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広がる暗雲

 チェリエント王国――それは中部諸国のど真ん中に位置し、ナスタージア支配圏の最東端にある国だ。


 この国のを一言で言い表すのなら……「何もない」だろうか。

 これと言った特色も特産品もない吹けば飛ぶような弱小国。

 その国土も中部で1、2を争うほど小さく、テストで出ても10人中9人が答えを間違えるとまで言われる、何とも哀愁漂う国家である。


 そんな国が自力で生き長らえよう筈がなく、ナスタージアの恩恵がなければ今頃別の国名を冠していたことだろう。国民もその事を重々理解しており、ナスタージアの影響力は国王よりも遥かに強大だ。




 そんな存在感のないチェリエント王国の地方都市にその屋敷はあった。


 程よい広さの庭を持つ、品の良いこぢんまりとした屋敷だ。

 ただ1つ問題があるとすれば……庭の片隅に迷宮の入口があるという点か。迷宮とは言っても全18階層から成る初級迷宮で、危険度は然程高くはない。


 だが……その迷宮は“異様”だ。


 迷宮内において必ずあるはずのモノ――魔物――がいないのだ。いや、異変はそれだけに留まらない。罠も宝箱すらも存在しないただの異空間、それがこの迷宮である。


 本来これは絶対に有り得ぬ事。

 魔物がいないという事は瘴気を浄化していないという事であり、それは最早、迷宮とは呼べぬシロモノだ。



 では、その迷宮は一体何のために存在するのか……その答えの一端は最下層にある。

 そこに広がるのは只々広大な空間。赤茶けた大地には草木一本すら生えず、物悲しいほど荒涼とした景色の先にそれはあった。



 ――豪奢ごうしゃな屋敷。



 それはまるで蜃気楼(しんきろう)の如く現実味がなく、かと言って幻ではあり得ぬほどの存在感があった。

 屋敷と荒地を隔てるアーチ状の門は楽園への入り口か、それとも攻略者を(いざな)う罠なのか。


 だが、そんな疑念も一歩門を潜った瞬間に吹き飛ぶことだろう。


 まず大気の匂いが変わった。

 砂埃舞う乾燥した空気から、瑞々(みずみず)しい緑の薫りへと。

 そして目の前に広がるのは整えられた植木と純白の石畳。その白き道を(しばら)く行けば、聞こえてくるのは何とも涼しげな水の音だ。


 それは直径30メートルはあろうかという巨大な噴水。


 刻一刻と姿を変える水のダンスは、太陽の光を反射してキラキラと輝き、まるで神々に祝福されているかのようだ。

 噴水の周りを彩るは(いばら)のドレスを(まと)った赤き貴婦人たち。彼女たちの甘く(かぐわ)しい香りは、来訪者に癒しの一時を与えてくれるだろう。


 だが、その麗しき庭園も終わりを告げる。


 白く優美な階段をのぼれば、樹木に隠されるように屋敷が現れた。

 その屋敷はアンティーク調の品のある趣で、古きよき時代を感じさせる。だがそんな外観とは裏腹に、新築と言ってよいほど傷1つない外壁には……どこか違和感がある。


 玄関の扉を守るのは2体の騎士像。


 一体いつの時代のものなのか。

 鎧を身に纏い剣を(たずさ)えたその姿は、今にも動き出しそうなほど迫力がある。


 騎士像の横を通り抜けて重厚な扉を開けば、出迎えるのは目も眩まんばかりのシャンデリア。足元には真っ赤な毛足の長い絨毯が広がり、足音1つ響くことはない。

 だが何より目を引くのは、吹き抜けになったホールの正面に陣取る巨大な扉か。

 2階部分まであろうかという扉の表面には唐草模様がびっしりと刻まれ、宝石で出来た色取り取りの花が煌びやかに輝いている。

 各々が手のひらサイズの宝石花は1つ売るだけで一生遊んで暮らせることだろう。


 ホールの両側には2階へと続く階段が2つ。


 不思議なことにこの両サイドにある階段は、2階で合流することなく各々の扉に繋がている。つまり、左から右に移動するには一度階段を下りねばならない造りだ。

 だがそんな不便ささえも壁面を彩る絵画を見たのなら、気にする価値すらないだろう。1つ1つが名のある巨匠の作品に違いない、そう思わせる迫力があった。



 ――神々の屋敷



 そう言われても納得するだけの美と富が支配せし空間だ。

 そんな完璧である筈の美の世界を……浸食する影があった。



 ズ……ズズっ……ズズズズズ……



 光を一切通すことなき只々黒い(もや)が、巨大な扉の下部から流れ出ているのだ。



 それは……“瘴気”。



 紫色のものとは桁違いに濃い漆黒の瘴気が拡散し、薄く屋敷全体に影を落としていた。果たして、その扉の向こうには何があるのか……。





 カチャ……パタンっ



 静まり返っていたホールに音が響き、2人の女が階段を降りてくる。そして、逆サイドの階段からは男が3人。

 階下で合流した5人は正面の巨大な扉……ではなく、左に設けられている普通サイズの扉を開けた。

 長い廊下には幾つかの扉が見えるが、彼らは迷うことなく1番手前の扉を選ぶ。


「あれ?椿と姉さんは?」


 九鬼(くき)天音(あまね)は室内を見回し、2人がいないことに首を捻った。部屋に誘いに行った時、既にいなかったため先に来ているものと思っていたのだ。


「どけよ」


 立ち止まった天音の身体を押しのけたのは葛谷(くずたに)和真(かずま)だ。室内に入った彼は、適当な席へドカリと座ると両足を机の上に投げ出した。

 その後に(おおとり)壱星(いっせい)服部(はっとり)大夢(ひろむ)が続き、和真と1つ席を開けて2人並んで腰を下ろす。


「……全く協調性の欠片もないんだから」


 小声で文句を言った天音の袖をチョイチョイ引くのは園部(そのべ)(つばさ)。盲目の少女だ。


「……座ろ」


 その言葉に頷いた天音は翼の手を引き、先に椅子へと座らせる。

 今では翼も空間魔法の恩恵で物の位置が把握できるようになったのだが……暫く面倒を見てきた時の癖である。


 5人が座ってから然程間を置くことなく、再び扉が開かれる。


「全員揃ってるわね」


 入って来たのは妖艶な美女、望月(もちづき)愛姫(あいき)だ。その背に隠れるように……というか背が低いため完全に見えないが、水野(みずの)椿(つばき)が続く。


「ほら!リーダー!いつまで後ろにいるつもり?前へ出なさいな」


 愛姫が椿の背を押して前へと立たせ、椿は恨みがましい目を愛姫へと向ける。


「……誰か代わってよ~」


 情けない声に応じる者はいない。

 ここでいうリーダーとは皆を引っ張るリーダーではなく、教皇ルークからの伝言を伝えたり、皆の都合を合わせたりといった雑用係の事だ。

 当然、誰もやりたがる者はおらず、年功序列ということで最も幼く見えるが最年長の椿が押し付けられたのである。

 そっぽを向いて誰1人目を合わせようとしない現実に、ため息を吐いた椿は渋々と口を開いた。


「……今日は新しい仲間を紹介します。入ってきてください」


 その言葉と同時に5人の男女が入室し、椿と愛姫の後ろで(ひざまず)く。

 それを確認した椿はポケットからカンニングペーパーを取り出し開くと……そのまま閉じた。


「ええと……こちらは禍津教の皆さんです。ゴードンさん自己紹介をお願いします」


 カンニングペーパーには名前しか記載されておらず、結局のところ顔と名前が一致しなかったためである。ゴードンに丸投げした椿は横へとずれて場所を譲った。


「畏まりました、椿様」


 練習したかのように一寸の乱れもなく立ち上がった5人の中からゴードンが進み出る。


「禍津教教主ゴードン・デルビエルと申します。後ろにいる4名は右から順にラシム・カトゥン、アデリン・ネッラ、カーデス・プタハ、ツタン・フィンクォーツ、全員枢機卿の地位を授けております。我らが神に会えたことは望外の喜び。我ら一同、神の使徒であらせられるあなた様方のために粉骨砕身していく所存ですので、どうぞ何なりとお命じ下さい」


「「「「お命じ下さい」」」」


 言い終わると同時に深々と首を垂れ再び跪く5人。


「禍津教?知ってるか?」


 足を組み替えた壱星が大夢の方を向く。


「西部で活動する宗教団体だよ。邪神に(けが)した贄を捧げて復活を祈るっていうんで邪教認定されてる。でも、カサンドラにある本部は復讐鬼(リベンジャー)によって潰された筈だけど……復活したの?っていうかあんた生きてたの?とっくに処刑されたと思ってたよ」


 大夢が興味深げにゴードン・デルビエルを見ると、我が意を得たりとばかりにゴードンが立ち上がった。 


「おぉ!よくぞ聞いてくださいました!私の長年の信仰心が認められ、我が神が救いの手を差し伸べて下さったのです!!」


 天井を仰いだゴードンが大げさな仕草で両腕を広げ、その目からは涙がだばーと溢れる。その後ろでは枢機卿たちのすすり泣く声がBGMの如く響いていた。


「ちょっと!話が進まないじゃない!そういう質問は後にしなさいよ」


 豊満な胸を押し上げるように腕を組んだ愛姫が壱星と大夢を睨みつけるが……怒られた2人は顔を赤らめて胸を凝視している。

 椿はと言えば……自分のぺったんこな胸を悲し気に見つめると、再びため息を吐いた。


「もう!椿ったら可愛いわぁ~。大丈夫よ。私が後で揉んであげるから……ハアハア」

「え……えと、私そう言うのはちょっと」


 愛姫は男も好きだが可愛い女の子も好物である。童顔でどこか小動物を思わせる椿は彼女のストライクゾーンだと言える。

 さり気なく愛姫から一歩離れた椿は、ルークから送られてきた手紙を広げた。


「えと、それでは教皇様からの指令を伝えます。まず、ミタンム攻略のメンバーは天音と鳳くんと私。それからドラグニルの目を中部へ引き寄せるメンバーは禍津教の皆さんと愛姫と翼、葛谷くんね。服部くんはドラグニルと竜王の動向を探るようにって。ただし、竜王を見かけたらすぐにその場を離れ、絶対に固有魔法は使うなって書いてあるよ」

 

「質問いい?」


 手をあげた天音に椿は頷く。


「翼も私たちと一緒じゃダメなの?」


「えと、ミタンム王国は翼人族の国で断崖絶壁に街を築いてるんだって。だから、それ以外の種族は目立つから翼人族に擬態できる私たちが選ばれたみたい。拠点ができたら転移で行き来すればいいから、それまで我慢してね」


「分かったわ。早く終わらせましょう。攻略対象のミタンム王妃についての詳細は?」


「えと、それは服部くんが……」


 全員の目が大夢に向き、彼はやる気なさそうに魔法を発動させた。



 ――〈情報共有〉



 それは文字通り情報を共有するための権能。大夢が調べた情報は一瞬で全員の脳内に刻まれる。それは、忘れることなき記憶だ。


「じゃあ僕は行くよ。勝手にやらせてもらうから。何かあったら知らせてよ」


 席を立ち上がった大夢は手をヒラヒラ振りながら出口へと向かい、それに続いて立ち上がった和真もポケットに手を突っ込んだままニヒルに笑う。


「俺も勝手にやらせてもらうかんな」


 振り返ることなく立ち去った2人に、女性陣は揃ってため息を吐いた。


「ちょっと姉さん、(しつけ)はちゃんとしといてよ」

「あらあらぁ、天音はまだまだお子さまねぇ。ああいう生意気な子が甘えてくる姿にキュンってなるんじゃない」


 ジト目で見つめる天音に、ペロリと舌舐めずりをした愛姫が妖艶に微笑む。


「ふん、あんなガキどうでもいいだろう。それよりも俺と離れるのは寂しくないのか?」


 愛姫の腰に手を回し、その身体を抱き寄せた壱星が耳元で囁く。


「あらぁ、寂しいに決まってるわ。でも、安心してもいるのよ。あなたがいれば椿と天音は安全でしょう?」


 そう言って壱星の首筋に顔を埋めた愛姫が熱い吐息をついた。

 その瞬間、甘い香りが彼女の身体より立ち上ぼり、目に見えて壱星の様子が変わる。トロンと潤んだ目で愛姫を見つめ、まるで中毒者のようにその香りを何度も嗅ぐ。


「頼りにしているわ……壱星」


 仕上げに壱星の唇に音を立てて吸い付いた愛姫は、にっこりと笑いかけた。


「ああ!任せてくれ!俺が必ず2人を守ろう……愛姫のために」


 ふらふらと夢遊病者のように去って行く壱星が扉を閉めたのを見計らい、女性陣が(せき)を切ったかのように話しはじめる。


「いつみても凄いわ~。姉さんのテク」

「……姉さん最強説」

「うう……私の方が年上なのに、この色気の差は何?胸?胸なの?」

 

「ふふ、あいつらは既に私の(とりこ)。男って単純で可愛いわよね」


 愛姫の色欲魔法は直接攻撃はないものの、相手を呪縛することに長けている。その権能は僅かに2つ――〈魅了〉と〈快楽虜囚〉だ。


 〈魅了〉は広く浅く、そして〈快楽虜囚〉は深く……より深く作用する。同じ上位格魔法保持者であろうと逆らえぬほどに。

 ただし、「1度相手に抱かれる」という条件があるのだが……こういった条件付きの権能は強力なものが多いのが特徴だ。


「翼は皆を各地に運んだ後はここで待機してちょうだいね。ミサンガはまだ持ってるかしら?」

「ん、5個でいい?」


 頷いた愛姫に、翼は〈亜空間〉から取り出したミサンガを渡す。赤、青、黄色……様々な色があるが、1つだけ共通している部分がある。それは全てのミサンガに黒い糸が混ざっている点だ。


「これはね翼の髪を編み込んであるのよ。身に付けていると何処にいるかが翼に分かるわ」


 そう言ってゴードンに微笑んだ愛姫は、自分の腕に巻かれたミサンガを見せる。

 これはメンバー全員が装着していおり、翼が〈千里眼〉でちょこちょこ状況を確認することで、勝手気ままに動く仲間をフォローしているのだ。まあ、合図があれば転移で迎えにいくというアッシー君的な役割だが。


 ゴードンたちにミサンガを渡した愛姫は、席に座るように促す。


「それじゃあ、会議を始めるわよ」

「……もう愛姫がリーダーでいいと思う」


 ポツリと呟かれた椿の声はあっさりとスルーされたのだった。






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