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秘密結社爆誕

 現在、ガッシュはゴードン・デルビエルが収容されていた地下牢の前に来ていた。空っぽの牢を眺めながら、ガッシュは誰もいない筈の牢に向かって小さく呟く。


「着いたぞ」


 瞬間、ユラリと揺らめいたガッシュの影からヴィルヘルムが、無音で広がった深淵からロキが姿を現す。

 ロキへと近づいたガッシュが、収納の腕輪からハンカチを取り出し丁寧に広げると、そこには何の変哲もない一本の(くし)があった。


「ゴードン・デルビエルが使っていたものだ」


 (くし)を受け取ったロキはそれを無造作に深淵へと取り込み、分解・解析を開始する。時を同じくして深淵が瞬く間に地下牢の床全体を侵食し、一面が漆黒へと染まっていく。


「不一致。ここにある血痕は全てこの男のものじゃあない」

「他に手掛かりになるものはあるか?」


 その結果を予想していたのだろうか、表情を全く動かすことなく問うたガッシュに、ロキではなくヴィルヘルムが応じる。


「瘴気が少量だが残っておる。これは……かなり濃いぞ」


 不愉快そうに眉を(しか)めたヴィルヘルムが牢内を見回し、対照的にうっとりと目を細めたロキが楽し気に笑う。


「あぁ、激しい恐怖の感情が残っている……心地よい叫び声が今も聞こえるようだ」


 ロキの様子をチラリと流し見たガッシュは……そのまま見なかったことにして、視線をヴィルヘルムへと固定する。


「どういうことだ?流石に汚染獣はここには入れないだろ?」


 汚染獣は10メートルを超える体躯を誇っているのだ。地下牢に侵入するのは物理的に無理がある。


「知恵ある汚染獣は大きさを変えられる。力の強い個体であるほど巨大になっていくが、まだ成長していない固体ならば入れよう。だが、目撃者が1人もいないのは不自然というもの。転移か、もしくは隠蔽(いんぺい)の魔法が使われた可能性がある……ロキ」


 機嫌よさげにグルグル喉を鳴らしていたロキは唯一の出入り口である階段へと視線を向けると、その目をスッと細めた。


「転移系だな。痕跡は入口の所で途切れている。隠蔽(いんぺい)なら外まで続いているはずだ」


「辿れるか?」

「無理だな。瘴気で痕跡が乱されている。だが、ゴードン・デルビエルの魔力パターンは覚えた。ルーファには絶対に近づかせない」


「送れ」


 ロキからヴィルヘルム……とついでにガッシュへ〈思念伝達〉で情報が送られ、その内容を見たガッシュは動揺の余り狼耳をピコピコ動かした。


 例えば「これが犯人の指紋です」と指紋を見せられたところで、実際に犯人の指を肉眼で見て「この人犯人です!」と分かるだろうか。分かる訳がない、とガッシュは言いたい。

 専用の魔道具を使って魔力波を調べれば可能だが、見ただけでは分からないのが普通だ。魔力は1人1人違うのだから。

 頭脳が優秀な2人に挟まれたガッシュは自分が使えないような錯覚に襲われるが……彼は優秀な方である。


「ガッシュよ、何を(ぼう)けておる」


 そう言って差し出されたヴィルヘルムの左手に、ガッシュは反射的にサッと右手を乗せる。



 ベキィ!



 間髪入れず砕かれる右手。当然、砕いたのはヴィルヘルムだ。


「……そなたは何をしておる」


 金色の目が絶対零度の冷たさを以てガッシュを貫き、動揺のあまり挙動不審に陥ったガッシュが言い訳を口にする。


「ほ、本能が勝手に……」


 この場合の本能とは狼人族としてのものだ。


 超越種に至ったとはいえ、ベースとなる種族の本能は消えたりはしない。狼とは強い固体をリーダーとして従う性質があり、ヴィルヘルムを格上だと認識しているガッシュにとって敬うべき存在である。

 その結果、ヴィルヘルムに手を差し出され、反射的にお手をしてしまったという訳だ。

 まあ、先日目撃したロキへの(しつけ)の効力もあるのかもしれないが……当然のことながらそんな言い訳がヴィルヘルムに通じることはなかった。


 一気に牢内の気温が下がり、ガッシュの足元がピキピキと音を立てて凍っていく。


「我が求めるのは情報ぞ。確か、バハルスとやらが禍津教の情報を覚えているのであろう?違えれば仕置きだと申した筈だが?」


 いつもと同じ無表情なヴィルヘルムだが、ガッシュは確信している――あれは絶対に苛立った顔だと。

 慌てて胸ポケットから紙を取り出したガッシュは、それをヴィルヘルムへと差し出した。

 その間、僅かにコンマ1秒。無駄に素晴らしいスピードだと言えるだろう。

 紙を受け取ったヴィルヘルムはそれを流し見ると、不機嫌そうに声を出す。


「……中部諸国の支部が書いてないようだが?」


「ああ、それは正式な支部がまだないためだな。定期的に拠点を移動しているようでゴードン・デルビエルも位置を把握していなかった」


「面倒な」


 舌打ちしたヴィルヘルムから僅かに魔力が揺らぎ、何らかの魔法を使用していることが伺える。恐らくは、〈眷属通信〉で連絡を取っているのだろう。邪魔をしないように(もく)して待つガッシュとは反対に、空気を読まない男がここに1人。


「おい、用が済んだなら帰るぞ」

 

 2人のやり取りをつまらなそうに見ていたロキは、そう言い残すと返事を待たずに深淵へと消えた。ロキが消えた場所を見つめ、ガッシュは深々とため息を吐く。


「何と言うか……マイペースな奴だな」

「ルーファの守りになるならこの程度大したことではない。目に余るようなら……また(しつけ)けるまでのこと」


 どこか(たの)しそうなヴィルヘルムの様子に、ビクッと尻尾を揺らしたガッシュは数歩横へずれると話題を変える。


「そういや、ルーファを置いてきて良かったのか?」


 過保護な2人が両方ともルーファの側を離れたことを不思議に思ったのだ。暇さえあればルーファをストーキングしている2人である。その疑問も最もだと言える。


「……今日は女子会を開くそうだ」


 女子会とは、女子の女子による女子のための会――ズバリ男子禁制なのである。

 何となく事情を察したガッシュはそれ以上のコメントを差し控えたのだった。


 



 ◇◇◇◇◇◇




『それでは第2回ガッシュファンの集いを開催するんだぞ!』


  

 パチパチパチ



 拍手をするミーナとレイナの前には本日もガッシュの飲みかけ紅茶と食べかけクッキーが並べられている……が、前回と違う点が1つ。

 それはクッキーが大皿ではなく、各自小皿に同じ枚数だけ用意してあることだ。前回ミーナに最後のクッキーを奪われたことが余程悔しかったのだろう。


静粛(せいしゅく)に!今回は皆に重大な発表があるんだぞ』


 いつもであれば即座に雑談に突入するのだが……今回はどこか様子が違う。

 ルーファの(まと)う重々しい雰囲気がそれを許さないのだ。2人とも茶菓子に手を付けることなく、ただ次なるルーファの言葉を待っている。

 静かに目を閉じたルーファは、苦悩を滲ませる声音で語り始めた。


『オレは……オレは知ってしまったんだぞ。ヴィーとガッシュが秘密の恋人同士だという事を!!』


 クワっと目を見開いたルーファはダンっ!とテーブルを両前足で叩く。実際は体重が軽いため音は鳴っていないのだが……気持ちの問題である。

 対するミーナとレイナはと言うと、お互いに顔を見合わせて苦笑する。


「流石にそれはないですよ~。だって竜王様は建国の時に立ち会ったっきりで、最近まで一度も目撃されたことは無いんですよ~」


「そうよ。恋人同士だったら頻繁に会いに来るはずでしょう?それにお二方とも恋人なんて()り取り見取りよ。わざわざ男を選ぶかしら?」


『あまーい!2人とも大甘なんだぞ!!よいかね諸君。秘密の恋人とはバレずに会っているからこそそう言うんだぞ。それにレイナちゃんは思い違いをしている。わざわざ恋人に男を選ぶのではない。愛する人が偶々男だったに過ぎないのだ!!』


 尻尾をばしばしテーブルに叩き付けながらルーファは力説する。


『それに!よく考えて欲しい。ドラグニルは今まで何かとリーンハルトを気に掛けてきた。治癒石や飛竜を融通したり、技術提供したり……他の国からすれば有り得ない事なんだぞ!何故、ドラグニルがこうもリーンハルトを優遇するのか、その答えがこれだ!!』


「「ま、まさか!!」」


 驚愕に目を見開き息を飲む2人。


『そうだ!オレは見てしまったのだ!ヴィーとガッシュが熱いキッスを交わしているところを!!』


「詳しく!そこのところもっと詳しくお願いします~!」

「写真は!写真はないの!?」


 まあまあ、と前足で2人を(なだ)めながら、ルーファは再び口を開く。


『写真は残念ながらない。だがしかし!オレの見た映像を〈思念伝達〉で皆に送ることが出来るんだぞ!!』


 そして映し出されるのは……壁ドンされたガッシュの頬を優しく撫でたヴィルヘルムが、そのままガッシュに覆いかぶさり……


「「きゃ~!!!!!!」」


 ミーナが鼻血を噴出し、レイナは真っ赤な顔をして頬を両手で挟む。


 彼女たちの脳内妄想は見た!ヴィルヘルムとガッシュが情熱的なキスを交わしている姿を!

 実際には傷を舐めただけでキスはしていない上に、周囲には戦闘痕が刻まれているのだが……()に恐ろしきは彼女たちの妄想力か。

 ミーナとレイナが落ち着くのを待ってから、ルーファは再び重々しく口を開く。


『オレは家族として2人の恋を応援するんだぞ。そこでミーナちゃんへ問おう。ミーナちゃんがガッシュを大好きだという事は知っている。だがそれでも2人の恋を祝福することが出来るのか!!』


 ミーナはガタンと音を立てて立ち上がり、ルーファを真っ直ぐに見つめる。


「ふ、ふふ……舐めてもらっては困りますよ~。私が願うのはガッシュ陛下の幸福……そのためであれば、私のこの胸に宿る情熱をも押し殺してみせましょう!!私は全身全霊を以て2人を祝福します~!!」


『よくぞ言った!それでこそ我が友よ!!』

  

 ルーファは次いでレイナを見ると、それに応えるように立ち上がったレイナが大きく頷く。


「当然私も協力するわよ」


 ルーファもシュタっと立ち上がると熱く潤んだ目で同士を見つめる。


『ではここに、ガッシュファンの会改めヴィーとガッシュの恋を応援する会を立ち上げるんだぞ!』


「「おお~!!」」


 掛け声と共に全員が拳……と前足を勢いよく天へと振り上げたのだった。





 興奮して喉が渇いた2人と1匹はガッシュの飲みかけ紅茶でのどを潤すと、早速話し合いを始める。


『それで具体的にどうすればいいと思う?』


 一時の興奮が冷め、ちょっと冷静になったレイナはルーファの問いに微妙な表情を浮かべる。


「ていうか無理じゃない?そもそも私、ガッシュ陛下とも竜王様とも面識ないんだけど……」


 相手はレイナにとって殿上人(てんじょうびと)も同然。この状態で一体どう応援すればいいのか……心の中でエールを送ること以外なにも出来なさそうな気がしてならない。

 そんなレイナを置いて、未だ絶賛興奮中のミーナが「はい!」という声と共に勢いよく手を上げた。


『はい!ミーナちゃん』


 ルーファが前足でミーナを指すと、待ってましたと言わんばかりにミーナが立ちあがる。


「ふっふっふ、やはりここは隠れてコソコソ付き合わなくてはならない社会制度に問題があると思います~!禁断の愛が禁断でなくなれば2人は堂々と付き合える……いえ!結婚すら可能になると思います~!」


『おお!素晴らしい意見なんだぞ!』

「ミーナも偶にはいいこと言うじゃない!」


 何気にレイナにディスられていることに気付いていないミーナは、ドヤ顔で胸を逸らした。

 その際に、ぷるるんぷるるんと揺れる爆乳をレイナが忌々しそうに見つめているのはご愛嬌(あいきょう)だ。


『では、当面の目的を「禁断の愛を世間に浸透させる」ことに異論のある者はいるか!?』


 スッと手をあげたレイナが眉間にしわを寄せて、気難し気な声を出す。


「ちょっと思ったんだけど、社会制度を変えるのを目的にするんだったら、ガッシュ陛下と竜王様の恋を応援する会って変じゃない?」


 会の最終目標よりも何故か手段の方が壮大になっている不思議に気付いた2人と1匹。


「表向きは「禁断の愛推進委員会」でいいんじゃないでしょうか~?裏目的をお二方の恋を応援する会にしたらどうですか~?」

『おお!裏!秘密な感じで何かかっこいいんだぞ!』


 キラキラとした眼差しでミーナを見るルーファの姿に、何事か思いついたのかレイナがニヤリと笑う。


「秘密結社ね。となれば……組織名が必要だわ」


 ルーファのキラキラ度はうなぎ登りだ。最早、眼が零れ落ちんばかりである。


『はい!はい!はーい!』


 お座りをしたまま両前足をぶんぶん振るルーファの愛らしさにミーナとレイナの顔が緩む……が、次の台詞によりその表情は一変することとなる。


『秘密結社火山の会はどう!?グツグツ煮えたぎるマグマが、熱き情熱を表してるんだぞ!!』


 彼女たちは忘れていた――ルーファにネーミングセンスが皆無だという事を。


「火山は……ちょっと~」

「何か……アレよね。ドロドロしてて純愛とは程遠い感じ」


 どちらかと言えば、3角関係やら浮気による修羅場が思い浮かぶ2人。


『そ、そうか……ならね。え~と、温泉の会は!?身も心も温まる感じで!』


「老人の同好会ですかね~」

「恋愛要素が消えたわね」


 後ろを向きグスグス言い始めたルーファに、レイナはやれやれと言葉を紡ぐ。


「いい?こういうのは情熱的かつ綺麗なイメージじゃないとダメよ。そうね、例えば花の名前や宝石の名前はどうかしら?」

「やっぱり赤色が情熱的ですよね~」 


 2人の言葉にバッと振り返ったルーファが叫ぶ。


『薔薇の会!!』


「いいわね!」

「愛の花ですね~」


 この日、ヴィルヘルムとガッシュの恋を応援することを裏目的とした「秘密結社薔薇の会」、別名「禁断の愛(ホモ)促進委員会」が密やかに産声を上げた。

 彼女たちはまだ知らない。この組織がいずれ世界に名立たる一大組織となることを。


 

  

 


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