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ルーファとラビの憂鬱

『はあ~』


 ルーファはため息を吐きながらトボトボと廊下を進む。もう一度ため息を吐こうとしたそんな時……


『はあ~』


 同じようなため息が聞こえ、ルーファはピタリと歩みを止めた。

 ため息の主を探しキョロキョロと辺りを見回したルーファの目が、ある一点に吸い寄せられる。そこには……背中を丸め、階段の手すりに腰かけた哀愁(あいしゅう)漂うラビの姿があった。ちょこちょこと歩み寄りラビの隣に座るルーファ。


『『はあ~』』


 同時にため息を吐く辛気臭い2匹。

 チラチラとお互いを見やり相手の出方を覗っていたが、やがてしびれを切らしたのかラビが話しかける。


『どうしたんじゃ。ため息などついて』

『ラビちゃんこそ、何かあったの?』


 じっと見つめ合い、そして……


『『はあ~』』

  




 ところ変わって、ここはラビの自室。


 ラビの部屋がどこにあるのかと言えば、4階と5階を繋ぐ階段の途中にある踊り場だ。

 アンティーク調の扉はまるで小人の家を彷彿(ほうふつ)させ、その先に広がる室内もおままごとのセットのように可愛らしい。

 高さ5センチ程のテーブルの傍らには座布団が置かれ、小さな棚に並べられているのはこれまた小さな食器類。


 自室にルーファを招いたラビは、テーブルの上にスープ皿を2つ並べると緑茶を注いでいく。次いで向かうのは冷蔵庫だ。扉を開けて本日のおやつである羊羹(ようかん)の乗った皿を取り出し、両手で慎重に抱えてテクテクと歩く。

 向かう先にはテーブルに(あご)を乗せた、何ともやる気のない姿の子狐がいた。


『それで……どうしたのじゃ?』


 緑茶と羊羹(ようかん)で一息ついたラビは、早速ルーファに話を振る。


『実は……この間、ミーナちゃんとレイナちゃんで女子会を開いたんだぞ』



 ルーファは女子会を思い起こす。

 途中までは会話が弾み楽しい時を過ごしていたのだ。風向きが変わったのは、ルーファが何気なく尋ねた一言。




『そういえば、皆はいつリィンへ行くの?』


 ルーファがこう尋ねたのには訳がある。


 普通であれば短距離転移陣を乗り継いでリィンへ行くことが一般的なのだが、今回はガッシュが長距離転移陣の使用を許可したのだ。

 長距離転移陣とは国家が厳重に管理しており、まず一般人は使用できぬ代物だ。


 そんなリーンハルト防衛の要である長距離転移陣を解放した理由は、カサンドラの民にある。

 汚染獣襲撃の際には迷宮で暮らしていた彼らだが、自分達の財産を全て迷宮へ運んでいたわけではない。いや、それ以前に起きた魔物暴走(スタンピード)で財産を失った者も多く、彼らは困窮していると言ってもよい。彼らの生活を支えていたのは良くも悪くも“迷宮(ルーファ)”なのだ。


 短距離転移陣を乗り継いでリィンへ向かうには、当然のことながらそれなりの金銭が必要だ。

 だが、これからの生活を考えれば移動に金を使う訳にはいかず、そうなれば短距離転移陣を利用せずに、自力で移動しなくてはならない。

 冒険者ならば心配ないだろうが、魔物が出る街道を幼い子供たちを連れて一般市民が移動するのは酷というもの。


 そういった諸々の事情を考慮した上での処置である。

 期間は10日間。1日3便運行される予定で、ルーファは最終便で行くことが決まっている。当然迷宮も一緒に持って行くために、この時ばかりは人数無制限で転移できるのだが……多くの者はなるべく早い便での移動を希望している。

 何故なら、一気に人口が増えれば食料・日用品の買い占めなど、様々な問題がでてくるためだ。その際たるものが住む場所の確保だろう。


「私はルーファちゃんの迷宮に便乗させてもらいます~。その前の便だとかなり混んじゃうみたいですしね~」


 ミーナは迷宮の中に自室があるために急ぐ必要がなく、のんびりと最終便で行く予定だ。というか、わざわざ好き好んで満員電車ならぬ満員転移陣に乗る趣味は持ち合わせていない。



 朗らかに答えたミーナとは裏腹にレイナの表情は暗い。


「私は……カサンドラ冒険者ギルドの職員だから、まだ分からないわ」


「もしかして……新しくできるカサンドラへ行くんですか~?」

『え!?リィンへ行くんじゃないの!?』


 てっきり一緒にリィンへ行くものとばかり思っていたルーファは驚きの声を上げた。


「リィン冒険者ギルドへ異動願をだしてるんだけどね。競争率が激しいから、多分無理だと思うわ」


 そう言って浮かべた笑みは酷くぎこちなく、傍目に見ても無理をしているのが分かるほどだ。

 レイナとて2人と離れたくはないのだ。ルーファとミーナは彼女にとって初めての友達なのだから。


『ヤダ!ヤダ!ヤダ!一緒にリィンへ行こうよう!』


 レイナの膝の上に飛び乗り、潤んだ目で見上げるルーファ。それを見つめるレイナの表情は、困っているようでもあり、それでいてどこか嬉しそうでもあった。だが……レイナにも譲れない“夢”があるのだ。


「私は……冒険者ギルドの受付嬢でいたいの。パパの力を借りずに初めて自分でつかみ取った未来だから、ここで諦めたくないのよ」


 キュッと口を結んだレイナは真っ直ぐにルーファを見る。その目に宿る固い意志を読み取り、ルーファは何も言えずに俯いた。


「大丈夫よ!いつかきっと競争に勝ち残ってリィンに行ってみせるわ!」


 ニッコリと笑ったレイナに続き、ミーナも慰めるようにルーファへ笑いかける。


「そうですよ~。何もずっと会えない訳じゃないんですから~。一緒に遊びに行きましょうね~!」

『……うん。分かったんだぞ。絶対に遊びに行くんだぞ……グスっ』


 2人に慰められたルーファは、涙を堪えて何とかそれだけを口にしたのだった。







『ということがあったんだぞ……グスっ』


 過去を思い出し、再びボロボロと涙を溢し始めたルーファにラビは呆れた眼差しを送る。


『なんじゃ、そんなことで悩んでおったのか?』

『そんなことじゃないし!重要なことなんだぞ!!』


 フシャーと威嚇(いかく)しながら泣くという器用な芸当を披露するルーファに、ラビは『ほっほっほ』と朗らかに笑う。


『すまんのう。別にバカにしとる訳じゃないんじゃよ。その解決方法は簡単じゃてのう』

『え!?ど、どういうこと!?』


 一瞬にして涙の引っ込んだルーファがラビへと詰め寄る。


『ルーファは冒険者ギルドの本部がどこにあって、その責任者が誰か知っておるかのう?』

『えーと、確かドラグニルだったと思うけど、責任者までは知らないんだぞ』


 ニヤリと笑ったラビは内緒話をするようにルーファへ顔を近づける。

 〈思念伝達〉を使っているため、その行動に特に意味はないとだけ述べておこう。


『代々竜人族が務めておるのじゃよ。冒険者ギルドは元々ヴィルヘルム様がお創りになられた組織じゃてのう。以前(うかが)った時にはマサキ殿から構想を聞いたと(おっしゃ)っておられたぞい』


『父様から!?』


 ぴょこんと立ち上がったルーファが嬉しそうに尻尾を振り、それを見たラビがぽんぽん座布団を叩く。大人しくルーファが座ったのを確認し、ラビは続ける。


『そうじゃ。つまりは創始者であらせられるヴィルヘルム様が一言命じれば、レイナ嬢はリィンへ異動できるじゃろうて』


『すごい!ヴィーすごい!早速お願いしてくるんだぞ!』


 立ち上がって走り出そうとしたルーファの尻尾を、ラビは容赦なくむんずと掴んだ。


『ぴぎゃ!何するの!?痛いんだぞ!』


 お尻に走った鋭い痛みにルーファは涙目でラビを睨み、それに応じるのは恨みがましい目をしたラビだ。


『……次は儂の悩みを聞いてくれるのではなかったのかのう?』 

『…………』


 再び大人しく座布団へと座ったルーファが、何事もなかったかのようにキリリとした表情でラビへと尋ねる。


『さあ!何があったか話すがよいぞ!』


 その変わり身の早さにラビはじっとりとした眼差しを送るが、ルーファに反省の色は皆無。やがて諦めたのか悄然(しょうぜん)と肩を落としたラビがポツポツと語り始める。


『実はのう……儂は取り返しのつかぬ大失敗をしてしまったのじゃよ。ヴィルヘルム様に……ヴィルヘルム様に嫌われてしまったのじゃあああああああああ!!!!!』


 あおおおおおおおおん!と大声で泣き始めたラビ(推定年齢2万歳以上)は、転生してから感情の起伏が激しくなっている。身体に精神年齢が引っ張られているのだ。

 大泣きするラビを吃驚(びっくり)した眼差しで見ていたルーファだったが、ハッと我に返るとペロペロと涙を舐め取りながら優しく語りかける。


『大丈夫、大丈夫。オレも一緒に謝るから、ね?ヴィーは優しいからきっと許してくれるんだぞ』


 えぐえぐしゃくり上げるラビの頭を尻尾でぽふぽふ撫でるが一向に泣き止む気配はない。どうしようか、と頭を悩ますルーファの狐耳に小さな声が聞こえた。


『ダメじゃあ……ダメなんじゃあ……。もう儂は生きている価値すらない……』

『ちょ!?ラビちゃん!何考えてるの!!』


『死んでお詫びをぉぉぉぉぉ!!!』


 〈万物創造・限定〉でナイフを作り出したラビがそれを自身の首へと向ける。


『ダメええええええ!!』


 叫んだルーファは、ナイフを握ったラビの腕へと噛みつく!



 ポキーン!



 乾いた音を立て折れる牙。ラビの鱗の勝利である。


『うわあああああああん!オレの牙がああああ!!』

『ルーファ!?』


 泣き出したルーファをラビが慌てて慰める……とは言っても、折れたと同時に〈豊穣ノ化身〉が発動し、既に元に戻っているのだが。

 先程までとは逆の光景が繰り広げられる中、不意に扉が開かれ……


「ルーファ!大丈夫か!?」


 覗き込んだのはヴィルヘルム。

 彼は暇さえあればルーファを視ている真性のストーカーだ。

 ただしルーファの領域である迷宮内では、〈神竜ノ眼〉を以てしてもルーファを捉えることは難しく、その結果――ルーファの近くをうろつく変質者と化していた。


 ヴィルヘルムが現れた瞬間に座布団の下へと潜り込みブルブルと震え始めたラビを見て、ルーファは慌ててラビを守るようにその前へと立つ。

 その際に必殺技その4・泣き落としを発動させるのも忘れない――うるうるホロホロ。


『ラビちゃんを許してあげて欲しいんだぞ。わざと失敗したんじゃないんだぞ』


 ルーファをひと撫でしてからラビへと視線を移したヴィルヘルムは、1つため息を吐くと前髪をかきあげた。

 その仕草は色気に溢れ、金色の眼が向けられた先が女性であれば瞬く間に心を奪われたことだろう。


「ラビ」


 低い声がラビの名を呼ぶ。何の感情も感じられぬ淡々とした声だ。

 震えながらも顔を上げたラビに、続いて声が掛けられる。


()よ」


 心配そうなルーファの横を姿勢を低くしたラビがソロソロと通り過ぎる。その姿は警戒し、怯える野生動物そのものだ。

 ヴィルヘルムの前でギュッと目を閉じたラビへと、無造作に手が伸ばされる。



 ナデナデ



 驚きで目を見開いたラビにヴィルヘルムは静かに告げる。


「……そなたを傷つけるつもりは無かった。許せ」


 あの時、怒り狂ったヴィルヘルムの力はラビへと向かったが、そこにはラビを傷つける意図はなかったのだ。彼からしてみればただ感情が揺れただけ。要は巨大すぎる力の弊害(へいがい)である。

 そもそもヴィルヘルムもラビが動ける状態ではなかったことを理解している。迷宮をルーファへ譲るという事は、ラビの寿命が尽きようとしていたということなのだから。


『ヴィ、ヴィルヘルム様ああああああ~!!』


 目から噴水の如く涙を溢れさせたラビがヴィルヘルムの胸へと飛び込めば、僅かに顔をしかめたヴィルヘルムが仕方なさげにラビを受け止めた。


『あ~!オレもオレも!』


 便乗してヴィルヘルムの胸へと飛び込んだルーファに対しては、優しく微笑みつつ撫でるというおまけ付きだ。

 ルーファを回収するという目的を達成したヴィルヘルムはそのまま自室へと向かう。流石に、ヴィルヘルムの体格ではラビの部屋に入れなかったのだ。




  

『ヴィー、あのね、あのね、お願いがあるんだぞ』


 定位置――ヴィルヘルムの膝の上――でお菓子を食べ終わったルーファはヴィルヘルムを見上げる。一緒に運ばれたラビはぬいぐるみの如く微動だにせず、その対面に座っている。


「そなたの願いであれば何でも叶えようぞ」


 ルーファを着々とダメ狐へと邁進(まいしん)させる男・ヴィルヘルムは優しく金の目を細める。

 

『レイナちゃんをリィン冒険者ギルドに異動させて欲しいんだぞ!』

「レイナ?」


 ヴィルヘルムは思い出す――ルーファを守ろうとして死んでいった少女の名を。


「あの娘は……死んだのではなかったか?」


 ヴィルヘルムが正気を保っていたのはルーファが暴行されるまで。つまりレイナが首を()ねられ死んだことは知っていても、生き返ったことは知らないのだ。


『な!?レイナちゃんは死んでないんだぞ!不吉なこと言わないで!』


 鳩尾へとルーファパンチを繰り出す子狐を気にすることなく、ヴィルヘルムは説明を求めてラビへと視線を向けた。


『レイナはルーファが転生させましてなぁ。今でも生きておりますのじゃ』

「そうか。ならば、我はレイナに恩がある。出来得る限りの便宜(べんぎ)を図ろうぞ」

  

 例えそれが無駄死にだったとしても、ルーファを守って死んだことには変わりない。それは返さねばならぬ恩だ。

 ヴィルヘルムの言葉にピタリとルーファパンチを止めた現金な子狐は、キラキラと目を輝かせる。


『じゃあ!』

「冒険者ギルドの総支配人(グランドマスター)に伝えておこう」


『わあ~!ありがとう!!これでレイナちゃんと一緒にいられるんだぞ!』


 膝の上でクルクル回って喜びを表現するルーファに、僅かに目を細めた心の狭いヴィルヘルムが問う。


「時にルーファ。レイナとはどのような関係ぞ」


 不穏な気配を発するヴィルヘルムに気付くことなく、ルーファは嬉しそうに答える。


『レイナちゃんはオレの親友(マブダチ)なんだぞ!』

「そうか。友は大切にせねばならぬぞ」


 爽やかに笑ったヴィルヘルムがルーファの頭を優しく撫でる。

 もしマサキの存在がなければ、ヴィルヘルムがこのような反応をすることはなかっただろう。友人が掛け替えのない大切なモノだと教えてくれたのは何を隠そうマサキなのだから。

 

 ヴィルヘルムは頭の中で明日からの予定を組み立てる。

 レイナの異動に世界会議に向けての調整、そして禍津教の殲滅。やるべきことは意外と多い。


(そろそろ一度ドラグニルへ行くべきか)


 大半の雑務は配下に任せているとはいえ、全てを丸投げするほど彼は愚かではない。信頼して任すことと放置して丸投げすることは違うのだから。 


「ルーファ、我は明日からしばらくドラグニルへ行くが、決して1人で行動してはならぬぞ」


 最後にもう1度念押ししたヴィルヘルムに、ルーファは『分かってるんだぞ!!』と元気よく返事を返す。

 果たして本当に分かっているのか……不安になったヴィルヘルムがチラリとラビを見れば、お任せを!と言わんばかりに大きく頷いていた。

 これが以前の巨大な地竜の姿であれば頼もしさを感じるだろうが……現在は小さな子竜である。


(ガッシュとロキにも念を押しておかねば)


 そう心に決めたヴィルヘルムは、内心をおくびにも出さずにラビへと頷いて見せた。


(禍津教……待っておれ)

 

 “竜族に恨みを買った者は地の底までも追いかけられる”――それは有名な言葉。彼らはそれほど執念深く偏執的だ。

 知らずヴィルヘルムの口が弧を描く。そこには優しさは一欠けらもなく、あるのは妄執を孕んだ狂的な感情のみ。


 

 

 ――恩には恩を、牙には牙を


   レイナには庇護を、


   そして……禍津教には恐怖と絶望を――






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