王都ドラゴの鍛冶職人
竜王国ドラグニルの中心、王都ドラゴ――その名所は何と言っても王城である竜王宮だろう。
敷地面積は小国の王都が余裕で丸ごと入るほど広く、城の大きさも巨大の一言。
30メートル級の竜種がまるで鳥のように見えると言えば、その途轍もない大きさが分かるだろうか。
竜王宮の背後には峻厳なる山が佇み……いや、この山ですら竜王宮の一部である。
高台にある竜王宮からは王都ドラゴの街並みがよく見える。
遠く地平線まで続くその街並みは一体何処まで続いているのか。
世界で最も広大で、煌びやかな都――それが王都ドラゴだ。
竜王宮から放射線状に広がる大通りの中で、一際目を引くのが竜王通り。
城の正門から外壁の大門までを一直線に繋ぐ目抜き通りだ。
竜王宮寄りには行政機関など国にとって重要な施設が連なり、大門に近づくにつれ各ギルド本部、大型商業施設といった民間企業が多くなる。
どの建物も1つ1つが広い面積を有し、10階建てのビルも珍しくないほどだ。
その中に於いて異彩を放つ存在が1つ。
大門の近くに陣取り、天を穿たんと言わんばかりの巨大な建造物――冒険者ギルドだ。
全長800メートルを超え、その敷地面積も東京ドーム幾つ分……いや、数える方が馬鹿らしくなるほど広大だ。外観とは裏腹に、その内部は80階建てとなっており、高さの割に階数が少ないのが特徴だと言えるだろう。
一説によれば、興奮した巨人族が本来の大きさ――5メートルから6メートル――に戻り暴れたために天井が高くなっている、と言われているが定かではない。
まあ、巨大な従魔を従えている者もいるので、この様な造りになったのも当然の帰結なのだろう。
冒険者ギルドを見れば分かるように、ドラグニルの建築技術は現代並みに高い。
では何故、その技術が他の建造物に反映されてないのか……それには当然理由がある。
冒険者ギルドを除き、ドラゴでは10階建て以上の建造物を建築基準法により禁止しているのだ。
これは上空からの魔物の襲撃を警戒してのことである。
同じ高さの建物群の中で一際目を引く建物があれば、魔物は何処に向かうだろうか……それは自明の理というもの。
冒険者ギルドが外壁の近くにあるのも、いざという時に被害を最小限に抑えるための措置である。
では次に超巨大ギルドの内部について説明しよう。
ここを一言で言い表すのなら、冒険者のための複合施設だろうか。
仕事の斡旋は勿論のこと、武具に保存食、治癒石に鍋、魔道具……冒険者に必要なありとあらゆる品を売っており、宿泊施設や飲食店も完備されている。
勿論、他にも色々あるのだが……書けば切りがないためまとめさせてもらうと、冒険者に必要な物品、知識、技術の全てを手に入れることができる場所、と言ったところか。
また、高位冒険者ともなればギルド内への移住権が与えられ、ここに住むことが一種のステータスとなっている。
そして……世界唯一の冒険者養成学校もこの内部にある。
冒険者養成学校とは文字通り冒険者を養成するための学校であり、戦闘技術は勿論のこと文字の読み書きや礼儀作法まで幅広く教える教育機関である。
他国の識字率が低い中で、ドラグニルの識字率が9割を超えているのはこの教育機関あってこそだ。
余談ではあるが、技術力が発展していながら識字率が地球と比べて低いのは、戦闘職とそうでない者との2極化が進んでいるためである。
文字が書けるよりも、魔力操作を鍛えて一発でも多くの魔法を打てた方が生存率が上がるのだ。
時間は有限、つまりそういうことなのだろう。
それを考えれば冒険者養成学校のシステムは異質だと言っても良い。
元々、この学校はドラグニル周辺の魔物が他の国と比べ段違いに強く、低ランクの冒険者の死亡率が高いために始まったものだ。
当初は戦闘技術や薬草の見分け方、野営の仕方といった必須項目だけであったのだが、時代と共にその在り方は変わっていった。
例えば、冒険者に向いていないことが分かった後、または怪我で引退した後のことを考えて欲しい。
字すら満足に書けぬ者が果たして他の職業に就くことが可能なのか……これは難しいと言わざるを得ない。
職に就けねば金もなく、行き着く先は……良くて浮浪者、悪ければ犯罪者だ。
そういった諸々の事情から、端から冒険者を選択しない者も多い。それは才能ある者を埋もれさせる行為だというのに。
そうならないためにも、就職支援の一環と犯罪者増加防止のための役割を冒険者養成学校が担っているのだ。
1人でも多くの者に利用してもらうことを目指していることから、貧しい者でも通えるように審査を通れば補助金や奨学金制度も利用できるようになっている。
世界会議の開催まで後10日。
ドラゴ観光も視野にいれ、早々と移動してきたルーファはそんな超巨大冒険者ギルドの前で大きく口を開けて佇んでいた。
「お、大きい……」
小さく呟いたルーファの服装はいつもの冒険者スタイルではあるが、珍しく素顔を晒していた。
とは言っても、髪、狐耳、尻尾は黒く染められ、本日は目の色も緑色だ。
カラーコンタクトをしているのかと言えばそうではなく、ヴィルヘルムが作成したチョーカー型魔道具のお陰である。
ちなみに、これに込められている魔法は超越魔法:竜ノ神の権能が1つ〈自然ノ化身〉。
光を操ることにより緑色に見せているのだ。額に輝く迷宮核も同様に隠しており、どこからどう見ても狐人族の少女である。
ただし、例え目立たぬように色彩を変えていても、見た目は極上美少女であるために変わらず周囲の目を集めているのだが……竜種がダース単位でルーファの警護をし、尚且つヴィルヘルムが側にいるために何の問題もない。
いや、問題があるのはルーファに手を出そうとした輩の末路の方であろうか。ここに彼らの冥福を祈ろう……南無。
「行くぞ」
さり気なく腰に手を回したヴィルヘルムが一歩前に踏み出せば、扉が自動で開く。
「おお!」
リィンの高級店にもあるのだが……王城には防犯の理由から自動ドアは存在しないため、ルーファが目にしたのはこれが始めてである。
自動ドアにキラキラとした眼差しを送ったルーファは、他には何があるのか、とキョロキョロしながら歩いていく。
ヴィルヘルムに案内された先には、横に6つ並んだ扉があった。他の5つの扉には人が並んでいるにもかかわらず、ルーファの前には誰もいない。
「これは何?」
「魔導エレベーターだ」
「えれべーたあ?」
首を傾げたルーファに苦笑したヴィルヘルムが自身のギルドカードを通せば、軽やかな音を立てて扉が開いた。
このエレベーターは高位冒険者専用で、ギルドカードを通すことにより利用できるようになっているのだ。
中に入ったヴィルヘルムが慣れた様子で行き先のボタンを押すと足元に転移陣が現れ、再び開かれた扉の先には先程とは全く違う光景が広がっていた。
「え?え?」
混乱するルーファにヴィルヘルムは光っている数字を指す。
「ここは30階ぞ」
「ふわあ~」
一瞬にして30階まで移動したルーファの目に映るのは、活気ある商店街だ。
フロアの中には様々な店が建っており、まるで屋外にいるかのようだ。
何故、わざわざ室内に店を建てているのかといえば、周りの人間に何を買ったかが分からぬように配慮されているためだ。
中には暗器などの隠し武器や、高級なものも存在するのだから。
「この階は武器や防具が売られておる。我らが行くのはあそこぞ」
ヴィルヘルムが指さした先を見れば、ひと際立派な建物があった。ただし……
「閉まってるんだぞ」
ルーファの言う通り、クローズという看板がドアから垂れ下がっており、営業はしていないようだ。
「心配いらぬ」
ヴィルヘルムが店に近づけば、扉が自動で開く。「自動ドアか」と思ったルーファだったが、直ぐにそれが間違いであることに気付いた。
その扉の向こうに白い髪と赤い目をした男が立っていためだ。
「ようこそおいで下さいました。我が君、竜玉様」
ヴィルヘルムを“我が君”と称したことから分かるように、この男は竜族……と言うか世界に3体しかいない竜王種である。
ヴィルヘルムの命がない限り、勝手気ままに過ごしている竜種の中でも鍛治を生業としている変わり者だ。
そして自ら鍛え上げた武器をこの店で売っているオーナーでもある。
ただし、普段は工業区にある鍛冶場に籠っており、この店を仕切っているのは別の人物だ。
今日はヴィルヘルムのために従業員に暇をだし、貸し切り状態にしているのである。
中に招き入れられたルーファは物珍し気に辺りを見回し、側にあった剣に手を伸ばす……が、素早くヴィルヘルムに捕獲されそのまま奥へと運ばれていく。
ルーファ×剣=自爆という未来しか見えないのだから当然の対応だと言えるだろう。
「シュヴァリエ」
目配せをしたヴィルヘルムにシュヴァリエと呼ばれた男は分かっていますよ、と言わんばかりに笑顔で頷いた。
「ルーファスセレミィ様、今ケーキをお持ちしますのでどうぞお掛けになってお待ちください」
「ケーキ!」
大人しく座ったルーファの前にコトリ、とケーキが置かれたのはそれから直ぐのこと。
「凄い!お城なんだぞ!」
お菓子で作られたお城にルーファは剣の事をすっかり忘れ、城壁のクッキーを手に取って口へ咥える。
「ん!ん!」
咥えたまま差し出されたクッキーに感動で目を潤ますヴィルヘルム。
そのクッキーが次回の女子会で供されることを彼は知らない。
ルーファとヴィルヘルムの間にはマリアナ海溝よりも尚深い隔たりがあると言えるだろう。
「今日はそなたに作ってもらいたいものがある。ルーファ」
ヴィルヘルムに呼ばれたルーファは尖塔のイチゴを頬張りながら、〈亜空間〉から神樹の枝を取り出した。
枝と言っても普通の樹木の幹ほどもあろうかという代物だ。次いで取り出すは迷宮産の魔法金属。
「これで矢を作って欲しいんだぞ」
弓は以前と同じようにヴィルヘルムが己の鬣と神樹を使用して作ったのだが……ここで問題となったのが矢である。
今までルーファが使っていた矢は軽く固い木で作られた木製の矢だ。|
鏃は鉄製で極力細く小さくなっている。
これは威力度外視で、軽さを重視したためである。重い矢を射る……というか構えることすら出来なかったルーファに対する苦肉の策だと言えるだろう。
しかしながら、軽さを重視したためにゴブリンなどの弱い魔物にしか通じず、金のないG,Fランクの冒険者くらいしか使用しないような矢だ。
過保護なヴィルヘルムがこんなショボい矢を許すはずがない。
そこで考案されたのが神樹を使った矢だ。
神獣であるルーファにとって神樹の重さはないも同然。更に、危険が迫ればルーファを守ろうと変形するのは実験済みだ。
正にルーファの為の素材だと言っても過言ではないだろう。
鏃に鉄や鋼に比べて遥かに軽い魔法金属を使用すれば、以前よりも軽く、それでいて威力のある矢が出来上がること間違いなしだ。
ちなみに、〈万物創造〉で神樹の矢を創らなかったのは、ルーファの今の実力では神樹を利用した武器を創ることが叶わなかったためである。
「神樹!?よろしいのですか!?」
興奮したシュヴァリエが身を乗りだし、すぐに正気に返って元の位置へと戻る。
竜種に有るまじき失態だが、彼が興奮するのも無理のないこと。神樹とはそれほど希少なものなのだから。
神獣が御座す神域でしか育たず、鍛治歴3000年のシュヴァリエを以てしても、未だかつて取り扱ったことのない幻の素材である。
「極力軽くせよ。神樹と分からぬように加工も忘れるな」
「畏まりました。弓を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
取り出された弓を見てシュヴァリエは唸る。
「これは……思った以上に長いですね」
ルーファの身長近くある長弓だ。形状で言えば梓弓が近いだろうか。短弓に比べて取り扱いが極めて困難だと言えるだろう。
素人に毛が生えた程度の腕前のルーファが何故この大きさにしたかと言えば、〈豊穣ノ化身〉を打ち出す時に使用するためだ。
対汚染獣戦を想定すれば、大きく放物線を描く長弓の方が殲滅するのに向いているのだ。
弦を何度か弾きながら具合を確かめたシュヴァリエは、弓をルーファへ返すと今度はルーファに弓を引くように促した。
「成程……」
竜種たるシュヴァリエが引けなかった弓をルーファは軽々と引いて見せた。
恐らくは、主たるルーファ以外に引くことは出来ないのだろう。
「少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「構わぬ」
席を外したシュヴァリエが帰ってきた時、その手にはもう1張の弓が握られていた。
「こちらはお返し致します」
「もういいの?」
返された弓にルーファは首を傾げる。てっきりシュヴァリエが預かるものだと思っていたからだ。
苦笑したシュヴァリエがもう1張の弓を掲げてみせる。
「ええ。同じサイズの弓を作りましたから」
それはルーファの弓と全く同じ型のもので、この短時間でよくぞ仕上げたものである。
流石はヴィルヘルムが選んだだけのことはある。
「試作品が出来上がり次第、我が君にお送りしましょう。その中で満足して頂けるものがあれば量産に移りたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。最高のものを用意せよ」
「はっ!お任せ下さい!」
恭しく頭を下げたシュヴァリエの顔は歓喜に輝いていた。




