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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: J
偉大なる竜王
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抗う人々

 赤茶けた大地の上空を飛びながら、ヴィルヘルムは手に力を入れる。


「放せ!放せよ!!助けに行かなきゃ!」


 暴れるマサキを抑えるのはヴィルヘルムとて骨が折れる。だが、マサキを解放する訳にはいかない。


『何処へ行く?誰を助けるというのだ?』


 彼の眼下には見渡す限り汚染獣が広がっている。そしてソレから逃げる何百、何千万という人種の姿も。その全てを助けるなど最早不可能。


『瘴気に触れればそなたとて無事ではすまぬ。汚染獣に変わりたいのか?アレらに混じり人を喰らう獣へとなり果てたいのか?』


 彼らが会話する間にも、上空へと打ち上げられた汚染獣がヴィルヘルムに牙を剥く。だがそれも彼にとって脅威たり得ない。その全ては炎に焼かれ塵と化した。


 無造作に汚染獣を殺しているかに見えるヴィルヘルムだが、実際は違う。

 彼の力で汚染獣が増殖するのを防ぐため、狙うのは上空にいる個体のみだ。魔法で汚染獣を殺した後、その魔力を即座に吸い込み自身の魔力へと還元することで、汚染獣へ力を与えることを防いでいるのだ。


「何か……何か出来ることは……」

『何もない。我らが地上で戦えば汚染獣が増えるだけぞ』


 ヴィルヘルムが思った以上に汚染獣の進行が速い。

 蟻のように逃げ惑う人々を冷めた目で一瞥し、彼は速度を上げる。彼にとってこの光景は人種(ひとしゅ)が自らまいた種、自業自得というものだ。むしろ自分たちで責任を持って災厄の芽を刈り取ってもらいたい、というのが正直な気持ちだ。


 同時にマサキのことが心配になる。この世界の住人に無理矢理攫われ、汚染獣へ変わることを運命付けられたというのに……その諸悪の根源を助けようなどと、甘いにもほどがある。 

 

 静かになったマサキを抱え、ヴィルヘルムは空を行く。彼が地上に降りたのはそれから暫く先のことであった。










 この時代、大陸北部を支配していたのはビアンカ王国、北部最大の国だ。

 大国と言えるほど広大な領土を持つものの、その半分近くが永久凍土に閉ざされた生きるに厳しい土地である。その代り鉱石等の天然資源が豊富で、その加工技術は目を見張るものがある。


 また作物の育成が難しいこの国では、食料の実に8割を輸入に頼っている。天然資源を輸出することで得た外貨を食料の購入に充てることにより成り立っている国だ。


 北に行くにつれ激しさを増す雪と氷に、ほとんどの街が南側に固まっているのは当然のことだと言えよう。だがそんな自然の猛威にも負けず、存在する街がある。それが最北の街ノースティアだ。北部唯一の都市であると同時に、ビアンカ王国の中でも屈指の人口を誇る大都市だ。


 何故、生活するのもままならぬ最も厳しい土地に、大都市が形成されたのか……それは神域がノースティアの側に存在したからに他ならない。

 その神域に御座(おわ)す神獣こそルーファの母であるカトレア。この当時、彼女の神域は氷冷山脈ではなく、その麓の森の中にあったのだ。

 神獣を崇める人々が集落を作ったことが始まりで、そこから村、街となり大都市にまで発展していった結果である。






『こんなものか』


 現在ヴィルヘルムが佇んでいる場所は、巨大な壁……というよりも山の上である。その山と並行するように底が見えぬほど深い断崖絶壁が海まで続き、文字通り大陸を北と南に分断している。


 ここはビアンカ王国中部からやや北に進んだ地点だ。最北の街ノースティアまではまだまだ距離があるが、ここより北にある街はノースティアただ1つとなる。


 彼は数日かけて〈地ノ極〉を駆使し、この地に山を作り上げた。

 ちなみに、断崖絶壁もヴィルヘルムが作ったものである。正確に言えば、山を作るために多くの土砂を必要とした結果、出来上がったのがこの断崖絶壁という訳だ。

 その威容は正に、有りと有らゆるものを拒む天然の要塞。汚染獣に対する時間稼ぎであると同時に、彼は見捨てたのだ。この山の向こう側にいる人々を。


 ヴィルヘルムは暗い顔をしているマサキに声を掛ける。


『行くぞ』

「俺たちは正しいのか?本当にこれでいいのかよ!?もっと他に何か方法が……」


『正しいか正しくないかではない。可能か不可能か、だ。全てを救うなどといった傲慢な考えは捨てよ』


 ヴィルヘルムの冷徹な言葉に納得できないのか、マサキはじっと彼を睨みつけている。その様子に深々とため息を吐き、彼は言葉を重ねる。


『よいか?この大陸は北に行くにつれ細くなっておる。その中でもここが最も狭い。だがそれでも大陸を横断するほどの壁を作ろうと思えば時間がかかる……見よ』


 ヴィルヘルムは遥か下に見える大地を指さす。その先には蠢く赤黒い獣たちが群れを成して進んでいた。この山まで辿り着くのも最早時間の問題だろう。


『もっと南に壁を作れば今よりも多くの人を助けられたかもしれぬ。だが……果たして間に合ったのか?我の魔力も無限ではないのだ。足止めのための壁を作ろうにも他の場所であれば時間も魔力もより多くかかる。そうなれば汚染獣に追い付かれ、壁を突破される可能性が高まろう。突破されれば……終わりぞ。全てが死に絶えることとなろう』


 唇を噛み締めたマサキは悔しそうに顔を歪め、大人しくヴィルヘルムの手の上に乗る。最初は背中に乗っていたのだが、襲われている人を助けようと飛び降りて以来――即座に回収されたが――手の平に乗って移動しているのだ。


 打ちひしがれた様子のマサキに、ヴィルヘルムはどうしたものかと思案する。彼としては何千万と言う人種(ひとしゅ)の命よりも、マサキの方が遥かに大切なのだ。珍しく思い悩んでいた彼の目にあるモノが映る。


 ポツ……ポツ、と青い空に墨を落としたような黒い点が広がっていく。


『マサキ、見てみよ。人種ひとしゅは存外しぶといものぞ』


 その言葉にヴィルヘルムの指の間から顔を覗かせたマサキの顔に喜色が浮かぶ。彼らの視線の先には空を行く船――魔導飛行船――が徐々にその姿を現しつつあった。



 魔導飛行船の外観を一言で言えば空飛ぶ船である。

 この時代の主な移動手段は短距離・長距離転移陣となり、魔導飛行船は移動目的ではなく空の旅を楽しむ娯楽の面が強い。そのため最高速度は新幹線よりも遅く、時速250キロほどである。  


 100隻以上の船団が群れを成し、空を行く迫力ある姿は感動すら覚えるだろう。だが……追い立てられている現状ではその迫力も半減している。彼らは哀れな逃亡者に過ぎぬのだから。


 

 







「エドモン様!もう魔力が持ちません!!」


 悲鳴のように叫ぶ船長にエドモンは悔し気に顔を歪めた。


「もってどの位だ」

「あと30分です!」


 その答えにエドモンは崩れ落ちるように椅子へと腰かけ、こぶしを強く握り締める。


 魔導飛行船は魔石から抽出した魔力を利用して動いている。

 その肝心の魔石が底をつき、今現在補給することもままならぬまま、搭乗者の魔力を代用して飛行を続けていたのだが……それも枯渇しつつある。船の下には未だ汚染獣が蠢いているというのに。

 このままでは、汚染獣を振り切ることは出来ないだろう。


(……ここまでなのか)


 彼はマギカ技術連邦国の重役の1人だ。

 この国は魔導技術に力を入れる中小国家が連邦政府の下で統合された国家である。その代表がエドモンの父だ。


 逸早(いちはや)く知恵ある汚染獣の脅威に気付いた彼らは、他の国が自分たちの勝利を微塵も疑うことなく戦いへ赴くのとは逆に、国民を魔導飛行船に乗せ北へと避難させていたのである。

 これが第3弾目の避難船団となるが……瘴気の影響で連絡が途絶えた現在、前に飛び立った船団が無事に到着しているかは不明である。


 俯くエドモンの耳に父が最期に言った言葉が聞こえる。「諦めてはならん!国を預かる者として最後まで諦めることは許さん!儂も後から追う。その間、お前が民を守るのだ!」そう言った父は結局、彼の後を追うことなく汚染獣に呑み込まれていった。


 エドモンは弱気な心を叱咤して顔を上げた。


「〈聖結界〉を切ったらどの位飛行距離が延びる?」

「倍は飛行可能です。しかし……」


 船長の言いたいことはエドモンだとて理解している。〈聖結界〉とは文字通り聖なる力を宿す結界だ。これがあるからこそ、下から投げつけられる汚染獣を今まで被害なく退けてこれたのだが……〈聖結界〉を維持するために魔力を取られ、飛行すらままならない事態に陥っている。


「一斉に〈聖結界〉を切り、全速力で飛行する。上手くいけば何隻かは生き残れるだろう」


 無理矢理笑ったエドモンは立ち上がると、指示を出すべく魔道具へと手を伸ばした。


「船長!山です!山脈が見えます!!」


 双眼鏡で前方を見つめていた乗組員が興奮したように(まく)し立て、慌てて地図を確認したエドモンは訝し気に眉を(ひそ)める。当然だ、この周辺に山脈などありはしないのだから。


「エ、エドモン様!本当です!山脈ができております!」


 部下から双眼鏡を奪った船長が叫び、エドモンへ手に持ったそれを渡す。


 双眼鏡を覗き込んだエドモンは驚愕に息を飲んだ。

 見渡す限り横へ連なる山脈は明らかに人為的なものだ。間違いなく対汚染獣を想定した守りだろう。ならばいるはずである……人(あら)ざる力の持ち主が。


 絶望に飲まれそうな彼の心に一筋の光が差し込む。


 「諦めてはならん!」父の激励の言葉は彼にとっては死ぬまで苦しめと同義であった。だがこの瞬間、その言葉の意味が変わる。「生きろ!」父にそう言われた気がした。


「山脈までの距離は!?」

「140キロです!」


 辿り着けるかどうかギリギリの距離だ。だが彼の心に迷いはない……いや、迷うほどの選択肢がないのだ。


「全船山脈を目指せ!〈聖結界〉はギリギリまで張っておけ!切るタイミングは各船の判断に任す!」


 エドモンの命令は即座に全船に通達され、全員が固唾を飲んで山脈を凝視している。残り100キロ……80キロ……50キロ……順調に進む船団に異変が生じたのは残り30キロの地点だ。



 ドオオオオオオオオオオン!!



 煙を上げながら堕ちる一隻を皮切りに、次々と地上に赤い花火が咲く。〈聖結界〉が切れたのだ。


「〈聖結界〉残り10秒!……5、4、3、2、1……ダウン!」


 静まり返った船内でエドモンはひじ掛けを痛いほど握りしめる。



 ドガアアアン!!



 衝撃と共に床へと転がったエドモンは絶望と共に船壁に空いた穴を……そこから中を覗く汚染獣を見つめた。



(……ああ、終わりだ)  




  







  

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