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強さを求めし者・中

 ガッシュは夢の中にいた。

 茫洋と漂う意識はやがて甘い匂いに埋め尽くされる。今まで嗅いだことのない――――――美味そうな匂いだ。


(喰いたい……喰い尽くしたい)


 本能の命じるがままにソレに喰らいつけば、まるで天上の甘露の如くガッシュを潤す。


(もっと!もっとだ!足りない!まだ満たされない!)


 ゴクゴクと喉を鳴らすガッシュの意識が……不意に揺らぐ。

 まるで霧が晴れたかの如く、赤く染まった視界に別の色が指す。

 

 ガッシュの視界一杯に広がったのは……不機嫌そうなロキの顔だ。


「うおおお!」


 ガッシュは慌ててロキの上から飛びのくと、ツツゥと流れ落ちる汗を拭う。

 動揺するガッシュを余所に、ユラリと立ち上がったロキは首筋を抑えていた手を放す。



 ――鮮血だ。



 真っ赤な色彩がその手を染め上げ、未だに止まることなき血は普通であれば致命傷か。


「チッ!腐っても超越種か。治りが遅い。おい、どこまで覚えてる」

「オレは確か、汚染獣と戦って……そうだ!汚染獣は!」


 ガッシュが辺りを見回すが、近くに汚染獣はいない。

 それも当然のこと。超越種同士の争いに、汚染獣如きが耐えれる筈もなし。

 直径50キロ圏内は凶悪な魔力が荒れ狂う死の領域と化していた。まあ、それも時間と共に汚染獣で埋め尽くされるだろうが。


 ツカツカと足取り荒くガッシュへと近づいたロキは、その胸ぐらを掴んで引き寄せる。

  

「よく聞け。お前は汚染獣になりかかってオレを喰おうとしたんだよ!この無能が!」

「す、すまん」


 事の成り行きを把握したガッシュは神妙な顔でロキに謝った。悪いのは100パーセントガッシュなので当然と言えば当然か。


「どうして元に戻れたんだ?かなりの量の瘴気を吸収した筈だが……」


 不思議そうに己の腕を見たガッシュはロキへと問う。

 黒く染まっていた腕も、今ではいつも通りの小麦色だ。

   

「ああ、深淵で瘴気を喰ったからな。いいか。全てはお前の所為だ。オレが深淵を使ったのも、それに巻き込まれて汚染獣が消えたのも全部だ。ヴィルヘルムに聞かれたらちゃんと説明しろよ」


 その様子は、まるで言い訳を並べる子供のようで、ガッシュは思わず苦笑する……が、その反応はロキにとって屈辱だ。

 殺気を向けるロキにガッシュは両手をあげて降参のポーズを取った。


「悪い悪い。本当にヴィルヘルムが苦手なんだな」

「お前は平気なのか!?毎回毎回身体を切り刻まれて喰われるんだぞ!?」


「まあ、平気ではないが……オレは喰われないからな。多分だが、アレはお前の反応で遊んでいるだけだぞ?腕を引き千切られても表情を動かすな。戦いに集中しろ。そうすればヴィルヘルムはお前を喰わない。いや、あいつはな、戦士にはそれ相応の敬意を払っている。お前はまだ戦士だと認められていないだけだ」


 増々濃くなった殺気にガッシュはやれやれと肩を竦める。


「ヴィルヘルムはどうでもいい奴は完全に無視、嫌いな奴は殺す……多分な。更に言えば無駄な事はしない主義だ。お前はかなり期待されてると思うぞ」


 ヴィルヘルムが手ずから鍛えるということ自体が、期待の表れだと言ってもいい。

 ガッシュの言葉にロキは嬉しそうに顔を綻ばせる……筈もなく、酸っぱい表情を浮かべている。

 気持ちは分かる。ガッシュもあれはないと思っている。

 

「まあ、あれだ。気に入られたが最後、諦めるしかない。強くはなれる!強くは!それに……オレは再教育コース決定だ……ハハっ」


 虚ろに笑うガッシュに、ロキは初めて同情と共感と言う名の仲間意識をを覚えた。


「お互い耐え抜こう」


 スッと差し出されたガッシュの手を、ロキは躊躇(ためら)いながらも握り返す。

 この瞬間、2人の間によく分からない友情が芽生えたのだった。



 …………



 ドゴーン!



「何だ!?」


 ガッシュが音の方向を向けば、もうもうと漂う土煙。

 

「竜種が落ちたか?」


 面倒くさそうに呟いたロキの言葉を裏付けるように、白い竜が汚染獣の只中へと舞い降りた。

 汚染獣を引き千切っては投げ飛ばしているその姿は、そこに埋もれている何かを探しているように見える。

 だが悲しいかな……その努力虚しく、投げ飛ばした数よりも群がる方が圧倒的に多い。

 やがて白い竜までもが汚染獣で埋もれ、そこにあるのは蠢く赤黒い山だ。

 

「不味いな……行くぞ!」

「放っておけ。自己責任だろ」


 走り出そうとしたガッシュはピタリと動きを止める。

 自分1人で行けば、また汚染獣化する恐れがある。汚染獣と戦うに当たり、ロキの協力は必要不可欠だ。

 チラリとガッシュが山に目を向ければ、姿は見えぬものの莫大な魔力は未だ健在。暫くは持ち堪える筈、とガッシュはロキへと向き直った。


「打算、と言う言葉を知ってるか?」

「当然だ。バカにしてるのか?」


「そうじゃない。いいか?あいつらは竜族、つまりヴィルヘルムの眷属だ。そして……ヴィルヘルムはああ見えて身内には優しい……と、思う。多分」

「はんっ。随分信憑性の薄い言葉だな」


 せせら笑うロキにガッシュは悪人顔でニヤリと嗤う。


「だがな、あいつは冷徹だが冷酷とは違う。セルギオスにもわざわざ自分の血を与えて助けたぐらいだ。それに、今もこの状況を密かに観察している可能性もある。助けに行ったら……ポイントが加算されるかもしれん」

「ポイント……」


 ピクリ、と反応したロキにガッシュは力強く頷く。


「そうだ。加算の点によっては失敗が相殺される可能性もある」


 ガッシュの言葉に真剣な表情で悩み始めるロキ。

 ヴィルヘルムの採点がポイント制かすら定かではないのだが……これも2人の願望の表れか。


 ロキの様子に手応えを感じたガッシュは、しめしめと内心ほくそ笑む。気分は経験乏しい若人を騙す悪い大人だ。

 ガッシュはもう一押しするべく口を開いた。


「更に言えば、仲間を見捨てた時点でマイナスになる可能性もある」


 これはガッシュの本心でもある。

 ヴィルヘルムは助けられぬと分かったならば容赦なく切り捨てるだろうが、そうでなければ手を差し伸べる、そういう男だ。

 ただし、気に入っていればという注釈付きだが。


「……分かったぜ。オレが竜種ごと深淵に取り込んで分離する。駆逐するのはお前がやれよ」

「それは構わんが……距離が離れてもオレの瘴気を喰えるのか?」


「無理だな。流石に超越種は抵抗力が強すぎる。最低でも触れる必要がある」

「分かった。瘴気が溜まったら一旦戻る」


 作戦というには余りにお粗末。だが……2人にはこれで十分だ。

 何故なら、彼らは超越種。汚染獣は所詮格下に過ぎぬのだから。


 ガッシュとロキは並んで歩きだす。

 その目は玩具を前にした子供のように輝いていた。







   

 




『エメラーダ!』


 汚染獣に集られ墜落したエメラーダを追ってきたシュヴァリエは、僅かに見えた緑色の鱗目掛けて降下した。ここで魔法は使えない。使用したら最後、汚染獣が爆発的に増えるだけだ。


 シュヴァリエの尾が汚染獣を薙ぎ払い、その足が汚染獣を叩き潰し、その爪が汚染獣を引き裂いた。


 だが……それだけ、それだけだ。


 物理攻撃で汚染獣が死ぬことはない。

 肉片が、血が、臓物が集まり元の姿へと逆戻る。いつの間にかシュヴァリエの身体も汚染獣に埋もれ、身動きがままならぬ程。


 シュヴァリエは見捨てるべきだった。

 地面に落ちた時点で、彼にエメラーダを助ける術などないのだから。



 メキ、メキ、メキメキメキメキ!



 エメラーダの身体がボコボコと波打ち、竜種という極上の餌を喰らった汚染獣が……(かえ)る。


 絶え間なく響き渡る絶叫!絶叫!絶叫!

 苦悶、恐怖、絶望……有りとあらゆる負の感情が溢れ、汚染獣が歓喜にその身を震わせる。



 オオオオオオォォォォォォォ……



 ビクリ、ビクリと痙攣する彼女は既に虫の息。汚染獣を産みだす哀れな苗床だ。


 シュヴァリエは辛そうに目を閉じ、魔力を練り上げる。

 ()くなる上はエメラーダごと汚染獣を殺すのみ。シュヴァリエが魔法を放つより早く、その声は届いた。


「……喰らえ」


 それと同時に深淵がその巨大な口を開いた。

 汚染獣ごとエメラーダを回収したロキが、シュヴァリエを鬱陶しそうに見る。


「おいデカブツ。邪魔だ。さっさと行け。それともお前も喰われたいか?」


 逡巡は刹那にも満たぬ間。

 エメラーダの安否が気になるところではあるが、戦いが続いている以上、上位者に従うべきだ。

 何より仲間の足を引っ張るなど竜種にとって忌むべきこと。己が分を見誤ってはならない。

 シュヴァリエは即座に汚染獣を振るい落とすと、仲間のいる安全領域へ向けて飛翔した。


 伝えねばならない――この空域に近付いてはならないと。

 ここは今から本当の意味で地獄となるのだから。






「行ったか」


 すれ違うように飛んで行ったシュヴァリエを見送り、ガッシュは眼下を睥睨した。

 見渡す限りの汚染獣を前に、彼は楽しそうに笑う。


「全力、全力か。一体いつ振りか」


 瘴気に身体を侵されるため、ガッシュが使用するのは小さな力ばかり。今日は思いっきり……と考えたガッシュの脳裏にヴィルヘルムの顔が浮かぶ。


「いや、マズイ。これ以上マイナスポイントを増やすわけにはいかん。ここは慎重に……これ位なら平気か?」


 まずは直径50キロほど。

 蒼き眼が一際鮮やかに輝き、汚染獣ごと空間を喰らう。

 

 この瞬間が彼は好きだ。


 (たま)らぬ程の充実感。

 背筋を這い上がるのは得も言われぬ快楽。


 ペロリと唇を舐めたガッシュの脳裏を占めるのは「喰イタイ」という感情のみ。

 これはガッシュの本能なのか、それとも瘴気の影響なのかは分からない。

 彼が分かることと言えば……自分が既に人ではないということ。


「……化ケ物、カ」


 そう呼ばれても眉1つ動かさないであろうヴィルヘルムとロキを羨ましく思う。ただ……


「あいつラと一緒なラ悪くなイ、のカ?」


 そう思えた自分をどこか嬉しく感じ、ガッシュはロキのもとへ向かうべく高度を下げた。





 ロキは汚染獣に囲まれていた。

 同士討ちなど露ほども気にしない汚染獣に遠慮というものは存在しない。いつ終わるとも知れない荒行に、ロキの精神は摩耗する。


「グッ!」


 襲い来る尻尾を翼でガードしたロキは、フッと差した影に顔を上げる。そこには……ロキ目掛けて降ってくる汚染獣の姿。


「しまっ……!」 


 翼を重ね衝撃に備えるロキの脳裏に浮かぶのは「お仕置き」という4文字のみ。

 だが……いつまで経っても衝撃がロキを襲うことはなかった。


「大丈夫カ?」


 先程より幾分マシとは言え、相変わらずの異形の姿にロキの顔に青筋が立つ。


「おい……自分がどれだけ危険な状態か分かってるのか?」

「コの程度ナラ心配なイ」


 全く分かっていないガッシュにロキは魔爪を繰り出すも、あっさりとその腕は捕えられた。

 

「ふざけるなよ。汚染獣化した超越種がどれだけ危険か理解しろ!世界を壊す気か!!」


 ロキが素早く辺りを見回せば先程までいた汚染獣どころか、周りには何もない――ガッシュの仕業だ。

 汚染獣になりかけているというのに、何のためらいもなく更なる汚染獣を喰らう……これを異常と言わずに何と言おうか。

 理性が崩壊しかけているのだ。


 ロキは深淵をガッシュの中へと送りこみ、瘴気を喰らっていく。その際にガッシュの魔力もついでとばかりに頂いておく。当然の報酬だ。

 掴まれていた腕を振り払い、ロキは憎々し気にガッシュに声をかける。


「終わったぞ」

「助かった。いや、ほんと悪かった。反省している。自制が効かなかったんだ」


 頭を下げたガッシュに、ロキは何も答えずに背を向ける。

 その無言の背中が彼の怒りの大きさを物語っているのだが……ここにも空気を読まない脳筋族が1人。




「なあロキ、共闘しないか?」


 

    

 

    


  


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