第二回迷宮会議
『それでは今から第二回迷宮会議を始めるんだぞ!まずは自己紹介だ!議長はオレ、ルーファスセレミィ。副議長ラビちゃんに、我が参謀ロキ。参加者は迷宮幹部のガーオ君、ピピ、ドッペル、デッスン、スッパイダー……あれ?ブルルは?』
『う、うむ。ブルルはちょっと横に成長し過ぎてのぅ。屋敷の出入口を警備しとる筈じゃ』
視線を合わすことなく答えるラビ。
今までラビはブルルのためにと何度か屋敷の拡張工事をしたのだが……それにも増してブルルが太る方が早いのだ。
本人も食べ歩きに忙しく滅多に帰って来ないので、既に諦めの境地に達している。
『そ、そっか』
珍しく空気を読んだルーファはそれ以上の追及を避けた。
『え~と、次は……オブザーバーに“赤き翼”のバーン君、アイザック、ゼクロス、ミーナちゃん。そしてオレのペットのメーちゃんが参加してるんだぞ』
「おいルーファ、今更自己紹介が必要なのか?」
そう口を出したのはバーンだ。
今ルーファが口にした面々は既に何度か顔を合わせたことがる。バーンとしては無駄な時間に思えてならない。
『バーン君じゃなくて、トカゲさんに紹介してるんだぞ』
そう言ってルーファは自分の頭の上を前足で指す。
そこには赤と黒の毒々しい色合いをした小さな蜥蜴がいた――迷宮死蜥蜴、現カサンドラ迷宮の主である。
「何だそのちっこくて不気味なトカゲは。飼うならもっと別のに……」
ヒュン!ズビシ!
バーンが言い終わるよりも早く、トカゲさんの口から弾丸の如く何かが伸び、バーンの顔面へと突き刺さる!
油断していたとはいえ、歴戦の猛者たるバーンが動くことすら叶わぬほどの速度。
ソレに打ち据えられたバーンはというと……
…………バタリ。
死んだ。
…………
…………
『わあああん!バーン君!死んだらダメぇ!!』
バーンに向かって飛び出したルーファは、離れ逝く魂を咥えると前足で身体へと押し込んだ。
(……な、んだ)
苦しさにバーンはもがく。
まるで水の中にいるかの如く息が……出来ない。それでもバーンは生きるために必死に目を開けた。
「……ぶはぁ!」
バーンが体を起こすと同時に、顔の上に乗っていた子狐が転がり落ちた。
「……おい、何やってんだ」
バーンがルーファの首根っこ掴む……前にロキに攫われ、仕方なくジト目でルーファを見つめる。
気のせいでなければ、バーンの息が出来なかった理由はルーファの可能性が大だ。
『うむす。バーン君はトカゲさんの即死魔法で死んじゃったんだぞ。だが安心するがいい。オレがちゃんと生き返らせたからな!でも、中々目を覚まさないから、ちょっとお尻でバーン君の鼻と口を塞いでみたんだぞ』
「汚いケツを顔に乗せんな!バッチイだろうが!!」
『あー!!バッチイって言った!!オレのお尻は綺麗なんだぞ!見よ!このフワフワの尻毛を!』
ロキの腕の中でお尻を振り振りするルーファに、バーンの額に青筋が立つ。
実際問題、排せつを必要としないルーファのお尻は綺麗なので嘘ではないのだが……気分の問題である。
憤るバーンを「まあまあ」とゼクロスが宥める。
「一時はどうなるかと思いましたが……生き返って良かったですよ」
その言葉にバーンはハタ、と我に返る。
床に横たわっていた自分に、その周りを取り囲んでいる仲間たち。ミーナに至ってはうっすらと涙が浮かんでいる。
アイザックが浮かべているのは心底呆れ果てたと言わんばかりの表情だが。
「……オレは死んだのか」
全員が無言で頷いたのを確認したバーンは、未だにルーファの頭の上に乗っている小さなトカゲを凝視した。
感じるのは莫大な魔力。
何故、これ程の力に気付かなかったのか。
小さいからと言ってバカにすべきではなかったのだ。ここにいるのは誰も彼も一筋縄ではいかぬ迷宮の猛者だというのに。
「悪かった。あんた強いな」
バーンは素直に頭を下げた。
彼はトカゲさんの実力が自分より上だと認めたのだ。何故なら、本来同格の魔法を持つバーンであれば高確率で抵抗できた筈なのだから。
魔法がバーンへ通ったという事は、トカゲさんとの間に明確な実力差が存在したからに他ならない。
その要因は2つ。
1つはトカゲさんが2つの固有魔法を持っているということ。
上位格魔法を持つ者と持たざる者の間に超えることの出来ぬ壁があるように、1つ持つ者と2つ持つ者との間にもその壁は存在している。
魔法に対する適性も然る事ながら、持ち得る魔力総量も比較できぬ程だ。
ルーファの魔力量がヴィルヘルムより多いのも同じ原理である。
そしてもう1つは、ここが迷宮の中だということ。
トカゲさんが支配するカサンドラ迷宮ではないものの、主たるルーファの迷宮なのだ。
当然、トカゲさんの力は増加されている。
故に敵対すれば、バーンのような強者であろうと一瞬で命を刈り取られることとなる。
何せ目を合わせれば死に、触れられれば死に、無味無臭の毒息を吸い込めば死ぬ。
更に言えば、トカゲさんの体長は5センチほど。見つけるのも至難の業だ。
勝算があるとすれば、遠距離広範囲攻撃が可能な固有魔法だろうか。
まあ、迷宮の外へ誘き出せたなら、という条件がつくが。
バーンの謝罪の言葉に応えるようにぺろろ~ん、ぺろろ~ん、と舌を出し入れするトカゲさん。
(いいってことよ)
そう言われたような気がした。
トカゲさんに近付いたバーンはスッと手を差し出す。
ジッとバーンを見つめたトカゲさんは、自分の小さな手をチョンっとソレに重ねた。
……バタリ。
トカゲさんは魔法を使わずとも、触れただけで相手を殺す猛毒の持ち主である。
『では、気を取り直して……これより迷宮会議を始める!今日の議題は迷宮強化並びに冒険者育成計画なんだぞ。ロキ』
議長ルーファはいつも通りにロキへと丸投げした。
「まずは、迷宮軍の現状からだな。ガーオが迷宮軍の総指揮官として総軍団長へ就任。その直属に大鬼、小鬼を中心とした親衛部隊を用意している。更に、ピピ率いる空撃軍団、ブルル率いる特攻軍団、デッスン率いる死霊軍団、スッパイダー率いる暗殺軍団を編成済みだ。この4軍団は精鋭部隊として扱うので数は少数だ。残りは守りを重視した防衛軍団と機動力を重視した機動軍団、そしてメインの混成軍団。この3軍団に関しては指揮を任せられる魔物が育っていないため、もう少し時間が必要だな」
「新しく幹部を創って頂くわけにはいかないのでしょうか?」
ピピが縋るような眼差しでルーファを見る。
カサンドラに1つ、ドラグニルに2つ、フォルテカに1つ……合計4つの迷宮が増えたのだ。
使える人材も育ってはいるのだが、追い付いていないのが現状である。
そう、ルーファの迷宮は再びブラック企業化しつつあった。
「ダメだ。今回は進化した魔物を使う。その方が士気が上がるだろ?」
強くなれば幹部に取り立てられる。
これは、魔物たちにとっていい目標となり、更なる進化が望めるだろう。
最初から幹部の地位にいる魔物と一から叩き上げた魔物。その差がどう出るのか……これはロキが現在進めている実験の1つだ。
当然他にも理由はある。
ルーファが傷つくため口に出しては言えないが、迷宮幹部を見るに能力と姿に偏りがあり過ぎるのだ。
例えば、知能の低いブルルでは指揮が難しく、蜘蛛型魔物であるスッパイダーは他の者と足並みを揃えることが困難だ。
仮に無理矢理軍に組み込んだならば、彼ら本来の長所を殺すことになりかねない。
攻撃力特化の特攻軍団も、個々で動くことを基本とした暗殺軍団も、彼らの能力を殺さないための苦肉の策だといえる。
故にロキが望むのはトリッキーな存在ではなく、軍という生き物を操ることの出来る司令塔。
特にロキが重視しているのが人型であること。
何故なら、現在想定される最大の敵は汚染獣を操っている者であり、神聖魔法を扱える魔物が存在しない以上、聖剣や神剣といった武器で対処するしかないからだ。
『ドッペルの名前がなかったけど……どうして?』
「あいつはオレの直属だ。諜報部隊として動いてもらう。それと……今後の活動のために複体影身が欲しい。上位種でなくていいから創れないか?」
ロキの持つ権能――呪縛眼――で人を魅縛して諜報員を量産することも可能だが……複体影身の方が身体的にも魔法的にも素のスペックが高いのだ。
誰にでも化けられ、尚且つ〈影移動〉と〈気配完殺〉が使える複体影身は正に諜報向けの魔物だと言えるだろう。
『ん~。一度創ったことあるし、多分大丈夫なんだぞ!』
軽く請け負ったルーファだったが、ロキが望んだのは諜報部隊。
この後、ヒィヒィ言いながら100体以上の複体影身を創る羽目になることを、ルーファはまだ気付いていない。
『では、次の議題……冒険者育成計画についてなんだぞ!』
「それは迷宮に潜った冒険者を鍛える、と言う意味でしょうか?」
意味をはかりかねたゼクロスがルーファへと質問をする。
ルーファの迷宮の名は“試練迷宮”。
冒険者に試練を与え、成長を促すことは別段おかしくないように思うが……殆どの冒険者の目当ては迷宮にある“お宝”だ。
俗物的な目的をもってやって来る冒険者に“試練”という言葉は相応しくない。
彼らは危険を回避しながら、より価値の高いお宝を手に入れることをモットーにしているのだから。
『違うんだぞ。オレが……迷宮が育てるのは選ばれた冒険者。そして、それを選ぶのは貴方たち』
ルーファは今回の戦いで学んだ。
自分の出来ることとそうでないことを。そして、それは最強の力を有するヴィルヘルムとて同じこと。
いくら強くとも襲撃に気付けなければ意味がなく、同時に何ヵ所も襲撃されれば選ばねばならない……どこを救い、どこを見捨てるのかを。
故にルーファは選択肢を増やす。
自分たち超越種がいなくとも、持ちこたえられるように助かる芽を残すのだ。
『汚染獣と戦える戦士を育てる。でも、これは信頼できる者でなくてはならない。途中で諦める者や逃げ出す者はダメ。オレが求めるのは確かな戦闘技術を持ち、どんなことにも決して折れぬ信念を持つ戦士。バーン君たちにはそれに足る冒険者を紹介して欲しいんだぞ』
「その訓練はオレたちも受けれるのか?」
バーンを始め、アイザック、ミーナ、ゼクロスも迷いなき眼差しでルーファを見る。
出会った当初からいつもルーファを助けてくれる彼らと出会えたことこそが、ルーファの幸運。
自分と共に最後まで戦ってくれる……そう信じられるのだから。
『もちろん!でも、皆だけじゃ足りない。もっと人数が必要なの。その時が来れば迷宮軍も全勢力を以て迎え撃つけど、どうしても初動の遅れが出る』
軍を動かすには時間がかかる。軍団が待機しているのが迷宮となればなおのこと。
地上に出て陣形を整えるまでに相応の時間が必要だろう。そしてそれはリーンハルト軍にも言えることだ。
汚染獣を相手にその遅れは致命的。それをカバー出来るのは少数で動く冒険者しかいないのだ。
「成る程な。つまり、オレたち冒険者がその時間を稼ぐって訳か……いいぜ。やってやるよ」
最も危険な役割を振られたにもかかわらず、バーンは……否、メンバー全員が好戦的な笑みを浮かべる。
汚染獣相手に少数で渡り合うなど死にに行くことと同義であるのにも関わらず。
彼らは信じているのだ。
ルーファが自分達を犬死にさせるはずがない、と。それは今まで築き上げてきた“信頼”の証だ。
『みんな……ありがとう』
皆の決意が心強い……そう感じる反面、ルーファの心は急速に冷えていく。
ルーファは理解しているのだ。自分の“お願い”が彼らを殺す刃になりかねないことを。
(でも、ここで引くわけにはいかない)
ルーファは利用することを決めた。
ヴィルヘルムを、リーンハルトを、“赤き翼”を――破滅に向かう未来を覆すために。
『ロキ、忙しいのは分かってるんだけど……』
ロキに冒険者の育成をお願いしようとしたルーファは思わず口ごもった。
5つもの迷宮の運営、迷宮軍の編成に鍛練、防衛網の設置、情報収集、ルーファの護衛……その全てがロキの主導で行われている。
最近ではヴィルヘルムに時折呼び出され、アンセルムの調査へも赴いているロキの仕事量は到底1人で賄えるものではない。
そう、ここに来てルーファは遂に気付いてしまったのだ。ロキって働き過ぎじゃね?、と。
「任せろ、ルーファ」
笑顔で請け負うロキの姿に、罪悪感でジクジクと胸が痛むルーファだった。




