仁義なき戦い・下
相対する2人の男。
両者とも一歩も譲らぬ構えを見せ、互いを睨み付けている。目を逸らすわけにはいかない。それは“負け”を意味するのだから。
「テメェの過ちも認められないとはなぁ。人間性の底が知れるってもんだぜ」
「自分の本分も忘れたか……さすが畜生は頭の出来が違う」
飛び交う嫌味の応酬。
だが……それだけではない。目に見えぬところでは魔力と闘気が激しくぶつかり合い、“場”を支配すべくしのぎを削っているのだ。
そして……遂に状況が動く。
「オレ様はなぁ知ってんだぜぇ!」
先に仕掛けたのはメー。
その顔に嘲笑を浮かべ、勿体ぶった物言いでアイザックの精神を揺さぶりにかかる。
今から切る札こそがメーの最大の切り札!
「テメェがルーファの胸に顔を埋めてわんわん泣いた挙句、〇〇〇をおっ勃てたことをよ!このムッツリが!それとも何か?抱きしめられてママンでも思い出ちましたか~?」
ププーとワザとらしく嗤うメーに、アイザックの顔から表情がスコンと抜け落ちた。
そこへ仲間ができた喜びに満面の笑みを浮かべたバーンがアイザックの肩に手を置き話しかける。
「ぷっ!何だそんなことがあったのか?欲求不満ならオレがイイ女でも紹介して……」
――斬!
赤き髪が舞い散り、バーンはのけ反った勢いそのままにバク転で距離を取る。
バーンが文句を口にするよりも早く、アイザックの姿が……ブレる。次の瞬間には数十人のアイザックが2人を取り囲んでいた。
「「「「「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」」」」」
バーンとメーの顔から一筋の汗が流れ落ちた。
「おい!どうすんだよ!完全にイッちゃってるだろ!?」
「知るかってんだ!テメェも挑発しただろうが!」
2人が醜く言い争っている間にもアイザックの姿は影へと沈み、完全に姿を消した。
魔力すら感じないことから〈気配完殺〉も併用しているのだろう。それが意味するところは……完全に本気モードだということ。
ざわり!
本能が命じるままバーンが床を転がると同時に、耳障りな音を立てて床に深い亀裂が刻まれる。
それは当然ただの短剣で為しえる技ではない。
「ヤバい!〈一撃必殺〉を使ってやがる!当たれば死ぬぞ!」
即座に〈金剛体〉を発動し、対策を取ったバーンがチラリとメーを見れば……空中に刈られた羊毛がふわふわと漂っていた。
「ら、らめ~!禿げちゃう!禿げちゃうからぁ!み、見ないで!穢れたアタイを見ないでぇ!」
どうやら余裕そうだ、とバーンはメーから視線を逸らす。むしろ見た方が穢れそうである。
その間もバーンは〈疾風〉を使い一瞬たりとも足を止めることはない。
彼が最も警戒するのは、魔力が尽きぬ限り生み出される〈分身〉。捕まれば……終わりだ。
影から出て来た手を避け、バーンが横へ飛ぶと同時に足元の床に穴が開いた。
〈小穴〉――それは土魔法最下級の権能。
ただ地面に小さな穴を開けるだけの取るに足らぬ魔法だ。
普通は土の地面にしか効力を発揮しないが……込める魔力の量によっては床も対象内だ。
更に〈気配完殺〉を併用し、魔力の痕跡を消すことでバーンの意表を突くことに成功した。
――刹那の隙
それが命取りとなった。
待っていたかのように何十体ものアイザックがバーンの手を、足を……全身を拘束する。即座に〈剛力〉で逃れようとするが、それはアイザックも知るところ。
間髪入れず振られた短剣には莫大な魔力が込められていた。
ガギン!!
人体に当たったとは思えぬ硬質な音が響き、バーンの首筋にうっすらと赤い線が刻まれる。
短剣が当たる寸前、バーンは自らの首に魔力身体強化を施すことにより耐えきったのだ。
“首狩”のアイザック。
その2つ名の通り、どこを狙って来るかは明白であったのだから。
「あぶっ!あぶっ!あぶなっ!」
転がるように包囲を抜けたバーンが、床を転がりながら逃げて来たメーと合流する。
「あ~あ~、オレ様の毛が刈り取られちまったぜ!物理攻撃吸収の効果があったのによぉ」
「ハハっ!オレは危うく首を刈り取られるところだったぜ」
背中合わせに構えた2人は、長き時を共に過ごした戦友のように笑い合う。
彼らの周りには数多のアイザックが十重二十重に展開し、ネズミ一匹さえも通さぬ構えだ。
「兄弟。オレ様がアイザックの魔法を……いや、全ての魔法を一時的に解除するからよぉ、その間にどうにかしてくれや」
……そんなことが出来るのか?
そう問おうとしたバーンは口を噤んだ。それは意味のない言葉だからだ。
どの道他に方法がない以上、バーンはメーを信じるしか……否、互いを信じ合うしかないのだ。
先程までいがみ合っていた相手との共闘。一体どんな運命の悪戯か。
バーンはこんな状況にも関わらず、微かに笑った。
「時間は?」
「数十秒ってとこだ」
「上等だ」
魔法が使えなくなるのなら、素の身体能力が物を言うということ。
それは、自分の技術を試すまたとない機会だ。自分が上かアイザックが上か……。
ギシリ
握っていた長剣が軋む。
メーの魔力が膨れ上がり、最後に2人の視線が交差した。
「行くぜぇ!」
――振動魔法〈振動発生〉
これはあらゆるモノを振るわす魔法。
例えばソナー。音波を発生させることにより周囲の様子を探ることが可能だ。
そして大地を振動させば地震となり、武器に付与すれば高周波振動武器と化す。
メーはこの力を魔力に限定して使用した。
では、魔力を振動させればどうなるのか。その答えは簡単だ。
既存の魔法を散らし、新たな魔法の構築を妨害する……謂わばジャミング装置のようなもの。
メーの思惑通りアイザックの分身が消え、影から押し出されるようにアイザックが現れた――これが本体だ。
床を蹴ったバーンがアイザックへと肉薄し、対するアイザックも短剣を構えてはいるものの、分が悪いと言わざるを得ない。
彼は暗殺者。闇に潜んでこそ本領を発揮するのだから。
(もらったぜ!)
バーンは確信と共に笑う。
短剣と長剣、正面からの激突……全ての状況は戦士たるバーンの有利に働いている。
バーンが剣を振り下ろそうとしたその時……アイザックが嗤った。
「ぐあっ!」
それは突然だった。
背後から首に巻き付いてきた鎖が、バーンの意識を奪おうと喉を締め上げたのだ。
剣を大地に突き立て、両手で鎖を外そうともがくバーンの視線の先に2人目のアイザックが映る。
(バカな!?何故……)
そう言おうとしたバーンの口からはヒューヒューと、か細い呼吸が漏れるばかり。
そのまま足を払われたバーンは受け身を取ることさえ許されず、無様に床へと転がった。
程なくして3体のアイザックがぼろ雑巾と化したメーを運んでくる。
最早、逆転の目はない。バーンが魔法を使おうとした瞬間に、その首が落ちることとなるだろう。
「……オレ様の、魔法を、どうやって、防ぎやがった」
息も絶え絶えに尋ねるメーを見たアイザックの顔に浮かぶのは勝者の愉悦……ではなく、ゴミクズに向けるかの如き蔑みの表情。
「お前らはアホか?いや、これは世のアホに対する侮辱か。敵を前にペラペラ手の内を喋る奴があるか」
「「…………」」
そう、バーンとメーの立てた作戦は、当然その場にいたアイザックも知るところである。
つまりこうだ。
作戦を聞いたアイザックは分身体をいくつか会議室から退避させていたのである。
その後、〈振動発生〉の直撃を避けた分身体を呼び戻し現在に至る、と言うわけだ。
まあ、これはアイザックにとっても賭けの要素が強い。メーの魔法の効果範囲も、戻ってきた分身体が解除されないとも限らないのだから。
だが……所詮それは過程の話。
今、アイザックが立ち、バーンとメーが地に伏せている……それが全てだ。
「さて、覚悟はいいな?」
殺人鬼も顔負けな笑みを浮かべたアイザックの言葉と同時に、会議室全てを覆うほど魔方陣が現れた。
『……で?何か言い訳はあるかのぅ?』
現在、ラビの目の前にはバーンとアイザック、そしてメーの頭だけが床から生えていた。端的にいうなら生首状態か。
先程の魔方陣はアイザックではなくラビの魔法。彼らは逃げること叶わず、床に呑み込まれた次第である。
「やられたからやり返した。それだけだぜ」
「売られた喧嘩を買った。小言はそこの羊に言え」
「過去を清算したまでよ」
全く反省の色が見られない3名に、徐々にラビの目が据わっていく。
前日から用意していた会議室を滅茶苦茶にされたのだ。ラビの怒りも正当なものだろう。
『ほっほっほ。どうやらお前さんらには仕置きが必要なようじゃのぅ。そういえばロキが権能検証のための実験体を探しておったし、儂から推薦しておこう』
「はあ!?」
「殺す気か!!」
「終わった……オレ様の羊生が終わった」
悲痛な顔で騒ぎ始めた3名に溜飲を下げたラビは、床から解放するとシッシッと邪魔そうに手を振った。
『修復するでな。会議室から出て……』
『ラッビちゃ~ん!皆もう来てる~?ん?』
そこへ登場したのはタイミングが良いのか悪いのか微妙なルーファである。
穴の空いた床に破壊された備品。
飛び散った羊毛にハゲたメー。
そこは正に混沌といった状態だ。
『え、えー!?ナニコレ!?どうしたの!?』
辺りを見回したルーファの目がメーで止まる。
どろ~ん!
「メ~!メ~!」
ルーファはメーの側へと飛んで行くとクルクルとその周りを回る。
つぶらな瞳、無害そうな顔、俊足を誇る4本の足……サイズを除けば何処からどう見てもただの羊である。ただし、ハゲてはいるが。
さっき、珍妙な生物を見たような気がしたが……気の所為だったようだ、とルーファは気を取り直してメーに話しかける。
『どうしたのメーちゃん。ストレス?』
心配そうなルーファに、メーはチラチラと視線をアイザックへと送るが、全く気付いてもらえていない。
そうこうする内に癒しの力がメーを包み、元のモコモコを取り戻した。
「メー!」
嬉しそうにペロペロとルーファを舐めるメー。
本来、微笑ましいはずのその姿を殺意の籠った眼差しで見つめているのはアイザックだ。
「これは……一体どうしたのですか?」
「ふふふ、相変わらず仲良しですね~」
更にそこにお盆に茶菓子を乗せたゼクロスとミーナが参入する。
ゼクロスが唖然と室内を見つめているのに対し、ミーナは戯れる子狐と羊の姿に慈母の笑みを浮かべている。
これが常識人と天然の差である。
「メー!メー!」
甘えるようにゼクロスへすり寄ったメーがお菓子をもらい、そして……ミーナのメロン×2に顔を突っ込んだ。
「きゃっ!もう、ダメですよ~」
そう言いながらも、ミーナはメーのモフモフな毛を優しく撫でている。
ギャリッ……
不意に聞こえてきた音の出所を見てみれば、憤怒の表情を浮かべたバーンの姿。
2人と1匹の仁義なき戦い(笑)は始まったばかりである。




