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神獣の集い

『母様~!サラちゃ~ん!』 


 ルーファは勢いよく母の胸に飛び込み、尻尾をぶおんぶおんと振る。

 今日は神獣保有国同士の顔合わせの日。常であれば参加するのは王のみで、神獣は我関せずを貫いているのだが……今日は非常に珍しいことに全ての神獣が参加の意を表していた。 


「ちょっと、止めなさいな」


 前足で(カトレア)の胸をモミモミしていたルーファをサラシアレータがべりっと引き離す。


『ああ~!我が至福の時が!』


 猫のように首を掴まれたルーファがジタバタと手足を動かし、恨みがましい目でサラシアレータを振り返った。


「少しは成長したかと思っていたのに……全く変わってないワネ。」

『なあ!?ちゃんと成長してるし!ほら!尻尾を見て!』


 2本に増えた尻尾を前足で指すルーファ。だが、それを見たサラシアレータの表情は凍てつかんばかりだ。


「精神面の話しヨ……サイズも変わってないようだけど」

『ガーン!!』


 赤ちゃん狐と言われても違和感のない小さな身体は、ルーファ最大のコンプレックスである。

 プルプル震えながら俯いたルーファをサラシアレータはぞんざいにヒラヒラと揺らす。

 そこに同情など欠片も見当たらない。付き合いの長い彼女はルーファがこの程度でショックを受けることはないと知っているからだ。

 案の定、直ぐに顔を上げたルーファはじっとサラシアレータの胸を見る。


『ふっふっふ!おっぱいはオレの方が大きいんだぞ!』


 言っておくがルーファに悪気はない。

 ただ単に、サラシアレータより大きなものが胸しかなかっただけなのだが……それは絶壁女子にとっての禁句。


「……いい度胸ネ。覚悟なさい!」


 ルーファを放り投げたサラシアレータは、そのまま口から火を吐き出す。炎が向かう先は……当然ルーファだ。


『あんぎゃあああああ』


 絶妙な火加減でお尻をあぶられるルーファ。自業自得だろう。

 ちなみに、超越種たるルーファに魔法は効かないので、実際には熱くない筈なのだが……何故か本当にお尻が燃えている様な気がしてならないルーファである。

 じゃれ合っているだけと分かっているのか、カトレアも笑顔で成り行きを見守っていた。


『おやおや、今日は一段と賑やかなようだの』


 そう言って、扉からのっそりと現れたのは1頭の牡鹿(おじか)

 体高2メートルはあろうかという巨体に、天へ向かって伸びる太く長い角。その雄々しき姿とは裏腹に、藤色の目には優しい光が浮かんでいる。


 彼の名はレンフォードレンジエル。


 エルシオン森林王国を守護せし神獣の1柱にして、“緑の神獣”と謳われる植物の支配者だ。カトレアに次ぐ古株となる。


『あー!レンレン助けて!』


 ササっとレンフォードレンジエルの陰に隠れるルーファ。

 レンレンとはレンフォードレンジエルの名が覚えられなかったために、ルーファが付けた渾名(あだな)である。

 威厳や神秘性が目減りしているのは間違いないだろう。


『その位で良いではないか。幼子(おさなご)も反省しとるようだしの』

「兄様もルーファに甘いと思うワ」


『儂よりもレヴァイスの方が甘いであろ?』

 

 レンフォードレンジエルが振り返った先には、短い髪と鋭い目を持つ偉丈夫がいた。

 

 藤色の目は青に近く、どこか冷たい印象を与えるこの男はラーメル海洋連邦国の守護神獣レヴァイス。

 皮膚の所々に透けて見える白銀色の鱗が真珠の如き輝きを放ち、端整な面持ちも相まってまるで彼自身が一級品の芸術のようだ。


 鱗から連想されるように彼の本性は蛇。


 それも竜種に勝るとも劣らない体躯を誇る30メートル級の大蛇である。蛇と称したものの頭部は竜に近く、水晶を思わせる4本の角はため息が出るほど美しい。


 他の神獣と比べるまでもなく巨大な彼は戦闘力も神獣随一。

 だが、これほど目立つ姿をしていながら、彼の姿を知る者は存外に少ない。

 それは他の神獣が人と関わりながら暮らしているのに対し、レヴァイスが人前に姿を現すのはラーメルの元首を選ぶ時だけだからだ。

 〈祝福〉を与える時ですら水の中に潜み、姿を見せないという徹底ぶりだ。


 人を導く存在であるにもかかわらず、人に干渉しないレヴァイスは神獣にとっても異端の存在だ。 

 過去には姿を見せぬレヴァイスを害のない神獣だと思い、彼の選んだ元首から権限を奪い好き勝手に私腹を肥やす貴族がいた。

 その結果……彼らは絶望と共に己の所業を悔いることとなった。




 虐げられた民の不平不満や恨み辛みが膨れ上がり、瘴気が()()()()()()()()()()()、それは起こった。

 

 レヴァイスの額にある第三の眼が開かれ……断罪が始まる。

 

 その眼は水を通して全てを視る。

 彼は“水の神獣”――世界を満たす水の支配者。

 水が近くに在る限り、彼から逃れる術はなし。

 

 恵みの水が牙を剥き、ありとあらゆるものを洗い流す。

 瘴気で汚染された大地も、そして……人も。

 

 それは“浄化”だ。

 全てを無へと還し、新たな発芽を促すためのプロセス。

   


 畏怖を以て人を導く――それが神獣レヴァイスである。









『ヘビおじさ~ん!久しぶりなんだぞ』


 そんな恐れられている神獣を“ヘビおじさん”と呼ぶ剛の者こそルーファだ。

 まあ、実際は活舌の悪かったルーファが「ヴァ」の音を発音できなかったための悲劇である。

 だが、本人は気にしていないのか、飛びついてきたルーファを受け止めると、懐から取り出した櫛で丁寧にブラッシングを始める。


『ふおおおおお!テ、テクニシャーン!……くぴーくぴー』

 

 あっという間に昇天したルーファを抱え、何事も無かったかのように席へと座るレヴァイス。


「ほほほ、相変わらずよなぁ。元気にしとったかえ?」

「(コクリ)」


「お久しぶりですワ。レヴァイス兄様」

「(コクリ)」


『少しは喋ったらどうかの?』

「(ブンブン)」

 

『ハッ!オレは一体……』

「(ナデナデ)」


 仲間内からは引き籠りニートのコミュ障扱いされているレヴァイスだが、唯一彼が積極的に関わり、可愛がっている存在こそルーファなのだ。

 その溺愛ぶりは1500年以上神域に籠って出て来なかったレヴァイスが、ルーファが産まれて以来毎年会いに行っている程だ。

 だが……これはある意味当然のこと。ルーファは神獣の上位種であり、彼ら神獣にとって()()()()()()()()()()()()なのだから。 



  

「ほほほ、全員が揃うなど何年ぶりかえ?」

「ルーファが産まれた時以来ですワ」


 カトレアの問いにサラシアレータは迷いなく答える。

 レヴァイスは予告なしにやって来るのが常であるし、レンフォードレンジエルはのんびりとした性格であるために時間の感覚にズレがあるのだ。


『そうか、そうか10年くらい前かの?』

「何を申しておるのかえ。ルーファが産まれたのは235年前じゃというに」


 呆れたように答えるカトレアに、パチクリと瞬きしたレンフォードレンジエルがズイっと鼻先をルーファに近づける。

 ブフォーブフォーと鼻息が柔らかな毛を揺らし、風圧でそのまま後ろへ引っ繰り返ったルーファは一回転してシュタッと起き上がる。

 その様子をつぶさに観察したレンフォードレンジエルは、やがて納得したように何度も頷いた。


『嘘はいかんぞ。ほれ、幼子(おさなご)は小さいままではないか』


『ぐはっ!』

「ふふっ、いい気味だワ」


 テーブルの上に力なく倒れ伏したルーファをサラシアレータが笑いながら指先で突く。


「ルーファ、人化して成長した姿を皆に見せておやり」

『おお!さすが母様なんだぞ!』



 どろ~ん!

 


 学習能力の無い子狐はその場で人化した。

 当然、〈魔装〉が使えないので裸のままだ。


「ルーファ!!人前で裸になってはならぬとあれほど申したであろう!」


 目を吊り上げたカトレアに捕獲されたルーファは、そのままお尻を叩かれる!


「何たる理不尽!母様が人化しろって言ったのに!あいた!いたーい!ごめんなさーい!もうしないんだぞ!」

 

 


 


「うぐ……ぐすっ」


 お尻を抑えたルーファが涙目で皆の前に立つ。

 大きな目に涙を(たた)えたその姿は守ってあげたい系美少女そのもの。どんな男もコロッと騙されてしまうことだろう。


『おやおや、大きくなってからに。見間違えたの』

「(コクコク)」

「……本当にワタクシより大きい」


 若干1名ショックを受けた者もいたのだが……ルーファはそれに気付くことなく満面の笑みを浮かべる。

 「大きい」という言葉はルーファにとって最高の誉め言葉なのだ。


「ルーファ、こっちへいらっしゃいな」


 手招きするサラシアレータに素直に近づいたルーファは隣の椅子へと腰かける。


「後ろを向いて」


 言われるがまま後ろを向いたルーファの髪を、サラシアレータはひと房手に取ると質問を投げかける。


「約束を覚えているかしラ?」

「約束?」


 首を傾げたルーファの頭を掴んで元の位置に戻すと、サラシアレータは優しく白銀色の髪を()く。

 考え込んだルーファの耳にシャラランという澄んだ音が聞こえたのはそんな時だ。それは、サラシアレータの(かんざし)の音色。


「あっ!」


 ルーファは思い出す――そう、あれは20年程前のこと。

 カトレアの神域に遊びに来ていたサラシアレータの機嫌がその日はやけに良く、不思議に思ったルーファはその理由を尋ねたのだ。


 そうして見せられたのが、20年経った今も変わらずサラシアレータの髪を(いろど)(かんざし)だ。

 それは彼女にとって特別なものだと言う。


 赤い鳥を模した宝石を中心に小さな緑の葉っぱが鈴なりに垂れ下がり、揺らせばシャラシャラと涼やかな音色が響く。

 これは、アルコーから贈られたプレゼントで、手先が器用な彼自身がサラシアレータのためだけに作った世界でただ1つだけの(かんざし)なのだ。       


 それを聞いたルーファは羨ましくて、何度も「貸して貸して」とおねだりしたのだが……悲しいかな、子狐の姿では付けること叶わず、泣きじゃくるルーファにサラシアレータはこう言った。


「ルーファが人化できるようになったら、1日だけ貸してあげるワ」







「思い出したかしラ?」


 そう言ってサラシアレータは右手で(かんざし)を抜き取ると、それをルーファの髪へと差し込んだ。

 

「はい、出来上がり。帰るまでには返しなさいヨ」

「ありがとうサラちゃん!」


 嬉しそうに笑うルーファに優しく微笑み返すサラシアレータ。

 彼女たちの姿はまるで本当の姉妹のようであった。







 

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