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ロキの1日

 リフォームを終えたルーファの屋敷には現在13名の住人がいる。


 まず庭に住んでいるのがルーファのペットであるメーだ。そして2階の使用人部屋にはガーオ、ピピ、ドッペルたち迷宮幹部の部屋がある。

 ただし、あるのはこの3名の部屋だけで、残り3名の幹部はというと……スッパイダーは森に巣を作り、デッスンは騎乗馬のマオと離れて暮らすことを嫌がったために洞窟を住処としている。

 ブルルは……残念ながら太りすぎで屋敷に入ること叶わず、食べ物を求めて日夜迷宮内を徘徊しているために住居不定である。


 客室である3階に住人はおらず、特筆すべきこともないので4階へと移ろう。


 ここに住んでいるのはルーファの友人であるバーン、アイザック、ミーナ、ゼクロスの4名。

 そして4階と5階の間にある踊り場にラビの部屋があり、5階へ侵入しようとする不届き者がいないか常に目を光らせている。とは言ったものの、5階には特定の者以外入れないように魔法が掛けられているので、あくまで念のためである。


 そして最上階たる5階はルーファ・ヴィルヘルム・ガッシュ・ロキの部屋となる。

 驚くべきことに全員が超越種であり、世界の最高戦力が此処に集結していると言っても過言ではないだろう。ただし、ルーファは除くという注釈が付くが。


 リフォームの前後で最も変わった場所が5階だ。


 その最たるものがロキの部屋が増えたことだろうか。

 ルーファは生まれたばかりのロキと一緒の部屋に住む予定だったのだが……独裁竜の恐怖政治により、ルーファ以外の全員がロキの1人部屋に賛同した結果である。

 更に、以前はルーファを真ん中に両隣がヴィルヘルムとガッシュであったのだが……現在はルーファ、ヴィルヘルム、ガッシュ、ロキという順に変更されている。誰の意見かは想像にお任せしよう。



 屋敷の中を覗いてみれば、部屋にいるのはロキ1人のようだ。今は丁度お昼時で、他の住人は外出中なのだろう。


 さて、ロキが何をしているのかと言えば……ベッドに仰向けに寝転がって目を閉じている。

 一見すると眠っている様に見えるのだが、眠る必要のないロキが昼寝などするはずがなく、こう見えて演算領域をフルに活用し、自室にいながら迷宮の情報を集めているのだ。


 迷宮が再び解放されてからというもの、前以上に多くの冒険者が攻略に励んでいる。

 数日間迷宮を閉鎖したお詫びに、ルーファが宝箱の数を増やすことを公言したためだ。


 これはロキにとっても幸運であった。


 何故なら、ロキはやって来た冒険者1人1人をスキャンし、初見の魔法を全てコピっているからだ。もちろん改良にも余念がない。

 まあ、要するにこの現状はロキにとって、冒険者カモがネギを背負ってわざわざやって来ている、という何とも美味しい状況であった。


 更に冒険者の中から選出した強者の戦い方を研究すべく、様々な種類の魔物を送り込んでいたりする。

 冒険者からしてみれば迷惑極まりない話だろうが……超利己主義な悪魔(ロキ)は気にしない。武術、戦術、連携、効率的な魔法の運用方法……学ぶべきことはまだまだ多くあるのだから。




 目を開けたロキは立ち上がると魔装で長剣を作り出す。



 ヒュン!ヒュヒュン!



 僅かのブレも見せないその剣筋はまるで一流の戦士のようだ。

 技と技の繋ぎ目ですら一瞬の停滞もなく、流れる水の如く滑らかだ。

 足の運び方も重心の移動の仕方も見る者が見れば、ロキがただ者でないことがハッキリと分かるだろう。

 だが、彼が剣を振るったのは今が初めて。彼は見たものを完全に記憶し、尚且つ再現することが可能なのだ。


 槍を、戦斧を、短剣を……あらゆる武器を試していく。


「こんなものか……」


 激しい動きを繰り返していたにもかかわらず、汗1つかいていないロキは武器を魔力へ戻すと何の感慨もなく次なる行動に映る。

 

「やはり……実戦が必要か」


 サッと手を振れば目の前にスクリーンが現れ、そこに映るは戦う冒険者たち。


 口の端を吊り上げ、ペロリと舌なめずりしたロキは転移をしようとして思いとどまる。

 このままでは力の差があり過ぎるためだ。弱い相手を甚振(いたぶ)ったところで得られるものなどない、と言うのがヴィルヘルムの(げん)である。

 ヴィルヘルムの教えを破る訳にはいかない……色々な意味で。

 ロキは自分の身体と魂に手を加え、魔力と身体能力に制限をかけ、画面に映る相手とそこまで差がないことを確認すると、今度こそ部屋を後にしたのだった。






 ――迷宮92階層――



「行くぜ!」


 バーンの掛け声にアイザック、ミーナ、ゼクロスが頷きを返し、彼らはボス部屋の扉を押し開く。

 まず彼らの目に飛び込んだのは、広い広い空間の真ん中に鎮座す巨大な山。



 ――否、それは亀だ。



 だが、亀と言ってもトロ臭さは一切感じさせない。

 鋭い爪に牙を持ち、2本の尾は甲羅に入るのか疑わしいほど細く長い。

 甲羅から出た手足を覆うのは、竜を連想させる鋼の如き硬質な鱗。例え甲羅が無くとも傷つけるのは至難の技、“動く要塞”――そう称するに相応しい威容だ。


 バーンは鋭く目を細め、その亀……の上にいる人物を睨みつけた。


「誰だ!!」

「遅かったな。おかげで……殺しちまっただろう?」


 バーンの問いに答えることなく、柔らかく微笑んだロキが立ち上がり4人を見下ろす。


「ボスはその竜亀の筈だが?」

「そんなことはどうでもいいさ。オレはお前たち()()と殺りたい」


 バーンとアイザックが反応するよりも早く深淵が口を開き、一瞬にしてミーナとゼクロスの姿が消えた。


「テメェ!2人を何処へやった!!」


 バーンから魔力が吹き上がり、ギラギラと殺気だった目がロキへと向けられる。

 強烈な殺気を向けられたにもかかわらず、心底楽しそうに笑ったロキは音もなく地面へと降り立った。



 ギイイイイイン!!



 着地した瞬間を狙って影から振るわれた短剣をロキの魔爪が弾き、舌打ちしたアイザックは弾かれた勢いそのままにバーンの元まで下がる。


「いいねぇ。やはりお前らが一番強い。最初は剣も考えたんだが……魔爪が一番しっくりくるな」


 感触を確かめるよう腕を一振りしたロキが地面を蹴り、それに呼応するようにバーンが動く。 


 紫暗の爪と双剣が切り結ぶ。

 絶え間なき刃の奏でる音色が、2人の速度が尋常でないことを示している。互いに場所を入れ替えながらクルクルと回るその姿はまるで円舞曲(ワルツ)のよう。

 だが……遊びはここまで。二筋の光が互いの首を狙って走る!!

 


 バシュゥっ!!



 落ちたのは……ロキの首。

 それを為したのはアイザックだ。彼らはチーム、バーンに集中しすぎたのがロキの敗因。



「やったか……何!?」


 バーンの喜びの声は驚愕へと変わる。

 傷口から噴水の如く噴き出した闇が落ちた首を絡め取り、()()()()()()()()()()()

 それを呆然と見つめる……ことなくバーンの足が轟音と共に地を蹴り、影から飛び出した6体のアイザックが刃を振るう。



 ガギイイイイイイイイイン!



 ロキを包み込むように広がった3対の翼が全ての刃を弾き……ブレる。

 目にも留まらぬ速さで薙ぎ払われた翼が、衝撃波を伴い全方位に走ったのだ!


 逃げ場は……ない。


 迷うことなくバーンを庇った6体のアイザックは挽肉へと変わり、〈金剛体〉で防御を固めたバーンは辛くも生き残る。

 防御系固有魔法を発動させて尚、その身体を切り刻んだ攻撃の威力に、バーンの額からは嫌な汗が流れ落ちた。


「ゴホッ!ゴフッ!」


 込み上げてきた血を吐き出したバーンは震える手で“神獣の気まぐれ”を(あお)るものの、普段であれば一瞬で元通りになるはずの傷の治りが遅い。

 それでも鋭い目で前方を睨み、バーンは双剣を油断なく構える。




「今のが“死”の感覚。とてつもなく……不快」


 ロキの眼球が漆黒へと染まり、紅き瞳が爛々と輝く。



 ドスッ!  ドスッ!ドスッ!

     ドスッ!

ドスッ!  ドスッ! ドスッ!  ドスッ!

  ドスッ!    ドスッ!

     ドスッ!ドスッ!


 

 細く伸びた翼がバーンを狙い縦横無尽に地面へと突き刺さる!

 だがバーンも幾つもの死線を潜り抜けてきた戦士。時には剣で軌道を逸らし、時には最小限の動きでそれを(かわ)す……が、バーンが不利なことに変わりはない。

 動く度に治り切っていない傷から鮮血が溢れ、彼の体力は徐々に徐々に削られていく。


「お前の力はこんなものかよ!!」


 不利を微塵も感じさせることなく不敵に笑ったバーンが挑発すれば、紅き眼が忌々し気に細められる。

 魔爪がロキの手を分厚く覆い、今では爪の一本一本がバーンの剣に匹敵するほどだ。

 バーン目掛けてロキが地を蹴った瞬間……



 ブシュゥゥゥゥ!!



 影から躍り出たアイザックがバラバラの肉片に変わった。

 それを為したのは――3本の尾。



 ジャララララララ……

    ジャララララララ……

        ジャララララララ……



 それはまるで蛇。

 宙をうねる尾が一斉にバーンへと牙を剥く!

 バーンの目を以てすら追いきれぬ速度。頼りになるのは音と……勘。

 ヒュン!と音を立て迫り来る尾に、バーンは冷静に己の立ち位置を計算する。



 ガン!ガン!ガン!



 ロキの翼を盾となし、ロキの尾を矛となす。実に……見事。


 自らの翼と尾が激突する事態にロキの動きが止まった。

 一瞬の停滞。それは勝敗を分ける“隙”だ。



 ――重力魔法〈増減・己〉

 ――武王魔法〈剛力〉〈疾風〉〈金剛体〉



 瞬時に魔法を重ねがけしたバーンは正に飛ぶようにロキへと迫る。だが、ロキも負けてはいない。即座に翼と尾を収納して魔爪を構える……が、そこを狙いアイザックが再び影から躍り出た!






 ロキは瞬時に計算する。


 アイザックの〈分身〉は6体。バーンの側に2体。そして自分の側に4体だ。バーンが到着する間にアイザック4体を殺すことは……可能。

 

 獲物をアイザックへと切り替えたロキは魔爪を()ぐ!


 ロキが自分の失敗を悟ったのは正にこの瞬間。

 短剣を捨てたアイザックが切られながらもロキを掴んだのだ!

 

「……アホだな」


 下半身と別れを告げた4体のアイザックは両手でロキを掴み離そうとはしない。その顔には笑みが浮かび、ロキを嘲笑っている。


「クソガアアアアア!!」


 翼を広げ離脱しようとしたロキだったが……その判断はあまりにも遅かった。

 先んじて投げられた1本の剣がアイザックごとロキを貫き、動きの止まったロキの首へと容赦なく刃が吸い込まれる。

 ロキの首と胴が再び別れを告げ、バーンの影へと潜んでいた2体のアイザックの魔法が発動する。



 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉

 ――〈一撃必殺〉…………

 


 細切れにされたロキを見届けることなくバーンは後ろへと下がり、アイザックがその隣へ並ぶ。



 ――灼熱魔法〈極小太陽〉

 ――灼熱魔法〈極小太陽〉



 2重に展開した積層型魔法陣がロキを包み込み、その内に太陽が出現する。灼熱と炎が眩い光を放ち、目を開けていられぬほどだ。酸素すら存在しないその空間に生物が生き残れる余地はない。


「油断するなよ」

「分かってるぜ」


 息を荒げ、汗を滲ませた2人は収納の腕輪から“神獣の気まぐれ”を取り出し一気に(あお)る。彼らの願いはただ1つ――これで終わってくれ、と。


 彼らは知らない超越種(ロキ)の力を。


 何の前触れもなく魔法陣が黒く染まる――深淵だ。深淵が魔法陣の力を取り込みロキへと還元しているのだ。

 闇が炎の如く荒れ狂う中、不思議とその声はハッキリと2人の耳へ届いた。


「リミッター解除」


 呟きと同時に闇が晴れれば、そこには傷1つないロキの姿があった。

 否、違う。ソレは確実に以前のロキとは別物だ。

 空気が重く2人へと圧し掛かり、息をすることでさえ困難だ。その内包せし力は正に“化け物”と呼ぶに相応しい。

 この禍々しき力こそが本来のロキなのだから。


「マジかよ……」


 バーンの全身に鳥肌が立ち、意思に関係なく身体が震える。それは(まが)うことなき恐怖だ。


「弱音を吐くな、殺るしかないだろ」


 そう吐き捨てたアイザックの額からは止めどなく汗が滴り、噛み締めた唇から血が流れる。だが、彼らの目だけは未だ恐怖に飲まれることなく闘志を宿していた。 

 

「殺す……殺す殺す殺す殺す……」

 

 ブツブツと呟き続けるロキが翼を広げた瞬間……



 ザッバーン!!



 滝の如き豪雨……というか滝そのものが頭上から落ちて来た。

 ピチャン、ピチャンと滴る水滴を乱暴に払ったロキが上空を睨みつけると、呆れた声が降ってくる。


『まったく何をやっとるんじゃ』


 恐れもなくロキの前に現れたのはラビだ。


「邪魔をするな」


 ロキの殺気を柳の如く受け流し、ラビは面白い冗談を聞いたとばかりに声を立てて笑う。


『助けてやったのじゃ。感謝するのが道理というものじゃろう』

「助ける?邪魔の間違いだろう?」


 ロキの尾が苛立たし気に何度も大地へと叩き付けられ、その度に深い亀裂が刻まれる。まるで固い筈の大地が柔らかなバターに変わったかのようだ。


『このまま2人を殺しておればルーファは何と思うかのう』


 意味ありげに呟かれた言葉にロキの動きがピタリと止まる。

 一気に正気に戻ったロキは漸く現状を認識し、僅かに顔色を悪くした。


『……お前さんは先に忍耐力を身に付けるべきじゃのう。戦闘で正気を失うなど未熟も良いところじゃ』


 ラビを睨みつけるが特に反論することなく、ロキはミーナとゼクロスを解放すると即座に転移で去って行った。

 それを見送ったラビは今日一番のため息を吐くとバーンとアイザックへと向き直る。


『すまんかったのう。あの子は少々ヤンチャでなあ』

「いや、むしろこっちが礼を言う方だぜ。あんたが来なけりゃ間違いなく死んでいた」


 未だに鳥肌が治まらないバーンは、腕を擦りつつ苦笑する。だがそれもすぐに真剣な表情へと変わり、彼は仲間のもとへと急ぐ。


「2人は気を失っているだけだ」


 一足先にミーナとゼクロスの様子を確かめていたアイザックの言葉に、バーンは安堵の余りその場に座り込み、それと背中合わせに座ったアイザックがグイーと体重をかける。


「おい!」


 前かがみになったバーンが身体をずらすと、アイザックはそのまま仰向けに寝転がる。アイザックがここまでだらけるなど非常に珍しいことである。


「……疲れた」

「同感だぜ。帰って1杯やりたい」


『ほっほっほ。まあ、待つのじゃ』


 パタパタとバーンに近づいたラビが虚空に手を(かざ)せば、ポンっという音と共に煙が上がる。そこから現れたのは――宝箱だ。


「「おお!!」」


 勢いよく起き上がった現金な2人は宝箱をサワサワと撫でまわすと、お預けを食らった犬のような眼差しでラビを見つめる。

  

『ロキを2度も殺したのじゃ。お前さんらにはこれを受け取る資格がある。遠慮はいら……』


「罠は!?」

「ない」  


 ラビの言葉を最後まで聞くことなく、ギラギラと欲望に目を輝かせた2人が勢いよく蓋を開けた!



 ――そこにあるのは一振りの長剣。



 何の装飾もないシンプルな柄と鞘。だが……見るだけでゾッとするほどの力を感じさせる。

 誘蛾灯の如く引き寄せられたバーンが鞘から剣を抜けば真っ赤な刀身が現れる。

 一見すれば「血のような」と称したくなるような赤なれど、それから感じるのは禍々しさではなく神々しさだ。何故なら、黄金色に輝く光が刀身に添って溢れ出しているのだから。


「これは……凄いぜ」


 魅いられたように刀身を撫でるバーンに自慢げにラビが説明する。


『驚いたようじゃな。これはヴィルヘルム様が自らの鱗を用いてお作りになられた逸品じゃ。時期が来れば渡すように申し付けられておったのじゃが……ロキに勝利したからのう。今渡しても問題なかろうて。後2本……長剣と短剣があるでな、それが出てくるのは100階層以降じゃ。精進するがよいぞ』


「竜王様の……」


 剣を見つめるバーンの目はうっとりと潤んでおり、その上気した頬はまるで恋する乙女だ。ほぅっと甘く息を吐くバーンの様子に、心持ち距離を取るアイザックとラビ。

 そんな1人と1匹の様子に気付くことなく、剣を鞘に仕舞ったバーンはハアハア言いながら頬刷りを始めた。


「良かったな。剣を買い換える手間が省けて」


 何故か10メートル以上離れた場所から話しかけるアイザックの言葉に、漸く現実に戻ってきたバーンがハッとして自分の腰を見る。そう、ロキへ投擲した剣は〈極小太陽〉と共に蒸発してしまったのだ。


「残りの1本も必ず手に入れてやるぜ」

「おい。2本だろ」


 ニヤリと笑い合った2人はまだ見ぬ武器に思いを馳せるのだった。





「ところで……何でそんなに離れてるんだ?」


「…………」

『…………』





 

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