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リィン冒険者ギルドへ

 早朝、ガッシュはリィン冒険者ギルドの前にいた。


 王でありながら護衛は1人もおらず、大剣を背負うその姿は一見するとただの冒険者のようだ。

 ただ……違和感があるとすれば、ガッシュの武骨な手に握られているのが武器ではなく、木で編みこまれた蓋つきの可愛らしい(かご)だという点か。


 まだ仕事の時間には早いせいか通りを歩く人影は少なく、多少遠巻きに見られている程度だがいずれは騒ぎになるだろう。

 そう思ったガッシュは足早にギルドの扉を開いた。

 

 街の外での仕事が多い冒険者は、朝早くから動き出す者が大半だ。夜は魔物が活発になることもその要因の1つだろう。

 つまり何が言いたいのかと言えば……ギルドが一番込み合う時間帯は早朝、正に今である。

 

 多くの冒険者の視線がガッシュへと向き、驚きに見開かれる。

 リィンへ住んでいるとはいえ、ガッシュが街中に出かけることなど殆どないためだ。

 まあ、あったとしてもフードで顔を隠しているのが常なのだが……今回は絡まれる等の揉め事を避ける意味合いも込めて、敢えて顔をさらしている。


 ガッシュがギルド内へ踏み入るのと同時に案内係の男が歩み寄る。


「ようこそおいで下さいました、陛下。バライより御案内するよう言付かっております。こちらへどうぞ」

 

 きっちり90度に腰を折った男の後に無言で続いたガッシュは、バライという聞き覚えのない名に内心首を捻る。

 そこで漸く数ヵ月前にギルドマスターが代替わりした事実に思い至った。



 リィン冒険者ギルドは他の冒険者ギルドに比べて敷地面積も広く、建物自体も7階建てと群を抜いて高い。

 地下には何区画かに分けられた訓練場が広がり、冒険者達が訓練に励んでいる姿を見ることが出来るだろう。


 1階には受付と酒場、2階には図書室や講義室があることはどのギルドも共通だが、3・4階が低ランク冒険者向けの無料宿泊施設となっている。

 当然大した設備はなく1部屋に16人収容できるただ寝るだけの場所である。それでも風雨が凌げてベッドがあるというのは、彼らからすれば有難いものだろう。


 そして5・6階が関係者以外立ち入り禁止の施設の心臓部となる。

 重要な資料・個人情報は全てこれらの階に保存されており、警備員も常駐している。

 ギルドマスターの執務室があるのは当然最上階たる7階……といいたいところだが、業務の関係上2階にあったりする。


 では7階には何があるのかと言えば、ギルドマスターの住居と来客のための貴賓室だ。

 基本的にギルドマスターは住み込みで働いていており、冒険者ギルドを守る最後の砦の役割も担っている。

 代々ギルドマスターが優秀な冒険者から選ばれるのは、不測の事態に備える意味合いが強いといえる。


  

 誰にも出会うことなく執務室へと辿り着いたガッシュは、案内の男に礼を言って扉を潜る。


「初めまして陛下。ギルドマスターのバライと申します。急な要件と伺いましたが何か問題でも起きましたかな?」


 入室するや否や、早く済ませろと言わんばかりに用件を問いただしてきたバライにガッシュは苦笑した。

 その隣では般若の形相を浮かべた副官のルピシアがバライを睨みつけているのだが、バライは慣れているのかどこ吹く風といった有様だ。

 権力に屈しないことを誇りにしている者ほどこういった反応を示すことをガッシュも理解しているため、()()()()そのまま流す。


「急に悪かったな」


 ガッシュは大剣を外してソファーに立てかけると、そのまま断りもなしにドカリと腰を下ろす。

 その際に手に持っている(かご)だけは嫌に丁寧に隣へと置いたことにバライの注意が向くが……それも僅かの間。

 直ぐにガッシュへと視線を戻したバライも断りなく対面へと座った。

 それは、(まか)り間違ってもこの国の頂点たるガッシュに対する態度ではなく、バライを睨むルピシアの目は射殺さんばかりに吊り上がっている。


 怒りで震える手でルピシアがお茶を淹れ、それを合図にバライが盗聴防止の魔道具を発動させる。この辺りは腐ってもギルドマスターといったところか。

 ガッシュも美辞麗句な挨拶よりも単刀直入に物事を進めたいタイプであるために、余計な時間をかけることなく本題を切り出した。


「レイナ・ラプリツィアという名に聞き覚えはあるか?」


 ガッシュの問いに不愉快そうに鼻を鳴らしたバライが馬鹿にしたように笑う。


「なるほどなぁ。つまりその女は陛下が捻じ込んだという訳ですかい?英雄王ともあろう御方が女1人のために権力を振りかざすような汚ねぇ真似をするとは……落ちぶれましたな」


 余りにも直接的な物言いにガッシュは天を仰いだ。

 流石のガッシュもこれは想定外である。もっと常識のある男だと思っていたのだが……ガッシュの中でバライの評価が一段どころか十段ほど急降下する。


『ヒック……グスグス』


 何処からともなく聞こえてきた泣き声にバライとルピシアが気味悪そうに辺りを見回す中、ガッシュは隣に置いた籠の蓋を開けて中身を取り出す。



 そこには――目にこんもりと涙を溜めた子狐がいた。




 呆然と目を見開いたバライとルピシアはその白銀色の毛並みと藤色の目を認め、慌ててその場に跪いた。

 バライが挨拶の口上を述べるよりも早く、ルーファが口を開く。


『……ヒック!オ、オレがレイナちゃんがリィンへ異動できるように頼んだんだぞ。レイナちゃんは何も悪くなくて……オレが、オレが……うわあああああん!どうせオレは薄汚い狐さんなんだぞ!落ちぶれた神獣なんだぞ!!ぎゃおおおおおおん!!』


 大泣きを始めたルーファを優しく撫でながら、ガッシュはバライに一言告げる。


「と、いうことだ」



 …………。



 …………。



 バコーン!!



 顔を引き()らせたまま固まったバライの頭へルピシアのお盆が容赦なく叩き込まれる!

 その目は早く何とかしなさいよ、と語っている。


「あ、あの、申し訳ありません。先程のは言葉の綾といいますか……本心ではなくてですね」


 しどろもどろに言い訳を始めたバライに答えるのは大音量の泣き声ばかり。

 助けを求めて視線をさ迷わすバライに、ガッシュが致し方なしと助け舟を出す。


「ルーファ、ほら、謝るんだろう?」


 ガッシュに促され、泣きじゃくりながらもルーファは懸命に言葉を紡ぐ。


『ご、ごめんな、しゃい。レイナ、ちゃんと一緒に、いたく、て……ヒグ、オレがヴィー、にお願い、したの。わ、悪い、ことだって、知らなくて、レイナちゃん、悪く、ないのヒック、うええええええん!!』


「よしよし、良く言えたな。偉いぞ」


 ルーファを抱き上げたガッシュはその背をポンポン叩く。 

 わんわん泣くルーファが落ち着いたのはそれから1時間後のことであった。




 

 泣き疲れて寝入ったルーファを(かご)の中にそっと戻し、最後にひと撫でしたガッシュはバライへと向き直る。



 ――瞬間、ガッシュの雰囲気が一変した。



 抑えていた魔力が溢れ、隠し切れぬ覇気がその身に宿る。

 思わず姿勢を正したバライにガッシュは冷たく告げる。


「お前の対応は不快だな。冒険者ギルドは権力を嫌うことは理解しているが……お前はただの礼儀知らずだ。権力に屈しないことと無礼は違う。履き違えるな」


 先程までと同一人物の筈なのに、バライの目にはガッシュが一回りも二回りも大きくなったかのように映る。

 ここにきてバライは(ようや)く理解した――自分の振舞いは竜を威嚇する哀れな兎に過ぎなかったということを。

 そう、彼は確かに履き違えていたのだ。ガッシュは()()の象徴ではなく()()の象徴。それは冒険者が最も尊ぶモノだというのに。


「申し訳、ありませんでした」


 素直に頭を下げたバライにガッシュは鷹揚(おうよう)に頷いた。

 ガッシュからすれば、これはギルドマスターが代替わりする度に起きるいつもの通過儀礼だからだ。


「構わん。だが次はないと思え」

「はい!」


 元気よく返事をしたバライの目は、新人冒険者が憧れの高位冒険者を見るかの如く輝いていた。

 力を認めさせればあっさりと手のひらを返すのが冒険者という生き物だといえよう。





「それで、これからが本題だが……その前に、これに記入してもらう」


 そう言ってガッシュが取り出したのは秘密保持の誓約書だ。紙に署名しながらバライはガッシュへ気になったことを尋ねる。


「先程のが本題ではなかったので?」

「まあ、話の続きと言ったところだ。ルーファはレイナの異動を取り消すつもりなんだが……お前達にはこのままレイナを受け入れてもらう」


 先程までであれば反発していただろうバライも現在はガッシュの忠実なる犬。

 飼い主の意思を確認しようとその真意を問いただす。


「理由を聞いても?」


 理由は2つ。


 1つはこれにヴィルヘルムが絡んでいるという点だ。


 竜族にとってヴィルヘルムの言葉は神の言葉。

 もし、神の意向で異動させられたレイナの受け入れを拒否すればどうなるか……。更に言えば、竜玉であるルーファを泣かせたことがバレれば、最悪リィンのギルドが滅ぼされることとなるだろう。

 ちなみにこれは全員がクビになるという意味ではなく、文字通りの滅びだ。

 竜族とはとにかく過激なのである。だが……流石にこれをバライに伝える訳にはいかない。

 そこでガッシュはもう1つの理由を口にした。



「ルーファが今回の件をヴィーに頼んだと言っていたのを覚えているか?そのヴィーという人物が問題なんだ」


 はあ、とため息を吐いたガッシュが疲れたように目頭をグリグリと揉む。 


「何者ですか?」


 誓約書を書かすレベルの大物である。バライの声も自然と低くなる。


「竜王ヴィルヘルムだ」

「「え!?」」


 伝説上の名を聞いて固まる2人に、ガッシュは更なる爆弾を容赦なく投下する。


「そして……死神セイでもある」

「「はあ!?」」


 完全に動きを止めた2人にガッシュはもう一度同じセリフを告げる。


「死神セイは竜王ヴィルヘルムだ」


 グビリ、と唾を飲み込んだバライに、今にも倒れそうなルピシア。

 ()もありなん。ガッシュでさえこの事実を知った時は胃が痛くなったのだから。

 だがここで話を止める訳にはいかない。ガッシュは心を鬼にして続ける。


「メイゼンターグに死神セイが来たことは当然知っているだろ?どこまで把握している?」

「……ルウという名の養い子がいると聞いています。確か溺愛しており、手を出すのは危険……だ、とか」


 何かに思い至ったのかバライが勢いよくルーファの入った(かご)を見る。


 ――死神セイの“逆鱗”。


 それは冒険者ギルドで優先して調べてある事柄だ。

 当然“ルウ”についても出来る限り調べてある。フォルテカ公国のシルキスで登録した冒険者で、その後カサンドラに居を移した。

 そう、神獣(ルーファ)のいたカサンドラに。

 

「ま、まさか……」

「そうだルーファは普段ルウという名で冒険者をしている。この意味が分かるか?ルーファがリィンへ移動すれば洩れなく死神セイもリィンへやって来る。お前たちに死神セイの相手が出来るか?」


 一気に蒼褪める2人。


 バライもルピシアも竜王ヴィルヘルムが光星城を破壊し、北へ飛び去って行く姿を目撃している。

 「アレの相手が出来るか」……そう問われれば「人では不可能だ」と返すだろう。


「そこでレイナだ。レイナは以前ルーファを守って()()()

「はあ?死んだ?」


 素っ頓狂な声を出したバライは冗談かと思い笑おうとしたが……真面目なガッシュの顔を見た瞬間、引き()った笑みへと変わる。


 ――人は死ねば生き返ることは出来ない。


 それが唯一絶対の法則の筈だ。


「レイナは死んだ。首を切られてな。彼女を生き返らせたのがルーファだ」


 最早、バライに言葉はない。

 果たしてここは現実なのか……それとも夢を見ているのか。

 衝撃の事実のオンパレードにバライは唐突に自分がどこにいるのかが分からなくなる。もしかしたら、自分は物語の中に迷い混んでしまったのではないか、そんな突拍子もない考えが脳裏に浮かんだ。




 バコン!



 夢幻の世界へ旅立とうとしたバライの頭に衝撃が走る!

 彼を現実に立ち返らせたのは銀色に輝くお盆だった。




「しっかりして下さい!」

「あ、ああ」


 ルピシアに殴られた頭を摩りつつ、バライはガッシュへ向き直る。


「あ~、そう、要はレイナはルーファを守ろうとして死んだんだ。そして竜族は恩には恩で報いることを信条としている。つまり、ヴィルヘルムがレイナを傷つけることは余程のことがない限り無いと言ってもいい」


「おお!!」


 暗雲……というよりも破滅の嵐の中で垣間見えた一筋の希望の光にバライは縋りつく。

 バライが喰いついたのを見て、ガッシュも重々しく頷く。


「悪いことは言わん。レイナを雇え。彼女ならヴィルヘルムの相手ができるだろう」

「ありがとうございます陛下!貴方様こそこのギルドの救世主です!!」


 一気に救世主まで格上げされたガッシュはバライへと力強く告げる。


「頼んだぞバライ!」

「はい!!」


 ガッチリと手を握り合った2人の耳にサイレンの音が響いたのはそんな時だ。




 ――緊急避難指示が発令されました。市民は避難所へ至急避難を開始して下さい。繰り返します……


 


「一体何が!?」


 焦るバライと対照的にガッシュは冷静そのものだ。何故なら、ガッシュは即座に何が起きたのか悟ったためだ。

 ガッシュは立ち上がるとカーテンを開ける。



「よく見ておけ。これが竜王ヴィルヘルムの力……そのほんの一端だ」






   

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