分かるというもの。
目の前に佇む扉も竜種が同時に3体入れるほど巨大で、とても人種の力で開けれるとは思えぬほどだ。
だが、これを見ても怖気づく者などいない。いや、彼らの目は戦闘への歓びと、その後に待ち受けるご褒美に一種異様な輝きを帯びていた。
『ボスに止めを刺した者に最優先権が与えられる。それでよいな?』
セルギオスの言葉に全員が頷く。
自分達の負けを露ほども考えていない言葉は自信の表れか、それとも己が分を理解していないただの道化か。
『角は私がもらう。邪魔する者は全て蹴散らす』
そう言って周囲を睨みつけるのはシュヴァリエだ。
温厚な彼にしては珍しく、ガチガチと牙を鳴らし、叩き付けた尾が何度も地面を揺らす。
『オレは牙一択だぜぇ』
シュヴァリエに負けず劣らず獰猛に唸り声をあげるのはアデルバート。
扉の真正面に陣取り、その巨体を以て他の竜種を牽制している。
『僕は我が君の服が欲しい』
先の2体に比べて一見落ち着いているように見えるローゼマリーだが……その魔力は誰よりも猛り狂い、解き放たれる瞬間を今か今かと待っていた。
迷宮攻略には最古参の竜王種3人組が参加しており、竜種たちが負けを想定していないのはこの3体の存在が大きいと言える。
強力無比な種族固有魔法を有し、それを支えるのは無尽蔵な魔力。
分厚い鱗に覆われた肉体は上位格魔法すら弾く天然の鎧だ。
運良くその鎧を破ろうとも即座に再生する肉体は正に絶望の権化というに相応しい。
超越種を除けば彼らこそが世界最強。
そんな彼らが人種のために創られた階層で苦戦するなどあり得ぬこと。元のスペックが違い過ぎるのだから。
『行くぞ』
セルギオスの合図にアデルバートが扉に手を触れる。
ギイイイイイイィィィィィ……
ゆっくりと開かれた扉の先に立ち塞がるは、黒と蒼の目を持つオッドアイの男。
「よく来たな」
歓迎の言葉と同時に剣を抜き放ったガッシュが……獰猛に笑った。
~ルーファの苦労(?)話~
ル「ヴィー、鱗ちょうだい」
ヴィ『よいぞ(ベリッ!)』
ル「ヴィー、角ちょうだい」
ヴィ『よいぞ(ボキィ!)』
ル「ヴィー、オパンツちょうだい」
ヴィ「よいぞ(ぬぎっ)」
ヴィルヘルムはチョロかった。




