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フォルテカの奇跡②

「ダメっ……!」


 ルーファはこの先の未来を見たくなくて、ギュッと目を閉じる。だがその思いとは裏腹に、〈時空眼〉は残酷なる未来を延々と流し続ける……



 破壊された建物に、我が物顔で歩く汚染獣。

 そこは命失せし死の街だ。


 誰が信じられようか。

 そこには数刻前まで生命の息吹(いぶき)が溢れていたことに。   


 花の香りを運んだ薫風(くんぷう)は瘴気に侵された災禍の風となり、生命を育んだ大地は汚染獣を産み落とす瘴土(しょうど)と化した。

 怨嗟の声も、嘆きの言葉も、絶望の悲鳴も、既に聞こえはしない。それは疾うに過ぎ去った過去であり、失われた命なのだから。

 

 だが……何故だろうか。


 彼らの苦しみに塗れたその声は失われることなく、未だにルーファを苛み続けている。両手で狐耳を塞いでも、その声はルーファを責め立てた。



 ……何故、助けてくれなかった。

 ……知っていたのに。お前は知っていたのに。 

 ……許さない、ゆるさない、ユルサナイ。




「ごめんなさい。ごめんなさい。助けられなくてごめんなさい……」


 死の大地の中心で、ルーファは膝を抱えて泣いていた。 

 変えられぬ未来に何の意味があろうか。使えぬ力に何の価値があろうか。

 同じだ。いつも同じ。助けられる力が有るのに、ルーファは何もできない。ただ死にゆく誰かを視ることしか……







 



 キーン!



 不意に耳鳴りがしたかと思えば、ガッシュは汚染獣の大群の前に立っていた。

 生き残った数少ない人種(ひとしゅ)を巡り汚染獣同士が争い、幾つものパーツに引き裂かれた残骸が赤い雨を降らせる。


「やめろ!」


 ガッシュの蒼天の眼が輝き、〈虚空消滅〉を発動させようと魔力を込めるが……いつもと異なり全く手応えがない。

 その感覚を敢えて言葉に表すのなら、底の破れた桶に水を汲んでいるとでも言えば良いのか。


 ならば!と直接汚染獣を叩きのめそうとするも、その手は虚しく空を切った。

 よくよく見れば彼の身体は透けており、まるで幽霊の如く存在感が希薄だ。


「一体どうなってるんだ……?」


 “夢”という言葉がガッシュの脳裏に浮かび、その考えを即座に切り捨てる。彼の直感が告げている――ここは現実……に類似する何かだと。

 目障りな瘴気も、舞い上がる砂埃も、漂う血臭も、その全てがかつて味わったことのあるモノ。

 これを夢と断じるなど彼には出来ぬ相談だ。


 ガッシュはつい先程までの記憶を手繰る。


 確か自分はフォルテカに向かっていた筈。

 ではここは目的地なのだろうか……いや、それにしては状況が奇妙だと言わざるを得ない。

 共にいた仲間は誰1人としておらず、魔法が使えないどころか汚染獣にすら自分の存在を気付かれない始末。更に……ガッシュは足元の石を拾おうと身をかがめる。



 スカッ!



 予想通りその手は石をすり抜け、触れることすら出来ない。200年以上生きてきたガッシュを以てしても、未だかつてない体験だ。

 幻覚を見せる上位格魔法も確かに存在するが……超越種たるガッシュには通じない。

 ガッシュに幻覚を見せられる魔法となれば、それこそ世界の(ことわり)を越えし魔法――超越魔法以外に存在しないのだから。


「……ルーファの力か?」

「ご名答」


 何となしに呟いた言葉に(いら)えが返る。

 いつの間にか目の前にはロキがいた。ガッシュに歩み寄ったロキは心底嫌そうな顔で手を差し出す。

 

「掴まれ」


 これまた心底嫌そうな顔でガッシュがロキの手を握った瞬間、世界が暗転する……


 体感にして数瞬……気付けば光が戻り、ガッシュが辺りを確認すれば相変わらずの地獄絵図。だが……その中でただ1つ先程とは違う光景があった。


「ごめんなさい。ごめんなさい。助けられなくてごめんなさい……」


 悲痛な声を上げて泣きじゃくるルーファの(かたわ)らには、半透明なヴィルヘルムとロキが無言で佇んでいた。

 心配そうにルーファを見つめる姿とは裏腹に、その場を鮮烈に支配する感情は灼熱の赫怒(かくど)

 その怒りの波動は空気を震わせ、ルーファと汚染獣が何故その存在に気付かないのか不思議なほどだ。


「ヴィルヘルム」


 ピリピリとした空気を感じ取りながらも、ガッシュは説明を求めてその名を呼んだ。

 金の眼は変わらずルーファを見つめているが、ガッシュの存在に気付いていない筈がない。暫しの逡巡の後、ガッシュは大人しくロキの隣へと並んで待つ。

 彼らが見守る中、ヴィルヘルムは触れることの出来ぬルーファを愛おしそうに撫で、未練を断ち切るかのように背を向けた。


「……戻るぞ」

 

 その言葉と同時にヴィルヘルムの力がガッシュを包み込み、問答無用で引っ張られる身体に彼は慌てて叫ぶ。


「おい!ルーファを置いて行くのか!?」


 ガッシュとしては当然のことを言ったつもりだが……それはヴィルヘルムにとっての禁忌(タブー)

 ガッシュを凍てつく殺気が貫き、ヴィルヘルムはソレを抑えつけるように片手で顔を覆い隠す。

 その手は傍目(はため)で見て分かるほど激しく震え、彼の激情の凄まじさを物語っていた。

 

「我が……我が好きでルーファを置いて行くとでも思っておるのか」


 地を這うような低い声音も普段からは想像できぬ程くぐもり、その内に秘められたマグマの如き何かが、堰を切って溢れんとしているかのようだ。

 この激情を向けられた相手はただでは済むまい、そう確信させるほどの力があった。

 無意識にガッシュの足が半歩後ろへ下がり、咄嗟に構えたのは本能か。


「ここはルーファが〈時空眼〉で捉えた未来。我らはルーファの感情に引き摺り込まれただけの意識体に過ぎぬ。分かるか?ここで我が影響を及ぼせるのは同じ意識体であるそなたら2人。ルーファに触れることすら叶わぬのだ」 


 ギリギリと拳を握り締めたヴィルヘルムは絞り出すように呟く。

 

「目が覚めたら、ルーファを起こせ。それがそなたらに出来る唯一のことぞ」


 頷きで答えたガッシュに興味を失ったのか、ヴィルヘルムは何事もなかったかのように再び魔力を操る。

 今度はヴィルヘルムの魔力に逆らうことなくその身を委ねたガッシュの肉体は、空気に溶けるかのように透明度を増していった。


 薄れゆく意識の中で、ガッシュは最後に声を聞く。 



「……許さぬぞ、害虫共」 










 ルーファは未来を拒絶する。


 目と狐耳を塞ぎ、膝を抱えて丸くなる――少しでも外界から遠ざかろうと。

 一体どれほどそうしていたのかはルーファにも分からない。永い永い時をここで過ごしたような気もするし、ほんの僅かな時間しか経っていないような気もする。



 ピシリ……



 何かが壊れる音がする。

 ピシリ、またピシリ、と。

 

 それは世界が壊れる音。

 それは未来が開かれる音。


 ()()()()がひび割れ、()()()()()が奏でる産声。

 



「……ファ!ルーファ!しっかりしろ!」


 いきなり身体が揺さぶられ、ガッシュの切羽詰まった声にルーファはハッと目を瞬く。


「こ、こは……?」


 目の前には汚染獣も死の大地もなく、ガッシュの焦った顔がルーファを覗き込んでいた。

 キョロキョロと辺りを見渡せば、目に映るのは美しい蒼穹(そうきゅう)の空。先程までの絶望に彩られた未来とは真逆の光景だ。

 ルーファがぼんやりと空を見上げていると、後ろから声がかかる。

 

「大丈夫だルーファ。それは起こることのない未来だ」


 気付けばルーファは背後から温かな腕に抱きしめられていた。


「ロキ……」


 ルーファが名を呼べば微かな笑い声と共に、吐息が白銀色の髪を揺らす。

 温かな舌先がルーファの涙を掬い取ったかと思えば、更に深く抱きしめられた。


(……温かい)


 ロキの温もりがルーファの強ばった心を、徐々に徐々に溶かしていく。

 

「未来が……変えられないの」


 ポツリと呟いたルーファは先程見た未来を思う。いや、その未来の一部は既に現実となった。 

 汚染獣の大群は解き放たれ、先発隊は街へと侵入を果たしている。知恵ある汚染獣率いる本隊が到着するのも時間の問題だろう。


(もう間に合わない)


 〈時空眼〉は良くも悪くも真実だけをルーファへ伝える。せめて神弓の効果が期待出来れば、まだ時間稼ぎができただろうに。


 (うつむ)いて涙を堪えるルーファの頭をガッシュが乱暴に撫でる。


「いいか?ルーファは1人で背負い込み過ぎだ。そもそも未来は皆で作り上げていくものだろう。何でオレ達を頼らない」


「頼、る……?」


 その言葉にルーファは激しく動揺する。

 何故だろうか。“自分が守らなくては”そう強く思っていた。自分の無力さを誰よりもよく知っているのはルーファだというのに。


 いつから間違えたのか。いつから思い込んでいたのか……その答えは直ぐに出た。

 


 ――カーライルとアイリス。



 この思いは2人のモノ。()()()()()()()()()調()()()()に抱いた強い願望(ねがい)だ。


 彼らには頼る者がいなかった。民をまとめる者は自分以外に1人としておらず、その命運を背負わざるを得なかったのだ。

 その精神の何と強いことか。それはきっとルーファにない強さだ。

 その強さに憧れて追い求めた……その結果がこれなのだろう。


 ルーファと彼らは違うのに。


 彼らにあって自分にないモノ

 自分にあって彼らにないモノ


 強さも決断力も経験も……ルーファにはない。

 ただその代りにルーファはもっと大きなものを持っている。


 天翔ける竜種も、国を動かせる大公も、彼らの側にはいなかった。

 そして何より汚染獣を駆逐できるだけの力を持つ家族の存在。



 ルーファには頼れる仲間がおり、選択肢があったのだ。



 「自分が頑張らなければ」「自分が助けなくては」……成程、それは確かに美しい自己犠牲の精神。

 だが同時にそれはこの上なく愚かしい。何故なら、それは他の選択肢を切り捨てる行為に他ならないからだ。

 これを傲慢と言わずに何と言おうか。


 選択肢から選ぶことと、端からその選択を切り捨てることは違う。

 前者は決断であり、後者は怠慢だ。 


 ならばルーファの為すべきことは決まっている。


「助けて!皆を……助けたいの!」


 ガッシュはニヤリと漢らしく笑い、ルーファを抱きしめていたロキの眼球が漆黒へと染まる。

 解放されたルーファの身体がくるりと反転し、その頬を両手で包んだロキがうっとりと囁く。


「ルーファ、命令してくれ」


 やや息を荒げながら迫るロキにルーファは困った顔を向け、ガッシュはと言えば完全に変態を見る眼差しだ……本人はロリコンだが。

 この時3人は忘れていた――最も過保護で、最も過激な存在を。



 カッ!



 ドガアアアアアアアアアアン!!!



 予備動作も魔力の高まりさえも一瞬。

 真横に薙ぎ払われた神竜呼気(ラグナブレス)に遅れること数瞬、凄まじい轟音と共に地平線が真っ赤に燃え上がった。 

 汚染獣も知恵ある汚染獣も一瞬の内に消滅し、空高く燃ゆる炎は何人たりとも侵入を許さない。その揺らめく炎は地上に顕現せしオーロラのように美しく、それでいてどこか禍々しさをも感じさせる。

 

 それは破壊の炎にして救いの炎。

 数多の汚染獣を滅し、その大侵攻を止めたフォルテカ最後の砦だ。  

 


『これで時間は稼げたであろう。安心せよ。そなたを傷つけたモノは全て我が滅ぼす故な』 


 



 竜王を怒らすことなかれ。


 ()は世界の不文律なり。

 



 







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