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初めての外交

 その部屋には6人の男がいた。


 リーンハルトからは国王ガッシュ・リーンハルトに宰相マイモン・シェラーソン、そして宰相補佐バハルス・リッケンハイム。

 

 ドラグニルからは竜公セルギオス・テオ・エペル・ヴィルヘルムに宰相ダカーハ・ボルノ、そして側近アンドリュー。


 ガッシュとセルギオスが向かい合って座り、その左右にそれぞれの部下が佇んでいる。これから重要な交渉が始まるのだ。


「失礼いたします」


 その言葉と同時に静々とカートを押した年配の侍女が入室し、慣れた手つきでお茶の準備を開始する。この場を任されただけあって、彼女の動きは上品でありながらも驚くほど俊敏だ。

 異変が起きたのは、彼女がティーポットの蓋を開けた瞬間。


「ヒッ!」


 侍女に有るまじき悲鳴を上げた彼女の視線の先を見てみれば、ティーポットにみっちりと詰まった何かがあった。

 だが、流石はベテラン。蒼褪めながらも笑顔を張り付けた彼女は優雅に一礼した。


「申し訳ありません。直ぐに取替え……」

『……出してぇ……出してぇ……』


 聞こえてきたか細い声に飛び上がった侍女の手からティーポットが床へ向かって……落ちる。


 ガッシュとセルギオスが動いたのは同時であった。

 ティーポットに向かって伸ばされた2人の手よりも先に、影から出現した大きな手が優しくそれをキャッチした。


「ルーファ!」

「我が君!」


 ヴィルヘルムが握っていたティーポットが消滅すれば、そこにはプルプル震える子狐がいた。

 





『ふぅ。酷い目にあったんだぞ』


 ルーファは目の前に置かれたミルクティーをペロペロと舐める。


「何でティーポットの中にいたんだ?かくれんぼでもしてたのか?」

『かくれんぼじゃないもんね。これは諜報活動なんだぞ!』


 ガッシュの問いに、ルーファはふんす、と鼻息荒く胸を逸らした。

 ちなみに、ヴィルヘルムとロキは止めたのだがルーファに押し切られた形だ。

 狭い場所に入って出られなくなるのはルーファの十八番(おはこ)である。


「つまり……ルーファは会議に参加したかったのか?」

『そうなんだぞ!オレもリーンハルトの一員だからな。ガッシュを手伝うんだぞ!』


 僅かに苦笑したガッシュがルーファを撫でようと手を伸ばし、即座にヴィルヘルムに叩き落される。

 ガッシュが恨みがましい目を向けるより早く、藤色の目がじっとりとヴィルヘルムを貫いた。


『……ヴィー嫌い』


 それは魔法の言葉。

 ヴィルヘルムの冷たい表情は一転、ガッシュへにこやかに笑いかける。


「蚊が止まっておったぞ」

「……アリガトウゴザイマス」


 その後、最高級の机と椅子が運び込まれ、上座にヴィルヘルム+膝の上にルーファ、向かい合って交渉相手である筈のガッシュとセルギオスが並んで座るという何とも珍妙な席順となった。






「これが光星城の建築費の明細と請求書じゃ」


 セルギオスの言葉にダカーハが資料を全員へと配る。

 ルーファは一瞬だけ資料に目を走らせ、直ぐに顔を上げるとガッシュの様子を観察する。

 これはガッシュの出方を伺っているのではなく、ただ単に資料の内容が理解できなかっただけである。

 いや、請求金額はでかでかと書いてあるため間違いようがないのだが、それが国にとって何を意味するのかが分からないのだ。


 ルーファが見つめる中、ガッシュは無表情を貫いており、残念ながらそこから何の情報も読み取ることは出来なかった。

 次いでマイモンを見れば、心なしか顔色が悪いような気がする。


 ダカーハが資料の大まかな説明を終えたと同時に交渉の幕が上がった――。





 

 現在ルーファは会話から取り残されていた。

 ガッシュとセルギオスの間を飛び交う応酬に、とてもではないが素人であるルーファが口を挟める状況ではなかったのだ。

 普段は頼りになるヴィルヘルムも我関せずを貫いており、ルーファは参謀・ロキに話しかける。


【どうなってるの?】

【ドラグニルの請求金額はリーンハルトの見積金額の3倍だ。だが……不当なものじゃあない】 

 

 資料を見る限り建築費の総額の半額はドラグニルが負担しており、その利息も過去に類を見ぬほど格安となっている。

 いくらヴィルヘルムが壊したとはいえ、そのお陰でリーンハルトが滅亡を免れたことを考えれば、これは破格の条件だと言えるだろう。

 それにも関わらず、何故リーンハルトの見積金額より遥かに高額になったのかと言えば……最高の魔導技術がふんだんに使われているからに他ならない。



 ――全てはルーファの安全の為に。



 侵入者用の罠に魔法による侵入――偽装や隠密など――を防ぐための術式、幾重にも重なった防御結界……ドラグニルの魔導技術の粋を尽くした最高傑作だ。

 その中にはドラグニルが極秘に有している、現代の技術では再現不可能な上位格魔法を刻印化したものまで含まれている。

 それは本来、金額がつけれぬほど価値があるもの。


 

(ルーファに話すわけにはいかないな)


 話せばルーファは自分の所為でガッシュに迷惑をかけたと気にするだろうから。

 ロキは最新技術が使われているとだけルーファに答え、それが誰の為であったのかを秘匿した。



【ガッシュは大丈夫そう?お金は足りるの?】

【問題ないだろ。ガッシュも金額の正当性は理解している。今話し合っているのは返済方法についてだな】



 交渉の大まかな内容はこうだ。

 

 リーンハルトは返済に迷宮で採れた資源を当てたいと考えている。

 ルーファの迷宮のお陰でリーンハルトの経済はこれから発展を遂げると予測されるのだが……国庫が潤うのはまだまだ先のこと。

 何故なら国は税金という形で利益を得るからだ。

 更に、カサンドラ復興資金、瘴気の影響による農作物の不作、汚染獣襲撃で被った被害の補填……現在リーンハルトは火の車なのである。

 ここで国の財源が減れば、税金を上げざるを得ないだろう。


 そこでガッシュが考えたのが迷宮資源を金銭代わりに直接支払う方法だ。


 もし迷宮資源での支払いが可能ならば、冒険者ギルドから国が直接買い取ることで価格を抑え、ドラグニルに定価で納めれば幾ばくかの金額が浮くこととなる。いや、それよりもガッシュが迷宮で採取してくれば費用はゼロである。

 この交渉の行方がリーンハルトの財政及び国民の生活に直結することは間違いないだろう。


 ガッシュがこの交渉に賭ける意気込みを理解して頂けただろうか。






 そして、幸運なことに迷宮資源での返済はセルギオスにとっても利のある話だ。


 ドラグニルに存在する迷宮は僅かに3つ。


 中部諸国の国境付近に存在する初級、中級迷宮のみだ。

 人口が多く、広大な領土を有するドラグニルに何故迷宮が少ないのか……それは周りにある神域の存在が大きいといえる。そこから流れ出た神力が瘴気を中和し、迷宮が生まれるに足る瘴気が捻出できないのだ。


 迷宮が最も多いのが西部諸国、次いで中部諸国となり、東北諸国にある迷宮はドラグニルの国境付近にある3つだけとなる。

 王都ドラゴはドラグニルの真ん中に位置するために、迷宮が自然発生する可能性は限りなくゼロに近いと言えるだろう。


 つまり、ドラグニルにとって迷宮資源とは希少で価値の高いもの。

 双方の利害が一致したこともあり、彼らが現在交渉している内容は迷宮資源の金額設定である。

 ガッシュは少しでも高値をつけることを目指し、セルギオスは逆に低価で手に入れようと知恵を絞る。

 うすら寒い笑みを浮かべた両者は、一歩も引かぬ白熱した戦を繰り広げていた。



『はーい!はい!はい!はーい!』


 緊迫した空気の中で、それを全く無視した明るい声が響く。

 誰かは言わずもがな、空気を読まないルーファである。

 全員が自分に注目したのを見計らい、ルーファは意気揚々と交渉に参加する。


『ガッシュよ、後はオレに任すがよい!』


 何故か戦力外通知をされたガッシュを置いて、ルーファは颯爽とテーブルへ飛び乗るとセルギオスの前まで移動する。

 前足を招き猫のように動かしながら、ルーファはアヤシイ笑みを浮かべる。


『オレの迷宮幾らで買うネ?』


 どこぞの似非(えせ)商人のようなルーファに対して、セルギオスの表情は真剣そのもの。

 セルギオスがダカーハ、アンドリューに目配せをすると、彼らの間に魔力のパスが繋がる――〈眷属通信〉だ。

 交渉の場で身内だけで相談できるのは竜族の強みだと言えるだろう。




 ドラグニルにとって迷宮とは喉から手が出る程欲しいもの。


 以前にも述べたがドラグニルの魔物は強すぎるため、駆け出しの冒険者が成長する土壌がないのだ。

 現在は冒険者養成学校の授業の一環として、長距離転移陣で初級迷宮まで移動した上で、実践を積ませることで成り立っている……が、それも卒業するまでの話。


 国に3つしか迷宮がないためにどこも低ランク冒険者で溢れかえり、魔物との遭遇率も低いために稼げないのが現状である。

 それを嫌った血気盛んな若者が野に出て死んでいくこともよくある話。

 そんな理由も相まって、様々な施策を打ち出したにもかかわらず、彼らの死亡率は依然として高いままだ。


 もっと迷宮があれば……セルギオスがそう思ったことは1度や2度ではない。

 それはダカーハとアンドリューも同じこと。ここにドラグニルの意向は決した。



 


「この辺りは神域の影響か、今まで迷宮が生まれたことがありませぬ。ルーファスセレミィ様の御言葉を疑うようで申し訳ないのですが、本当に迷宮を創ることが可能なのでしょうか?」


 慎重に言葉を紡ぐセルギオスにルーファはニヤリと笑ってみせる。

 

 ルーファが迷宮を交渉材料にしようと思い立ってから、真っ先にロキに相談したのである。

 その結果、ドラゴ周辺は神域の影響は確かにあるがそこまで高くないため、瘴気さえあれば迷宮は創れるとのこと。

 人口も多いことから創れさえすれば、後はドラゴから排出される瘴気で迷宮を維持管理できるそうだ。 

 

『問題ないんだぞ。ちゃんと調べたんだぞ』


 ()も自分が調べましたよ、と言わんばかりにドヤ顔でふんぞり返る子狐(ルーファ)

 だがしかし、ルーファの残念さを知っている面々は誰が調べたのかを薄々どころではなくハッキリと感づいていた。


「おお!流石でございます!迷宮の強さは選べますか?」

『うむす。大迷宮だろうと問題ないんだぞ!』


 ルーファ的にはお世話になっていることもあって奮発しようと思っていたのだが……セルギオスが選んだのは意外なものであった。


「それでしたら、60階層ほどの迷宮をお願いいたします」

『え!?大きい方が色々と採れるよ?』


「それは理解していますが……高位冒険者が迷宮にかかりきりになれば原魔の森近郊の守りが疎かになりかねませんので」


 ドラグニル軍は多忙だ。


 原魔の森は放っておくと魔物暴走(スタンピード)起こすために、定期的な討伐を必要としているのだ。

 その頻度は迷宮とは比べ物にならず、放っておけば月に1度は魔物暴走(スタンピード)が発生するという、厄介この上ない性質をもっている。

 そう言う事情もあり、軍の討ち漏らしや包囲網の外へ逃げ出した魔物の処理を高位冒険者に依頼することが多く、その高位冒険者が迷宮に集まれば、それ即ち街の防衛に支障をきたすということ。

 それはセルギオスにとって看過できぬ問題だ。 


「分かったんだぞ。じゃあ、おまけで竜族用の超高難易度迷宮をつけるんだぞ!」

「「「よろしいのですか!!!」」」


 グワっと目を見開いた竜族3名が今までになく喰らいつく。彼らは何処まで行っても戦闘狂であった。



 

 契約書にサイン……と肉球スタンプを押したルーファは立ち上がり、セルギオスと握手を交わす。


「良き契約となりました」

『うむす。有意義だったんだぞ』


 こうして迷宮2つと引き換えに光星城の建築費は全額ドラグニルが持つこととなり、ルーファの初めての外交は大成功に終わったのだった。






「……オレって王だよな?」

「「…………」」


 ルーファの背後には自信喪失気味なガッシュがいた、とだけ記しておこう。










 



哀れガッシュ!

強く生きてほしいものです(笑)

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