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神獣同盟

 神獣が親交を深めている中、隣の部屋では円形のテーブルを囲むように、ガッシュを含めて5人の男が座っていた。



 一際目立つ巨体を誇るのは、ギガント王国が国王メガロ・ヌイ・ギガント(守護神獣:母なる神獣カトレア)。


 メガロに負けず劣らずの迫力を持つのは、固有魔法士でもあるバッカス火山王国が国王アルコー・ジル・サヴァイ・バッカス(守護神獣:炎の神獣サラシアレータ)。


 先の2人とは対照的に、女と見紛(みまが)うばかりの美貌に微笑みを浮かべているのはエルシオン森林王国が国王ゴルシュミット・サーレ・エルシオン(守護神獣:緑の神獣レンフォードレンジエル)。


 数多の女性を虜にする美貌と、〈浄化〉が使える光魔法士として“南海の奇跡”の呼び名を(ほしいまま)にするラーメル海洋連邦国が元首リアム・アイオイ・シェネリーゼ(守護神獣:水の神獣レヴァイス)。


 最後にご存じ、最近トラブル続きで苦労している獣王国リーンハルトが国王ガッシュ・リーンハルト(守護神獣:迷宮神獣ルーファスセレミィ)。





 いずれも知らぬ者がいないほど有名な国々だ。

 そして……ギガント、バッカス、エルシオン、ラーメルが固い絆で結ばれていることもまた有名な話である。


 その理由を語るには過去を振り返らねばならぬだろう。


 ことの起こりは、今は無き大国クマラがサラシアレータを手に入れようとバッカスに攻め入ったことに端を発する。

 この出来事は傍観者であったギガント、エルシオン、ラーメルにも激しい衝撃を与えた。

 何故なら、この時まで誰も神獣に害をなす者がいるなど考えもしなかったからだ。例えそれが敵対しているアグィネス教徒だったとしても。



 ――神獣は瘴気を浄化し、世界を守る存在。



 それは幼子ですら知っている周知の事実。

 神獣に害をなすということは、それ即ち世界を破壊する行為に他ならないのだから。

 

 この時、彼らは知った。

 欲に目のくらんだ愚者は救いようがない程に愚かであることを。

 

「神獣が人の欲望で傷つくことがあってはならない」


 その思いの下、神獣を守るために立ち上げられた同盟こそ“神獣同盟”である。

 参加資格は“神獣に認められた国”であること。実はドラグニルも加盟しているが、殆ど会合に参加していないため余り知られてはいない。

 主な活動内容としてはアグィネス教の情報収集だが、当然それだけではなく、同盟国が危機に陥った際には援軍の派遣及び物資の援助等の軍事的な側面も併せ持っている。

 新たな神獣保有国となったリーンハルトもつい先刻、同盟のための条約を正式に結んだ次第である。

 無事、神獣同盟に迎えられたガッシュが現在何をしているのかというと……




 

「あの時のカトレア様のお美しいこと……まるで伝説に謳われる女神のように……」


「サラシアレータ様は常に民のことを考えてらっしゃる心優しき御方で……」


「レンフォードレンジエル様はいつも密やかに我らを見守っていらっしゃる……」


「時には苛烈に時には沈黙を以て、レヴァイス様は民自身が成長できるように……」


「…………」




 かれこれ1時間、自分たちの国の神獣自慢大会が繰り広げられていた。

 既にガッシュの目は死んだ魚の如く濁り、その口には引き攣った笑みが張り付いている。

 いつまで続くのだろうか……と、戦々恐々とするガッシュに救いの手が差し伸べられたのはそんな時だ。


 

 パンパン!


   

 その音に全員がリアムへと目を向けた。

 リアムは打ち合わせた手を下ろすと、全員の顔を見回して困った様に笑う。


「皆さん、その位にしたらどうだろうか。先程からガッシュ殿が困っておられるようだよ」


「おお!これは失礼を」

「悪かったな」

「つい夢中になってしまったようです。お許しを」


 内心でリアムへ感謝を捧げたガッシュが口を開くよりも早く、再びリアムが言葉を発する。


「神獣様のこととなると夢中になり過ぎてしまうのが僕たちの悪い癖だね。ガッシュ殿も神獣様の素晴らしさを語りたかったはずなのに……申し訳ない。さあ!遠慮はいらない!迷宮神獣様の素晴らしさを思う存分語り給え!」


 ガッシュは先程捧げた感謝を密かに回収した。


 聞き役から語り部へとクラスチェンジしたガッシュは、ルーファと出会ってから今までの出来事を振り返る。

 白いワンピースを着せられそうになったこと、街の住民にホモ疑惑をかけられたこと、生パンを要求されたことを――。

 神獣愛溢れる彼らに「ルーファは変態です」と言える筈もなく、1つ咳払いをしたガッシュは誤魔化すべく口を開いた。


「ルーファスセレミィ様は非常に愛らしい御方だ」

 

 嘘は言っていない。中身が変態なだけである。


「分かりますぞ!カトレア様に似たあの愛くるしい御姿は正に癒しの化身!」


「サラシアレータ様に抱きかかえられたルーファスセレミィ様の御姿は永遠に保存しておきたいほどだな」


「雄々しきレンフォードレンジエル様と並び立てば、その愛らしさも際立つと言うものです」


「僕も早くお会いしたいよ」


 ルーファを称えながらも、己が国の神獣アピールも忘れない3名。

 リアムはルーファを知らないばかりか、引き籠りなレヴァイスとも全く会う機会がないために、こういった会合では聞き役に回ることが多い。


「わっはっはっは!儂はよくルーファスセレミィ様に遊びに誘われましてな。その時に馬役を賜ったことがありますぞ」


 自慢げに髭をしごくメガロ。

 台詞は「ヒヒーン」だけである。

 

「オレは悪の手下その1をやらせて頂いた。ルーファスセレミィ様の引き立て役……つまりオレの方が役に立っているということだ」


 ニヤリと笑うアルコー。

 ちなみにこの時の悪の親玉はヴィルヘルムである。  

 

「フフフ……どうやら私が一番のようですね。恐れ多くも神樹の役目を仰せつかりました」


 勝ち誇るゴルシュミット。

 台詞すらない立っておくだけの簡単なお仕事である。


「何と!」

「くっ!負けた!」

「楽しそうだね」


「…………」


 ガッシュそっちの気で盛り上がる4名。

 早くも神獣同盟に加入したことを後悔し始めたガッシュの胸に、とある疑念が浮上する……アグィネス教の情報収集はどうなったのであろうか、と。

 今までの会話を振り返っても、アグィネス教の「ア」の字も出ていない。


 ガッシュは知らない。


 神獣同盟が発足されたのはいいものの、ヴィルヘルムを恐れて表立って神獣を捕えようとする者など殆どなく、稀に起こる陰謀もドラグニルがさっさと潰してしまうために活躍する機会がなかったことを。

 まあ、アグィネス教には常に目を光らせてはいる事実には変わりはないのだが。

 その結果、年に幾度かは集まってはいるものの、今では“神獣を守る会”ではなく“神獣を愛でる会”へと成り果てているのだ。


「ガッシュ殿はどんな役割を演じたんだい?」

「オレは特にそういった遊びはしていないな」


 その言葉にメガロ、アルコー、ゴルシュミットが憐みの視線を注ぐ。

 いや、口元がニヤニヤと笑っていることを考えれば勝ち誇っていると言った方が正しいか。


「わっはっはっは!そうかそうか!ルーファスセレミィ様は人見知りだからのう!」

「そうだ!気に病むことは無い。その内打ち解けて下さるだろう!」

「やはり我々の方が付き合いが長いですからね。積み重ねが大切なのですよ」


 何故か無性にイラっとしたガッシュである。

 リアムに「これから一緒に信頼を築き上げて行こうじゃないか」と慰められながらも、ガッシュの心はメラメラと燃え上がる。

 そう、彼は負けず嫌いであった。



 バターン!!



 ガッシュの想いを代弁するかの如く、激しく扉が開かれる。ノックもなしに入って来たのは……ルーファだ。


「ガッシュ!見て見て!サラちゃんに貸してもらったの!」


 ガッシュに走り寄りって(かんざし)を見せる無邪気なルーファに、ガッシュは極悪人の顔で嗤う。

 

「良く似合ってるな」

「えへへ~」


 はにかむ様に笑ったルーファは中身を知っているガッシュから見ても、思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい。

 3対の嫉妬に塗れた視線を心地よく感じながら、ガッシュはルーファを膝の上に乗せると反撃を開始する!


「ほらルーファ」


 目の前にあったケーキをフォークで一掬いし、ルーファに差し出すガッシュ。

 何の迷いもなく口を開いたルーファはガッシュの食べかけのケーキを口にした。



 ギリギリギリ……



 音源に目を向ければ目を血走らせた3人の男。

 醜い争いを繰り広げる彼らの耳に、場違いな涼やかな笑い声が届いた。


「ほほほ、仲が良いこと」


 開け放たれた扉からカトレアを先頭に4柱の神獣が入室する。

 跪こうとする王たちを「良い良い」と制したカトレアは、ガッシュに微笑みを向ける。


「ルーファが家族と認めたならば、妾の家族も同然じゃ。妾のことは母と呼んでも構わぬえ」

「は、はは……御冗談を……」


 顔を引き攣らせたガッシュに色気溢れる流し目を送ったカトレアはルーファへ向き直る。


「ガッシュ殿のことが好きかえ?」

「大好きなんだぞ!」


 ルーファの返答に満足気に頷いたカトレアはその笑みを深めた。

 ガッシュの手を両手でそっと包み込み、上目遣いで見上げるカトレアの姿はまるで獲物を狙う女郎蜘蛛……ではなく、相手を誘う艶やかな蝶。


「時にガッシュ殿、お願いがあるのじゃが……聞いてくれるかえ?」


 甘い声音にガッシュの身体は熱く燃え上が……るどころか、反対に血の気が引いて震える寸前だ。 

 その問いに「NO」と答えたいガッシュではあるが、それは神獣に対し許されぬ行いだ。


「私に出来ることなら……」


 背中に汗を滴らせながら掠れた声で答えたガッシュに、カトレアは花が綻ぶように笑う。


「嗚呼、感謝しますえ。では……これにサインをお願いしんす」


 そうして差し出された紙にはこう書かれてあった――婚姻届、と。


「…………」


「ルーファもここに名前を書きなんし」

「あい!」


 ペンを手に何のためらいもなく署名しようとするルーファから、ガッシュは慌てて婚姻届を奪い取った。

 これに署名したが最後、ガッシュの人生は間違いなく終わることだろう――ヴィルヘルムの手によって。

 だがどんなに抵抗しようとも、既に言質を取られたガッシュは蜘蛛の巣に引っかかった哀れな獲物も同然。

 

「あら、何を迷う必要があるのかしラ。素直に生きるといいワ」

『おやおや、何と目出度き日か。幼子が結婚とは』

「(コクコク)」


 何故か祝福ムード全開な神獣たち。

 完全に退路を塞がれたガッシュが助けを求めて周りを見渡せば、サッと視線を逸らすメガロにアルコー、そしてゴルシュミット。頼りにならぬ同盟相手である。

 最後の1人、リアムはと言えば……


「おめでとう!神獣様と英雄王の新たな恋の物語が始まるんだね!」


 取り出したハンカチで涙を拭ったリアムは、一片の疚しさもない清廉な笑顔でガッシュを寿(ことほ)ぐ。

 光魔質な彼は恋愛物語が大好きな純粋な男である。 


 だが……そんな和やかな空気(?)も長くは続かない。

  


 ドガン!



 蝶番(ちょうつがい)が吹き飛び、倒れた扉を踏みしめながら現れたのは怒れる魔王……ではなく竜王。

 

「何をしておる」


 殺意を隠すことなく睨みつけてくるヴィルヘルムに、扇で口元を隠したカトレアが応じる。


「妾の可愛いルーファの為じゃ。(ぬし)は引っ込んでおれ」

「何がルーファのためか。所詮(しょせん)、自分の為であろうに……この女狐が」

  

 バチバチと目に見えぬ火花が散る中、トコトコと歩み寄ったルーファが差し出した紙にはこう書かれていた。



 

 婚姻届


 我々は如何なる困難が降りかかろうと共に立ち向かい、共に支え合い、共に歩み続けることをここに誓約する。これより先、死が2人を別つまで離れることなきように神獣様に願い奉らん。

 

 夫 ヴィルヘルム・セイ・ドラグニル


 妻 ガッシュ・リーンハルト



  

   



「「…………」」

 


 バリッ!



「あー!!」



 ルーファの野望は潰えた。

 



   

   

ガッシュ「なあ、今のなんて書いてあったんだ?」


ヴィルヘルム「そなたが知る必要はない」


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