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迷宮の秘宝・上

 メイゼンターグにある会議室には3人の男と1匹の子狐の姿があった。


 上座の椅子……ではなく机に置かれた超高級クッションにルーファが座り、対面の下座に座るのはガッシュだ。その背後にはいつも通りにバハルスが控え、最後の1人はリーンハルトの頭脳と呼ばれるこの男。


「お初にお目もじ(つかまつ)ります。リーンハルトで宰相の任を賜っているマイモン・シェラーソンと申します。迷宮神獣様におかれましては本日もご機嫌麗しく喜ばしいことでございます」


 自分の前に跪くマイモンをじっと見つめていたルーファはクッションの上からピョンっと飛び降りると、くんかくんかと匂いを嗅ぎ始める。

 当然その行為の目的は相手の匂いを覚えるという至極単純なものなのだが……マイモンからしてみればルーファの行いは重要な意味合いを持つ。



 ――神獣は正邪を見極める存在。



 神獣信仰国において神獣に邪と判断されれば、それ即ち罪人と同義だ。彼にとってこれは「神獣の審判」に他ならない。

 子狐を相手に身体を強ばらせ、全身で緊張を表現しているマイモンの姿は、本来であれば滑稽に映るだろう。だがそれを見ても、笑うものなどいはすまい。

 神獣と挨拶を交わすということは、それほど重要なことなのだ。


 マイモンとの間にある意識の齟齬(そご)に気付くことなく、臭いを嗅ぎ終えたルーファは意気揚々とクッション……ではなくガッシュの膝の上へと戻った。


『よろしくなんだぞ!オレのことは名前で呼んで欲しいんだぞ』

「おお!!何という幸運!!ご慈悲に感謝いたします!!」


 取り出したハンカチで額に(にじ)んだ汗を拭ったマイモンは、ようやくその顔に笑みを浮かべた。


 さて、何故宰相であるマイモンがここにいるのかと言えば、新たにルーファの領土となった聖地の割譲について交渉をするためだ。

 とは言っても、既にカサンドラ跡地からメイゼンターグまでの土地をリーンハルトに割譲することは決まっており、今日は報酬についての話し合いとなる。


「それで……ルーファは報酬の希望はあるのか?物品でも金銭でもなるべくお前の希望に沿うようにするぞ」


 ガッシュが切り出した瞬間……


「オッホン!陛下、ルーファスセレミィ様に対しお前などと……不敬にもほどがありましょう」


 額に青筋を浮かべたマイモンが聞いたこともないような低い声でガッシュを(たしな)める。だがここで異を唱えたのはルーファだ。


『オレとガッシュは家族なんだから構わないんだぞ』

「おお!それは申し訳ありません!出過ぎた真似を致しました」


 にこやかにルーファに話しかけたマイモンの目がガッシュへ向けられた瞬間、メラメラと嫉妬の炎が燃え上がる。

 それを見たガッシュは傍目で見てわかる程げんなりとした表情を浮かべるが、直ぐに諦めの境地へと達する。

 ルーファは西部初の神獣。それも5柱しかいない内の1柱だ。信仰心の厚いマイモンからしてみれば、神が降臨したに等しいのだろう。


 マイモンと目を合わさぬように明後日の方を向いたガッシュは、一口紅茶に口付けると深々とため息を吐いた。


『ガッシュ!ガッシュ!』


 そんなガッシュの様子に気付かぬまま、ルーファは膝の上でピョンピョン飛んで自己アピールをする。


「どうした?欲しいものが決まったのか?」

『うむす。オレが望むのはこれくらいなんだぞ』


 そう言ってスッと前足を上げるルーファ。


「「「…………」」」


 顔を見合わせる3人。残念ながら全員の顔にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「あ~、それは1か?それとも5か?」

『当然5なんだぞ』


 代表してガッシュが問えば、間髪いれずルーファが答える。どうやら、ルーファの指の数は5本らしい、とどうでも良いことを考えながらガッシュは更に尋ねる。


「……5百万ドラ(白金貨5枚)か?」


 その瞬間、ガッシュに2対の冷たい視線が突き刺さる。

 ガッシュとしてはルーファがあまり金銭に興味ないだろうと思っての言葉だったのだが、それでは済まないのがリーンハルトの知恵袋たる2人だ。


「陛下、流石にそれは安すぎかと……」

「差し出がましいようですが、買い叩いていると思われますよ」


 メイゼンターグからカサンドラ跡地までは魔獣車で10日……いや、現在は魔物がいないことを考えれば1週間ほどだろうか。その広さを考えれば桁が3つは違うと言っても過言ではないだろう。


『そうだぞガッシュ。オレをそこら辺の安い狐と一緒にするなんて……大間違いなんだぞ!』

   

 ピョンっとテーブルの上に飛び乗ったルーファがガッシュへと向き直り、クワッと目を見開くともう一度前足を高々と掲げた。


『これは5オパンツなんだぞ!!』

「……は?パンツ?」


 その瞬間、ガッシュの心に嫌な予感が吹き荒れた。

 そう、ルーファが何かやらかす時は周りの被害が大きいのである。主に――精神的な。


『そうだ!それも生パンでなければならない!』


 説明しよう!

 生パンとはルーファの造語で、脱ぎたてほやほやの洗ってないパンツのことである。


『オレは英雄王ガッシュの生パン5枚を所望するんだぞ!!』


 変態狐は堂々と脱ぎたてパンツを要求した。

 頭を抱えるガッシュに口を押え腹筋に力を入れるバハルス。マイモンと言えば……


「おお!流石はルーファスセレミィ様!汚染獣の襲撃で受けた傷は未だ癒えず、高濃度の瘴気が北方の大地を汚したせいで作物に大打撃を受けたリーンハルトの苦しい現状を憂いてのその発言!!何とお優しいことかっ!このマイモン感動いたしました!!」


 何故か感激していた。

 明後日の方向に解釈したマイモンに、ルーファは鷹揚(おうよう)に頷いて見せる。


『流石はマイモン。我が真意をいとも容易く見抜くとは……やるではないか!』


 ノリノリなルーファに、絶対そんな意図ないだろ!と喉元まで出かかった言葉を、ガッシュは意志を総動員して飲み込んだ。

 言ったら最後、ガッシュが悪役になること折り紙付きだが……ここで黙って要求を飲むなど出来ようはずもないガッシュは抵抗を試みる。


「パンツに使い道なんかないだろ!?もっと別の物にしろ!」

『ふっふっふ!どうやら自分のオパンツの行く末が気になるようだな。いいだろう!オレが説明してやろう!つまり……こうだ!!』




 迷宮、それは死と隣り合わせの危険地帯。


 日々、多くの攻略者たちがその内部へと飲み込まれ、泡沫(うたかた)の夢の如くその命を儚く散らす。一体何が彼らをこうも死地へと駆り立てるのか……いや、それは愚問と言うもの。

 ある者は名声のため、ある者は強さのため、そして……ある者は富のために。 


 ここにもまた迷宮に魅せられし男が10人。


 時には罠に嵌り、時には重傷を負いながらも彼らは奥へ奥へと進む。

 その目に宿る強い闘志は、命を賭しても目的を成し遂げんとする覚悟があった。そして……いつしかトップランカーと呼ばれた彼らは、前人未到の迷宮の深部へと到達する。


 今、彼らの前には巨大な扉があった。


 迷宮守護者が守る最後の扉だ。

 お互いに顔を見合わせた彼らは扉を開く。果たして彼らの先にあるのは“栄光”か、それとも“死”か……


 

 ギィィィィィィィィィィ……



 不吉な音を立てて開いた扉の先に待ち構えるは――3つ首の竜。

 赤き竜は火炎の竜、蒼き竜は水氷の竜、そして……黒き竜は暗闇(やみ)の竜。

 鎌首をもたげた美しくも禍々しき姿は、命を刈り取る死神の鎌を連想させ、3対の竜眼が彼らを捉えたと同時に、入口の扉が轟音を立てて閉まる。


 退路は断たれた。

 否、最初から退路などありはしない。彼らが見据えるのは“勝利”、それだけだ。



 ガアアアアアアアアアアア!!



 初撃の呼気(ブレス)暗闇(やみ)竜からの贈り物。それは状態異常を引き起こす始まりの合図。 

 麻痺、暗闇、石化……あらゆる状態異常が彼らを襲う!


 次々と身代わりとなって弾け飛ぶ魔道具……それが尽きた時が彼らの終わりの時だ。

 死の(あぎと)が迫っているにも拘わらず、誰1人として動揺する者などいない。この場にいるということが人類最高峰の戦士の証なのだから。

 即座に散開した彼らは己が武器を振りかぶり3つ首の竜へと躍りかかる!

 

 風を纏う巨大な戦斧が

 炎を纏う長大な剣が

 冷気を纏う氷の槍が

 雷を纏う神速の矢が

 そして……重力を操る凶悪なメイスが

 

 鱗を!肉を!骨を!叩き切り、

 尾を!爪を!牙を!弾き返す。


 最初に墜ちたのは暗闇(やみ)竜の首。


 だが、喜びは一瞬。傷口より漆黒の闇が吹き上がり、一気に彼らを呑み込んだのだ!

 全てが闇に沈み、これで終わりだと思われたそんな時……



 ドン!


 

 闇を黄金色の炎が照らす――それは〈聖炎〉、聖なる炎。



 ダダダダダン!



 次々と魔銃が〈聖炎〉を打ち出し、遂に闇が払われん。

 闇より帰還を果たしたのは……7人の戦士。


 果たして彼らの刃は届くのか……。






 地がクレーターを描き、天井に生えた幾つものつららが時折地面へと落下する。燃え続ける壁は真っ赤に染まり、灼熱の炎が火の粉を散らす。


 その地に立つは――3人の男。


 満身創痍(まんしんそうい)な男たちを3つ首の竜が虚ろな目で称えていた。



 ゴゴゴゴゴゴゴ……



 地面が揺れ、ぽっかりと開いた穴から最後の階段が現れる。それは地下へ……宝物庫へと続く階段だ。

 互いを支え合い、一歩一歩慎重に進む彼らの歩みが止まったのは煌びやかな扉の前だ。

 その上部からは宝石で出来た3つ首の竜が攻略者を迎え、鋭い黄金のかぎ爪が扉を抱くように左右から包み込んでいる。

 開かれた口の中には牙がズラリと並び、今にも呼気(ブレス)を放たんとしているかのようだ。


 3人がその前に立つと同時に扉から光が溢れる。


 今、栄光への扉が開かれん!

  



 そこで彼らを待ち受けるのは……





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