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魔力身体強化

「ヤバい。緊張してきた」


 ここは迷宮498階層。

 普段はルーファの遊び場になっているこの場所に、今日は“赤き翼”のメンバーが緊張した面持ちで佇んでいた。

 その中でも特に挙動不審なのがバーンだ。先程から意味もなく辺りを歩き回り、全身からダラダラと汗を滴らせている。


「落ち着け。恥ずかしいだろう」


 そう言うアイザックの声も酷く強張り、短剣をしきりに弄る姿は到底落ち着いているようには見えない。


「仕方ありませんよ。私も先程から手の震えが止まりません」


 苦笑したゼクロスは先の2人よりは冷静に見えるのだが……成程、確かに彼の手は細かく震えており、巨大なメイスを振り回せるかと言えば疑問なところだ。

 その隣ではしゃがみ込んだミーナが深呼吸を繰り返していた。

 歴戦の猛者たる彼らをこうも緊張させるモノとは一体何なのか……





 時は昨日の夜まで遡る。


 それは食堂でいつものように4人で食事をしていた時のこと。

 酒を飲みながらバカ話に興じるバーンとアイザックに、最近の流行や洒落た店について語るミーナと乙男(オトメン)なゼクロス。

 そこにはいつもの日常があった。

 食べ終われば各々が部屋へと戻り、自由気ままに過ごすのがいつもの流れなのだが……この日ばかりは様子が違った。



 カチャリ



 その音に全員が出入口へと目を向けた。


 この食堂へ出入りしているのは“赤き翼”を除けばルーファぐらいだ。

 ガッシュは城で食事を取ることが多く、ヴィルヘルムとロキに至ってはルーファが誘わぬ限り食事をすること事態ないのだから。

 そのような理由から、彼らはそこにいるのがルーファだろうと微塵(みじん)も疑問に思わなかった――振り返るまでは。


「「「「りゅ、竜王様!」」」」


 ゆっくりと歩み寄るヴィルヘルムに、彼らは慌てて立ち上がった。

 珍しいことにルーファは一緒ではなく、その場にいるのはヴィルヘルムただ1人。

 自然と背筋を伸ばし姿勢を正す4人へ、歩み寄ったヴィルヘルムが声を掛ける。 


「明日は空いておるか?」


 果たしてその問いに「否」と答えられる者がいるだろうか。

 例え一国の王であろうと全ての予定をキャンセルすることだろう……ルーファ以外は。

 全員が示し合わせたかのように高速で首を縦に振るのを当然のように眺めながら、ヴィルヘルムは続ける。


「そうか。ならば明日、約束を果たそう。朝の9時に498階層へ来よ」


 そのまま返事を待たずに背を向けたヴィルヘルムを彼らは呆然と見送ったのだった。 



 その後、興奮しすぎて一睡もできなかったバーンだが……全員の目の下に隈があることから、他のメンバーも似たり寄ったりなのだろう。

 懐から取り出した時計を見れば、時刻は午前8時55分。(いや)(うえ)にも緊張が高まるというもの。

 そんな彼らの目に転移陣の輝きが映ったのはそれから直ぐのことだ。


「揃っておるな」


 転移陣から現れたのはヴィルヘルムにラビ……そしてロキだ。

 全員の視線がヴィルヘルムに引きずられている血まみれのロキへと向き、それに気付いたヴィルヘルムが冷たく嗤う。


「コレが気になるか?あまりにも無様な戦いをしたようでな……ついでに少々躾けようと連れて来たまでのこと。そなたらが気にする必要はない」


 ヴィルヘルムが言う“無様な戦い”とはバーンとアイザックがロキと戦った時のことだ。

 ドラグニルへ出かけていたヴィルヘルムが何故その時のことを知っているのかといえば……ラビがチクった……ゴホン!報告がてら映像を見せたためだ。


 その結果……ヴィルヘルムは激怒した。


 ロキが負けたことに対してではない。彼が最も許せなかったことは最後に本来の力を解放したことだ。

 これが命を懸けた戦闘であったのなら、彼もこれほど怒りはしなかっただろう。どんな手を使ってでも勝つ、それが戦いだからだ。

 だが……今回のは“訓練”に分類される類のものだ。

 相手の力量に合わせて自分の力を封じ、技量を高めるのが目的であった筈。


 それを……格下の相手に2度殺されたからといってキレた挙句に力を解放するなど、ただの癇癪(かんしゃく)持ちの子供と同じだ。

 更に言えば、あのまま戦ったとしても最後に勝ったのは間違いなくロキだ。

 死んでも甦るロキ相手に、普通の人種が勝てる術など有りはしないのだから。


 そして、いくら頭に血が上っていたからと言って、それが分からぬロキではない。

 それにも関わらず力を解放した理由は、舐めてかかった相手にいいように殺され、プライドが傷つけられたためだ。



(下らぬプライドは邪魔だ)


 ヴィルヘルムはそう断じる。

 強者としての誇りとは今まで培ってきた自身の強さに対するモノであり、決して(おご)り高ぶり弱者を見下すことではない。それは油断に繋がるからだ。

 これは努力する必要すらなく、強大な力を手に入れたが故の弊害だと言えるだろう。

 矯正(きょうせい)する為には、負けることが一番の近道。

 それが格下の相手であればより一層の効果を期待できるというものだ。



 バーンとアイザックを捉えたヴィルヘルムの金眼は、まるで獲物を見定める肉食獣のように鋭く輝いていた。


 超越種に進化して5000年。

 世界最強の存在となったヴィルヘルムの最近の楽しみは、才能ある者を鍛えることである。


 




 

「では始めるか。()()()魔力身体強化を教えようぞ。魔力身体強化とは魔力を肉体に満たし、循環させることを言う。この時の魔力の量が一定を超えれば爆散するので気を付けよ。最初は我が限界量を教えるが……次からは自らが見極めよ。ラビ」


『はっ!』


 一歩進み出たラビの前に魔法陣が輝き、沢山の小さな瓶が現れる―ルーファの“神獣の気まぐれ”だ。


『爆散したらすぐこれを飲むのじゃよ。自力で飲めぬようなら他の者が手伝ってやることじゃ』


 その言葉に、若干どころではなく顔を蒼褪めさせるバーン達。

 爆散することが前提なのでそれも仕方のない反応だろう。

 ヴィルヘルムのスパルタ具合は5000年経っても変わってはいないようだ。


「右腕に魔力を集め、循環させよ。決して全身に行うでないぞ。ではゼクロスからだ」

「よろしくお願いします」


 ヴィルヘルムが最初にゼクロスを選んだのは、彼の魔力量が最も少なかったためだ。

 魔力は少ないほどコントロールがしやすく、特に魔力身体強化は魔力が多いほど爆散する確率が高まるのだ。

 アイザックとバーンにとっては難題だと言えるだろう。


 更に言えば、広い範囲に魔力を集める全身強化よりも、狭い範囲に魔力を集める部分強化の方が難易度が高く、本来であれば全身強化から始める方が効率が良いのだが……人種(ひとしゅ)は全身が爆散したら確実に死ぬのでこの方法は取れない。

 もし、彼らが竜種であったのなら、間違いなく全身爆散の道へ進んだことだろう――どちらが幸いかは別として。


「始めよ」


 ヴィルヘルムの言葉と同時にゼクロスは魔力を右腕に集める。


「そこまで。その状態を維持せよ」


 今まで魔力とは放出するものであったゼクロスにとって、集めた状態で循環させることは非常に難しいと言わざるを得ない。

 気を抜けば霧散しそうになる魔力を必死に循環させるゼクロスの表情は真剣そのもの。


「クッ!」


 数分と経たずにゼクロスの顔が苦し気に歪み、ブルブルと震える腕をもう片方の腕で押さえたその時……



 ブシュウウ!



 赤い血が噴きあがった。

 ゼクロスの腕は爆散こそしなかったものの、刃で切り刻まれたかのように至る所で出血していた。


「今のは循環の乱れだ。もしこれが魔力量の乱れであれば爆散していた。強化状態を最低でも1時間は維持できるようにせよ。では次……ミーナ」


「はい!お願いします~!」


 元来魔力操作が優秀なミーナは一発で成功してみせ、両腕魔力強化へと駒を進めた。

 アイザックは……ゼクロスと同程度だったと述べておこう。

 この結果だけ見ればミーナが頭1つ分抜きん出ているように見えるが……魔力量が最も多いアイザックの腕が爆散しなかったことは、その実力が高い故だと言える。

 ヴィルヘルムからも「筋が良い」と褒められたアイザックの顔に珍しく純粋な笑みが浮かび、それを見たバーンが気焔を上げる!  


「お願いします!!」


 張り切って頭を下げたバーンが早速始めようとした矢先、制止の声がかかる。


「そなたが魔力身体強化をしたところで、〈金剛体〉と〈剛力〉の強化には及ばぬ」


 バーンが持っている武王魔法は身体強化系の魔法。

 技術の1つである魔力身体強化と世界に1つしかない固有魔法、どちらが強いかなど比べるまでもないだろう。


「そんな!?オレは強くなれないのか……?」

 

 愕然(がくぜん)と呟いたバーンを不愉快そうにヴィルヘルムが見る。

 無駄を嫌うヴィルヘルムがここに呼んだ事実こそがその問いの答えだというのに。


「誰がそのようなことを申した。魔力身体強化とは肉体に依存する力ぞ。強い肉体ほどより多くの魔力を宿せるものよ。そなたは身体強化系の固有魔法を持つ……この意味が分かるか?」


 ハッと顔を上げたバーンは〈金剛体〉と〈剛力〉を発動させた。


 肉体に依存する――それが意味するところは魔法で強化した肉体に魔力身体強化を重ね掛け出来るということ。

 この中で最も強くなれる可能性を秘めている人物こそバーンなのだ。

 気合を入れたバーンが魔力を腕へ集める!



 ボムっ!!



「腕があああああああ!!」


 重ね掛けは難易度が高かった。

 






 

 ――3時間後


 容赦なく続けられる訓練に、気持ちの良い筈の草原は血で染まり、辺りに血臭が立ち込めている。

 倒れ伏す4人……ではなく5人にヴィルヘルムは冷たく告げる。


「何をしておる。早く立たぬか」


 その言葉に立ち上がる者は誰もいない。いや、立ち上がれないと言った方が正しいか。

 ロキは両足を失い無様に地面を這いずり、“赤き翼”のメンバーは怪我こそ癒えてはいるものの、全身が見て分かるほど激しく震えていた。

 例え傷を癒したとしても、味わった激痛を身体は確かに覚えているのだ。その精神的負荷は相当なものだと言える。

 むしろ腕を失うほどの痛みを味わうと分かっていながら、3時間も鍛錬を繰り返した彼らの精神力は称賛に値するだろう。


(ここまでのようだな)


 ピクリとも動かない5人をつぶさに観察したヴィルヘルムは、これ以上は精神に悪影響を及ぼすと判断を下す。


「ラビ。送ってやれ」


 全員の姿が消えるのを見届けたヴィルヘルムは、今日の訓練を振り替える。

 ロキとバーン達を一緒に鍛えたのは正解のようだ。

 普段は途中で逃げ出そうとするロキが今日は最後まで食らいついてきた。格下に負けたくないという意地なのだろう。

 人種(ひとしゅ)を認めることが出来れば、舐めてかかることもなくなるはずだ。

 マサキとの出会いがヴィルヘルムを変えたように。


 知らず、ヴィルヘルムの顔に笑みが浮かび、機嫌よさげに目が細められる。

 だがその表情は優しい微笑みとは程遠く、どちらかと言えば邪悪な魔王的スマイルである。

 

「ククっ、成長が楽しみだ」


 願わくばガッシュとロキが自分と対等に戦えるほど成長するように。

 彼にも思い切り戦いたい、という欲があるのだ。


「……む」


 突如、顔を上げたヴィルヘルムの雰囲気が魔王から一転し、柔らかな笑みがその顔に浮かぶ。

 それと同時に頭上に展開した転移陣から降って来たのはルーファだ。


「ヴィー!大変!大変なんだぞ!」


 そう言うなりヴィルヘルムに抱きついたルーファは、辺りに漂う血の匂いに鼻に皺を寄せる。

 周りを確認しようと首を巡らしたルーファをヴィルヘルムはガッチリと抱き込んだ。


「むー!むー!」


 腕の中で暴れるルーファの後方ではラビが清掃活動に勤しんでいる。まあ、〈迷宮作製〉で血の跡を消すだけなのだが。


「ぷはっ!」


 証拠隠滅を終え、力を緩めたヴィルヘルムに解放されたルーファはキョロキョロと辺りを見回すが……いくら探してもそこには何もなく、ルーファは首を傾げるばかり。  


「どうしたルーファ?我に用ではないのか?」

「あ!そうなんだぞ!ヴィーに作ってもらった弓が壊れてしまったんだぞ!」


 ルーファは潤んだ目でヴィルヘルムを見上げると……


「お願いヴィー。新しいの作って……」



 うるうる……うるうる……



 必殺技その4泣き落としを繰り出した!

 この時、涙を溢すのも忘れない。あざとい……実にあざとい神獣である。

 そして普段はハニートラップなど全く効かないヴィルヘルムだが……ルーファ限定でハニーであろうとなかろうと常に引っ掛かっているのが現状だ。 


「任せておけ。最高の弓と矢を作ろうぞ」


 頼もしく笑ったヴィルヘルムにルーファが一言付け加える。


「あっ、ヴィーの鱗で作った矢はいらないんだぞ。あれ、あんまり使えないから」




 ピシリ、とヴィルヘルムの顔が固まった……ような気がした。

 


 

 

 



  

~ロキとラビの後日談~


「おい!ヴィルヘルムには言うなと命じた筈だ」


 苛立たし気なロキにラビは手に持っていたソレを差し出す。


【迷宮回覧板】

 ☆ルーファからのお願いコーナー

  ロキは生まれたばかりだから、きっと間違うことも多いと思うんだぞ。そういう時は、皆で正してあげてね。ロキをよろしく頼むんだぞ!



 

 ロキは世の中思い通りにはならないことを学んだ。


 

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