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神獣を戴く国

「ああ!愛しい人……僕は自分の運命を呪うよ。君と別れねばならないこの運命を」


 綺麗な顔をした男性――ではなくカサンドラ元王女ベティ――が悲しみに顔を歪ませ、嘆きの声を上げる。


「大丈夫……直ぐにまた会えるから!」


 白銀色の髪をした儚い系美少女――まあ、ルーファなのだが――が励ますようにベティの手を取り、微笑みかける。

 その手を引き寄せたベティはきつくルーファの身体を抱きしめると、苦悶を声ににじませた。


「分かってる。本当は分かってるんだ!(この恋を)諦めなくてはならないとっ!」


 ベティの目がキラリと光り、愛おしそうにルーファの髪を梳く。


「(再会を)諦める必要なんかない!絶対に会いに行くから!!」


 ルーファはそっとベティの背に手を回し、慰めるようにその背を優しく叩いた――互いの勘違いに気付かぬままに。


「ルーファ!」

「ベティ!」


 恋人のように抱き合う2人の背後には……金色の角に雷を纏わせた無表情なヴィルヘルムを羽交い絞めにするガッシュの姿があった。


「落ち着け!相手は女だ!」


 いくらガッシュが全力で掴んでいようとヴィルヘルムを止められる筈はないのだが……幸いなるかなこの場にはルーファがいた。

 ルーファの目の前で惨殺死体を作り上げる訳にもいかず、ヴィルヘルムは今の状況に甘んじているのだ。

 ベティが人種(ひとしゅ)の女だということも、ヴィルヘルムが怒りを抑える要因の1つだと言えるだろう。

 まあ、あまり長く持ちそうにないのが現状だが。


 そんないつ崩れぬとも知れぬ危うい均衡を見事挽回してみせたのは、ガウディ……ではなく元王妃シンシアーナ。



 トスッ!



 軽い音と共に崩れ落ちたベティをシンシアーナがひょいっと肩に担ぎ上げる。


「ほほほっ!どうやら、興奮のあまり気を失ったようですわ。神獣様、申し訳ありませんが、わたくし共はこれで失礼させていただきます。またお会いできる日を心よりお待ち申しておりますわ」


 ベティを抱えたまま深々と礼をしたシンシアーナに続き、彫像と化していたガウディ(元国王)、アウディ(元皇太子)、バウディ(元第二王子)がギクシャクと礼をする。


 これから王都リィンへ向かうルーファと違い、彼らは準備が整い次第“新生カサンドラ”へ向けて旅立つのだ。

 これからは滅多に会うことは出来ぬだろう……と言いたいところだが、〈迷宮移動〉を持っているルーファは一瞬でカサンドラまで移動できるため、実際に距離はあってないようなものである。

 大事なのは別れの雰囲気なのだ。


 立ち去るガウディ一家に手を振ったルーファは、ここで(ようや)く背後を振り返り、ガッシュとヴィルヘルムの攻防戦に気付いて目を見開いた。


「だ、大胆っ!」


 腐狐(ルーファ)の目にはイチャイチャ抱き合うヴィルヘルムとガッシュの姿が映っていた。 

 


「は~やれやれ、オレ達も行くか」


 疲れた様子で呟いたガッシュは己の頬を叩くと気合を入れ直す。リーンハルトにとって記念すべき瞬間が迫っているのだから。


 

 ――今日、リーンハルトは守護神獣を(いただ)く。



 同時にそれは、ガッシュが神獣を守る責務を負うということ。


 他の神獣保有国とは異なり、リーンハルトはアグィネス教の勢力圏が近い。

 残念ながら国の内部にも、神獣を便利な道具としか見ていないアグィネス教徒が深く根付いているのが現状だ。ガッシュも気を引き締めねばならぬだろう。

 迷宮を支配しているルーファの利用価値は他の神獣より遥かに高いのだから。


 いや、アグィネス教を警戒しているのは何もガッシュだけではない。誰よりもルーファの安全に気を配る男がここに1人。


「ルーファ」


 ヴィルヘルムは影からヴェールを取り出すと、ルーファの顔を隠すように取り付ける。

 ただし、ヴェールとは言っても顔全体を覆うタイプではなく、踊り子や占い師が付けるような顔の下半分を隠す半透明のものだ。

 ルーファが冒険者として活動している以上、顔を知られるのは危険だと判断したためだ。

 神獣を大々的にお披露目することは無いものの、これから冒険者ギルドへ迷宮を設置しに行くことを考えれば必要な措置だと言えるだろう。

 

 くるり、とルーファはその場で回ってみせる。


 今日が特別な日という事もあり、ルーファの服装はいつもの冒険者スタイルではなく、カトレアが好んで身に着ける和服に似た純白の衣となっている。

 髪は複雑に結い込まれ、その滑らかな白銀色の髪を飾るのは赤い花を模した髪飾りだ。この髪飾りは今日のためにヴィルヘルムが造らせた特注品で、ヴェールが取り付けられるように加工されている。


「そなたはどの様な恰好をしても変わらず美しい」


 ほうっと感嘆の息を吐いたヴィルヘルムがルーファの米神(こめかみ)にキスを落とす。

 薄紫の瞳以外ヴェールに覆われ窺い知ることは出来ないが、その隠し切れぬ美しさは周囲の目を容易く奪うことだろう。

 いや、見えない事こそがより一層神秘性を際立たせていると言っても過言ではない。


 それはヴィルヘルムの隣に並び立って尚、影ることのない美貌だ。()()()()()を思わせるヴィルヘルムに、()()()()を思わせるルーファ。相反する美しさが、そこにはあった。


 ガッシュが何となく横に2歩ずれたのも仕方のないことだろう。

 



「ご歓談のところ失礼いたします。そろそろお時間になりますので、転移陣へ移動をお願いいたします」


 男の言葉に転移陣の上に立ったのは僅かに4名。

 ルーファにヴィルヘルム、そしてガッシュにバハルスだ。他の者は迷宮の中に入っているため、この人数での出発となる。


「準備はいいな?始めろ!」


 ガッシュの命で魔法陣に光が灯り、幾人もの魔法士が魔力を注いでいく。

 

「それではカウントを開始します。10、9、8……3、2、1、発動!」


 転移陣の光りが最高潮に達し、光に(さら)われるように4名の姿が消えた。










「「「竜王様、神獣様ようこそおいで下さいました」」」


 貴族に高官、将軍に騎士……転移した先には大勢の人々が跪き、神獣(ルーファ)の訪れに歓迎の意を示している。

 これほど多くの人がいるとは思わなかったルーファは咄嗟にヴィルヘルムにしがみ付くと、いつまで経っても顔を上げようとしない彼らを不思議そうに見つめる。いや、彼らの反応こそが“正しい”のだ。


 神獣は世界で一等尊い存在。


 許可なくその御尊顔を目にすることは不敬とされる。

 そして何より、ヴィルヘルムとガッシュがルーファの姿を不特定多数の人の目に触れさせることを許しはしない。

 

「こっちだ」


 先導するように動き出したガッシュに付いていこうとしたルーファの身体がふわりと浮かび上がり、気付けばルーファはヴィルヘルムの片腕に抱えられていた。

 自然と高くなった視界から人々を見下ろしたルーファは、人で創られた花道を見る。


 左右に分かれて跪く人々の間に作られた一本の道。

 

 堂々とその道を往くヴィルヘルムとガッシュは王の貫禄に満ちており、キョロキョロと辺りを見回すルーファはといえば……お上りさんにしか見えない。

 その威厳皆無な姿を誰一人として目撃する者がいなかったことは、幸いであったと言えるだろう。


 転移の間を出れば、それから暫くは無人の廊下が続く。

 いつもであれば多くの使用人が行き来し、仕事に追われているのだが……今ばかりは人の姿どころか気配すら感じられない。

 何故なら、その周辺から人は遠ざけられ、何人たりとも近寄ることは許されていないからだ。


 光星城の玄関口へ辿り着いた彼らを迎えるのは、豪奢な魔獣車を引く4頭の八脚馬(スレイプニル)

 この魔物は〈魔物調教〉を以てしても毎年犠牲者が出るほど気性が荒く、扱えるのは一握りの武人のみ。

 そんな凶暴な八脚馬(スレイプニル)の傍らに恐れもなく佇むのは、微笑みを浮かべた黒髪の美丈夫だ。


「お待ちしておりました。我が君」

「待て!何故ここにいる!?」


 恭しく頭を下げたセルギオスにガッシュは詰め寄る……が、彼は自分本位な竜族の一員。

 意外な事を聞いたと言わんばかりに目を瞬かせ、呆れた声を出す。


「何を申しておる。今日はルーファスセレミィ様の晴れ舞台、祝辞に馳せ参じるのは当然の事じゃろう。上を見てみよ」


 その言葉に空を見上げれば、飛び交う色取り取りの竜種たち。当然アポなしの突然訪問だ。

 ガッシュの顔が引きつったのは気のせいではないだろう。

 そんなガッシュを置いて、セルギオスは従者よろしく魔獣車の扉を開けた。


「どうぞ」


 ヴィルヘルムとルーファが中に入ったのを確認したセルギオスが御者台に颯爽と飛び乗ると、その隣には御者をもこなすパーフェクトマン・バハルスが既にスタンバイしていた。

 何故か取り残される王である筈のガッシュ。


「何をしておる。置いていくぞ」 

 

 セルギオスの言葉にガッシュは思う。

 軍事大国ドラグニルの竜公を御者台に座らせてもいいのだろうか、と。

 国の歴史も、国力も、王として君臨してきた年数も遥かに格上。国際問題どころか、バレれば戦争まっしぐらだろう。


 いや、とガッシュは首を横に振る。


 本人がやる気満々に御者台に登ったのだ。何も問題はない。そうに違いない。

 幸いな事といえば、セルギオスが竜種に進化したために角が隠せるようになった点か。

 誰も御者台に乗っているのが竜公セルギオスだとは思うまい。


 強引に己を納得させたガッシュはどことなく疲れた様子で魔獣車へと乗り込んだのだった。








 大通りには多くの人が詰めかけている。

 リィン中の人が集まっているのではないか、そう思わせる光景だ。


「迷宮神獣様はまだかねぇ」

「どんな方かしら」

「バカ!お優しい方に決まってんだろ!」


 集まった人々は今から大通りを通るルーファの話題で持ちきりだ。

 西部初の神獣――それも荒野を癒す程の聖なる力の持ち主とあって、彼らの興奮も高まるばかり。

 神獣信仰国でありながら汚染獣が発生する荒野に隣接し、光魔法士の数も少ないリーンハルトの住人にとってルーファは正に希望の星だ。


「おい!見ろ!王軍だ!」


 その言葉に視線を大通りへ戻せば、将軍ザナンザ・アインクラインを筆頭に王軍が1台の魔獣車を守るように展開している。


「うおおおおお!迷宮神獣様ぁ!!」

「きゃー!!迷宮神獣様!ようこそリーンハルトへ!」

「迷宮神獣様バンザーイ!」


 魔獣車の窓は固く閉じられ、中に乗っているルーファの姿を見ることは出来ぬものの、そんなことは関係ないと言わんばかりに怒号の如き歓声が上がり、市民が手に持った花を次々に投げる。

 本来なら重力に負けて落ちる筈の花びらが空高くに舞い上がり、王都リィンの全域を覆うように花吹雪が降り注いだ。

 当然それは風の悪戯ではなく魔法だ。上空には多くの竜種たちが飛翔しているのだから。



 グオオオオオオオオ!

    グラオオオオオオオオ!

       ガアアアアアアアアアア!



 竜の咆哮が響き渡り、空をキャンパスに様々な魔法が描かれる。


 氷でできた竜が目まぐるしくその形を変え、最後は小さな氷の結晶となってキラキラと舞い落ちる。

 炎が踊れば大輪の花が咲き誇り、散り行く花弁はやがて鳥となりて優雅に大空を舞う。

 炎の鳥が飛び去った雲一つない青空の中で、雷が縦横無尽に走るさまは何と荘厳なことか。



 だがそんな夢のような一時も終わりを告げる。


 

 竜種が羽を閉じ……堕ちる。

 全ての竜種が回転しながら地表に接近する姿に人々の口から悲鳴があがる……が、それも一瞬。

 人の姿へと転じた彼らは優雅に屋根の上へと降り立った。

 彼らの立つ場所は冒険者ギルドを中心とした建物の屋根の上であり、最も広い冒険者ギルドの上に降りた者は1人もいない。

 そこは今から彼らの神とその竜玉が向かう終着点なのだから。


 魔獣車の動きが止まったのはそれから直ぐのこと。


 一斉にひざを折った竜種たちが恭順の意を示し、その姿をただ茫然と見ていた人々も慌ててそれに倣った。

 先程までの歓声は嘘のように鳴りを潜め、そこにあるのは完全なる静寂(しじま)



 シャン!!



 整列した騎士が一寸の乱れもなく剣を抜き、胸の前で掲げる姿はまるで物語の一節のよう。

 彫像のように動きを止めた彼らの中で、蒼き狼と大剣を描いた国旗が色鮮やかに翻った。


 まず姿を見せたのはガッシュ。

 眼光鋭く辺りを見回し、中に向かって1つ頷く。

 

 そして……遂に待望の神獣ルーファが、ヴィルヘルムにエスコートされながら大地へと降り立った。


 竜王が公の場に姿を現すのは200年ぶり、そして……神獣が新たな国に住処を定めるのは実に600年ぶりのことである。

 今日この日の出来事は間違いなく後世に語り継がれることだろう。


 厳粛な空気の中で、彼らが歩みを進めたその時……


「お、お待ちください!」 

 

 子を抱えた1人の女が跪く人々の合間を縫って走り寄る。



 キイイイイイン!



 一瞬の出来事だ。

 地面へと叩き付けられた女の手から幼子が大地へと転がり、女の首には交差した槍と剣が押し当てられている。

 憤怒の形相で女を睨みつけるのは、先程まで屋根の上で跪いていた2体の竜王種……アデルバートとシュヴァリエだ。


「無礼者がァ!」

「許可なく我が君に近づくなど万死に値する」


 首筋に刃が(あて)がわれているにも関わらず、女は悲鳴を上げて子供へと手を伸ばす。

 子の側に向かおうとした女の首からは血が流れ、舌打ちしたアデルバートが女を動けぬように踏みつけた。

 神獣の前で血を流すなどあってはならぬ行為なのだから。


「お願いです!お願いです!どうか娘をお助け下さい!治癒石でも治らぬ病で……もう、もう神獣様にお縋りするしかないのです!どうか!どうかご慈悲を!」


 突然の出来事に、本来であれば真っ先に不心得者を捕らえねばならぬ騎士たちも動けないでいた。

 それが病の子を抱える女であれば尚更に。


「静まれ」

 

 力ある声がその場を支配する。その声は不思議と王都中に響いた。

 騒めき始めた民衆もピタリと口を閉ざし、顔を伏せつつもチラチラと女に視線を向ける。


「神獣とは何か……そなたに分かるか?愚かな女よ」


 震えるだけで何も答えられぬ女にヴィルヘルムは続ける。


「神獣とは世界を癒す存在。神獣は“全”を癒し、“個”を癒さぬ。それはこの世界を存続させるにあたり必要な措置ぞ。分かるか女、“個”を救えば“全”を救うことは出来ぬ。神獣は決して私利私欲で利用してよい存在ではない」


 人種(ひとしゅ)が年々増え続けるのに対し、神獣の数は僅かに5体……その意味が分かるだろうか。

 瘴気は年々増加し、汚染獣の発生件数も千年前に比べて遥かに多くなっている。

 浄化が追い付かず、世界が病んできているのだ。


 神獣が不足した状態で“個”を癒す恐ろしさをヴィルヘルムは理解している。

 1人を癒せばそれを皮切りに我も我もと人種(ひとしゅ)が押し寄せてくるだろうことを。

 そして、それは争いの種となる。この女は助けたのに自分は何故……と。神獣の力は有限だというのに。


 故に、ここで癒しを許すわけにはいかない。

 それは巡り巡ってルーファを傷つける要因になり得るからだ。

 ヴィルヘルムが女を排除しようと口を開こうとした矢先、凛とした声がそれを遮る。


「下がりなさい」


 それは普段から想像も出来ぬ怒りを孕んだ声だ。

 藤色の目に見据えられ、アデルバートとシュヴァリエは槍と剣を仕舞いひざを折る。


「ルーファ」


 子供の元へ走り寄る女を横目で見ながら、ヴィルヘルムは咎めるようにその名を呼ぶ。

 だがルーファも譲る気はないのだろう。そのままヴィルヘルムの腕から抜け出すと、女の前へと飛翔した。


「神獣とは気まぐれなもの。癒すかどうかは()が決める。それに……」


 ルーファはヴィルヘルムを振り返ると悪戯っぽく微笑んだ。


「“個”ではなく“全”を癒せばいい。そうでしょ?」


 ルーファの白い足が地面へと触れる。

 

 それはまるで波紋だ。

 白銀色の波がルーファを中心に王都中を駆け抜ける。



 病が癒える――不治の病も、先天性の疾患さえも。 

 傷が癒える――手足を失いし者も、光を失いし者も。


 男も女も、老いも若きも、尊きも卑しきもなく――皆平等に。

 その身体に魂ある限り全てを癒す。

 

 これこそが“奇跡”

 そして……ルーファの“答え”だ。




「マ、マ……?」

「ああああああああ!ミィちゃん!ありがとうございます!ありがとうございます!」


 泣き崩れた女にルーファは優しく微笑む。

 世界に瘴気が溢れるのなら、自分がそれを癒すまで。この莫大な癒しの力はその為にあるのだから。


 

 ルーファは守護神獣としての1歩を踏み出した。

 

 

 







  

~竜人族と竜種・竜王種の違い~


竜人族は角が生えた人族といった出立です。ただし、翼は出し入れ自由となります。


竜種・竜王種は竜眼を除き、見た目は完全に人族です。角と翼は出し入れ自由ですが、尻尾は出せません。ヴィルヘルムがちょくちょく尻尾を出していますが、あれはもう一段上の変化で部分竜化になります。




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