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強さを求めし者・下

 荒涼とした大地の只中に数百キロにもわたる炎の壁が鎮座している。

 既に半日以上経過しているにもかかわらず、未だ衰えることなき炎はまるで現世に顕現せし地獄炎(ゲヘナ)

 ただし、そこには亡者の如く溢れていた汚染獣はおらず、広がるのは侘しい大地ばかり。地獄と言うには何もなく、どちらかと言えば黙示録の終末を連想させる。

 

 その中に蠢くモノが幾つか。


 新たに生まれた汚染獣か、それとも迷い出たはぐれか。

 どちらにしろソレは竜種の格好な獲物だ。たちまち始まった戦闘は中々にいい勝負だと言える。

 減っては増え、減っては増える汚染獣を四苦八苦しながら狩る竜種たち。

 それを上空から見守るのは3体の竜王種だ。


『この数であれば問題ないようだな』

『さっきまでが多すぎだよ』


 シュヴァリエの呟きにローゼマリーがやれやれと息を吐いた。

 ここはガッシュとロキが通った跡。彼らは汚染獣を追って移動することなく、ここでチマチマと狩りを行っていた。

 その最大の理由がこの先にある汚染獣の大群……ではなく、もっと危険なモノ。


『ここからでも凄まじい魔力を感じるなァ。近づかなくて正解だぜェ』


 そう言って東に目を向けたアデルバートの視線の先には、渦巻く魔力の奔流があった。

 炎も雷もない、ただ静かなる魔力の渦。その沈黙の空間が逆に恐ろしい。

 いや……只中にいる当事者(おせんじゅう)にとっては幸福か。気付いた時には死んでいる、ソレはそう言った類の力なのだから。


『いつか相手をして頂きたいものだ』


 シュヴァリエの言葉に戦闘狂なローゼマリーとアデルバートは揃って頷く。


『そうだね。流石は我が君の御同胞だよ』

『ダメ元で頼んでみるかァ?』


「良い心がけだ。ならば我が場を用意しよう」


 不意に聞こえた声に、彼らは警戒するでもなく頭を下げた。

 彼らが声の主を間違えるなど、この世が引っ繰り返ってもあり得はしないのだから。


『『『我が君、お疲れ様でございました』』』


 流石は5000年来の付き合い。一言一句違わず揃った声は見事としか言いようがない。 

 だが残念ながらヴィルヘルムの関心は全く(もっ)て彼らに注がれておらず、その視線は眠っているルーファに固定されている。


「ローゼマリー、背をかせ」

『はい!』


 嬉しそうに背を向けたローゼマリーの上にクッションを並べたヴィルヘルムは、その上にそっとルーファを横たえる。

 100メートル級の竜種の背中だけあって、平地に立っているかのような安定感がある。

 仕上げに影から取り出した毛布を掛け、ヴィルヘルムは漸くシュヴァリエとアデルバートに目を向けた。


「シュヴァリエ」


 シュヴァリエが返事をするよりも早く、ヴィルヘルムの魔力がその身体を地面へと叩き付けた。

 轟音が轟き、モクモクとあがる土煙を、突如発生した突風が払いのけた。


「何故、エメラーダを助けた?」

『な、仲間を見捨てる訳には……グアっ!』


 再び襲った衝撃にシュヴァリエは更に地中へと減り込み、彼はヴィルヘルムの怒りに触れたことを知る。


「命令無視をした挙句、汚染獣に集られ地に落ちた女など助ける価値もない。いや、群れの中に落ちた時点でそなたに助ける術はない。違うか?」


『……御意にございます』


 フラフラと起き上がったシュヴァリエは頭を大地に擦りつけた。

 その身体はみっともなく震え、伏せた目の奥に浮かぶのは恐怖だ。

 ヴィルヘルムに拒絶されることは、竜種にとって死よりも尚恐ろしい絶望なのだから。


「判断を誤るな。我を失望させるなよ」


 そう言って背を向けたヴィルヘルムに、シュヴァリエは暫く動くことが出来なかった。  

  


 

     


 

 

 



 所変わって、ここはアンセルム西部。


 低いながらも連なった山々からは多種多様な鉱石が取れ、麓にある鉱山都市は王都に次ぐ人口を誇った。“鍛治の聖地”――そう呼ばれた活気溢れる姿は、最早何処にも見当たらない。

 街も、山も、草原さえも失われ、全てが汚染獣に呑み込まれた。

 今となってはここに鉱山都市があったと言われても、誰も信じる者はいないだろう。

 ただ唯一名残があるとすれば、瘴気に汚染された黒い川と……死を迎えた鉱山か。


 人の生きた証も、文化も、歴史すら破壊されたそんな地に、ガッシュとロキはいた。



 ズバン!



 紫暗色の爪が数多の汚染獣を切り裂く――ロキの魔爪だ。

 それを横目で見ながら、ガッシュは自分の役割を淡々とこなしていく。


 ロキが捌き切れなかった攻撃をガッシュが()()()()、ついでとばかりに広範囲にわたって汚染獣を削り取る。

 時折邪魔にならぬようにロキの肩や腕に触れるのは、吸収した瘴気を除去するためだ。

 

 ロキが戦いの主導権を握り、ガッシュがそれに合わせているように見えるが実際は違う。

 ガッシュがロキをリードし、戦いやすいよう場を整えているのだ。


 戦いの推移を見守りながら、ガッシュは先程から感じる違和感を探る。

 最初はそれが何か分からなかったが……時間が経つにつれ、ガッシュはソレが何かを理解した。


 ロキだ。正確にはその戦い方か。



 

 何故そこで避ける。

 何故そこで攻め込まない。


 動きは一流の戦士であるにも関わらず、その判断力はあまりにも稚拙。


 上空へと飛び上がったガッシュは周りの汚染獣を一掃すると、真円に広がる空白地帯の真ん中へと降り立った。

 汚染獣の姿は遥か遠く、これで暫く時間が稼げただろう。

 安全を確認したガッシュはロキへと問う。


「それは誰の戦闘スタイルだ?ヴィルヘルムじゃないよな?」

「誰でもいいだろ」


 相変わらずな態度に、ガッシュはガシガシと乱暴に頭を掻く。

 聞かずともガッシュには、その戦闘スタイルが誰のものかは予測がついている。いや、誰というには語弊があるか。

 ロキが見せたのは人種(ひとしゅ)――それも冒険者の戦い方だからだ。


 それではダメだ、そう思いながらもガッシュは逡巡する。

 ヴィルヘルムがロキの現状に気付いていない訳がない。となれば、わざと教えていないことになる。

 果たして自分が口を出して良いものなのか……


 ガッシュはふと過去を思う。


 自分が師事した父とも慕った男は、間違ったことをすればその都度指摘してくれた。ならば、ロキが間違った方向へ進んでいるのなら、指摘すべきではないのか。

 それに……自分もヴィルヘルムに稽古をつけてもらっていることを考えれば、ロキは弟弟子のようなもの。助言程度は許されるだろう。  

   

「それはお前の戦闘スタイルじゃない。もっと自分に合ったものを学べ」


 途端にキリキリと(まなじり)を吊り上げたロキに、ガッシュは口をへの字に曲げる。

 思春期の少年よろしく扱いが難しいのがロキだ。


「いいか?お前は自分の身体のポテンシャルが分かっていない」

「チッ!身体の性能は一番初めに確認した。何も問題ない!」


「違う。そういう意味じゃない。何故避けた?攻撃の全てを避けたのは何でだ?」

「一撃も食らうなと言われたからだろ。つまらないことを聞くな。殺すぞ」


 ガッシュはスッと目を細める。果たしてそれは本当なのか……確かめる必要があるだろう。

 内心の思いをおくびにも出すことなく、ガッシュは続ける。 


「それはダメージの通る攻撃を食らうなという意味で、全て避けろということじゃない」


 僅かに目を見開き驚きの表情を浮かべたロキへ、ガッシュは問答無用で拳を繰り出した。


 それは人種(ひとしゅ)であれば必殺の一撃。


 もし命中したのなら、頭部はスイカの如く破裂することだろう。

 だが、恐れも何も見せることなくロキは最小限の動きでそれを躱してみせた。

 

「何故避けた?」


 ガッシュは今一度問う。

 それは()()()()()()の致死の攻撃であり、ロキにとっては()()()()()()()()モノ。

 避ける必要なき一撃だ。


 戦いを有利に進める方法として最小限の動きで避けるのは正しい。だが、それが最善かと尋ねられればそれは“否”だ。

 無駄な動作を極力省き最小限の動きを是とするのは、体力の消耗を防ぐと同時に隙をなくす行為に他ならない。

 つまり、突き詰めて言えば動かぬ事こそが最善。勿論、相応の実力があって初めて成しえる行為だ。


「見ていろ」


 そう言ったガッシュの視線の先には、こちらに向かって来る汚染獣の大群。

 汚染獣に向かって歩み寄るガッシュに、その巨大な腕が振り下ろされる!

 

 それに対してガッシュがしたことは右手で軽く弾いただけ。だがそれで十分。

 汚染獣の腕はそのまま右に流され、右から迫る他の汚染獣へと突き刺さる。

 次いで鋭い音を立てて迫る尾は下から上へ。ガッシュの髪を掠めるように過ぎ去ったソレは複数の汚染獣をなぎ倒した。


 ガッシュは前へ、前へと進む。


 彼の動きの全ては攻撃のためのも。

 避けることも後ろへ引くこともない。攻撃が掠めるように通り過ぎようと、それは変わらない。

 まるで薄氷の上を歩いているかの如く危険を(かえり)みない行為。だが……この戦い方こそが正しい。


 彼らは超越種。


 例え汚染獣の攻撃が当たったとしても、受けるダメージは微々たるもの。

 負ったダメージよりも回復する速度のほうが早いのだ。何を避ける必要があろうか。


 そして、それはロキにも言えること。


 内臓も、心臓も、首も、ロキには弱点たり得ない。

 首を切ったら死ぬ人種(ひとしゅ)と、首を切り落とされても平然と戦えるロキの行動が同じであるはずがないのだ。

 だが、ロキはそれに気付くことなく集計した冒険者の戦闘データを最適化し、自分へと反映させた。

 皮肉なことにロキの演算能力の高さが、逆に本来の力を封じることへと繋がったのだ。




「ロキ、自分の強さを考えろ!この拳は避けるに値するものなのか!?」


 ガッシュは巨大な拳を掴む。

 


 メリ、メリメリ!



 ガッシュの指が拳に減り込み、そして……投げる!



 ドシャアアアアアアアアア!!



「考えろ!真似するんじゃなく考えるんだ!お前の力や素早さ、防御力はどれ程のものか!何故、翼と尾を防御にしか使わない!?」


 ロキに教えるようにガッシュは戦う。

 圧倒的な身体能力の使い方を、強固な防御力の活かし方を。

 ロキが捌ききれぬであろう攻撃も、ガッシュには当たらない。それが2人の間にある明確な差。



 ザシュッ!



 ガッシュの前にいた汚染獣が2つに割れ、その先にロキが佇む。


「…………オレが殺る。お前は遠くの汚染獣でも片付けていろ」


 そっぽを向いて話しかけるロキに、ガッシュは笑いながら答える。


「こういう時は礼を言うもんだぞ」

「チッ!ウルサイ。黙れ」





 ロキの戦い方が変わった。


 避けることを止め、より攻撃的に。

 相手の攻撃はより強い力で粉砕し、魔爪で、翼で、尾で、ロキは汚染獣を切り裂いていく。その激しいまでの攻撃的なスタイルは別人と見紛うほど。


 彼は理解したのだ。時に“思考”が自分を弱くするのだと。


 思考なき者は弱い。それは1つの真理だろう。

 だがそれが全てではない。思考とは即ち理性の力。

 地形を読み解き、弱点を探り、最適解を導く。成程、確かにこれは戦いに必要な力。


 では、多くの冒険者が重要視する第六感とは何か。

 これは思考か?……否、これは本能。謂わば思考とは真逆の力だ。


 思考は本能を鈍らせ、本能は思考を鈍らせる。

 これらは相反する領域だ。


 思考に頼り切るのは危険。かと言って、本能に支配されるのは愚か。

 ならば、とロキは本能を分析する。



 ――本能を思考し支配する。



 これにより、ありとあらゆる感情がロキの支配下へと入った。

 もう、ロキは戦いの最中に怒りに我を忘れることはない。怒りを支配している存在こそロキなのだから。


 





「ほう、まさかここまで成長するとは……」


 上空からヴィルヘルムはロキを見下ろす。

 やはり実践と……好敵手(ガッシュ)の存在が大きいのだろう。連携も中々のものだ。想定以上の仕上がりだと言っても良い。


「ルーファを守る存在同士がいがみ合うなど愚の骨頂。関係改善は良好か。だが……相互作用まではいかぬか」


 そう言って目を向けるのは何の成長も見られないガッシュだ。


「困ったことだ。アレはまだ人種(ひとしゅ)の常識に囚われておる。やはり荒療治が必要か……」

  

 不穏な言葉を口にしながら、ヴィルヘルムは翼を羽ばたかせた。 

 

 

  

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