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前夜祭

 現在、ドラゴは今までにない興奮に包まれていた。


 パレードを見物しに来た大通りを埋め尽くさんばかりの人、人、人。

 至る所で開催されているのはプロ顔負けの催し物だ。

 音楽にダンス、そして魔法を使ったパフォーマンスに簡易劇場。

 その周りでは美味しそうな匂いを漂わせる屋台が訪れる人々の食欲を誘い、空を見上げれば魔法で作られた色取り取りの花火が闇夜を美しく照らし出す。

 どれも夢のように華々しく煌びやかで、まるでおとぎの国に迷い込んだかのよう。



 ――今日は世界会議前夜



 全ての国の代表が一箇所に集まることなど、歴史上……否、この世界が始まって以来初めてのこととなる。

 その上、この前代未聞の世界会議を提唱したのが伝説の“竜王”ともなれば、人々の興奮も(いや)が上にも高まると言うもの。

 いや、それは不安の裏返しか。何故なら、竜王が各国へ干渉するレベルの異変が進行しているという証なのだから。

 



 世界会議間近ということもあり、各国の代表者は既に竜王宮入りを果たし、現在は与えられた場所で自由気ままに過ごしている。

 まあ、そうは言っても滅多にない機会ということもあり、大人しく部屋で過ごす者などいはすまい。

 大規模な歓迎パーティーが明日の夜開催されることを考えれば、今夜は前哨戦といったところか。

 ここは既に、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣くう外交の場なのだから。


 新たな友誼を結ぶ者、敵対国を陥れようと動く者にそれを邪魔しようとする者……彼らは言葉と情報を武器に戦う戦士だ。

 腹の探り合いに、根回し、懐柔、そして時には人を陥れることすらも笑顔で行われ、この場に清廉潔白な人物がいたのなら憤りを覚えたことだろう。

 だが……この戦いこそ、戦争を回避し平和をもたらすためのもの。

 清濁併せ呑む覚悟なき者が、この戦場に立つ資格はない。



 


 ここにも外交という名の戦場が1つ。


「紹介しよう。こちらはドラグニル竜公セルギオス殿だ」

「セルギオス・テオ・エペル・ヴィルヘルムじゃ。よろしく頼むぞ」


 ガッシュの紹介に合わせて、にこやかに微笑むセルギオスの前には1組の男女がいた。


「こちらがフォルテカ大公キアラ殿と、シリカ国王アクラム殿だ」


「わたくしはキアラ・ファウス・マギ・フォルテカと申します。お会いできて光栄ですわ。どうぞよしなに」

「アクラム・ヴァン・ジュール・シリカと申します。竜公閣下のご高名はかねがね伺っております」


 完璧な淑女の礼を取るキアラに対し、アクラムの動きは武人のそれだ。

 智のフォルテカに武のシリカ、相反する道を歩む2人の目には隠し切れぬ尊敬の色が窺える。

 それもその筈、セルギオスは700年近くに渡り、ドラグニルを導いてきた偉大なる先駆者なのだから……いや、それでけではない。


 国を預かる彼らはセルギオスが何を為してきたのかを知っている。


 莫大な国力と軍事力を有しながら、ドラグニルがその力を振るうは私利私欲のために非ず。

 平和を維持し、絶妙なバランスで世界の均衡を保っている存在こそがセルギオスなのだ。

 アグィネス教国家群と多種族国家群が未だに大規模戦争に突入していないのは、間違いなく彼の手腕の為せる業。


 では内政はどうかと言えば……これもまた素晴らしいの一言に尽きる。


 各種社会保障の完備に技術者の育成、学力の向上……ドラグニルが行った施策を各国が我先にと真似することもよくある話。

 ドラグニルの発展振りを一目でも目にしたのなら、セルギオスが如何に類い稀な指導者であるかが分かるだろう。

 ただし、ヴィルヘルムが関わった瞬間に、セルギオスは明後日の方向に暴走を開始するのだが……これは言わぬが花か。



  

「今から言うことは極秘事項じゃ。分かっておろうな?」


 席に着くなり切り出された言葉にキアラとアクラムは緊張した面持ちで頷いた。

 ガッシュからセルギオスとの会談を持ちかけられた際に、このことは(あらかじ)め打診されていたため返答に迷いはない。


「勇者召喚が行われ、知恵ある汚染獣が誕生したことは知っておるじゃろうが……それが行われた場所が西部諸国である可能性が極めて高い」


 その言葉を予想していたのか、2人の顔色に変化はない。

 いや、彼らからしてみれば、知恵ある汚染獣率いる汚染獣の大群が西部に現れた時点で覚悟していたことだろう。

 だが、悲しいかな。大きな災厄とは得てして常識という概念を軽く凌駕(りょうが)するもの。

 続く言葉に彼らは真の恐怖を知ることとなる。


「汚染獣襲撃の痕跡を辿った結果……人為的な痕跡が見られた。召喚を行った何者かは汚染獣を操る術を持っておる。どの程度操れるかは不明じゃがな」


「まさか!」 

「馬鹿な!」


 立ち上がった2人の顔から血の気が引いた。

 特に顔色が悪いのはキアラだ。彼女は弱っていたとはいえ汚染獣と相対した過去がある。

 僅か5体でフォルテカが滅亡の危機に立たされたことを考えれば、その脅威は言うまでもないだろう。


 もし汚染獣を兵器として利用することが可能ならば、世界の軍事バランスは崩れたも同然。

 何せ世話をする必要がないどころか、放っておいても勝手に増えていく生体兵器だ。

 ソレを世界各地に解き放てば……果たして何カ国が生き残れるのか。


「問題はそれだけではない。あれだけの数の汚染獣を運べる転移魔法士が敵方についておる」

 

 それは防衛も救援も意味をなさないことを意味する。

 敵を拒む高い外壁が一転、人々を閉じ込める檻へと変わり、助けを呼ぶ暇さえなく民は汚染獣に喰いつくされることだろう。

 それは最早戦いですらない――ただの蹂躙(じゅうりん)だ。


其方(そち)らにはベリアノスを調べてもらいたい。ここ数年で何か異変がなかったかをな」


「それでしたら……わたくし共よりガッシュ殿にお願いした方がよろしいかと存じますが」


 フォルテカとシリカはリーンハルトと比べるのも烏滸(おこ)がましいほどの小国だ。固有魔法士を含め、動員できる人数が圧倒的に違う。


「ガッシュにはリーンハルトを優先的に調べてもらっておる」

「裏切者がいるということですか?」


 アクラムの目が細められ、問いかけるようにガッシュへと向く。

 対するガッシュは自国内の不祥事なれど隠す気はない。ことは既にリーンハルトだけに留まる問題ではないのだから。


「不審な動きをする貴族がいる。前々から目を付けてはいたが……最近はやけに活発に動き回っているようだ。気を付けろ。下位貴族どころか高位貴族までアグィネス教が浸透している。奴らの根は深いぞ」


 これは忠告だ。

 国における人族が占める割合はリーンハルトよりもフォルテカ、そしてフォルテカよりもシリカの方が圧倒的に多い。

 特にシリカの祖はベリアノスの一貴族だったこともあり、国民の6割近くが人族となる。それはアグィネス教が根付きやすい土壌だと言っても良い。 

  

「ガッシュ殿は此度(こたび)のことにアグィネス教が関わっていると、そう思っていますのね」

「確証はないが……ベリアノスが汚染獣の襲撃で兵を動かした痕跡がない」


 確かにベリアノスは荒野に面してはいない。

 間にフォルテカ、アンセルム、シリカを挟んでいるからだ。

 だがフォルテカを始めシリカとアンセルムも国土が小さく、抱えている軍も小規模だ。

 軍属の固有魔法士も10人前後で、汚染獣に侵入を許せばあっという間にベリアノスまでその牙は届くだろう。


 汚染獣の力を甘く見積もっているのか、それとも……()()()()()()()()()()()のか。

 

 いずれにしても、ガッシュが不審を抱くのに十分な理由だ。

 何より、ガッシュはジャイヴァロック・ネオ・ギリス・エターナ・ベリアノスを知っている。老獪(ろうかい)で執念深い男だ。

 今まで何度この男に煮え湯を飲まされたことか。

 アカッシクレコードがなければ今頃領土を切り取られていた可能性も否定できぬ程だ。


 そんな男が大量の汚染獣の発生を知ったらどうするか。

 

 何もしない?否、有り得ない。

 ()()()()。ジャイヴァロックは暗愚な王ではないのだから。



 

 




  




   


 キアラとアクラムが退席し、部屋に残っているのはガッシュとセルギオスのみ。 


「いかがでしたか、我が君」


 2人しかいないと思われた部屋に生じた影からヴィルヘルムが姿を現す。


「あの2人は勇者召喚に関わってはおらぬ」


 ヴィルヘルムは影の中から2人の反応をつぶさに見ていた。心拍数、発汗、果ては脳波まで。

 

 キアラとアクラムに協力を求めたのも、特に成果を期待してのことではない。

 ベリアノスには竜種を筆頭に、ドラグニルの間諜が多数入り込んでいるのだから。

 先程の会話の目的は協力を取り付けることではなく、彼らが勇者召喚に関わっているかを調べるためのものだ。

 まあ、ついでに警告の意味もあるが。 


「ではフォルテカとシリカは調査対象から外しましょう。やはり、ベリアノスに人員を増やしますか?」

「それは世界会議を終えてからでよい。疑わしい国は他にもある」


 今回の世界会議で国王代理を送ってきた国がある。

 西部ではベリアノスとアンセルム、中部ではナスタージアとその子飼いの国々だ。

 海洋国家であるジターヴもアグィネス教を国教としているのだが……ナスタージア神聖騎士団の駐留を断り続けている為、その影響力は小さく、今回はアグィネス教国家の中で唯一国王が参加している。


 つまり、アンセルムがナスタージアの属国と化していることを考えれば、ベリアノスとナスタージアの2国に絞れると言うことだ。 

 

「恐らくはナスタージアの命でしょうが、アグィネス教支配圏全域が代理を送ってくるとは……舐めた真似をしてくれる。許可を頂ければ直ぐに滅ぼしてまいりますが、如何でしょうか?」


「構わぬ。だが、勇者召喚陣だけは見つけ出して必ず破壊せよ」

「ハッ!必ずや!」


「待て待て待て!」


 キビキビとした動きで退出しようとするセルギオスを、すかさずガッシュは掴んだ。

 このまま行けば間違いなく大陸の3分の1が焦土と化すことだろう。


「邪魔をするな、ガッシュ」


 煩わし気に眉を顰めるセルギオスと、無表情に腕を組んでいるヴィルヘルムに向けてガッシュは一言告げる。


「ルーファに嫌われるぞ」


 ピタリ、と動きを止める2人。

 

「世界会議に代理を出した国だけ滅ぼせば、誰が関わったかは丸わかりだぞ?証拠がなくても人は噂するし、ルーファの耳にも必ず入るだろうな。そうなったら……」


 ガッシュは一度言葉を止めて2人を見つめる。


「嫌われる……いや、もしかしたら一生口を利いてもらえないなんてことも……」

「セルギオスよ。ルーファに気付かれぬ方法を考えよ」


 即座に前言を撤回するヴィルヘルム。

 普段は頭脳明晰なヴィルヘルムだが、ルーファが絡めば基本ポンコツである。


「ハッ!でしたらジターヴに探りを入れてみましょう。ベリアノスと懇意な国なれば何か知っておるやもしれません」



 こうして「疑わしきは滅ぼそう計画」はガッシュの機転により無事回避されたのだった。 




 



~神獣の集い・その後~


ル『皆帰っちゃったんだぞ』


カ「神獣は神域を長いこと離れる訳にはいかぬからのぅ」


ル『母様はいいの?』


カ「妾には聖獣がおるゆえ、1日2日は大丈夫じゃ」


ル『ふ~ん、モグモグ』




カ「ところで……ルーファもこれで一国の守護神獣。一人前と言ってもよい。公の場に出る時は言葉使いを改めなんし。“オレ”と“だぞ”は使用禁止じゃ」


ル『えー!何で!?』


カ「よいかえ?神獣は人種を導く存在。乱暴な言葉や品のない言葉は相応しゅうない。そうよなぁ……不適切な言葉を使う度にお尻ぺんぺんじゃ」


ル『げぇ!?』


カ「げぇ……?(ギロリ)」


ル『なななな何も言ってないんだぞ!』


カ「……まあ、良い。1回につき5ペンじゃ。ガッシュ殿によ~くお願いしておきんしょう」


ル『待って!ガッシュにお尻ぺんぺんされたら、オレのお尻が凹んじゃうんだぞ!!』


カ「ほほほ!面白い冗談よなぁ。凹んでもすぐ元に戻せばよいではないかえ」


ル『そ、そんなぁ~』


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