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幸運な少女

 チュンチュン、チュンチュン



 小鳥のさえずりが高らかに1日の始まりを告げ、朝日が窓辺より室内を明るく照らし出す。

 その柔らかな日差しはベッドで寄り添うように眠る2人の少女たちの上にも降り注ぎ、金茶と白銀の髪を宝石の如く輝かせていた。


「……ん」


 赤い唇から掠れた吐息が漏れ、白銀色の少女が金茶色の少女に絡みつく。その姿は無邪気な子供のようであり、相手を誘う娼婦のようにどこか淫靡(いんび)だ。

 

「ん~」


 抱きつかれた息苦しさからか金茶色の少女の顔が歪み、次いでその目がぱっちりと見開かれる。


「あー!今何時!?」


 慌てて時計の針を確認したレイナはいつもと変わらぬ時間にホッと安堵の息を吐いた。


 昨日はルーファを夕食に誘い、そのまま泊まることになったのだ。

 初めての友人宅でのお泊りにはしゃいだルーファと、これまた初めて友人を招いてのパジャマパーティに興奮したレイナが大人しく寝るかと言えばそんなこともなく、夜遅くまでお喋りに興じていたのだが……途中でアイゼンが注意しに来たためにそこでお開きとなった。

 昨晩は水を差したアイゼンに憤りを覚えたレイナだったが、現在は感謝の心でいっぱいである。

 

「ちょっと!ルーファ起きて!私、今日も仕事なのよ!!」


 レイナの言葉にもぞもぞと動いたルーファもゆっくりと目を開ける。

 気だるげに目を細め、ぼんやりと自分を見つめる何とも色っぽい姿にレイナは暫し見惚れる――それが命取りだとも知らずに。

 

「おはよ……ちゅ」


 気付けば自分の首に腕が回され、レイナの唇は柔らかいナニかに塞がれていた。



 …………



 …………



「…………ハッ!!」


 正気に戻ると同時に、口を手で覆ったレイナは……


「わ、私のファーストキスがぁぁぁ……」


 床へと崩れ落ちた。


 レイナのファーストキスを奪うという偉業(?)を成し遂げたルーファは、「ふああああ」と大きく欠伸をするとショックを受けているレイナをキョトンと見つめる。


「どうしたの?具合悪いの?」


 そう言って手を差し伸べる罪悪感の欠片もないルーファに、プチっと何かがキレる音がする。


「ルーファのバカあああああああ!!」

「きゃいーん!!」






 


 ――同時刻。


 レイナの家の屋根で一夜を明かしたガッシュは勢いよく起き上がると、鋭く上空を睨む。彼の視線の先には高速で接近してくるナニかがあった。

 だが……ガッシュが警戒したのは僅かの間。直ぐに大きく息を吐くと身体から力を抜く。

 

「脅かすなよ」


 そう話しかけたガッシュの前にヴィルヘルムがふわりと降り立った。


「それで……禍津教は壊滅したのか?」

「禍津教は、な」


 含みのある言い方にガッシュは眉を(ひそ)めると続きを促す。


「ゴードン・デルビエルと枢機卿4名、そしてその部下が未だに行方知れずだ。枢機卿が消息を絶った街を調べたのだが……牢に会ったのと同質の瘴気があった。合流したのであろうよ」


 忌々しそうに吐き捨てたヴィルヘルムに、ガッシュはこの件が長引くだろうことを確信した。

 汚染獣に瘴気、そして異世界人。裏で大きく動きながらも未だに正体を掴ませない。恐ろしく不気味な相手だ。


「今日にでもセルギオスから詳細が届こう。確認しておけ」


 その言葉にガッシュが頷くよりも早く、ヴィルヘルムは屋根から飛び降りる。

 相変わらずの行動に肩を竦めたガッシュは、ヴィルヘルムがレイナの家に入っていったのを見届けた後、そのまま仕事へ戻っていった。




  

 


 ヴィルヘルムは死神セイの格好に衣装チェンジすると同時にチャイムを鳴らす。

 一応彼も常識は弁えているのである……守るかどうかは別として。


【誰だ?】


 インターホンから聞こえてきた声は(まか)り間違っても客人に向けるものではなく、明らかにヴィルヘルムを警戒している。仮にも大商人に仕える者の対応としてはお粗末だと言えるだろう。


「セイと言う。ルウを迎えに来た」   


 その無礼ともいえる態度に対し、ヴィルヘルムが返したのは必要最低限の答えだったのだが……その名の効果は絶大であった。

 急にバタバタと慌ただしく走る音が聞こえたかと思えば、程なくして開けられた扉から顔を蒼褪めたガチムチマッチョの男が現れる。


「し、死神セイ様で?」

「いかにも」


「ご、ご案内いたします」 


 ギクシャク案内を始めたのはアイゼンの護衛だ。

 何故護衛が案内をしているのかといえば、その理由は単純明快。現在この屋敷……というか家には執事やメイドと言った接客のプロがいないためである。


 そもそも、この家はアイゼンの家ではなく迷宮でラビが創りだして運んだものだ。そのため、他のカサンドラの住人に与えられたものと変わらない造りで、全てが4LDKの2階建てとなっている。


 間取りの関係上、以前雇っていたメイドや執事は隣の家に移り住んでおり、現在住んでいるのはレイナと護衛であるザハリケとセジョン、そしてアイゼンとその護衛2名だ。護衛は2人1部屋で部屋はそれぞれ1階と2階に分かれている。

 先程からの客人に対する無礼な態度も、護衛を任としているが故の行動という訳だ。


「おい!コーヒーだ!コーヒー!」

「今淹れてるっつうの!」


 リビングに通されたヴィルヘルムの前ではガチムチマッチョ×2名があわあわとコーヒーを用意している何ともシュールな光景があった。


「ど、どうぞ」


 コトリ、と置かれたコーヒーは見るからに色濃く、何故かドロドロとした謎の液体が詰まっていた。

 当然ヴィルヘルムがそれに口を付けることは無く、愛想笑いを張り付けた護衛2人の顔色は悪くなる一方だ。

 救いを求めて視線をチラチラと扉に向ける彼らの期待に応えるかのように、直ぐに扉が開いたことは幸いか。


「お待たせいたしました。アイゼン・ラプリツィアと申します。ご高名な死神セイ様にお会いできて恐悦至極でございますな」


 アイゼンは目聡くコーヒーに目を止めると、僅かも顔を引き攣らせることなく朗らかに笑った。動揺を表に出さないという点においては、流石大商人といったところか。


「はっはっは!どうやらお口に合わないようですな。今淹れ直しましょう」 


「構わぬ。それよりルウを連れて参れ」


「まあまあ、ルウ様も年頃の女の子。準備に多少時間がかかりましょう。その間、退屈かとは存じますが……私と話でもいかがですかな?おお!そうそう、最近いいワインが手に入りましてなぁ」


 戸棚からワインとグラスを2つ取り出したアイゼンはにこやかにヴィルヘルムへ近づく。だが……柔和な表情とは裏腹に、アイゼンの弧を描いた目は鋭くヴィルヘルムを観察していた。

 当然のことながらヴィルヘルムがその視線に気付かぬはずはなく、不快な様子……ではなくどこか面白そうに口を開く。


「ほう……我を疑うか」


 その揶揄(やゆ)するような口調にアイゼンも笑みを深める。


「滅相もございません。ただ……ルウ様は以前お命を狙われておりましてな。こちらも慎重にならざるを得ないのです」


「まあ良い。ルウに確認すれば分かること」


 そう言ってヴィルヘルムが2階へ目を向けると、〈神竜ノ眼〉に映し出されたのは完全武装したザハリケとセジョンがレイナの部屋の扉を開ける姿だ。

 ルーファがヴィルヘルムのことを知らぬと言えばそのまま連れて逃げる算段なのだろう。アイゼンは見張り兼時間稼ぎ要員といったところか。


 ヴィルヘルムが視線を戻せばアイゼンの護衛2人も主の側を離れ、扉を塞ぐように位置を変えている。

 彼らが“誰”を守っているのか……それは明白というもの。


(ルーファの人を見る目は確かなようだ)


 明らかに戦闘など出来そうもない家主(アイゼン)自らが“死神セイ”の相手をするのだ。その勇気と度胸はヴィルヘルムから見ても一級品。

 ヴィルヘルムは珍しくも急かすことなくアイゼンと世間話に興じることにした。



 バターン!!


 

 時間を稼がなくては!と、笑顔の仮面を被り“死神セイ”の相手をしていたアイゼンの決死の覚悟をあざ笑うかのように、勢いよく扉が開かれる。


「ヴィ……じゃなくてセイ!!」


 それと同時に、緊迫した空気など全く気付いていない鈍感なルーファが、尻尾をぶんぶん振りながらヴィルヘルムへ突進する。



 ぽふ~ん!



 まるでルーファの行動が分かっていたかのように素早く立ち上がったヴィルヘルムが、抱きついてきた身体を優しく受け止めると、上を向いたルーファに流れるようにキスをする。

 そう、それはいつもの朝の挨拶である……が、当然周りはそうは思わない。


 あまりに親し気な様子にレイナの目と口はOの字に開かれ、アイゼンの笑顔が盛大に引きつった。今更ながらに“死神セイ”の正体が気になったアイゼンが掠れた声で尋ねる。


「し、失礼ですがルウ様とはどういうご関係で?」


 その言葉に合わせるようにヴィルヘルムを中心に魔力が揺らぐ。

 彼らが見つめるその先で……その姿が変わる。



 ――“竜王ヴィルヘルム”の姿へと。






 

 カチッカチッカチッカチッ……



 時計の針の音だけが無為に時を刻み、彼らを現実へとつなぎとめる。

 いや、そこは神話への入口か。滅多に人前に姿を現さない竜王なれど、その姿かたちは伝承として受け継がれているのだから。



 ――その御姿を拝見し、“人”と思うものはまずいまい。()の方こそ正に“神”そのものだ――


 

 「英雄王ガッシュ」の軌跡を記した本で語られた一文だ。

 彼らはこの言葉の意味を知る。いや、理解させられたと言った方が正しいか。

 その姿を見た瞬間、彼らの魂にヴィルヘルムの“正体”が刻み込まれたのだ。




「レイナ!お前たちも跪きなさい!!」 


 即座に跪いたアイゼンが鋭い声を発し、正気に返った彼らが跪くよりも早く、ヴィルヘルムが口を開いた。


「良い」


 呆然と突っ立ったままのレイナに、歩み寄ったヴィルヘルムの手がその首筋へと触れる。

 ゆっくりと何かを確かめるように首筋を撫でるヴィルヘルムを、レイナは真っ赤な顔で見つめていた。

 普段は愛娘に言い寄る男には鉄槌をくらわしているアイゼンだったが……この時ばかりはただ茫然と事の成り行きを見守るだけだ。


 やがて満足したのか、首から手を放したヴィルヘルムはレイナの顎を掴んで上を向かせるとその目を……否、その更に奥を覗き込む。


「見事……実に見事だ」


 ヴィルヘルムはレイナから手を放すと、自分の腰に抱きついているルーファを見つめ優しく微笑む。


「完全に魂が身体へ定着しておる。一度死んだとは言われなければ分からぬ程だ。これならば弾みで魂が離れることもあるまい。流石は豊穣と創造を司ることだけのことは有る。成長したなルーファ」


 安堵と驚愕……2つの感情が交差する。

 安堵はレイナへ、そして驚愕はルーファへと。


 世界の守護神と謳われる竜王が、ルーファを豊穣と創造を司る()だと認めたのだ。

 ルーファと出会えた運命に、友誼(ゆうぎ)を結べた幸運に彼らは感謝する。それと同時に彼らの心に生ずるは信仰の心。

 いや、それが生じたのは疾うの昔。この瞬間にハッキリと自覚したに過ぎない。何故なら、彼らはずっと奇跡と共にあったのだから。


 拝みだす彼らを尻目に、ヴィルヘルムは気難し気に眉根を寄せた。 


「だがこの娘は瘴気に対する耐性が弱いようだ。ルーファが側にいれば問題ないが……急激に濃い瘴気に晒されれば危うかろう」


「そ、そんな!?」

「どうにかなりやせんか!?」


 瘴魔病は既に完治したとばかり思っていた一同の顔が目に見えて蒼褪め、縋るようにヴィルヘルムとルーファを見る。

 そしてそれはルーファも同じだ。心配そうにレイナを見つめ、ヴィルヘルムの服の裾を引っ張る。


「ヴィー、どうにか治せないの?」


 耐性とは後天的につけることが可能なものだ。一部の毒がこれにあたり、微量を摂取し続けることで耐性ができる。

 だが……瘴魔病は謂わば蓄積型、それも体外に排出されることのない毒だ。この方法では耐性を得るどころか逆に病の発症を促すことになる。


 そして瘴気の耐性のなさは病気ではなく体質……というか魂質であるため、ルーファの力を以てしても癒すことは出来ない。

 ただし、魂に直接手を加えれば話は別だが……繊細なコントロールを必要とするために下手をすれば別人になる可能性が高くなる。今のルーファでは土台無理な話だろう。


 それを踏まえたうえでヴィルヘルムは話を続ける。 


「完治することは出来ぬが……レイナに加護はつけれぬのか?」


 その言葉にルーファはじっとレイナを視る――その魂を。

 以前は不安定に揺れていた彼女の魂は、今では力強い輝きを宿している。それはルーファの好きな色だ。


「できるけど……前に他の子たちにつけたら加護じゃなくて祝福になってしまったんだぞ」


 眉を八の字に下げながら、しょんぼりと告げるルーファにヴィルヘルムは優しく笑いかける。


「普段の生活であれば十分であろうよ。力を使いこなせるようになれば加護へ上書きすればよい」


 パッと笑ったルーファは早速レイナに近づくとふわりと浮き上がる。対するレイナも目を閉じると祈りを捧げるように手を組む。



 シャララララララ……



 澄んだ音色と共に魔力がルーファの身体より溢れ出す。

 白銀色の光を帯びたその姿は直視することも憚られるほど神々しく、慈愛と優しさに満ちた薄紫の瞳は正に豊穣の神の名に相応しい。


 ルーファの両手がレイナの頬を包み込み、紅い唇が額へと落とされる。

 全員が固唾を飲んで見守る中でレイナの身体に白銀色の光が宿り、やがてその光は幻であったかの如くレイナの身体へと吸い込まれていった。


「終わったんだぞ。でもやっぱり祝福になっちゃった」


 残念そうに呟くルーファに目を開けたレイナが笑いかける。


「十分よ。ありがとうルーファ」


 その顔に不安や恐怖はなく、未来への希望に満ちていた。




「レイナよ。そなたは何か欲しいものはないか?」


 手を取り合って笑っている2人にヴィルヘルムは話しかける。

 元より今日はこの話をするつもりで来たのだ。レイナをリィン冒険者ギルドへ異動させたのはルーファの希望であり、今治療を施したのもルーファだ。

 ヴィルヘルムはこの機会に借りを返すつもりである。だが……レイナの返答はヴィルヘルムにとって意外なことであった。


「サ、サインが欲しいです……」


「…………」


 





「きゃー!ありがとうございます!家宝にします!!」


 レイナの愛読書「竜王紀伝」と「死神セイ」に各々サインをもらったレイナは、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現している。

 逆にヴィルヘルムはどこか浮かない表情だ。まあ、この程度では借りを返したことにはならないので致し方ないことなのかもしれない。


「そんなに嬉しいの?」


 ルーファは不思議そうにレイナを見つめる。

 ルーファにとってヴィルヘルムは生まれた時から側にいる身近な存在だ。身近すぎるためにそのサインの凄さが全く分からないでいた。


「何言ってるのよ!竜王様と言えば英雄王ガッシュよりずーーーーーーーっと凄いんだからね!!」

「えー!ガッシュより凄いの!?」


 驚きに目を見開くルーファにグワっと目を開いたレイナが(まく)し立てる。


「いい?竜王様は伝説なのよ!分かる?時代の転換期に現れ人々を導く導きの竜、そして愚かな人々に裁きを与える断罪の竜だとも言われているわ。英雄王ガッシュが最後の戦いで勝利したのがリーンハルト独立の切っ掛けだけど、実際に独立に導いたのだって竜王様なのよ!竜王様が介入しなければまだまだ戦いは続いていた筈よ」


「え!?そうなの!?」


 ルーファはヴィルヘルムをじっと見つめる。


「断罪の竜……カッコイイ!!」


 キラキラと目を輝かせルーファはヴィルヘルムにスリスリと擦り寄ると、頬を紅潮させて上目遣いにその顔を見つめる。

 それは明らかにヴィルヘルムが“死神セイ”だと知った時以上の興奮ぶりだ。


「オレも!オレもサイン欲しい!」


 





 この日、竜王ヴィルヘルムは全ての眷属にあてて【眷属通信】を発信した。



 ――この先、レイナ・ラプリツィアに手を出す者は殺す、と。

 

  

 

  

 

  

 

  

   

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