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強さを求めし者・上

『セル坊!油断するな!』


 怒鳴ると同時にシュヴァリエは風を操り、セルギオスを吹き飛ばす。

 間一髪、汚染獣の(あぎと)がセルギオスを掠めるように通り過ぎた。


 ここは炎の壁の向こう側――フォルテカとアンセルムの国境付近。


 シュヴァリエとセルギオスはその上空で汚染獣狩りに勤しんでいた。いや、それは果たして狩りと言えるのか。

 まるで地獄の亡者の如く地表は汚染獣で溢れかえり、大地の色が分からぬ程だ。そこから上空目掛けて次々と汚染獣が打ち上げる(さま)は、一体どちらが狩られる者か。

 現に、先程(かわ)したかに見えた汚染獣が……再びセルギオスへと牙を剥く!

 


 微かな風切り音、それが狩りの開始を告げる合図となった。



 異変に気付いたセルギオスが振り返れば、既に幾つもの触手が彼を包み込むように迫っていた。ソレはかつて汚染獣の腕だったモノ。

 触手の先端がグパッと開くと、その内には小さいながらも鋭利な牙がぎっしりと並んでいた。

 ダラダラと涎を垂らしながら迫るその姿からは、何が何でも獲物を喰らわんとする執念を感じる。



 

 カチ……カチ……カチカチ……カチカチ、カチカチ、カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ



 それは小さき牙が奏でる音。

 餌を喰らう悦びの歌。 

 


 ゾッとセルギオスの背に怖気が走る。

 触手から逃れようとセルギオスは翼を羽ばたかせるが、その動きは余りに遅い。

 為す術なく四方八方から襲い来るソレを、セルギオスはただ見つめることしか出来なかった。



 (ごう)っ!



 炎が踊る。

 セルギオスが見つめる中で、その炎はまるで大蛇の如くうねりながら汚染獣を喰らい尽くした――悲鳴すらあげる暇なく、痕跡さえも残さずに。


『油断するなと言ったはずだ』


 注意を促しながらも、シュヴァリエは辺りに充満した自らの魔力を回収する。

 汚染獣との戦いはこの魔力回収こそが重要。この作業を怠れば、汚染獣は際限なく増殖するのだから。


『すま……ぬっ!?』

   

 謝る暇さえ与えないのか……いや、ソレはただ飢えているだけ。

 遥か下方から際限なく打ち上げられる汚染獣にセルギオスは顔を引き攣らせ、それを庇うようにシュヴァリエが移動する。

 竜王種たるシュヴァリエの体長は100メートルを優に超え、まるで空飛ぶ要塞だ。汚染獣の牙すら通さない、そう思わせるだけの風格があった。

 まあ、汚染獣はその牙を突き立てる間もなく蒸発したために、真偽のほどは定かではないのだが。 


『私から離れるなよ』


 シュヴァリエに『応』と答えたセルギオスは、汚染獣へと意識を集中させる。

 接近戦は危険。絡め取られたが最期、それは終わりを意味するからだ。ならば!


 灼熱の炎の塊がセルギオスの周りへ展開し、クルクルとその周りを回り始める。

 防御を重視したその姿勢は汚染獣に対する警戒の高さが垣間見え、セルギオスは慎重に戦いを進めていく。

 だが……順調に見えたその戦いは突如終わりを告げた。



 ドクン!



 汚染獣を燃やした筈の炎が脈動し、その体積が何倍にも膨れ上がったのだ。

 揺らぐ炎の内側に見えるは、一気に数を増やした(おぞ)ましき獣たち。


 セルギオスはミスを犯した。


 汚染獣との戦いにおいての必須と言うべき技能は2つ。

 一瞬で消滅させるだけの高威力の攻撃魔法と魔力回収だ。


 彼は戦いに集中するあまり僅かではあるが攻撃魔法の威力が落ち、更に慣れぬ魔力回収には漏れがあった。

 この僅かの差が、汚染獣が消滅するまでに得た時間であり、それが(もたら)したのは爆発的な増殖だ。   

 


 

『愚か者!!』


 堕ちる炎の塊を追ってシュヴァリエが急降下する。アレが地面に墜ちれば、汚染獣の良い餌となるだろう。

 シュヴァリエが作り出した灼熱の球体が炎を包み込み、一気に燃え上がる! 



 ジュワァ!



 一瞬にして全てが蒸発した――汚染獣も炎すらも。

 だが、そこで終わりではない。シュヴァリエは魔力を広範囲に広げ、その内にある自分の魔力を回収していく。


『シュヴァリエ!』


 セルギオスの警告の声と同時に絡みついた触手をシュヴァリエは力任せに引き千切った。その動きは巨大な竜王種とは思えぬほど俊敏だ。


(地表に近付き過ぎたか)


 舌打ちしつつもシュヴァリエが下を見れば、随分と近い場所に汚染獣が(うごめ)いていた。

 ここは既に汚染獣の射程圏内。幾千幾万の触手が彼を包囲するように広がっている現状を考えれば、離脱は不可能――普通であれば。


 シュヴァリエは()()()()()()()()灼熱の巨大な熱球を作り上げる。汚染獣にはひとたまりもない、だがシュヴァリエには耐えられるギリギリの温度。


 シュヴァリエの周囲にあった全てが蒸発し、彼は悠々と空を泳ぐ。

 彼の行く手を遮るモノは何1つ存在しなかった。






 

 ところ変わって、ここは安全圏――汚染獣の手が届かぬ遥か上空。

 そこには多くの竜種たちがいた。

 

『すまぬ』


 安全圏に戻るなり悄然と頭を下げたセルギオスに、シュヴァリエは厳しい眼差しを向ける。


『汚染獣を攻撃する時は一瞬で消滅させなさい。魔力の回収も遅い。あれでは汚染獣に狙われるだけだ』


 魔力回収とは本来、魔力の少ない魔物が攻撃に使用した魔力を回収して再利用する技で、魔力量が多く回復速度も速い竜種には不要な技術だ。

 更に回収できるのは自分の魔力のみという縛りもある。

 そういった理由から、セルギオスが魔力回収を習ったのはつい先程。

 それをぶっつけ本番で完璧にこなせという方が土台無理な話なのだが……竜種は基本的にスパルタである。



 




『シュヴァリエ戻ったのか』


 その声にシュヴァリエが長い首を後ろに向ければ、そこには桃色の竜――ローゼマリーがいた。


『ああ。そっちはどうだ?』

『最悪だよ』


 そう言ってローゼマリーが開いた手の平の中には、人化して気を失った竜種の姿。

 何も失敗したのはセルギオスだけではなかったのだ。

 年長者の方が巧みにこなしてはいるものの、誰しも汚染獣との戦闘は初めて。同じスタート地点に立っていることもあり、他の竜種も似たり寄ったりの状況だ。 


『汚染獣に集られてさ。人化させて回収したのさ』

『そっちはまだマシだぜェ。オレんとこは人化する前に気絶しやがってこの様よ』


 バサバサと羽音が聞こえたと思えば、そこにいるのは深い青色をした竜王種――アデルバートだ。

 その背には力なく横たわる竜種を乗せている。

  

『体内に侵入を許しちまってなァ。仕方ねェから内側を焼いた。暫くは目覚めんだろうよ』

  

 よくよく見ると気を失っている竜種だけでなく、アデルバートの鱗も所々剥げボロボロだ。恐らくは助けようとして無茶をしたのだろう。


『全く無茶をする。貴方も回復するまではここで休みなさい』

『分かってるさァ。汚染獣は甘い相手じゃねェ。油断すれば喰われるのはこっちだからなァ』


 シュヴァリエの忠言に、アデルバートは素直に頷くと目を閉じた。回復のための瞑想に入ったのだ。

 それを見届けたシュヴァリエとローゼマリーは顔を見合わすと同時にため息を吐く。


『あと、何体だったか?』

『半分……以上残ってるね』 


 3人しかいない監督役が1人減ったのだ。ため息も吐きたくなるというものだ。

 はあ、と再びため息を吐いた2人は使命を果たすべく動き出す。「汚染獣との戦闘経験を積ませろ」それが彼らの神の望みなのだから。

 

『貴女も気を付けて』

『それはこっちの台詞だよ。僕たちの中で一番甘いのはシュヴァリエじゃないか』


 お互いに少し笑い、2体は同時に背を向けた。


『エメラーダ、行くぞ!』

『はっ!』


 そこには先程までの穏やかな空気はなく、ピリピリとした緊張感だけがあった。







 一方、地上では……


「クソ!切りがないぜ!」


 魔爪を閃かせ、次々と汚染獣を刻んでいたロキは悪態をつく。

 そもそもが見渡す限りひしめき合う汚染獣をチマチマと1体1体倒していくなど無謀……いや、馬鹿の極みだ。

 例えロキが汚染獣より遥かに格上だったとしても、その物量の前には為す術がない。

 何故なら彼が1体倒す間に、別の場所で増殖している数の方が多いのだから。


 だがそれでも、未だに一撃も攻撃を食らっていないのはその演算能力が為せる業か……いや、ヴィルヘルムの躾の効果なのかもしれない。

 自分の身体より遥かに巨大な魔爪を振り回すロキの眼球は漆黒に染まり、その中で爛々と輝く紅玉の如き目は……瞳孔が開き切っていた。


「ダメだ。食らうな。一撃でも食らえば終わりだ……」


 ブツブツと呟きながら戦うその姿は異常の一言。

 だが、さしものロキでも長時間気を張り詰めて戦うことは難しい。


 

 ズバン!ブシュアアアアアアア!



 薙ぎ払った魔爪に合わせて、大量の黒い血が噴水の如く噴き上がった。

 ロキの視界が噴きあがった血で遮られ、それを隠れ蓑に触手がロキへと差し迫る!


「チッ!」


 触手を切り飛ばしながら、一旦後方へ退こうと地を蹴ったロキの足が……絡め取られる。

 黒い血も、それを隠れ蓑に迫った触手すら囮。本命は……地の中に潜んだ汚染獣。

 一瞬ではあるが完全に動きを止めたロキに攻撃が殺到する。


 ――避けれない。


 それが彼の導き出した答え。

 例え全ての攻撃を食らおうと、ロキが死ぬことなどない。身体が吹き飛んだところで即座に再生できるのだから。

 だが……ヴィルヘルムからの命令は攻撃を食らうなということ。

 ここで〈深淵ノ化身〉を使い、汚染獣全てを呑み込むことも考えたが、接近戦以外の戦闘も禁止されているためそれも出来ない。


(クッ!どっちだ!?どっちが怒られない!?)


 このまま攻撃を受けた場合と、深淵を広げて範囲攻撃をした場合……単純が故に難問である。    

 迷走した思考に動くこと叶わぬロキを嘲笑うかの如く、ソレは起きた。


 

 ガアアアアアアアアア!

  

 

 咆哮が空気を震わせたかと思えば、ロキに群がろうとしていた汚染獣が……消えた。

 ロキの目が自然とソレへと引き寄せられる――()()と蒼穹の眼を持つ異形の怪物へと。


 口から伸びた牙は下顎にまで達し、黒く染まった腕は硬質な輝きを宿す。それは、決して人ではあり得ぬ輝きだ。

 服を突き破り出現した突起はまるで鎧のように身体全体を覆い、ビキビキと音を立ててながら今も尚変容を続けている。


「……ガッシュ」


 ロキの眼が蒼い眼を捉える……唯一変わりのない美しい蒼天の輝きを。

 だが……ソレは既にガッシュとは呼べない。人(あら)ざるナニかだ。


「バカが!何してる!」


 ロキの顔に初めて焦りが浮かんだ。

 もしガッシュが汚染獣と化したなら……互角。いや、完全に超越種として覚醒(めざ)めたならば、ロキに勝ち目はないだろう。 


 

 ドン!



 それは汚染獣とは比べ物にならぬ程の速度。


「ガハッ!」


 片手で顔を掴まれ、そのまま地面に叩き付けられたロキはたまらず血を吐いた。

 その血をガッシュの()()()が舐めとり、そして……首筋へと牙が突き立てられる!


「グアアアアアアアアア!」


 最初に感じたのは灼熱の痛みと……焦り。

 ズルズルと血を啜られる感覚と共に、自分の力がガッシュへと流れていくのを感じる――喰われているのだ。


 そして次に込み上げてくるのは……煮え滾る憤怒。

 “深淵”とは喰らうモノ。自分こそが捕食者にして全てを喰らう存在だというのに!


「上等だ」


 ガッシュが自分を喰らうというなら、自分もガッシュを喰らうまで。

 ロキは嗤う。只々(ただただ)嗤う。


 押さえつけられている手から直接深淵をガッシュの中へと流し込み……



 喰らい合いが始まる。





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