世界会議の開始
その部屋を一言で言い表すのは難しい。
強いて言えば、謁見の間と講義室を掛け合わせたもの、というのが近いだろうか。
正面の一際高い場所には豪奢な玉座が設置され、それを基点に半円状に机と椅子が並べられている。
出入口は背面にある両開きの扉のみで、そこから玉座まで一直線に赤い絨毯が敷かれ、上から見れば赤い道が部屋を真っ二つに割っているかのようだ。
ここは竜王宮にある特別会議室。
普段であれば玉座へと至る階段の下にセルギオスの席が設けられ、誰も座ることなき空虚な玉座が高みから見下ろしているのだが……今日は明らかに様子が違う。
セルギオスが控えるのは玉座の横であり、幅広い階段の左右に並び立つのは20人の美男美女たち。
ピクリとも動かぬ彼らの姿は彫像のようでありながら、その身から溢れる濃密な魔力が彼らの正体を如実に物語っていた。
SSSクラス――天災級――の化け物、“竜種”だ。
竜種が従うのはこの世でただ1人。
玉座の主が誰なのか……それは言わずと知れるというものだろう。
さて、それでは会議室の様子を見てみよう。
今回入室を許されているのは、各国の代表者とその護衛2名……これだけで150名近い人数となる。
今は世界会議直前ともあり、既に全員が席についている状態だ。
これだけ集まればさぞ賑やかだろうと思われがちだが……残念ながら竜種が整列している中で騒げる剛の者はいないようだ。
権力者が一堂に会する場での席順は重要な意味合いを持つ。
大国は当然上座。
弱小国は下座へと案内されるのが常識であるのだが、大国はともかく数の多い中小国家の順番を決めるのは面倒くさ……ゴホン!後々禍根が残る可能性があるために、今日は珍しくも自由席となっている。
その結果、扉を背に右側がアグィネス教国家、左側が多種族国家と綺麗に分かれ、まるで世界情勢の縮図を見ているかのようだ。
その中でガッシュが何処に座っているのかと言えば……最も玉座に近い場所だ。
元々リーンハルトは4大国――ドラグニル、リーンハルト、ナスタージア、ベリアノス――の一角。
今まで注目度が低かったのは、アグィネス教国家群により西部に押し込められていたからに他ならない。
そのため影響力は他の3国と比べやや低いものの、技術力・軍事力だけならばドラグニルに次ぐ実力を持つと言っても過言ではない。
その反面、アグィネス教により経済封鎖されているリーンハルトの経済力はやや弱いが……ドラグニルが貿易窓口を一手に引き受けているので、そこまで影響は大きくはない。
まあ、ドラグニルとしても西部産出の希少品を独占出来るためウハウハなので、これも持ちつ持たれつというやつなのだろう。
そして神獣保有国となった現在、多種族国家群の中で序列2位(1位は当然ドラグニル)に繰り上がり、最も玉座に近い場所へ腰を下ろすことになったのである。
「竜王閣下の御成~り~」
開始時間きっかりに扉が開かれ、竜種が一斉に膝をつく。
それを合図に今まで前を向いていた人々が一斉に背後を振り返り、扉を凝視した。
だがおかしなことに集まった視線の先には誰の姿もなく、ただ開いた扉だけが虚しくその姿を晒していた。
騒めきがさざ波の如く室内を走り、訝し気に視線を交わす参加者たちの身体が……強張る。
それは――魔圧。
竜種が霞む程の魔力が室内を漂い、彼らは震える身体を発生源へと向ける。
そこには……玉座に座る1人の男の姿。
漆黒の髪は下へいくにつれ深い緋色へと変わり、金色の眼が冷たく彼らを見下ろしている。
何の感情も見出せぬ白磁の顔は、芸術の神が全ての力を集結させて創り上げた最高傑作だと言われても納得できるだけの美しさがあった。
だが……何よりも彼らを圧倒したのは、押し潰されそうなまでの存在感。
色取り取りの宝石で飾られた玉座でさえ、今では王の存在を引き立てるただのわき役だ。
雷に打たれたかの如く、誰も動くものはなし。
衣擦れの音も、息遣いさえ聞こえはしない。
彼らは瞬時に理解した……否、理解させられたと言った方が正しいか。
彼が……彼の者こそが伝説の“竜王”なのだと。
彼らの背筋を這い上がるのは断罪への恐怖か……それとも拝謁できた喜びか。
いや、それは魂源からの“畏怖”だ。
何故なら、終焉と自然を司るヴィルヘルムの本性は、荒ぶる自然そのものなのだから。
其が齎すは恵みの雨に非ず、全てを洗い流す無慈悲な豪雨なり。
其が齎すは温かな陽の光に非ず、全てを焼き付くす灼熱の太陽なり。
其が齎すは優しき夜に非ず、全てを凍てつかせる絶対零度の極夜なり。
人が人である限り、自然を畏れずにはいられない。それは本能だ。
自然の暴威の前では、人はただ祈ることしか許されぬのだから――その冷たき金色の眼が自分たちを映さぬように、と。
静寂が支配する中、ヴィルヘルムは何の感慨もなく口を開いた。
「始めよ」
今回、司会進行役を務めるのはセルギオスだ。
当初はヴィルヘルムへ恐れを多分に含んだ視線が向けられていたが、セルギオスの話が進むにつれそれも徐々に消えつつあった。
今では全員が資料を見つめ、セルギオスの話を聞き逃すまいと集中している。
まず、語られたのはカサンドラ襲撃の詳細。
何者かが汚染獣を従えていた形跡があることは伏せられ、知恵ある汚染獣の存在と、汚染獣の知能の上昇及びそれに於ける行動の変化――学習、連携、自己犠牲行動など――が説明される。
説明を聞いた各国の反応はといえば……余り芳しくはない。
そもそも今回被害に遭ったリーンハルトとフォルテカは、荒野に面した唯2つの国であり、常日頃から対汚染獣戦を想定した武器の作成・訓練を行っていた。
彼らが汚染獣を相手に撃退、もしくは足止めに成功した最大の理由は、汚染獣に対する備えだと言える。
それを踏まえれば、果たして汚染獣など見たことすらない他の国々が同じことが出来るのか。
彼らが平時相手取るのは人か魔物であり、汚染獣は専門外だと言わざるを得ない。
勿論、彼らも汚染獣の恐ろしさは伝え聞いてはいるのだが……どこか遠い国の化け物と言った何とも曖昧な認識である。
そんな現実味のない敵に対して彼らが楽観視しないのは、この世界には国が滅亡するレベルの魔物が普通に存在しているためだ。
国を亡ぼす魔物<汚染獣=めっちゃヤバいという方程式である。
結局のところ、汚染獣の真の恐ろしさとは相対したことのある者でなければ分からないのだ。
そしてそれはセルギオスも理解しており、これから話すのは汚染獣の恐ろしさではなく、具体的な対策についてだ。
「……汚染獣が現れれば転移陣も通信系の魔道具も使えん。いざという時のための通信手段は確保しておく必要があろう。現にフォルテカは煙弾を用いて襲撃をいち早く知り、救援が間に合った形じゃ。念のためにこれを渡しておくぞ」
そう言ってセルギオスが掲げるのは指輪型の魔道具だ。
「これは刻印魔法ではなく付与魔法が込められておる。一回だけの使い切りじゃが、使用すれば必ずドラグニルへ繋がるものじゃ」
付与魔法は事前に魔力が込められているために、魔力の低い者が使っても必ず発動するのが強みとなる。
刻印魔法は壊れぬ限り半永久的に使用できるものだが……使用者の魔力を必要とするために遠方の国ではドラグニルまで通信が届かないのだ。
ただし、これも通信系の魔法であるために瘴気が濃くなれば当然使用できない。
どれだけ早く汚染獣の存在を感知できるかが、助かるかどうかの要となるだろう。
待機していた竜人族が各国の代表者に魔道具を配り終えたのを見計らい、セルギオスは次の対策に移る。
「次に効果的な武器じゃが……大量の汚染獣相手では魔銃と聖魔導砲以外の武器は逆効果だと言うことが判明しておる。特級魔法も汚染獣に力を与える餌にしかならん。魔銃と聖魔導砲の生産は急ピッチで行っておるので、購入したいのであれば受け付けよう。金額は資料に記載されている通りじゃ」
その金額は儲け度外視のギリギリ損が出ない価格となっており、これに文句を言うものがいれば間違いなく無能のレッテルを張られることだろう。
ドラグニルとしても汚染獣の数が増えればその分竜族からも犠牲が出る確率が上がるため、救援に駆け付けるまでの時間稼ぎだと割り切っている。
だが……セルギオスはここで最も効果的な兵器の存在を秘匿した。
それは神獣が創り出す聖具だ。
先日の神獣との会談で聖具の提供を確約されているドラグニルだが……神獣は僅かに5柱。
全ての国に行き渡らせるだけの数が用意できるのは一体いつになることやら。
そうなれば不平不満が溢れ、味方同士で争う事態にもなりかねない。いや……最悪、直接神獣を奪おうとする輩が出てもおかしくはないのだ。
どこまでも愚かなる種――それが人種なのだから。
これがセルギオスが聖具の存在を秘匿した理由である。
そして……会議は本題である勇者の話しへと突入する。
「〈大災厄〉で召喚された勇者は例外なく黒髪黒目の姿をしておった。顔の彫は全体的に薄く、黄みがかった肌をしておるのが特徴じゃ。参考資料として勇者マサキの写真を載せておるが……誰か心当たりのある者はおるか?」
全員の目が黒髪黒目のガッシュに突き刺ささり……直ぐに逸らされた。
ガッシュの表情が憮然としているのは気のせいではないだろう。
流石にセルギオスも苦笑しながら説明を付け加える。
「言い忘れたが……異世界人は人族と同じ姿じゃ。他の種族の特徴があれば除外しても良い」
「1つ質問が」
スッと手をあげた同盟国の男に、セルギオスは頷きで答える。
「黒髪が特徴だといっても帽子やカツラで幾らでも誤魔化しがききます。そうなれば目の色で判断するしかありませんが……それだけで拘束してしまえば、迫害に繋がりかねませんぞ」
黒い髪と目は異世界人の末裔か……もしくは叡智ある魔物の血脈の証。
故にこの色彩を持つ者は固有魔法が発現しやすいことは広く知られている。
だが……ここでもし「黒髪黒目は汚染獣に変わる」という噂が蔓延すれば、その特徴を持つ子供が間引かれる可能性がでてくるだろう。それは国にとって手痛い損失だ。
「確かに大きな特徴は黒髪黒目じゃが……勇者は種族スキル〈言語理解〉と〈身体強化〉を持っておる。真実の水晶で見れば直ぐに異世界人かどうかは判断できよう。怪しき者は神殿に連行せよ。其方とて街中に汚染獣が出現する事態になりたくはなかろう?」
「それはそうですが……真実の水晶は希少ですぞ。ある程度大きい街でなければ置いていませんし……小国では国に数個しかない所もございましょう」
「分かっておる。神獣様にご協力頂き、真実の水晶も量産中じゃ」
「おお!既にそこまでお考えに!差し出がましいことを申しました」
躊躇なく頭を下げた男にセルギオスは鷹揚に頷いた。
そこにはセルギオスに対する敬意とヴィルヘルムに対する畏怖が透けて見えた。
世界会議が進行する中、ヴィルヘルムはただ静かに眼下を見下ろしていた。
この中に勇者召喚に関わっている者はいない……ヴィルヘルムはそう断じる。
元よりこの結果は彼の予想の範囲内であり、特に思うこともない。
と言うか、心に疚しいことがある者は必ず代理を寄こすと確信していた手前、予想通りと言ったところか。
この世界には読心や自白、虚偽看破など、相手の思惑を見破るための固有魔法が存在する。
当然、ヴィルヘルムは配下の中にそういった力を持つ者を配置しており、勇者召喚を実行している者もそのことを念頭に入れて警戒している筈である。
そのため、彼らが取る行動としては何も知らない代理を寄こすか、相手の力を妨害できる固有魔法士を差し向けるか、だ。
ヴィルヘルムとしては何らかの固有魔法で妨害なり防御なりしてくる方が手間が省けて良かったのだが……世の中そう上手くはいかないようだ。
【怪しい者はあるか?】
ヴィルヘルムの問いに全ての眷属が【否】と答える。
やはり、当初の予定通りベリアノスとナスタージアに狙いを定めるべきか……そう思った矢先、ロキから連絡が入る。
『少し気になることがある。ジターヴの国王……カインと言ったか、そいつの視線が何度かベリアノスの代表へ流れた』
『ほう……』
ヴィルヘルムは視界そのままに、カインの存在だけをズームアップする。
心拍数や脳波に乱れはなく至って正常で、ただ気になるのは時節何事か考える素振りを見せていることか。
いや、他の者も多かれ少なかれ今後の方針について頭を悩ませていることを考えれば、それは特別異質な事ではない。
『そなたはナスタージアとベリアノスを中心に張っていたであろう。何か気になることはあったか?例えば……奴隷についてはどうか』
『ベリアノスが奴隷の催促をしていた話は聞いたが……それぐらいだ。ジターヴが奴隷で成り立っていることを考えれば別段おかしくはないだろう?』
『なるほど……よい情報だ。そなたはこのまま探れ』
『おい!理由を……チッ!』
ロキの質問を無理矢理シャットダウンしたヴィルヘルムはセルギオスへと回線を繋いだ。
司会役である彼は勇者の特徴について語っている最中だったが……それを考慮するヴィルヘルムではない。
急に話しかけられたにもかかわらず、僅かの動揺も見せぬセルギオスは流石と言うべきか。
いや……そもそも、この程度のことを同時進行できる頭脳がなければ、ドラグニルの代表など務まるはずがないのだ。
【セルギオス、ジターヴがベリアノスへ売った奴隷の売買記録を調べよ。期間は……過去10年間】
【畏まりました。即座に】
回線は維持したまま、ヴィルヘルムは何とはなしにセルギオスが部下へ矢継ぎ早に命じているのを聞く。
もし、ヴィルヘルムの予想が正しければ、勇者を召喚しているのは――ベリアノスだ。
~ある日の日常の一コマ~
セ「ルーファスセレミィ様、ドララのカタログ通販でご注文のイセエビをお持ちしました」
ル「お~!待ってたんだぞ!モグモグ。あ、セルもこれ食べる?」
セ「おお、ありがとうございます!モグモグ。ところでこれは何と言うフルーツですか?」
ル「え?神樹の実だけど?」
セ「ブッフゥー!」
ル「汚っ!も~汚れちゃったんだぞ!」
セ「も、申し訳ありません。あまりに予想外でして……。時にルーファスセレミィ様、あそこに置いてある皮と種は……」
ル「あ、あれね。神樹の実の残りカスだけど……いるなら持って帰っていいんだぞ!」
セ「ありがとうございます!(ギラリ)」
ル「え?ホントにいるの?冗談だったんだけど……」
セルギオスは真実の水晶の素材を手に入れた!




