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消えゆく都

 トスっ!



「素晴らしい!流石はルーファスセレミィ様!」


「本当に」

「お見事ですわ」


 的の端に刺さった矢を見てシュヴァリエが褒め称えれば、それに追随した2人の女が拍手を送る。

 彼女たちはシュヴァリエと同じ竜種であり、本日のルーファの護衛で、赤髪の美女がダリア、緑髪の美女がエメラーダと言う。


「ふふふん」

 

 自慢げに胸を逸らしたルーファは構えていた弓を下ろした。

 シュヴァリエから「矢が出来た」と連絡をもらったルーファは、試し射ちをすべく迷宮へとやって来ているのだ。


 ここはルーファがドラグニルに創った2つある迷宮の内の1つ、竜王宮の山中にある超高難易度迷宮――竜迷宮――の最下層だ。

 深さ50階層の中級迷宮でありながら、1階層から深層――100階層以降――の魔物が現れる前代未聞の迷宮となっている。

 出現する魔物の全てが上位格魔法を有しているといえば、その規格外さが分かるだろうか。

 誤って人種(ひとしゅ)が入ろうものならば、瞬く間に迷宮の糧となることだろう。

 ちなみに、もう1つの迷宮は冒険者ギルド内に設置してあり、世界会議終了後に解放予定だ。


 


 さて、何故彼らが迷宮の最下層で弓の試し射ちをしているのかと言えば……世界会議にヴィルヘルムとガッシュ、ロキが参加することにより、ルーファの守りが薄くなるためである。

 今現在、多くのアグィネス教徒が竜王宮に滞在していることを考えれば、それは好ましい事態ではない。

 そこで、自分達が会議をしている間は迷宮で大人しく留守番していてもらおうと、シュヴァリエに試作した矢を持ってくるよう命じたのである。


 急な命令にシュヴァリエはここ数日、一睡もすることなく矢を作り続けたとだけ記しておこう。

 まあ、竜種であるため元より睡眠は必要ないのだが。

 


 疲労した様子など欠片も感じさせることなく、シュヴァリエはにこやかにルーファへと声を掛ける。


「気に入った矢はございましたか?」

「え~と……」


 ルーファは困り顔でシュヴァリエを見つめた。

 素人に毛が生えた程度の腕前のルーファに、矢の良し悪しが分かる筈もなし。

 確かに当たった矢と外れた矢があったのだが……それは矢が原因と言うよりもルーファの腕前が未熟な所為だといえる。

 

「もう一度射られますか?」


 シュヴァリエが目配せするとダリアが矢をルーファへと差し出す。


「あれ?」


 慌ててルーファが前方を見れば、的に刺さっていた矢はいつの間にか消えていた。

 流石は竜種、と感心しながら矢を受け取ったルーファは的へ向かって再度矢を放っていく。



 タン!



 中心こそ外してはいるものの全ての矢が的へと刺さり、ルーファは嬉しくなってシュヴァリエを振り返った。


「ルーファスセレミィ様の成長具合には驚かされます。見たところ3番目の矢が良いのではないかと思いますが、如何でしょうか?」

「任せるんだぞ!」


 秘儀:丸投げを繰り出したルーファにシュヴァリエは「畏まりました」と穏やかに頷く。

もし、この姿を冒険者が見たのなら驚愕に目を見開いたことだろう。


 シュヴァリエは世界屈指の鍛治師だ。


 既製品の武具でさえ他の鍛冶師の作品とは一線を画し、オーダーメイドに至っては冒険者ランクが変わるほどの凄まじい性能を誇る。

 故に、金さえ払えば購入できる既製品に対し、オーダーメイドはシュヴァリエが認めた一流の戦士にしかその腕を(ふる)うことはない。

 仮にルーファのようにいい加減な返事をしようものならば……叩きのめされるのがオチである。

  

 本来であればルーファなど門前払いレベルなのだが……竜族は例外なくルーファに甘い。

 元来、神獣とは竜族にとって守らねばならぬ存在であり、それが戦能力皆無な竜王の竜玉ともなれば尚更だ。

 詰まるところ、ルーファは竜族にとって非常に庇護欲をそそる存在なのだ。例えるなら、孫を見守る祖父母が近いだろうか。


 それはシュヴァリエも例外ではなく、この矢はルーファの身を守ることを前提に作り上げられている。

 「素早く射ることで敵を近づかせない」というコンセプトのもと、矢羽はルーファでも持ちやすいようになるべく小さく、(やじり)魔法金属(ミスリル)の使用を最低限に抑えることで更なる重量の軽減に成功している。

 その分、攻撃力は当初予定していたものより大分落ちているのだが……何も問題はない。

 何故なら使用している魔法金属(ミスリル)に特殊な魔物の素材を練り込み、強度そのままにある特性を付与しているためだ。



 それは――猛毒。



 掠ったが最期、どんな屈強な魔物であろうと数秒の内に死ぬ致死の矢だ。

 (やじり)は貫通力に特化した細く鋭いものを使用することで、確実に敵を仕留められるように工夫されている。

 敵に情けをかけぬ竜族らしい選択だと言えるだろう。

 そして何よりルーファが誤って手を傷つけたとしても、毒の効かぬルーファに影響はなく、正にルーファのために作られた逸品だ。


 余談だが、魔法金属(ミスリル)の強度を落とすことなく特性を付与することは非常に難しく、取り扱える鍛冶師は世界広しといえど僅かに5人。

 この技術を用いた剣は魔剣、槍は魔槍と呼ばれ、市場に出回ることすらない幻の武器である。

 


 



「ルーファスセレミィ様、腕が落ちております。もっと地面と平行になるように……」

「こ、こう?」


 ルーファは言われた通りに姿勢を直す。


 元々シュヴァリエは武器マニアが高じて鍛冶師になった男。

 弓の扱いも超一流……どころか、全ての武器を達人レベルで使いこなすことが可能なのだ。

 彼は〈大災厄〉直後にヴィルヘルムに創り出された最古参の竜種の1体で、5000年という長きに渡り、武器を用いた戦闘にその身を捧げてきた。

 そんな彼の前では、どれほど凄腕な達人であっても卵の殻がついたひよっこだ。

 そんな偉大な指導者だとは露知らず、ルーファは言われるがまま弓を引いていく。

  

「最初は正確さを意識して……身体が動きを覚えたら徐々にスピードを上げていきましょう」

「あい!」  

 

 元気よく返事をしたルーファは顔がにやけそうになるのを懸命に抑える。

 最近は安心安全な迷宮で薬草採取しか行っていなかったために、久々の冒険者らしい行動に嬉しくなったのだ。

 ルーファが次の矢を番えようとした瞬間……ソレは起こった。



 ――ザザザザザザザー!

 


「え?」


 目の前が真っ暗になったルーファは下へと落ちる。

 ルーファが地面に目を向けると……そこには地獄があった。



 赤く……全てが赤く染まっている。


 見渡す限りの汚染獣に、生きたまま喰われる人、人、人。


 大地を穢すは、流れ落ちる真っ赤な鮮血。

 空気を切り裂くは、響き渡る絶望の悲鳴(うた)

 

 死の瞬間、伸ばされた手は何を求むのか……

  

 

 


 遠く、遠くに石造りの武骨な城が見える――それは最期の砦。


 逃げ遅れた人々が一心不乱に城門を叩き、その背に飢えた獣が迫りくる。

 されど扉が開くはずもなく、ただ赤い手の跡を門へと刻んだ。

 


 ビチャビチャビチャビチャ

 グチャグチャグチャグチャ



 ――音が聞こえる。


 何かを(すす)る音が

 何かを喰らう音が


 最早そこには何もない。


 人も、血も、一欠片の存在すらも残さずに 

 悲鳴も、嘆きも、絶望すらも残さずに


 全てが喰らわれ消え失せた。

 そして……飢えた獣が最後の餌場へと殺到する。






(……ああ、もう間に合わない)


 堕ち行く中でルーファは涙する。

 これは変えることの出来ぬ過去。ルーファはただ見ていることしか出来ないのだから……



 …………



 …………



 ……否、違う。



 例え彼らの命は助けられずとも、これから失われるであろう命はまだ助けられる。

 映像は……ここで終わりではないのだ。


(止めなくては……この惨劇を!)

 

 ルーファは決意を込めて顔を上げた。











「はあ!はあ!はあ!」


 ルーファは気付けば黒い森の中を走っていた。

 逃げることだけを考え、ただ只管(ひたすら)足を動かすルーファの背後からは木々がなぎ倒される轟音が聞こえる。


(無理だ。逃げ切れない)

 

 そう思ったルーファは服を引き千切ると、躊躇(ためら)うことなく指に噛みつく。



 ブツリ



 滴り落ちる鮮血をそのままに、服の切れ端に指で血文字を書いていく。急がなくては……もう時間はないのだから。

 ルーファが小さく名を呼ぶと、バサリ、という羽音と共に鷹に似た魔物が腕へと止まる。

 素早くその足に布を括り付けたルーファは、鷹を上空へと放つ――その翼に希望を託して。


「行け!冒険者ギルドへ知らせるんだ!」


 



 バサリ、バサリ



 ルーファは空を飛ぶ。


(急げ急げ!それが主人の命令なのだから)


 何時間も休みなく飛び続けると、(ようや)く眼下に見慣れた建物が見えた。

 ルーファは羽を動かし急降下する。

 運が良いことに扉が開いたままになっており、そこから室内へと入り込んだルーファは、自分の存在を知らせるべく甲高く鳴いた。







 ルーファは書類に記入していた手を止めて顔を上げた。

 何やら外が騒がしいようだ。ルーファが呼び鈴を鳴らすより早く、ノックもなしに扉が開かれる。


「ギルドマスター!大変です!これを!」


 いつもは冷静な副官の慌てた姿に、ルーファは嫌な予感を覚えながらも彼から渡された紙……いや、布を見る。

 そこには血で書かれた文字があった。



 森 汚染獣 大群 逃げろ



 唯それだけだ。だが、唯それだけの文字が……重い。

 ルーファは震える手で布を握り締めると副官に怒鳴る。


「誰が送ってきた!?」

「運んできた従魔の主はBランクパーティ“断崖の月光花”です!魔木(トレント)の素材依頼を受けたのを確認しました!」


魔木(トレント)……原魔の森か。ここから数日はかかるはずだ」


 まだ猶予はある、そう思いたい。

 だが同時に最悪の事態を想定しなくてはならない。


「転移陣と通信の魔道具はまだ使えるのか?」

「確認したところ、もう既に……」


 ルーファは天を仰いだ。

 恐らく猶予は殆どないのだろう。


「煙弾を上げ各地に報せろ!内容は……汚染獣襲撃、援軍の必要なし、至急避難せよ、だ!」


 汚染獣襲撃は赤、援軍の必要なしは緑、至急避難せよは黄色となる。

 ルーファの言葉を聞いた副官から悲痛な声があがる。


「街の住人を見捨てるのですか!?」


 カッとなったルーファは副官の胸倉を掴み上げると、鋭く睨みつけた。

 ルーファとて好きでこのような命令をするのではない。だが、ここで判断を誤れば国が滅亡するのだ。

 冷静に考えれば援軍が来るより早く汚染獣が襲って来るだろう。

 どの道助かる可能性は限りなく低い。ならば、この街を切り捨てた分だけ他の街が助かる可能性が上がるというもの。

 それに……ルーファだとて、元より皆をみすみす死なすつもりはない。


「援軍を待っても死ぬだけだ。その前に街を出る」

「老人や子供もいるのですよ!?追い付かれて喰われる以外の未来があるとでも!?」


「ある!」


 ルーファは力強く叫ぶと同時に自嘲する。

 これは、ただ助かる道があるのだと信じたい自分の弱さ。

 そうでなければ……自分の選択が愛する街の住人を殺すことになるのだから。 


 この街に代官はいれども領主はいない。


 領主カーライル・ヒュースティンは幾つもの街を統括しているため、ここより中央にあるフィランセの街を拠点としているのだ。

 それ故……有事――この場合魔物暴走(スタンピード)などの武力を必要とする危機――の際の権限はカーライルより冒険者ギルドマスターである自分に一任されていた。


(焦ってはダメだ……堂々としていなくては)


 これより自分が最高責任者になるのだ。

 ルーファは副官を掴んでいた手を放し、励ますようにその手を肩へと乗せる。


「いいか、汚染獣はここを襲った後何処へ向かう?」

「それは……人の多い公都方面へ……」


 ハッとしてこちらを見る副官にルーファは堂々と頷いて見せる――内心の焦燥を押し隠して。


「我々は荒野へ……いや、聖地へと向かう。神獣様の力が満ちている場所だ。汚染獣も近づけまい」


 これは確証のない希望にすぎない。

 汚染獣全てが公都へ向かうのかも、聖地が本当に守ってくれるのかも分からない。だがそれでも……信じるしかない。

 落ち着きを取り戻した副官が謝ってくるのを「気にするな」と慰めたルーファは矢継ぎ早に指示を出す。

 汚染獣との戦いは時間との勝負だ。直ぐに住民の避難を開始しなくてはならない。



 ルーファは走り出す――最後まで足掻くために。






 


 ――ザー!ザ、ザ、ザザー!

 

 気付けばルーファは大きなテレビの前にぼんやりと座っていた。

 ルーファが瞬きするのと同時に、白黒の画面がパッと切り替わった。


 それは一番最初に見た滅亡の光景と変わらない――数多の汚染獣と喰われゆく人々。

 いや、違う点もある。そこにあるのは重厚な石造りの武骨な城ではなく、青き蒼天を思わせる美しき城だ。


(ああ、そうか)


 ルーファは唐突に理解した。これは()()()()()()出来事なのだと。

 ならば、これは変えることの出来る未来だ。


「行かなきゃ」


 そう呟いたルーファの姿が空気に溶けるように消え、後には再び色を無くしたテレビだけが残った。




























 ――ザー!ザー!ザー……カチっ



 誰もいない空間で、映像が再び切り替わる。

 画面に映し出されるのは歪な笑みを浮かべた仮面の人物。

 年齢も性別すらも分からぬその人物はただ眼下を――破壊の限りを尽くす汚染獣を見下ろしていた。


「アはっ!アははははははは!喰え!喰え!食え!もっと!もっと!もっとだ!殺せェェェェ!全てを壊せェ!憎イィィィ!憎イィィィィィィィィィィィィ!!!」


 仮面に爪を立て怨念に身を浸しながら、彼……もしくは彼女は怨嗟(えんさ)を撒き続ける。

 それは一体どれほどの怨みなのか……。



 ギギギギギィ……パキン!



 やがて憎しみに耐えかねたかのように仮面に罅が入り、同時にソレはピタリと動きを止めた。


「ああ、そう、そうだ。まだ復讐は始まったばかり。さあ、存分に私を楽しませてくれ……」




 ――ブツン、ザーザーザザー!






 



    


  


 

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